剣道2年生                                         最新の話へ飛ぶ
  11年前(‘01年)の2月から剣道を始めました。剣道というスポーツは浮世離れしたところがあります。たとえばサウスポーがいません。私もギッチョですが、他の人と同じ持ちかたでシナイを持っています。それと、めちゃくちゃ大きな声をはりあげます。
  
  なぜサウスポーがいないのか、なぜ大声を出すのか、追求すると半分精神主義、半分オカルトの世界へ入り込みます。これでは競技人口が減ってしまうのはしょうがないなと思いましたが、そのへんてこな部分も含めて楽しんでしまうつもりです。

自己紹介

  モード工学研究所所長の森田洋一です。
  
  ホームページの更新は毎日やること。いつ見ても同じではだれも来なくなる。―――と分かっているのですが実行は難しい。いくつかの案件を同時並行処理するように私の頭はできていません。
  
  ホームページのことを考えるときはホームページだけを考える。他のことはお休みです。そのかわり、ホームページ以外のことに関心がいっているときは、ホームページは頭から消えています。こういう脳みそは、理論の構築や深化には向いているが、軽チャーな分野には向いていないようです。

  自分で更新していますので、更新頻度がときどき落ちることがあります。そのぶん中身を濃くします。前回と変わってないやと見捨てずにときどきのぞいて下さい。
  
  これまでこのページは「すぐにできる簡単予測■ヒット商品と壊滅商品」のサブページでした。今回独立させました。剣道の話を中心に、仕事以外の話を書いていこうと思います。


<経歴

 1950年東京に生まれる。団塊世代の終わりぐらいです。小さいころの夢は、将来はバスの運転手になることでした。バスに乗っているときは運転席のとなりにいつも陣取っていました。今のバスでは料金箱のある位置です。
  
  子供のときから典型的な理科系人間で、社会科は得意でありませんでした。特に地名を覚えるのが苦手でした。理屈のないものはなかなか頭に入りません。
  
  私の息子もやはり丸暗記が苦手で、漢字の書き取りで四苦八苦しています。女房は、私の子供とは思えないと文句を言っています。私も漢字の書き取りが苦手でしたから、息子の苦労はよくわかります。
  
  あと、息子は読書感想文が苦手ですね。一枚目の原稿用紙の左側まで升目を埋めるのに四苦八苦しています。これも、子供のころの私と同じです。
 
  高校生のころはファッションにあまり関心がありませんでした。そのころの高校生の平均より関心が薄かったと思います。というより、感性がどうの、センスがこうのと訳のわかんないものだから関心を持たないようにしようとしていました。
 
  初めてジーンズショップへ行ったのが19歳のときです。弟に連れられて住宅地にあった店へ行き、そこで買いました。弟がみかねるくらいダサい若者でした。
  
  大学は工学部でした。なんとなく工学部へ行ったんではなくて、理工学部以外は行くところがないから行ったという感じです。学科の得手不得手や好き嫌いがわりと激しかったもので。
  
  横浜国大工学部卒業。同年都水道局に入局。同じ頃、流行は理工学部の発想で解明できるのではないかと考え、勉強を始めました。この時点では、流行は自分の仕事や生活と関係ないから勉強したわけで、100%道楽でした。
  
  82年にスポーツのテクニックの流行について論文を雑誌に発表しました。以後、スポーツ用具の流行やスポーツウエアの流行など、対象範囲を広げていったわけです。
  
 水道局退局。86年モード工学研究所所長に就任、流行現象のメカニズムを研究。ファション産業を中心にコンサルタントとして活躍中。

 
 
 
      

プライベート

 趣味は仕事です。ただし、仕事が趣味なのではありません。流行について道楽で調べていたら大発見をしてしまい、引っ込みがつかなくなって流行予測が仕事になった。つまり、趣味が仕事。流行や流行予測について話をするのなら、一日中でも話していられます。
 
 もう1つの道楽は運動です。見るスポーツはあまり好きではありません。体を動かしていないと頭の回転数が落ちてしまう。気分も良くない。デスクワークには向いていないようです。
  水泳と剣道をやっています。ジョギングもやります。腰痛が出たので中断していましたが、また始めました。腰に負担がかからないようなホームに改造しました。
  骨盤を前に傾けて尾てい骨を上へ持ち上げるような感覚で走ります。ただこれだけだとただのへっぴり腰なので、骨盤の傾きを変えないように気をつけながら、腰を前へ移動させます。そうすると前へつんのめるような感覚になります。この状態で走ると下り坂を降りていくような感覚になります。
 このホームに変えてみて気が付いたのですが、これって、剣道の構えと同じです。
剣道では、「丹田に力を入れて」うんぬんと難しく説明していますが、ようするに骨盤を前のめりにさせることだったんですね。
 剣道を‘01年の2月から始めました。
 
 人一倍暑がりなもので夏の暑さには参りました。剣道具店をいくつか回って、小学生が着ているような生地の薄い剣道着を見つけてきました。店の人に聞いたら、大人だからといって、柔道着のような分厚い生地のトップスである必要はないそうです。そういうルールはないとのこと。ということは、剣道をやる大人は夏でも生地の厚いのものを着ていますが、あれはただのミエだったのかしら。
  
 ‘02年も夏の暑さには参りました。冬でもペラペラの薄い生地の刺し子を着ていたくらいなのですから、熱がこもってしまうと練習どころではありません。それで、夏になる前から暑さ対策を考えました。

 剣道着に千枚通しで穴をあけてみました。直径2ミリぐらいの穴をたくさん開けたのですが、生地が綿なもので一回洗濯したらふさがってしまいました。穴を大きくしても同じでした。千枚通しにセメダインを付けてから稽古着を刺すようにしたら、穴の周りが硬くなりましたのでふさがりにくくなりました。
 
