Take's Literary works.

  モグラ君のスコップ

瑚  文      

 一階の部屋に住んでいたことがあります。五十年も前にたてられたという古いアパートのひと間で、壁が崩れかかっているオンボロ部屋でした。壁だけではありません。柱も曲がっていましたし、窓やドアは一度あけると、なかなか閉まらないといったありさまでした。畳と畳のすきまからは床板が見え、その床板には大きな穴があいていて、そこから地面が見えるのです。僕の友達は、この部屋を「コジキ小屋」と呼んでいました。
 こんなひどい部屋に、どうして何年も住んでいたかといいますと、貧乏だったことと、窓から自由に出入りできたこと、そして、毎日、窓のすぐ外を、近所のとても綺麗な娘さんが通っていたこと……などなどの理由があったからです。
 一階の部屋でなければおきなかった面白い出来事が、随分ありました。この話も、そのひとつです。
 そのころ、僕は、あるとてもへんてこな学校の生徒でした。その学校で習うのは、空想の仕方なのです。空想したり、人に空想させたりするための方法を学ぶのです。普通の学校と同じく、教室での授業があります。実験や実習もあります。それに、もちろん、テストもあるのです。テストは、たいへんむずかしく、六十点以上とれないと落第です。進級させてもらえません。
 秋のテストの一週間前のことです。
 僕は、ふだんからあまり勉強していませんでした。でも、ほとんどのテストに合格する自信がありました。ただ、ひとつだけ落っことしそうな科目があったのです。「空想工学」という科目です。この前のテストでも六十点スレスレでした。なにしろ、へんな問題しか出ないのです。たとえば、「楽しいことだけを写すカメラの設計図をかきなさい」とか、「雨の中を晴れた日の気分で歩くための傘をデザインしなさい」といったものです。この科目のテストのために、僕は一週間も前から夜も寝ないで勉強をしなければなりませんでした。
 すきま風がカーテンをめくると、街灯に薄く照らされたくもりガラスが見えます。屋台のラーメン屋さんが吹くチャルメラの音が、つめたい風にまじって部屋の中にしみこんできます。僕のオナカは、この音が大好きでした。でも、僕のサイフはこの音が大嫌いなのでした。「グーグー」とむくれるオナカをおさえ、口をへの字に曲げたサイフをにぎりしめながら、僕は試験勉強を続けるのでした。
「おなかがすいているんだったら、ミミズをもってきてあげましょうか?」
 後ろで、声がしました。ふり向いて部屋の中を見わたしました。誰もいないようです。
「おいら、ここです」
 もういちど、ゆっくり見わたして、部屋のすみっこに、声の主を発見しました。畳と畳のすきまから小さな頭をのぞかせています。畳の端っこに前足をひっかけ、その足の上に頭をチョコンとのっけているのです。てのひらに入るくらいの動物です。
「おいら、モグラです」
「やあ、こんばんは」
 僕は、あまり吃驚せずに、挨拶しました。なにしろ、落第しそうなテストの前です。びっくりしている暇なんかなかったのです。
「床に穴があいていたんで、そこから入ってきたんです。あがってもかまいませんか?」
「いいよ、あがりたまえ。いま、電気をつけるから」
「あっ、明るくしないで下さい。おいら、暗くないとだめなんです」
 そうそう、モグラは暗い所が好きな動物だったっけ、と気づきました。そのモグラは、畳の上にはいあがり、すわるような格好をしました。
「オナカがすいているんなら、ミミズを五、六匹、お土産にもってきてあげればよかったですね」
 僕は、少し食欲がなくなりました。
「人間はミミズを食べないんだ」
「あんなおいしいものを、どうして食べないんですか? すききらいは、いけませんよ」
 僕の食欲は、ほとんどなくなりました。
「ところで……」
 モグラはあらたまって、話し始めました。
「お願いがあって、来たんです」
 お願い? どんなお願いでしょう。お金を貸してくれといわれたらこまります。サイフは空っぽなんですから。
「おいらの家は、先祖代々この土地でモグラをやってます」
 それは、そうです。先祖が犬だったとか、猫だったなどというモグラは、めったに居ません。先祖がタヌキだったような人間はよく見かけますが、モグラの先祖は、やはりモグラと言ってよいでしょう。
「むかし、この辺りは、広い大根畑だったそうです。土地も肥えていて、ミミズも太っていたそうです。おじいちゃんなんかは、よく、大根おろしでミミズのひらきを食べた話をしてくれました」
 僕の食欲はまったくなくなりました。
「お父ちゃんの時代に、電車が通るようになってから、畑はだんだん、つぶされていきました。そして、家がたくさん建てられました。モグラたちのほとんどは、ほかの土地へ引っ越していきました」
「君の仲間は引っ越して行かなかったの?」
