Shell Clash






 前後左右・上中下。全てに等しく落下してゆくような、絶対零度の座標点。
 自分を留めるための手がかりも、向かうべき道標も、そこには何一つ存在しない
 ただ確かなのは、糸となって目の前を疾り抜ける星々の光と…耳にうるさい鼓動だけ
 今はそれだけが、…心を向けられる全て
 
 灰色の殻に包まれて、僕は昏き虚空を落ちてゆく
 一体…何処へ向かって?






Shell Clash ver.0 Proto type






Legion 名詞―古代ローマの軍団、転じて部隊・軍隊。または蝗の群れ。






 強化セラミック製のライダーヘルムをかぶると、バイザーが少年の半顔を覆って視界を灰色に塗りつぶす。見えない不安を紛らわすように右手のレバーを握り込み、手首を返すと
ぎゅん…
 その動きをトレースして動く、人の手を模した右マニュピレーター。しかし人の手と似ていると言えるのは五指を備えているという一点のみ。硬度の高そうな、光沢のない灰色の装甲に覆われたそれは人の手、と言うよりはむしろ甲殻類、節足動物に似ている。
 すぐに目の前が白くなり、やがて“外”の世界を映し出した。
 視界に飛び込んでくるのは、今や己の身体の延長となった大きく…硬い灰色の殻。敵の死骸から造った、鋭角的な装甲に覆われたパーツで人型に構成される組み細工。攻撃的な棘の突き出た全体のフォルムは四肢を備えてはいたが、見る者にかつての地球上に君臨していた水棲甲殻類…人を模した剣尾類を連想させた。