 完全にではありません。何回か洗濯すると穴がつぶれます。でも、やらないよりはまし。 たくさん穴をあけてメッシュにしてしまいました。

 初めからメッシュになっている剣道着は売っています。でも、メッシュを目立たせないようにするため生地が厚くなっています。だから、涼しくする効果はプラマイゼロのようです。メッシュの剣道着を着ていた子供が、練習中に熱中症になりましたから。

 03年の夏からは、はと目を打ってしのいでいます。これは効果ありますよ。何回選択しても穴がふさがりませんし、はと目が補強も兼ねてくれますので、穴を大きくできます。だいぶしのぎやすくなりました。でも、目立ちますね。たくさん付けたので剣道着が重くなってしまいました。
 剣道をやる人のほとんどが、夏と冬で同じ格好をしています。これは不合理だと思います。せっかく剣道を始めた子供が夏の暑さにやられて止めてしまう例も多いようです。練習に来ている子に「お前ら、夏の暑いときによく動き回れるな」と聞いたら、「暑いのが苦手なやつはみんなやめちゃった」と言っていましたから。

 剣道が嫌いでやめるのはしょうがありませんが、他の理由でやめるのはもったいないと思います。

 今剣道をやっている大人の多くは、子供のときに暑さ寒さでやめることがなくて、結果として残った人たちですから、暑さ寒さには鈍感なタイプなのでしょう。それに、年配の人の剣道を見ると、あまり動いていなくて、ほとんどの時間がにらめっこです。ゲートボール剣道なら暑くても平気なのかもしれません。
 冬になると剣道の竹刀の柄革(グリップをおおっている革)が乾くので手が滑ります。始めた年は水道の水でビショビショにして使っていました。翌年は、天然ゴム系の衣料用糊を柄革に塗りました。手が滑らなくなったのはいいのだけれど、ベトベトしているのが難点です。塗りすぎるとハエ取りリボンみたいになります。塗るものをいろいろ変えて試してみました。
  
 それで、タッチ・ボンドに落ちつきました。テレビショッピングでやっていた衣類用の糊です。水で薄めて使います。先に試した糊と成分を比べると、CMCというのが入っていません。これがいいみたい。
 
 浴室や水槽の水漏れ防止に使うシリコンゴムも試してみましたがダメでした。表面がツルツルしているものなら滑り止めになるのでしょうが、甲手の皮は滑ります。使っているうちに細かい破片になって、フケみたいにポロポロはがれてきます。
   
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  03〜04年冬は塗るものを、東急ハンズで見つけた「滑り止め液体ゴム」に変えました。マットの滑り止めに塗るやつです。見てくれが木工用ボンドみたいなので、水に薄めて刷毛で塗りました。糊じゃないので汚れなくていいですよ。
 
  ただこれは粘着力が弱くて長くは持ちません。それで、タッチボンドと滑り止め液体ゴムを混ぜて塗る方法に変えました。でもやっぱり柄革が汚れます。

 それで次に、柄革のほうはいじらずに甲手のほうを考えてみました。ハンドボールで手が滑らないように塗る「松ヤニスプレー」をスポーツショップで買って、甲手にスプレーしてみました。これは効きます。ただ効きすぎて、手の皮が負けてしまい、むける場合があります。 
  空気が乾燥すると滑るのは、足も同じです。滑り止めを塗るわけにはいきませんので、濡れティッシュや雑巾で足の裏をぬらしていました。つま先の中央部分は皮がむけやすいので、そこを外して両サイドをぬらしました。この方法は、足の裏の皮をちょうど良い湿り気にしておくのが難しいのが欠点です。ぬらしすぎるとなおさら滑るし、少なすぎても効果がありません。ぬれ具合がちょうど良いなと思っても、練習しているうちに乾いてきて、すぐにまた滑り始めます。
  インターネットで調べたら、ネコや室内犬がフローリングの床で滑らないようにするため、肉球に塗るクリームが有ることが分かりました。それを塗っていると、カサカサに乾いた肉球が柔らかくなって滑らなくなるそうです。
  これって人間の足でも同じだろうと考えまして、自分の足の裏にクリームを塗ることにしました。足の裏の皮も「お肌」なのですから、普通のフェイスクリームやハンドクリームを塗れば、水分をたくさん含んだ「しっとりお肌」になって滑らないはずだと考えました。ついでに、練習中に足をぬらすゾーキンも、含ませる水を化粧水に変えてみました。もちろん高いのは使いません。足の裏なんか美人になってもしょうがありませんからね。100円ショップので十分でしょう。
  これは効果がありました。グリップ力もその持続時間も、ただの水よりも優れていました。
 息子が、足の裏の皮がむけて痛いと言いだしました。剣道の試合の前日になっても言いますので、ベテランの人に相談したら、「テーピングをするしかない。でもテーピングをすると足が滑るけどしょうがない」と言われました。
 
 それで、テーピング用テープの一部に足の横幅の分だけ「滑り止め液体ゴム」を塗ってみました。乾くのに時間がかかりますから、足に巻くよりかなり前にテープに塗っておきました。
 
 試合は見に行かなかったのですが、帰ってきてから聞いたら「滑らなかった」と言っていました。これはいい。
 
 足の故障などで、タビをはいたりサポーターをつけたりする人がいますが、そういう人も「滑り止め液体ゴム」は役に立つんじゃないでしょうか。堅牢度はそれほどないので、試合などここ一番というときだけになってしまうかもしれませんが、それなりに使えると思います。
 いつのころからか息子が「剣道はジジ臭いからいやだ。サッカーのほうが2千倍楽しい。」と言うようになりました。私も、剣道がジジ臭いというのは賛成ですので、息子がなぜそう思うのか、理由は聞かなかったのですが、この前話してくれました。
 
