エミヤ・シロウと秘密の居間





 泉のほとりて最期を迎えた後、アヴァロン(妖精郷)にて傷を癒した元・騎士王さまでしたが、女好きが祟って同じアヴァロンに捕われていた〈悪戯好きの老人〉の助言と、〈宿命〉に仕える〈黒玉と黄金の騎士〉の助力によってアヴァロンを出奔。冬木市に再襲来した……なんて、でむぱなFate篇FIN後の不思議時空だと思いねぇ。


―三月を迎えた土曜日のある日、昼下がりの衛宮邸にて。
 朝焼けのなかで別れたと思って振り向いたらそこにいたアルトリア・セイバーさんと、今日は半ドン授業なので早めに帰宅した士郎、そして藤村邸から昼ごはんを食べに来たイリヤスフィール。
 三人が昼食後のお茶など飲みつつ、居間でまったりとしていたときのこと。ちなみに藤ねぇと桜は学校で部活だ。
 士郎と公園で食べてすっかりお気に入りとなったどら焼きなど頬張りながら、イリヤはなんとはなしにセイバーに話しかけた。
「ねえセイバー」
 仲良く兄妹のように並んだ士郎とイリヤの前に、セイバーはテーブルを挟んで座っている。きっちり正座してお茶を飲む姿は、今やどんな礼法を学んだ日本人にも引けをとらないだろう。
「なんですか? イリヤスフィール」
 小首をかしげるセイバーに、何を思ったのかイリヤはこんなことをのたまった。
「円卓の騎士って、どんな人たちだったの?」
「あ、俺もそれ知りたい」
 つられて士郎も便乗した。聖杯戦争がひとまず終結し、剣の騎士―セイバーの正体も隠す必要はなくなっている。彼女の象徴とも言うべき宝具も、湖の妖精に返却された今となってはもうない。
 過去を詮索するつもりはないにせよ、パートナーのことは知っておきたいものである。しかもそれが好きな女の子のことなら、男の子としてはなおのこと。
「アルテュール…アーサー王って言ったら、なんてったって円卓の騎士と聖杯探索だもんな」
 セイバー=アルトリア個人のことでなし。なんとはなしに、外堀から埋めていこうと士郎がそんなことを言った瞬間
 がたん、とセイバーの手から湯のみが落ちた。





エミヤ・シロウと秘密の居間 あるいは
円卓でポン

(わいるどわいるどきゃめろっと)