 有人攻撃型生体外殻、攻殻機兵ストライク・シェル(Strike Shell)
 それは、人が虚空での生存競争に打ち勝つために

(……)
 そして見上げれば、在るのは底無しの黒、無限の静寂 …そして、暗闇に降り注ぐ無数の光。
 バイザーのHMD(Head Mount Display)が360度、視界全てを星々の虚空で埋め尽くした。
 不意に眩暈に似た感覚に襲われて首が倒れかけるけれど
「…くっ……」
 落ちないように、縋るように、左右のレバーを握り締めた。
(見えてるだけなのに…慣れないな、やっぱり)
 全てを覆い尽くす、昏い空に…
 しかししっかりと目を見開いて前を見ていると、星々の光が虚ろの大海に仮初めの定点となって心を落ち着かせてくれる。
 と、そんな時
『おう、蛍士(けいし)! 準備はえーか?』
 威勢のいい声と同時にHMDの一角にウインドウが開き、中から若者が現れた。歳は17か8か。長身痩躯、しかし短く刈り込んだ黒髪とよく焼けて浅黒い肌は、不健康を微塵も感じさせない。
 白いつなぎの作業着が、所々青い染みで汚れている。
「はい、大丈夫です。…行けますよ」
 蛍士、そう呼ばれた少年が答えた。言葉の後半分はひどく静かな声で。マウスピースを噛んでいるためにその声は少々くぐもってはいたが、聞き取れぬほどではない。
『しっかしええんか、その装備で?』
「いいです。どうせ当てる自信ないし」
『機兵科の連中みたいに火器積んだってええんやで?』
 常識的に判断して、これから立ち向かわねばならない“敵”のことを考えれば、蛍士の乗り込むストライク・シェルの装備は、先発している者たちに比べてあまりに貧弱過ぎる。
「弾薬だって限られてるって言うし。無駄にはできないし」
『せやかて…』
「ほんとに大丈夫ですよ。連太郎(れんたろう)さん」
 なおも言い募ろうとするのを遮るように
「それに、僕はこっちの方が…」
 蛍士が両手首を勢いよく返すと
ジャキンッ!
 大きく広げられる左右のマニュピレーターが、両の手に長い得物を抜き放った。その形状は直剣に似ており先端は尖り、遠目にはわからないが刃状の直線に沿って、微小な鉤針が細かに並んでいる。
「…慣れてるから」
キュイイイイインンン!!
 灰の甲に覆われた指がトリガーを引くと、鉤針が刃の上を高速で走り抜ける。
 無論、現実に音が発生しているわけではない。真空の宇宙空間で空気の振動・音は発生しようがないのだ。しかし機体からレバーのグリップに伝わってくるかすかな振動が、それを感じ取らせてくれる。
 それは、作業用シェル専用のチェーン・ソー。船内船外問わず、シェルを操縦して硬度の高い特殊鋼を切断するための作業用装備である。間違っても、戦闘用ではないのだが…
『けーしにーはーん、スパイク・アンカーも付けといたでー』
 ぴょこんと束ねた黒髪が跳ねると、ウインドウの下からひょっこり女の子が現れた。
「瑛里奈(えりな)ちゃん?」
 蛍士がバイザーの奥の目をぱちくりとさせる。年齢は10代半ばくらいか、作業着姿の女の子だ。
『カートリッジも気にすることあらへん。あんなん使うてレギオン退治すんのはにーはんだけやし』
 瑛里奈はどこか子狐思わせるぱっちりとした吊り目ににまにまと笑みを浮かべながら
『まだまだ倉庫にたんまりあるさかい、出し惜しみせんでどーんといったり!』
 あっ軽く蛍士を激励する。
『な、なんやねん瑛里奈! とっとと居住区にもどっとれ!』
 連太郎こと作業着の若者が怒鳴るも、瑛里奈はどく吹く風といったところ。
『えーやないかアニキ。こーなってもーたらどこ逃げたって同じやないか』
 現在の自分たちの状況を鑑みてみるともっともなのか、連太郎はぐ…と言葉につまる。瑛里奈がアニキと呼んだところを見ると、この2人は兄妹だとわかる。そと見はともかく口調もそっくり。
『んな辛気くさい顔で送り出したら勝てる戦も勝てへんで。けーしにーはん!』
 ウインドウ越しのそんな2人のかけ合いに表情をなごませていた蛍士だったが、急に呼びかけられて真顔になった。
「え?なに?」
『あん時みたいにいいとこ見せたりっ! ほーんまあん時はかっこよかったでー。あ! 赤うなった赤うなった!!』
 瑛里奈も蛍士の顔をモニターしているのか、けたけたと喜んでいる。
「………」
 蛍士は照れているのか赤くなって俯いてしまっていた。バイザーで顔の下半分しかわからないが、確かに赤くなっている。
 そして急にHMD上にもう1つウインドウが開くと
『ケージ(格納庫)! 非常時にパイロットをからかわないでくださいっ!!』
 なんだかしびれを切らしたかのように現れたのは栗色の髪をセミロングにした、またもや10代半ばほどの少女である。翠の瞳を剣呑に細めて、隣のウインドウの瑛里奈を睨みつけている。
『お、琴(こと)はんやないか。なんやえろー剣幕やな』
 琴は無視して気を取り直すと、本来の仕事に戻って蛍士に向き直り、告げる。
『…(無視)…日下(くさか)君、今から現在の状況を伝えるから、こっちのサーバーと同期を取って。それから…』
「あ…」
 蛍士がぽかんと口を開けると、急になにかをこらえるように口をつぐむ。
『あ?』
 そんな様子に琴が訝しげな視線を向けてくる。
(え…瑛里奈ちゃんかんべんしてよう…)
 蛍士の見るウインドウの片方の中で、瑛里奈が“ばびろーん”と指で目玉をひん剥き舌を出していた。



 くすんだ灰の機影が音速をはるかに越える速度で虚空を疾り抜けると、次の瞬間、その残像を追うように赤や黄の光が音もなく華咲き、消えた…
 浮遊する、かつて敵だった塵芥の中に機動を急静止。殻に覆われた機体が手足を伸ばして人型を取り、手にしたグラヴィティ・ライフルのネクロシス弾倉を交換する。
「………」
 その一連の動きはヴェテランの兵士もかくや、というほど。一分の無駄もない。
 乗り込むパイロットの顔の上半分はバイザーで隠れて見えないが、白い肌と通った鼻筋、そして面立ちのたおやかな曲線が、意外なことにその操り手を未だ年若い少女だと告げる。
ピピピピ…
 小さな電子音に、少女がピクリと反応した。
 自身の機体を中心に据えた3D映像に、近づきつつある赤い光点が複数。真青の瞳に火花を散らすように映りこむ。
(…新手か?)
 センサーを拡大望遠にセット。迫り来るモノは…
 唇の薄い秀麗な口元が、かすかに歪んだ。