 友達に剣道やらないかと誘ったときにジジ臭いと言われたそうです。それで自分もイヤになったとのことでした。
  
 本当にそうだよなぁ。警察官と教師以外の人は剣道で飯が食えるわけじゃないんですから、スポーツとしてもっと気楽に楽しめばいいと思うのですけど、剣道界はへんてこな権威づけをてんこ盛りにしています。
 私が剣道で一番嫌いなのは、人生の押し付け、生き方の強制をするところです。
 
 剣道は戦後一時禁止されていたことがあります。軍国主義の手先だという理由からです。復活が許されたとき、剣道家は軍国主義をあっさり捨てました。もともと剣道とは関係ないのですから当然です。でも、生き方の強制は止めませんでした。強制するもの、押し付ける物の種類が、軍国主義から他の物に変わっただけです。なにしろ「世界平和」までやらされるんだから参っちゃうよね。
  
 私も、剣道には教育効果があると思っています。だから、息子にもやらせました。でもそれは、ジイさんが独善の押し付けをすることとは違います。剣道にある教育効果は、テニスやサッカーなど他のスポーツにもあるものだと思います。
  
  気楽に楽しみましょうよ。気取るな!剣道。
 次の文は日経新聞04年2月12日付33面のコラム「チェンジアップ」で、野球評論家の豊田泰光さんが書いたものの一部抜粋です。
 
「グランドの神聖視で思い出したが、私は野球場に出入りする際に一礼せよという教えが理解できなかった。高校に入ったときも、西鉄に入ったときも先輩に帽子をとって礼をするようにいわれた。『お世話になっているグランドに感謝するのだ』
 
 それでゴロがイレギュラーしないようになるならいくらでも頭を下げるが、そんなことはない。だから私は礼などしたことがない。脱帽しなくてもばれないよう一番後ろからグランド入りするか、両手に荷物を持つようにしていた。
 
 何より嫌だったのは、先輩たちが後輩の恭順(きょうじゅん)度を試すテストとして、グラウンドへのあいさつを課しているのが見え見えだったことだ。」
 グランドに礼をするかどうかが野球と関係ないのは、軍国主義が剣道と関係がないこと以上でしょう。
 
 本当は自分に頭を下げさせたい。でも、それを強制しても、実質的に頭を下げさせたことにならない。だから、自分より上の位に実質のない空っぽな物をたてまつってそれに頭を下げさせる。実質ゼロな物を持ち上げれば持ち上げるほど、その次のランクにいる自分の地位も上がっていく。
  頭を下げさせるものは、たてまつりやすくて自分のじゃまにならなければ何でも良いのです。「グランド」でも「正面」でも「上席」でも「神棚」でも「国旗」でも。方角や物ならなにを言っても反論される心配はありません。
 
 剣道でも、こういうことにとりわけ熱心な人がいますが、そういう人は、野球とやはり同じで「オレさまに頭を下げさせたい。自分に対してひれ伏させたい」という人ですね。一般社会での実力や人徳で尊敬されている人は、そんなものに頼らなくてもみんなが頭を下げますから、同じ剣道をやっている人でもこういったことにそれほど関心がないようです。
 剣道人口は長期的には低下を続けています。去年に比べて今年はどうか、一昨年に比べて去年はどうかという話ではありません。10年前に比べてどうか、20年前に比べてどうかという話です。原因は、やっぱり日本人の西洋コンプレックスでしょう。 
 
  西洋コンプレックスは、初期のころは剣道にとってプラスに働いていたはずです。
 
  剣道のライバルが、サッカーではなくて古武道だったころを想像すると、剣道がけっこうバタ臭いことに気がつきます。なんといっても流派が無いことが新しい。今では地方分権のほうが、個性重視のほうが現代的なことになっていますが、僕が子供のころまでは中央集権のほうが近代的、西洋的でした。
 
  ところが、剣道のライバルがより西洋的なスポーツになると、西洋コンプレックスは剣道にとってマイナスに働くようになります。 
 ただ、衰退の原因はそれだけではありません。業界の体質の古さも、縮小を速める原因になってると思います。着物業界や緑茶の業界、ソバ屋などと一緒です。
 
 着物業界は、高級化格式化しています。事大主義におちいっています。普段着としての着物はとっくに絶滅しています。冠婚葬祭用としても絶滅しかかっています。格式化があまりにも激しいものだから、お客さんから「着物はセクハラだ」と言われるまでになっています。
 
 私が小さかったころは寝巻きは浴衣(ゆかた)でした。今では旅館ぐらいになってしまいましたが、一般の家庭でも浴衣でした。当時の父は、会社から帰ると丹前に着替えていました。洋服を着て肩が凝ったから、着物に着替えてリラックスしようという感覚が、そのころはまだありました。
 
 今は、着物を着て肩が凝ったからTシャツやフリースに着替えようという人ばっかりじゃないでしょうか。テレビのペットボトル緑茶飲料のCMでも、着物はすぐに脱ぎ捨ててホッとしたいものとして表現されています。
 
 ちょっと考えれば分かることですが、着物業界が好む口うるさいウンチクや決まり事は、歴史でも伝統でもありません。だって、昔の着物は普段着だったんですから、労働着だったんですから。
  
 昔はほとんどの人が肉体労働をしていました。今のホワイトカラーに相当する仕事をしている人はいましたが例外です。そういう人だって今の人間よりは体を動かしています。その人達が着ていたものが、今の着物のように窮屈なわけがありません。
  今の煎茶は茶柱が立ちません。番茶が無くなっちゃいましたから…。普段気楽に飲むお茶が無くなって、高級化、儀式化、格式化しています。とっくの昔にそうなってしまっている抹茶の後を追いかけています。
 