「おいら達は、ここに残って、街モグラになったんです」
「マチモグラ?」
「街に棲むネズミを、街ネズミと云うでしょう。だから、おいらたちは、街モグラ」
「ああ、あれはね、ドブ……」
 ドブネズミと言おうとして、おっと、と思いなおしました。都会の下水道などに、ドブネズミという種類の大きなネズミがいるのですが、あまりきれいな名前とは思えません。ドブモグラでは、きたなく聞こえて可哀想でしたから。
「そうそう、都会にすむ近代的なモグラのことを、マチモグラというね。聞いたことがあるよ。ところで、街モグラと田舎のモグラとは、どう違うの?」
「田舎には畑が多いでしょう。畑にはミミズがたくさんいます。だから田舎のモグラは、ふとっていてお金持ちなんです。ところが、街には畑がありません。だから、街モグラは貧乏なんです」
「でも、畑を荒されたら人間はこまるなぁ」
 モグラ君は、すこし、うなだれました。
「すみません。でも、街モグラは、あまり迷惑をかけていないんじゃないかと思います」
 モグラ君は下を向いて、だまりこんでしまいました。少し言いすぎたかなと、おもいました。
「ところで、お願いってなんだい?」
「でも、おいらたち、人間にめいわくをかけているから……」
 モグラ君は、すっかりしょげてしまって、言いだしにくそうです。
「いいよ、僕にできることだったら、なんでもしてあげる」
 どんなことを言い出すのか興味があったことと、ちょっとモグラ君がかわいそうだったので、僕は願いをきいてあげるつもりになっていました。
「本当ですか。ありがとう。実は、おいらたち街モグラは、四年に一ぺんづつ競技会を開くんです」
「どんな競技会?」
「未来的トンネル工事競技会です。トンネルを掘ることだけは、どこのモグラにも負けないようにしようということと、新しい掘削技術の開発が目的なんです」
「クッサクギジュツのカイハツ」
 僕は、モグラ君がむずかしい言葉をつかうので、すこし感心しました。
「スローガンは『より速く、より深く、より長く』です」
「へえ、オリンピックみたいだね。今年は君が出場するんだね」
「そうです。そこで、お願いなんですが、スコップを一つ、作って欲しいんです」
「スコップ?」
 競技会でスコップなど使って良いのでしょうか。ルール違反にならないのでしょうか。
「トンネルを、きれいに速く掘るために、新しい工夫をしなければならないというルールがあるんです。それに、おいら、コンクリートのブロックを引っかいちゃって、爪をこわしてしまったんです」
「そうか、うーん」
 もう、この時、僕はスコップの大きさや形を考え始めていました。僕はそういう工作が大好きなのです。それに、このモグラ君が小さなスコップを持って一生懸命トンネル工事をしているところを想像して、おもしろく思ったのです。
「どんな形で、どんな大きさがいいのかな」
 僕は、質問をし始めました。
「デザインは、おまかせします。モグラ工学の基礎と応用を、これからお話しますから、それを参考にして設計して下さい」
 人間工学という学問があります。人間の体や心のしくみを勉強して、人間が使いやすい道具や機械を作ることを研究する学問です。モグラ工学も同じような学問なのでしょう。僕はさっそくノートをとることにしました。
 モグラ先生の授業は、一時間くらいでおわりました。
 ……モグラは、一日にどのくらいの長さのトンネルを掘るのか。なぜ掘るのか。どんな土の時にはどんな堀りかたをするのか……などなど。 
 モグラ君が床下の土の中に帰った後、僕はしばらくモグラ工学のノートをまとめていましたが、ふと、たいへんなことを思いだしました。
「いけない! テストがあったんだ」
 テスト勉強をしなければならなかったことを忘れて、ついうっかり、スコップ作りを引き受けてしまったのです。でも、約束は約束です。守らないといけません。テスト勉強を気にかけながら、僕は、モグラくんのスコップ作りにとりかかりました。
 三日間もかかって、スコップの設計図が出来上がりました。
 モグラ君は、毎晩やってきては、「もう少し持ちやすくして下さい」とか、「もう少し軽くして下さい」とか、いろいろな注文をして帰ります。
 スコップの杖は、竹の箸を削って作りました。シャベルの部分には、こわれたフライパンを切って使いました。そうして、モグラ工学に基づいた理想的なスコップが、約一週間かかって完成したのです。
 モグラ君の喜んだこと。
「競技会に優勝したら、必ずお礼にきます」
 そう言いながら、スコップを大事そうにかかえて、地中に帰って行くのです。
 さて、僕の方は……困りました。たいへん困りました。次の日が、あの「空想工学」のテストだったからです。スコップを作るのに時間をとられて、まったく勉強していなかったのです。テストは落第するにきまっています。どうしましょう。