 銀河を流れる生命潮流、ネクタル・ロードを漂流するここ“船”。しかし実のところ船というのは名ばかりでその形状は、半ばほどで無惨に歪んだ切り口、そして折れた特殊鋼の骨組を剥き出しにした巨大な半円筒でしかない。
 その正体は、何らかの要因で巨船から引き千切られたエネルギー生産プラントブロックに他ならないのだが… そこが今、一部の者たちの住処となっていた。
 プラントとは、本来円筒形をした船の後部に位置して電磁ネットを展開し、ネクタリオン粒子を採取し熱量に変換するための装置で、船団のコロニー船全てに完備されている。
 その制御ルームが彼らの防衛戦仮設ブリッジとなっていた。
 一艘の船が3万人余りの居住者を乗せて生活を支える。そのエネルギーを供給、コントロールするのだから当然、この制御ルームも百人余のスタッフが常駐できるよう広いスペースと設備が整えられてはいた。
 …しかし、今この場にいるのは僅か3人。しかも全員知識も技術も経験もない10代の若者たちであった。
「5…9・13… レギオン接近中、徐々に数を増していますっ!」
 いらだたしげに銀縁眼鏡を目元に押し付けながら、白衣の少年がコンソールのキーボードを叩く。
 自分たちのいる“船”を中心とした球形の3D映像に向かって、赤い光点が次々に生まれては突き進んで来る。
 前線で戦うシェルから送られてくる映像を過去のデータベースに照合。結果を出力。3D映像となって、彼らの敵がその姿を顕わにした。

 剣のように尖った尾を背ヒレのように立てる、棘のある黒い外骨格に覆われた巨大生物。前面に2本の腕足をユラユラと揺らしながら、星々の大海を悠然と迫り来る。
 その数…19。

「…間違いない、こいつらプレデター(捕食性)レギオンです! 光里(みつり)さん、このままじゃまずいですよっ!」
 焦りを含んだ白衣の少年の言葉に、その後ろで腕組みした年嵩の少女…というよりはもう女性と呼んだ方が適確であろう…が、腰まである艶やかな黒髪を後ろへ放り流して座席から立ち上がった。
 黒い瞳が眼光鋭く、3D映像を睨み据える。先ほどまではアタッカー(攻撃手)、マハ・エヴァンヴァッハ駆るストライク・シェル、青が示すその孤光が流れる度に、赤い光点は減っていったものだが今度は…
「クラスター(群性)レギオンを嗅ぎ付けてきたのね」
 新手のレギオンを示す光点が、なかなか減らない。
「いくら“ティルヴィング・ヴァルキュリア(魔剣精霊)”マハでも1機だけでは駆逐は無理ね…」
 少年の隣のコンソールに向かう琴を見て、指示を下す。
「4番機を援護に急がせて!」
「はいっ!」
 琴はキーを叩くと船の下部、仮のシェル格納庫となっている物資搬入口に回線を開く。そこでは日下蛍士がストライク・シェルに乗り込み待機中だ。
「日下君、聞いての通りよ。マハさんが苦戦してるわ、行ってあげて!」
『うん。りょうか…』
 い、と蛍士が返答しようとしたところを
『俺が行くっ!』
 ず太い声が遮った。
「不許可よコンラッド」
 しかしそれに対する光里の言葉はにべもない。
『なぜっ!』
「あなたとラグ、2人の防衛線でようやく“ここ”は落とされずにもってるのが現状。どちらか1人抜けた瞬間、ディフェンスを抜けたレギオンどもがここの“エリクシル・プラント”を食う…もとい破壊してしまう。プラントを失えば私たちはおしまい。許可できないわ」
『ならクサカをこっちに回せばいい!』
「配置を替えてるヒマはないの。連中がその隙を見逃すもんですか」



 船の周囲を回遊する甲殻生物の群れ。それらは現在マハが交戦中である、先のブリッジ映像のレギオンとは形状がやや異なる。大きさはほぼ同じものの、外骨格を覆う棘が少なく、腕足もない。体色も白色をしていた。
 迎え撃つのは2機の攻殻機兵。灰の人型が縦横に経巡りながらネクロシス弾頭を叩き込んで行く。これはレギオンにとっての“毒”を含み、直撃しなくとも外骨格を少しでも抜ければ毒素が瞬時に組織を巡り回って壊死させ、最長でも6.2秒でレギオンを殺すことができる。
「諦めなってコン先輩」
 内1体が、戦いの中にありながら飄々とした声でもう1体に通信を入れた。
「クソっ… ラグ、いつも言っているが…」
 もう1体は怒鳴りながらグラヴィティ・ライフルのトリガーを引き絞り
「俺をコン先輩などと呼ぶなーっ!!」
 直撃。白いレギオンをまた1体、塵にした。