 これは業界にとって、短期的にはプラスです。だからそうなったんです。でも、長期的には自分で自分の首を絞めています。
 
 大阪府茶業協同組合理事長の谷本陽蔵さんが言っています。
「百年足らずで日本人よりもずっとお茶好きになったこの国(トルコ)を知れば知るほど、複雑な思いにとらわれる。日本の茶業界はお茶を伝統の品にまつりあげ、銘柄や格式などのよろいを着せて、わざわざ遠い存在に仕立ててきたのではないか、と自戒を込めて思う。気楽に楽しむ茶心をトルコのお茶は私たちに教えてくれる」(日経新聞03年2月12日付より、文中の(トルコ)は私)
  今のソバ屋は、どこもシニセのまねをして、高級化、格式化していますが。私が子供のころはそんなたいそうな食い物ではありませんでした。それより昔になると、落語や時代劇などに出てくる世界ですが屋台の食い物でした。どちらにしても、今みたいにウンチクを言いながら気取って食べるような物ではありませんでした。
  
 今の食い物屋で、昔のソバ屋に近いものを考えるとマクドナルドでしょうか。100年後は分かりませんが、今のところ小難しい理屈を言いながら食べてる人はいませんから。
  
 今のソバ屋で、昔のソバ屋の歴史と伝統を一番忠実に継承しているのは、駅の立ち食いソバ屋だと思います。
 六大学野球、高野連、プロ野球、アメリカ大リーグと見ていくと、真っ先に衰退したのが六大学野球です。戦前は最も人気があったそうですが戦後生まれの私にはピンと来ません。
 
 次が、夏の高校生の全国大会です。「熱血、甲子園」という言葉がありますが、それは昔のことです。15年程前の夏大阪へ出張したときに、空き時間がありましたので甲子園へ行ってみました。観客席は意外なほどしらけていました。今はもっとさめているようです。
  
 最近はプロ野球の人気が落ちています。変わりに大リーグの人気が上がっています。 
 
 同じ野球でも人気が同時に上がり下がりしているわけではありません。そして、人気が下落した順番をみると、剣道連盟臭さの順番と一致していることに気がつきます。高野連のタテマエとホンネの隔たりなんか見てると、よう似とるなぁと思います。
  
 剣道衰退の最大の理由は日本人の西洋コンプレックスですが、それだけではないことをこの事実は暗示していると思います。
 和物の多くは衰退しつつありますが。すべてがそうではありません。ということはやりように寄っては繁栄させることができるということです。

 たとえば、現在の歌舞伎は数十年前のどん底時代からは想像もできないほど盛んになっています。それは、「スーパー歌舞伎」や「コクーン歌舞伎」などのカジュアル歌舞伎のおかげです。こういう歌舞伎で関心を持った人が守旧派歌舞伎にも興味を持ってくれました。

  カジュアル歌舞伎は、歌舞伎というジャンルの中ではカジュアルだというだけで、世間の芸能に対する常識ではカジュアルではありません。カジュアルとエレガンスの中間です。だから多くの新しいお客さんに支持されましたし、旧歌舞伎への案内人にもなれたわけです。
 写真家で作家で画家の藤原新也さんが日経新聞03年6月1日付36面に「毒ぬき社会の中の大相撲」という題で寄稿されています。そこに出てくる現代の大相撲批判が面白い。そこで言っていることはそっくりそのまま今の剣道に当てはまると感じました。
 
 それで藤原さんの大相撲批判を抜粋して載せます。大相撲と書いてあるところを剣道と読み替えてみてください。
 
 この前剣道雑誌を立ち読みしていたら、「最近はやたらぺコペコ頭を下げる人が多すぎる。これでは軽すぎて逆に礼になっていない。」という内容の文が目にとまりました。練習場へ入るときの礼や全部終わった後の個々人で交わす礼は間違っているそうです。でも直らないだろうなぁ。高段者にとっては、どんどんエレガンス化させた方が気分いいし、短期的には得だもんね。「仕事もせずに練習して、やっとなれたぞ8段に。元取ったるでイナバウアー」。
 「  昨今大相撲人気の衰退は著しいが、大相撲が面白くなくなった理由のひとつには、この格闘技からそのような『人間臭さ』が失われたことが大きいのではないかと個人的には思っている。
  
ー略ー
 
〜、いつのころからか大相撲世界ではまるで管理教育制度の校則にも似た品行方正が力士にも求められるようになったのである。しかしそれが大相撲という名の一芸能であってみれば、芸能というものを見る大衆は自らの日常の中で抑圧されている情感や身体性の開放をそこに求めようとしているのであり、芸能に世間並みの品行方正を求めることは、その存在理由を失わせしめるに等しい。
                
 思うにあの半世紀前の子供の目の前に展開した身震いするような激しい情念と肉体のぶつかりあいであった大相撲に、昨今では毒ぬき社会に呼応するように国民モラルの指針を示す国技であるというような不可思議な思い入れが生じてもいる。
 
ー略ー
 
 確かに品位とスポーツマンシップは誰の目にも気持ちの良いことには違いない。しかしスポーツであれ、芸というものが清潔で正しいこと一辺倒に向かう時、それは芸としての訴求力を急速に失っていくということをあらためて肝に銘じておいた方がいいだろう。
 
ー略ー
 
加えて言うなら、この毒ぬき社会に育った若者が「プライド」や「K1」などの人間の生々しい血と感情と汗に満ちた格闘技に心奪われるのはなぜかということの中にも、平成の大相撲を考えるヒントが隠されているはずである。」 
 大相撲を剣道と言い換えるだけでそのまま当てはまりそうなところだけを抜粋していますので、ちょっと話が抽象的になりましたが、もとの文は、大相撲についての具体的な話が載っていますので、機会があったらぜひ読んでみて下さい。
 小学校5年の息子が、カカトが痛いと言います。接骨医院へ連れて行ったら、成長痛だそうです。剣道は休むように言われて喜んでいました。剣道は1年生の時からやっています。初めのうちは喜んでやっていましたが、このごろはそれほど乗り気ではなくて、女房に半ば強制的にやらされていましたからニコニコです。サッカーも痛いようなら控えるように言われたそうです。
 