 テストの日が来ました。どんな問題が出るのでしょう。前の日はつかれて眠ってしまいました。落第するのは確実です。
 問題用紙がうら返しにして配られました。
 落第したら、荷物をまとめて田舎に帰らなければなりません。田舎では、少なくとも三日間は、オヤジさんのセッキョウを聞かされるでしょう。もしかすると、カンドウされるかもしれません。
「始めなさい」
 先生の声が教室に響きます。しかたありません。僕は覚悟をきめました。
 ドキドキする胸をおさえながら、僕は問題用紙を表にしました。そして……吃驚したのです。
 
 問題
雲の中には夢が浮いている。
海の底には夢が沈んでいる。
それなら
地中深くにも、夢が埋もれているはずだ。
さて、
雲の夢をさがすには、
オレンジ色の飛行機がいるだろう。
鳥に頼むのも一つの方法だ。
海の夢をさぐるには、
マリンブルーのシュノーケルが必要だ。
魚と友達になるのもよい。
それでは、
地中の夢をさがすには、
どんな道具が必要か?
誰に手伝ってもらえばいいだろう?
 
地中の夢をさがすための道具を設計し、その設計図を描きなさい。また、その道具を誰がどの様に使うのか、工学的に述べなさい。

 テストが終わって何日かたったある日、部屋に帰ってみると、畳のすきまのすぐそばに、そら豆くらいの水晶が置いてありました。モグラ君のお礼でしょう。きっと、競技会で優勝したに違いありません。「空想工学」のテストは、もちろん百点満点でした。
 ところで、モグラには、人間の言葉は通じないはずです。どうやって話をしたかって? 僕の通っていた学校で、「空想語学」という授業を受ければ、モグラと話すことくらい、わけなくできるようになります。ただし、テストで六十点以上とらないとだめです。
 
 一階の部屋は、楽しい部屋でした。いろいろな友達が、窓や床下から出入りしていました。
 今、僕は、遠くの街にある七階の部屋に住んでいます。窓から出入りすることは、もう 
できなくなりました。
 気楽な貧乏は、まだ続いています。
 窓の外を通っていたあのきれいな娘さんはもうお嫁に行ったでしょうか。
 あのなつかしい一階の部屋は、まだあるのでしょうか?

 (了)

あとがき
 人は想像力で生きています。ココからソコへ歩くとき、人は、ソコを歩いている自らの姿を想像する筈です。想像力が無ければ、歩くことさえ出来ません。僕等は夢や空想で、想像力を鍛えてきました。
 リアリズムを信仰する人々は「夢」や「空想」という言葉を極端に嫌います。土竜が言語を使用するだけで、現実味の無い話だと貶されることがあります。宇宙が無限であることも自分が生きていることも、現実であると同時に、とても不思議なことだと思いませんか?

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