「エリクシル・エンジン起動」
 蛍士がトグルスイッチを弾くと、ヴン…と細かな振動が身を包む。パイロットシートはクッションで乗り手の全身を包みこんでいるので、熟達すれば機体の変調などもこの振動を感じ取って知ることができる。
『エリクシル・エンジン起動確認。ネクタリオン変換率上昇。15%…28…』
 琴が蛍士の言葉を受け、ブリッジより出撃シークエンスのサポートを開始した。
『50… 駆動系への熱量供給開始 …73…92%… ∞(アンフィニ)到達。アイムレス・グラヴィテイション(Aimless Gravitation:無志向重力)発生。変換経路をループ固定、クライン構造を形成… いつでも行けるよ日下君』
「ありがと」
 蛍士は答えると、格納庫下、船の下部に丁度逆さま(宇宙空間に上も下もないものだが)に吊り下がった状態の己の機体、ストライク・シェル4番機を固定したワイヤーから切り離そうとトグルスイッチの1つに手を伸ばす。
 少しだけ、機体の細かな振動とは異なる震えが指先を走った。
(まだ怖いのか…僕は)
 あの、定めるものの何もない世界が…
 いらだたしげに眉根を寄せると
「…っ」
 右手をレバーから離して口元に持っていくと、スーツのグローブの上から手の甲に噛みつく。そして顎を離すとそのまま何かを振り切るようにスイッチを弾いた。
ガクンッ!
 衝撃が襲い、蛍士の乗る機体が虚空に放り出される。
「……はっ…はっ……は…」
 眩暈と一緒に急激にドクンドクンと鼓動が速まり呼吸が荒ぶる。ブリッジから送られてくるレーダーの解析結果・3D映像をまるで命綱を求めるように見つめると
(はっ…くっ… マハさんと、敵の位置は…)
 目標、座標確認。黒い双眸を見開いて意識をそこ集中すると、機動照準の白い光点がその志向を読み取って移動した。
「グラヴィティ・ライン(仮想落下軸)、ロック(固定)」
 白い光点が、蛍士の目の前で何もない暗き虚空に穿たれ定点となる。
 ウインドウの片隅で瑛里奈が拳を突き上げた。
『イケ好かん機兵科の連中に目にもん見せたれーっ!』
「ダイヴ(降下)!」
 蛍士が短く鋭く呟くと4番機、灰の攻殻機兵が軸に沿い暗黒に向かって“落ちた”。
 目の端にきらめいていた星々は一瞬で尾を引く白い糸に変貌。エリクシル・エンジンの生み出す重力が機体を引っ張り急加速させ、情け容赦ないGが蛍士の身に襲いかかる。
 この感覚は紐の一端に自分の身体を、もう一端に重りを結び付けて重りの側を思いっきり前方に投げることによって自身を引っ張る。そんな感覚が最も近いが、加速度は単なる自由落下によるものの比ではない。
「…ぐ……」
 顎にかかる強烈な圧力。マウスピースはそのためだ。放っておけば歯が砕けかねない。
(何処だ…)
 とにかく敵でも味方でもなんでもいい。何もない虚空の中で向かうべき“定点”が欲しかった。
ピピピピ…
 センサーがすぐに反応し、赤い光点として数体の白いレギオンを捉える。
(見つけた!)
 右のチェーン・ソーを1本引き抜くとマニュピレーターの指がトリガーを引く。ブレードが急加速で刃の上を疾走。シェルはまさに瞬きの間にそのうち1体に迫り
 カッと見開かれる蛍士の眼。
「おおおおおおっ!!」
 レギオンが丸めた剣尾を伸ばす間もなく、水平に振り抜かれたチェーン・ソーが音もなくその頭部を外殻もろとも割り砕いた。