 この前、息子のサッカーの試合を見に家族で出かけました。でも、息子は控えの選手になっていて、出たのは終わりの3分間だけでした。後で聞いたら、足が痛いとコーチに言って、途中からの出場に変えてもらったそうです。本人もまさか3分間だけとは思わなかったとのこと。今度見に行くときは、最初からフル出場することを確認してからにしなくちゃ。
 
 その後も痛みは残っているようです。そのせいもあると思いますが、息子は、サッカークラブをサボってテレビゲームのショップへ行きました。すぐに女房にバレました。サッカーの練習に行ったはずなのに、ゲームウエアの洗濯物が出てなかったからです。それじゃぁバレるわ。子供だなぁ。
                 
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 今度中学生になるんですが、クラブ活動は陸上をやりたいと言っています。サッカーも好きだけど、適性は陸上の方があると担任に言われたし、自分もそう思うとのこと。
 剣道も続けようよと言っているんですが、どうなるか分かりません。部活でやる気はないのははっきりしています。
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 中学生になった今も息子は、部活は陸上ですが剣道も続けています。「ねぇ、一緒にやろうよ」と私が言っていたものですから、オヤジとのお付き合いのつもりかも知れません。いいやつです。剣友会には2つ所属していましたが1つはやめました。
 
 今まで息子だけが入っていた港南剣友会に04年5月から私も入りました。一緒に練習しています。
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 とうとう、息子が剣道をやめてしまいました。私だけになりました。こういう例って多いみたいです。
 
 初めは子供が入っていて、後からオヤジが参加して、子供は止めて親だけが残る。
 この前盆踊りに行ってきました。普通の町内会の盆踊りなんですが、子供が所属している子供会が、今の住所へ引っ越す前のままなもので、そちらの盆踊りに行きました。息子は自意識がでてきて、去年までのようには踊らなくなりました。小学2年生の娘は、私と同じで人見知りをするので、踊りだすのに時間がかかります。
    
 帰りがけに、盆踊りと剣道形の類似点について息子に説明しました。
    
 「いいか、盆踊りは左右同じ側の手足を動かすのが基本だ。右手を前へ出すときは右足も前へ出す。右手を後へもって行くときは右足を後へ下げる。左手を前に出すときに出す足は左だ。右じゃない。左手を後へ持っていくときには左の足を後ろに下げる。
   
 この手足の動かし方の原則は能や日本舞踊も同じなんだ。やはり同じ側の手足を動かす。昔の日本人の体の動かし方のクセがそうだったからだろう。剣道形もこのクセがちゃんと残っている。やはり、同じ側の手足を同じ方向へ持っていくのが原則だ。」と言って。盆踊りの曲の節をつけながら剣道形をやってみせたら、息子は笑っていました。
  
 最近、ジョギングの時、この同じ側の手足を同じ方向へ動かすというのを試しています。普通のジョギングと同じぐらい楽に走れるようになったら、剣道形も上手になっているかもしれませんね。
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 このごろ(04年3月)歩くとき、手を足の倍のピッチで振るということをはじめました。
 
 右足を前へ出すとき、同時に右手を前へ振ります。右足が前へ移動している途中で、右手を元にもどします。右足が地面に接地したときには、右手は元の位置(体側)にもどっています。左足でも同じことをします。
 
 それと、こういうのもやっています。右足を前へ出すとき、両手を前へ振ります。右足が前へ移動している途中で、両手を元にもどします。右足が地面に接地したときは、両手は元の位置にもどっています。左足でも同じことをします。先ほどと違って、手の振り方は左右対称です。
 
 これを練習すると、当てっこ剣道が上手になるのではないかと期待しています。手を振るリズムを足のリズムと合わせていたのでは勝てませんから。
 
 こういうのを考えたのは水泳のクロールからの連想なんですよ。クロールは手を左右1回ずつかく間に足は何回も水を打ちます。手の動かす回数と同じに、左右1回ずつだけ水を打つやり方もありますが、そうやっているのは少数派です。大多数の人は手の回数の整数倍だけ足で水を打ちます。手が左右で一回ずつ2回かく間に足は4回、6回、8回打ちます。5回とか5.5回とかいうのはありません。
  
 剣道も同じではないかと考えました。脚の動きに無関係に手を動かすことは難しい、だからといって足と同じリズムで動かしていたのでは、手の動きが遅くなりすぎます。なら、足の整数倍だけ手を動かすのはどうか。これは、ちょっと練習すれば違和感なくできるようになるのではないかと思いました。
 剣道の道具で一番おかしいと思うのは甲手です。新品の甲手をみるとハンマーグリップになっています。トンカチで柱にくぎを打つときの手の形です。腕が斜めについている鷲づかみです。 
  
 でも剣道の上級者でハンマーグリップの人なんかいません。剣道の本を見ても、ハンマーグリップはいけない持ち方になっています。  
 剣道の道具を作っている人たちのサイトを見つけました。「全国剣道職人会」のページです。そこの投稿欄に‘02年5月26日に、この疑問をぶっつけてみました。
 
 「剣道を始めて1年ちょっとです。剣道の道具でいつも不思議に思うのは甲手です。買ったばかりの甲手はなぜハンマーグリップなのでしょうか。まるで、トンカチを持つような形になっています。剣道をやっている人でそんな持ち方をしている人はいません。初心者がそんな持ち方をすれば必ず注意されます。実際の持ち方と同じ甲手は作れないのですか。」