 コンラッドが機体のグラヴィティ・ラインを反転。レギオンの振り回す剣尾を後退して避けると、レギオンの体液からなる青い尾を引く灰の軌跡が視界に入って来た。
 識別パターンは味方を示す青い光点。コイツは…
 船の下部格納庫から弾丸のごとく飛び出してきた4番機が、その軌道上に侵入してくる白いレギオンのことごとくをチェーン・ソーで片端から解体してゆく。球となって飛び散るレギオンの青い体液もかすりもしない、凄まじい加速と機動で見る間に船の周囲から離脱した。
「あんなのありかーっ!」
 コンラッドが叫ぶ。作業用チェーン・ソーでレギオンを切り刻むなんてのは、コンバットスクールじゃ習わない。
「ま、オレらがやったら段平(だんびら)振る前にレギオンと正面衝突だよなあ。たいした機動テクニックだよ」
 シェルの中で、ラグは何やら感心げにうんうんと頷いている。下半分しかわからないが肌が黒くて彫りの深い、地球で言う南方系の顔立ちをしていた。
 頷くのを止めて…つと、訝しげな目を瞬く間に視界から消える灰の機影に向ける。
「でもアイツ、ミドルスクールの生徒だっつってたけど、どこであんなの習ったんだ? シロウトじゃ…ないよなやっぱし」



 ただ1機、マハ…魔剣精霊の2つ名をもつ少女の駆るシェルが、黒いレギオンの群れの中を駆け巡る。
(プレデターレギオン… 知識としては知っていたが……)
 見ただけでも今まで屠ってきたものとの違いがわかる、攻撃的なフォルムを持つレギオン。動きも速く外殻は硬く、正面からの120mmネクロシス弾を容易く弾き返す。その上…
 目の前の黒いレギオンが獲物を捕らえるための腕足を振り上げると、その中から3本の管からなる束が出現した。
「!!」
 反射的にグラヴィティ・ラインを反転させてシェルを急速離脱させる。次の瞬間
噴!
 シェルの体長とほぼ同程度…5メートルほどの棒状の物体が3本、高速でシェルの真横を疾り抜けて行った。
(“ヴェノム・スピア”)
 再度撃ち出される槍をかいくぐり体表を覆う棘をさけ、強度の低い殻の継ぎ目を狙って弾丸を叩き込んで離脱。マハのシェルを獲物と認識して襲い来る次のレギオンの“槍”を、屍となったレギオンを盾にして避ける。そのままレギオンの屍を押して叩きつけ、できた隙に背後に回ってまた外殻の継ぎ目を狙って引金を引いた。
 身にかかるGは相当なものだろうが、そんなものはものともぜずにグラヴィティ・ラインを前後左右上下縦横斜と自在に巡らせシェルを駆る。
(残りは?)
 マハはバイザー越しにもわかる濃い青をした瞳をセンサーに向けた。残りの赤い光点は…14。これで5体を沈めた計算になる。
 弾倉交換。予備弾倉異常なし。ネクタリオン変換率 ∞(アンフィニ)、駆動系ともに問題なし…
 1秒とて留まることなく飛び巡りながら機体をチェック。次の敵に向かってグラヴィティ・ラインをロックし
「…ダイヴ」
 弾かれたように飛び抜け、ようと、したのだが…
(っ!)
 ガクンとその身を鈍い衝撃が襲い、動けなくなる。視界前面には何もない。センサーを背面に切りかえると
「いつの間に……」
 機体チェックのためにできたほんの僅かな隙をついたのか、黒いレギオンの腕足がマハのシェルを背後から抱え込んでいた。
 腕足の付け根でがぱりと開く円形をした口腔。暗い空洞のような内部は、奥まで尖った歯が細かにびっしりと敷き詰められている。これで獲物を噛み砕き、体組織から高密度のネクタリオンを取り込むのだ。
「くっ…」
 グラヴィティ・ラインをひたすら前方に投げ、離脱しようとするもギリギリと締め上げてくる腕足がその力を上回り、させない。このままでは…
(蟲の、餌食か…)
 センサーの捉える映像を見る。円形をした暗い窖(あなぐら)。それは、落ちれば何一つ残らない虚無の深淵にように… それを想像した瞬間マハの中で何かが弾けた。
「ご免だっ!」
 前に出られぬのなら…
 目を閉じて意識を背後に集中する。しくじればもう打つ手はないまさに“奥の手”だ。落下のための軸ではなく、点を。全ての力をその一点に凝縮し…
 マハの額を汗が流れ落ちる。
 一点から、線と面を跳躍して、全方位に向かって膨れ上がる巨大な…球!
 脳裏でイメージが確定した瞬間、マハのシェルは弾かれるように前に投げ出された。
「ハア…ハア…やった、か?」
 すぐに機体をたて直し振り向くと、一方の腕足を付け根から千切られたレギオンが音もなく身をくねらせてもがいている。
(外したか…)
 だが取りあえず危機は脱することが出来た。僥倖と言うべきだろう。そのままライフルを構え直して毒の弾丸を開いた口に向かって叩き込む。
 消耗して動けずにいるマハに、次のレギオンが襲いかかった。その個体は長い剣尾を助走をつけるかのように大きく旋回させ、マハのシェル目がけて振り下ろす。
「しまっ…」
 かわしきれない… その時
ひゅるるん!
 まるで音がしたかのように、先端に多目的アームの付いたワイヤーロッドがレギオンの剣尾に絡みついた。
「何っ!」
 剣尾はそのまま後方に引っ張られてマハの目の前から遠ざかる。
 こんな戦い方をするヤツは…

 スパイクアンカー・ハンドガン型のワイヤーロッドを巻き戻しながら、蛍士はグラヴィティラインを反転させて後ろに引き下がる。ワイヤーロッドの先端アームは剣尾に巻き付いているために、当然レギオンも一緒に、だ。
 レギオンが蛍士のシェルの方を向く前に左手のスパイクアンカーを放り捨てると、もう1本のチェーン・ソーを引き抜く。ブレード回転をオンにすると間髪入れずレギオンの背中に躍りかかった。
 剣尾と腕足がその身を襲うよりも速く、左の刃が体表の棘を薙ぎ払い、右の刃が頭部外殻の継ぎ目を縫って突きこまれた。それは狙いすましたように…

 その光景を見たマハの頭に、授業で叩き込まれたレギオンの解剖図が思い浮かんだ。
(…間違いない、あれはレギオンの神経叢を捉えている…)
 急所をブレードで抉られてあのレギオンは即死、だろう。
 マハがそんなことを考えているとHMDの左上隅にウインドウが開き、ぜいぜいと荒い息をつく少年を映し出した。彼はストライク・シェル4番機のパイロット
『はぁっ…はっ…無事、ですか? マハさん…』
 クサカ・ケイシだ。
「フゥ…」
 その声を聞いて、なぜか思わず安堵の溜息をついてしまうのだが…ふと、気づく。
(なんでワタシは安心している?)
 日下蛍士・ただのミドルスクールの3年生。民間人。しかもロクに学校など通っていなかったという話。
 暗い宇宙が怖い、無重力が不安だとか言いながら、こいつは平気でシェルに乗って“ティルヴィング・ヴァルキュリア(魔剣精霊)”とまで呼ばれた自分の機動に着いて来る。
(こんなヤツに…)
 表情一変。なんだか急に何かが許しがたくなった。

 マハの第一声はこうなった。
『出てきたのは貴様かクサカっ! まったく… 民間人は下がっていろ!』
 バイザーの向こうにある少女の青い目が、ウインドウ越し棘を持って蛍士を睨み据える。その言葉と表情には元来温厚な蛍士も流石にカチンと来た。宇宙のもたらす眩暈と震えを抑えこんで、やっとここまで来たというのに。この…
「なんだよ!、そう言うマハさんだってまだ学生だろっ!」
 思わず怒鳴って言い返したのだが、間髪入れずに怒鳴り返される。
『だが軍属だ! いいから下がれ、邪魔だ!』
「下がれって… 何処にさっ」
 そんな言い争いをしている間にも、レギオンは新しく飛び込んで来たモノを獲物と認識して向かって来る。この宙域にプレデターレギオンはまだ12個体も残っているのだ。
「…って、言ってる場合じゃないよ!」
 気づけば結局、黒い甲殻類たちにすっかり囲まれてしまっていた。
『…くっ、この話は後だ』
 2丁チェーン・ソーを交差するように構える蛍士のシェルと、背中を合わせるように機動してグラヴィティ・ライフルを構えるマハのシェル。
 束の間、静止したかと思えば…
「『グラヴィティ・ライン、ロック」』
 同じことを考えたのか、同じ言葉を口にすると
『「ダイヴっ!』」
 同じ磁極が反発し合うがごとく、互いに正反対へ弾かれるように“降下(ダイヴ)”した。







 航宙歴436年、はじめて出現した社会性レギオンの襲来により
 壊された船に取り残された9人の少年少女
 航宙船団ははるか彼方
 生命流―ネクタル・ロードに沿って進めば、再び合流できると信じて
 生きるための戦いが、はじまる






to be continued?

なんてね? てへ



ご意見とかご質問とか…もしかしてご感想などございましたら…


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