 そしたら、甲手を作っている方からメールがきました。その方も剣道をやるときに窮屈だとは感じていたが、こんなもんだと思っていたそうです。
 素手で竹刀を握るとき、人差し指側より小指側のほうを深く曲げます。同じことを小手をはめてやると、小手はミトンの一種ですので甲手の指先の方角は親指側へ左折します(右手の場合です。左手なら右折)。手の指は、深く曲げたからといって、関節の曲がる方向が変わるわけではありませんから、親指側への左折は起こりません。
 
 ということは、甲手をはめたまま素手と同じ持ちかたをしようとすると、小指と薬指が甲手に引っかかることになります。新品の甲手をみるとそのことに対する配慮がありません。甲手という名前のミトンが左折することを見越した曲がりシロがとってありません。
 
 これが、現状の甲手のデザインの最大の問題点だと思います。ただたんに、ハンマーグリップの形だけの問題でしたら、買った人間が形のクセを付け直すことで対処できますから。
  
 私は、靴のつま先の幅を広げる道具を改造して、甲手の小指側にゆとりを持たせるために使っています。やらんよりましという程度ですけど、効果あります。
 以前メールをくれた甲手を作っているかたは、素手で持ったときと同じに持てる甲手を作リ始めたとそのとき言っていましたので、`02年11月12日に、完成したか、使い心地はどうか問い合わせました。
  
 完成したそうです。それを使って9年ぶりに剣道をやってみたら、気持ちよく出来たそうです。
  
 さらにだいぶたってから、この私のページを見たとメールが来ました。自分もホームページを作ったというので見たら、新しい甲手の写真が載っていました。竹刀を素手で持ったときは上から見ると人差し指と親指の間にV字ができますが、載ってた新甲手はそのV字がありました。
 そのいただいたメールに、「少し前に気付いたのですが一般的な甲手でもやさしく竹刀を握ってやれば気持ち良く稽古できますよ」とありました。?????????
 
  やさしく握るって、どういう意味かしら。
 
 これをぼくなりに解釈して、わざと甲手が脱げかかっている状態で竹刀を握ってみました。手の指先が、甲手の指先より2センチほど後退しています。靴で言うと「爪先の捨て寸」がかなりあります。
  
 甲手の指先って狭くなっていますが、手を後退させることで、その狭い部分を使わずにすみますので、以前より小指や薬指が引っかかりにくくなりました。それに、親指と人差し指が作る又の部分も後退しますので、甲手の中でV字を作ることができます。
 
 ただ、これだと竹刀を振っているうちにだんだん手が中に入って、捨て寸が無くなってしまいます。それで、甲手が脱げかかった状態で安定しているように中の指先部分に詰め物をしました。
 
 こんなことやっても根本的な解決にはなりませんが、でもだいぶ素手の持ち方に近くなりました。これをやったのが04年ごろで、いまは詰め物をしなくても脱げかかった状態で甲手をはめることができるようになっています。
 
 小指や薬指が当たるのは、甲手の指先部分が狭いせいもありますが、腕側(筒)と指先との軸線の曲がりが小さすぎることも関係しています。腕側の筒に対して指先の方向が小指の方へ大きく曲がっていれば引っかかりにくいはずです。
 言い方を変えれば、指先の方向に対して腕側の筒が小指方向に曲がっていれば、持ちやすくなるはずです。
 
 そう思って、筒をねじってみました。
 ふつう甲手ひもは、靴ひものような張り方をします。つまりクロスバッテンの形にします。それをやめて、筒の小指に一番近いところと、反対側の小指から一番離れたとことの間に、ひもを対角線状に張って締め上げました。そうすると、筒の部分が、ボタンをはめ間違えたシャツのようにねじれます。その結果、筒が小指側に曲がります。つまり、指先方向が筒に対して小指側に曲がります。
 
 ひもを対角線に張ったら、余ったひもで今までどおりクロスバッテンにします。ただし、このクロスバッテンはただのダミーですから締めあげてはいけません。ユルユルにしておきます。、
  
やってみると、かなり効果がありました。左手は小指が当たらなくなりました。右手はまだ当たっていますが、前よりましです。
 
 手首が横に曲がったことによる副次的効果として、親指と人差し指が作るV字形が維持しやすくなったこともあげられます。人差し指の根本が圧迫を受けにくくなったからです。
 
 これが05年夏の時点での、私の甲手です。
 
12年現在は、小手の内側(手のひら側)にカッターで切れ込みを入れてさらに指が引っかからないようにしています。気をつけないと指が切れ込みから飛び出してしまうのですが、さらに握りやすくなりました。でもやっぱりこれって邪道ですよね。素手で持っているときと同じ持ち方ができるデザインに甲手がなっていたらやらなくて良いんですから。
 
 03年5月に気がついたんですが、甲手がハンマーグリップなのは、昔の竹刀剣術では、ハンマーグリップが正しい持ち方だったんではないでしょうか。つまり、もっと竹刀を立てて打っていたのではないでしょうか。竹刀を立てて打つのなら、ハンマーグリップは不合理ではありません。
  
 剣道では、相手の頭をたたくとき「面」と言います。でも、現在の剣道では実際は頭を打っています。頭を打ちながら「メーン」と言っています。頭を打っているのですから、「アタマー」とか「ズー」と言えばいいはずなのに、実際は「メーン」です。昔は本当に面(顔)を打っていたのではないでしょうか。だから、掛け声が今でも「メーン」なのではないでしょうか。
 
  では、なぜ竹刀を立てたのか。サイン、コサイン、タンジェントを考えれば、竹刀を立てるとリーチで損をするはずですし、相手の竹刀が邪魔で打ちにくいはずです。 それは、剣道がもともとは剣術だったからだと思います。剣術として考えれば、竹刀を立てて顔を打つほうが合理的です。 
 昔の剣術家は腰に本物の刀を差していました。ですから、刀が刃物であることを、肉切り包丁であることを、今の剣道家より10倍よく理解していたはずです。
 
 私は真剣を持ったことがありません。当然、刀で何かを切ったこともありません。でも包丁ぐらいなら使えます。だから分かります。肉切り包丁はこすらなければ切れません。直角に当てたのでは切れません。斜めにこするように打たなければ切れません。
 
 我々が普段使っている包丁は、切るものに刃を直角に当てても少しくらいなら切れます。それは、粗めの粒子の砥石で、刃と直角方向に研いであるからです。こうすると、肉眼では見えませんが、顕微鏡レベルでは刃先にギザギザができます。こうしておくと、肉眼レベルでは刃に直角に当てていても、顕微鏡レベルでは刃を斜めに当てたことになります。ですから、直角方向に当てても切れます。それでもこすったほうがはるかによく切れます。
 今の若い人は、白いトレーに入っているパック入りのすでに切れている肉しか見たことがないでしょうが、私が子供のころは、肉は肉屋で買うものでした。肉屋は棒状の砥石で肉切り包丁をしょっちゅう研いでいました。包丁の刃と平行に研いでいました。なぜ並行に研ぐかというと、刃先にギザギザを作らないようにするためです。ギザギザがないのですから、こすらないと切れません。そのかわり、こすれば抜群の切れ味になります。抜群の切れ味にしとかないと、肉をあんな芸術的な薄さにはできません。
 
 肉屋が肉の薄切りを包丁で作っていたのは、私が小さい子供のころまでで、そのうちに、肉屋にも電動の包丁が入ってきて、それで薄切り肉を作るようになりました。
 
 電動といってもそんな複雑なものではないんで、材木を切るときに使う電動丸ノコの刃のギザギザをとったやつです。包丁の部分だけを見ると円盤型です。その、外側に刃の付いた円盤をモーターで回転させて肉を切ります。肉を刃に当てるのは人がやっていて、電動になったのは、包丁の動きのうちのこする部分です。わざわざモーターを使ってまでやらなきゃならないほど、肉切り包丁にとって、こすることは大事なのでしょう。
 テレビや写真などで見たことがあると思いますが、刀も人切り包丁ですから、肉屋の包丁と同じで、刃と平行に研ぎます。こすったときに抜群の切れ味を示すようにです。そのかわり、こすらなけりゃ、なまくら包丁以下の切れ味です。
 
 昔、刃引きをしていない真剣を、刃を上にして並べて、その上に裸足で乗って見せるという曲芸があったそうです。これなんかも、刀はこすらなきゃ切れないという性質を利用しています。 
  
 安全カミソリはTの字形をしています。刃と直角方向に動かしやすいようにです。斜めに動かすとどうなるか。顔が切れます。皮が切れます。肉が切れます。
 
 ギロチンは刃が斜めについています。真っ直ぐのほうが作りやすいし、操作もしやすいはずなのに斜めです。斜めの刃のほうが首をはねやすいからでしょう。よく切れるからでしょう。
 今は、「俺は剣道高段者だ」という人も、刀を振り回す機会はあまりないはずですから、刀はこすらなければ切れないということが忘れられています。日本剣道形解説のビデオを持っていますが、そこで模範演技をしている八段をみてもこするようには振っていません。直角に当てています。なんか、スイカ割をやっているみたいです。
 
 刀は斜めに当てなければならないということが忘れられてしまえば、あるいは忘れたフリをしてしまえば、竹刀は立てないで打ったほうが有利ですから、ハンマーグリップで持つ人もいなくなります。剣道は、いまさら昔の剣術にもどることはできませんから、甲手の形のほうを今の技術に合わせる必要があると思います。  
 06年3月6日の日本経済新聞15面に面白い記事がありました。そこからの抜粋です。
「明治になると、身分制度が崩れて困窮した武士が剣術や馬術、柔術などの特技を見せて見物料を取り、生活費を稼ぐようになった。
 その中でもブームになったのが剣術の興行。一流派を率いていた榊原鍵吉が一八七三年四月に東京・浅草で興行したのが最初で、『撃剣興行』と呼ばれた。見物料は今の価格で七千円程度、屋外の会場に座敷席を設けて興行した。時間制限なしの三本勝負が一日に何試合も組まれ、相撲を模した番付もあったという。人気は沸騰し、瞬く間に全国に広がった。
 しかし、不平士族の反乱を警戒した明治政府は、腕利きの剣士が集まる撃剣興行を危険視。同年七月に禁止令が出され、わずか三カ月で興行できなくなってしまった。一八七七年に禁止令は解かれたが、「以前ほどの人気を得ることはなかった」(中村民雄福島大学教授)という。」
剣道で、構えた状態から前へ飛び出すとき、その直前に瞬間的に左足をずらす人がいます。足の床と接触している部分の位置を10pぐらい動かします。そのせいで頭が動きます。だから対戦相手に自分の動きを読まれてしまいます。このくせの持ち主は、ベテラン、高段者と言われている人にもいます。長年やっていますからスキップに要する時間が短くなっているのですが、速いというだけでやっていることは初心者とかわりません。人に注意されてもなかなか直りません。べつに居直っているわけではありません。本人も直したいと思っているのです。でも無意識に足が動いてしまいます。
 
これと似ているのに、撞木足(しゅもくあし)とよばれているくせがあります。竹刀を持って構えたときに左足のつま先が外側(つまり左側)を向きます。すると蹴りが弱くなりますから、対戦相手に向かって飛び込んだときの距離もスピードも小さくなります。左右にふらつきやすくもなります。これも先ほどのスキップ足と同じです。ベテラン、高段者と言われている人にもいます。まぁ、典型的な撞木足を6段以上で見たことはありませんが、擬陽性くらいの怪しい足裁きの人は高段者でもいます。
 
撞木足(しゅもくあし)もスキップ足と同じでなかなか直りません。注意された直後はつま先が前を向いているのですが、練習に熱中しているうちに無意識に外へ向けてしまいます。
 
こういうくせがなぜ直らないのか考えてみましょう。
 
竹刀を持って構えたときは右足と左足の間が開いています。気を付けじゃありませんから当然です。そのとき左右の足に均等に体重をかけていると仮定すると、体の重心から下ろした垂線が床と接する場所は、右足と左足が床に接しているところのちょうど真ん中になります。この位置をG’とします。G’と左足の接地場所までの距離は歩幅の半分です。

左足の接地部分を基準にG’をみるとG’は右前方にあります。これを縦方向の成分(ベクトル)と横方向の成分に分けます。この横方向の成分を「G’横」とします。左足の接地部分とG’は離れていますから。「G'横」は構えているときの状態では |G'横| >0になっています。この人がその位置のまま真っ直ぐ前へ飛び出したとすると、つまり左足を真っ直ぐ後ろへ蹴ったとすると、その蹴った力のベクトルとG’の距離も |G’横| になります。

もし |G'横| >0の状態のまま前へ飛び出すと、蹴り足の力のベクトルがG'を通る線上にありませんから大きくバランスを崩します。俗に言う「腰が回った」という状態です。実際に大抵は蹴った後の体の正面(つまり腹)は左を向きます。これを、野球のピッチングの技術用語では「ドア開き」と言うそうです。サッカーにもありますね。ボールを蹴るとき、地面を踏んでいる方の足が地面を蹴る方向と、重心から垂直に下ろした線が地面と交わるところのG’の間が離れているとやはり腰が回ってバランスを崩します。
 
私は腰は回ってもかまわないと思っています。プロ野球のピッチャーがボールを投げるとき腰をみずから積極的に回しますが、ちゃんと剛速球をストライクゾーンの真ん中へ投げ込みます。バランスが崩れるのは「腰が回った」からではなくて、 |G'横| >0の状態のまま床を蹴ったからです。
 
私は剣道で飛び込む動作は2段階に分かれていると思います。最初の動作で前傾を作ると同時に |G’横| =0にします。つまり、G’の位置を、床の反力と同一線上のかなり前の位置に移動させます。次に床を思いっきり後ろへ蹴って前へ飛び出します。
 
|G’横| =0 にする方法はいろいろ考えられますが、スキップ足や撞木足(しゅもくあし)もその答えの1つです。スキップ足ではG’の位置が動かないうちに素早く左足を移動させて |G’横| =0 にします。撞木足では左足の膝小僧を左側へ向けておいて、それを第一段階で素早く曲げます。感覚としては左足のすねを左に倒す感じです。そうしてG’の位置を左に移して、蹴る力のベクトルの線上に来るようにします。つまり、|G’横| =0 にします。

以前私がやっていたのが、構えているときは撞木足で、蹴りはじめにG’の位置を蹴り足のベクトルに合わせたら、すぐに足首を回してつま先を前に向ける方法です。そして床を蹴ります。足首がふらつきやすいのと蹴る力がいくぶん弱まるのが欠点です。

港南剣友会の菅原さんや藤原さんがやっているのが、膝小僧の向きは撞木足でつま先の向きが前を向いている方法です。つまり、左足首を内側(右)にひねって構えます。そのため拇指球(親指側の肉球)が床から浮いて、体重のほとんどが小指球(小指側の肉球)の方にかかります。足首がぐらつきやすいので親指を床に押しつけることでグラグラを止めます。足首の可動域が小さくなるのが欠点です。

右足をメインに使う方法もあります。たいていの人は立っているときや歩いているときにつま先が少し外を向いています。ということは股関節をひねってつま先を真ん前へ向けると膝は内側を向くことになります。右足の場合は、足首を不自然に回さなくても膝小僧が左を向きます。それで足首をひねらずに「膝だけ撞木足」が実現します。違和感のない構えでG’を左へ移動させられます。欠点は、G’が左前方へ移動するにつれて、右足が床に荷重をかけられなくなり、飛び出す直前にゼロになることです。

現在(10年11月)の私は、左足の足首をひねる方法と、右足を使う方法の両方をやっています。つまり、第一段階では両足で蹴ります。蹴るというより両足のスネを左前方に倒す感覚です。その後の第2段階では左足一本の蹴りで飛び出します。

よく撞木足やスキップ足は欠点だと思われていますが、蹴り足の力のベクトル(を含む直線)がG’を通るようにさせることができて、結果、「腰が回る(バランスを崩す)」ことを防げるという点では他の方法同様優れています。だから治らないのです。やめれば「腰が回る」んですから、欠点が大きくたって「腰が回る」よりマシなんですから。

山登りに例えれば、撞木足やスキップ足は技術の山の頂上です。ただ低い山の頂上です。その低い山の頂上から周りを見ると、自分がいる山より高い山が見えます。できれば高い山に登ってその頂上へ行きたい。でもそのためには今いる山を降りなければなりません。「腰が回る」谷までいったん降りなければなりません。つまり、いったん今よりもヘタにならなければなりません。それがツラいので、低い山の頂上付近をウロウロすることになります。これが、スキップ足や撞木足がなかなか直らない理由です。

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 ■私は流行を予測するのが本業です。流行予測理論を使って、現在と未来の
市場を予測しています。現在を予測するとは変ですが、過去の時点から、現在
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(更新 12年10月17日)

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