「あちぃっ」
 こぼれたお茶が身体にかかり、士郎が叫ぶ。
「すみませんシロウ。私としたことが」
 はたと我に帰ったセイバーは慌てて布巾を一枚手に取ると、テーブルに身を乗りだして士郎の身体を拭こうとする。
「平気平気。自分で拭けるって。で、言いにくいことなのか? だったら……」
「あ…いえ、そのようなことはありません。彼らはとても勇敢でしたよええそれはもう皆騎士道をわきまえた優れた者たちばかりでしたからそれはそれは」
 布巾を士郎に渡し、セイバーはもう一枚をキッチンから取ってきてテーブルを拭く。拭きながら話すセイバーの翠の瞳は、あさっての方向を向いたきり。更には言葉の後半はなかば以上、棒読みの一本調子だ。
 気分を害した風ではないが、明らかに今の自分の発言など全く信じてないっぽい。
「ただ、今に伝わっている話とは少々異なります。それだけです」
 そう言ったセイバーの言葉が、なんだか取り繕うような調子が含まれて聞こえたのは気のせいか。
 しかしまあ、それはそうであろう。年月によって事実は脚色され物語となる。当時を実際に生きたセイバーの記憶とは隔たりがあって、あるいは全く違った話になっていて不思議はない。
(どおりで…)
 納得する士郎は一週間ほど前に改めてセイバーを街に案内した時のことを、そのとき、市立図書館に寄ったことを思い出す。神話・伝説の棚の前でひどく真剣に本のページをめくりながら、眉根を寄せていた少女の姿が記憶に新しい。
 一通り拭き終わるのを見計らって士郎は急須にお茶の葉を足すと、セイバーの湯のみに注ぎ足した。
「ありがとうございます、シロウ」
「いや、いいって…で」
「ええ、話してみましょうか。私の知ってる彼らと、シロウやイリヤスフィールが聞き知る彼らの違いを知るのも興味深い」
 で、誰からいきましょうか、と問いかけたセイバーに、すかさずイリヤが
「じゃあ、まずは有名どころからってことで、ラ…」
 んすろっと、と言いかけた瞬間。
(な、なんだっ!)
 ギシ…部屋の空気が一気に張り詰め、セイバーに鍛え上げられた士郎の危機察知感覚が警報を鳴らす。危険、キケン、もーすと・でんじゃー。バーサーカーと戦った時よりも金ぴかを前にした時よりも、激しく狂おしく警報は鳴った。鳴りまくった。
「誰のことから話しましょうか? イリヤスフィール」
 にっこり笑って問うセイバーに
「だからランス……」
 勇気を出してチャレンジ・アゲイン。言いかけるイリヤに皆まで言わせず
「誰のことから話しましょうか? イリヤスフィール」
「あ、あのねセイバー、だから……」
「誰のことから話しましょうか? イリヤスフィール」
「………」
 セイバーが言葉を繰り返すたびに、下がる気温と高まる緊張。沸沸と湧くようにセイバーの小柄な身から溢れてくる魔力は、半人前にもならない魔術使いの士郎にさえわかるほど強大に高まりつつある。宝具なんかなくっても、バーサーカーと素手で喧嘩できそうなくらいだ。
 現代において最高の騎士と誉めた称えられる〈湖の騎士〉ランスロット。彼は何をやらかしたのか?
 あまりの戦慄と恐怖に、身を寄せ合ってがたがた震えながら、士郎とイリヤは小声で話す。
「ど、どうしたんだセイバー」
「ねえシロウ。わたし、セイバーの押しちゃいけないスイッチ押しちゃったのかな? ねえっ」
 獅子を目の前にした小動物のように脅える二人をそのままに、つ…とセイバーの口から低く呟くような声音で、ぐつぐつと押し込められた負の感情がこぼれ出す。


そのいち らんすろっと―湖の騎士

「…女狐にたぶらかされた痴れ者に、言うべきことなどありません。ええ、ありませんとも。しかしあのような、あっちにふらふらこっちにふらふらしつつ、魔女の妖術にかかって子どもを作って回るような者の、どこが高潔の騎士だというのか。甚だ理解に苦しみます」
 静かに語るセイバーの口元には薄い笑みが浮かんでいるものの、恐い。とてつもなく恐い。目の奥の光が笑っていない。綺麗に澄んだ翠の瞳が、なぜか今は金色がかって見える。
 なんとか話題を逸らさないとやばい。とてつもなくやばい。この方角のまま進めば間違いなく地雷原だ。
 危機感覚が命じるままに、士郎は取りあえず知っている円卓の騎士の名を口にした。
「あーセイバー。サー・ガウェインなんてのは……」


そのに がうぇいん―腕力騎士

「彼は正午までの三時間と日没までの三時間、力が三倍になるという奇妙な能力を持っていました。サーヴァント風に言えば限定された〈怪力〉技能というか…私と同じく竜だとか、あるいは巨人といった幻想種の血でも引いていたのかもしれませんね。少々女好きのところを除けば、良い騎士でした。最後の戦いまで、私に付き従ってくれましたし」
 しかしそう語るセイバーは、眉根を苦々しげに寄せながら続けた。
「……あの痴れ者が彼の弟と息子を殺してしまったお陰で、最後は手のつけられないバーサーカー(狂戦士)になってしまいましたが」
 ぐぐっと手にした湯のみをびみょーに震わせるセイバーさん。

 やばい、また地雷原に近づいてる。
 もはやセイバーの機嫌に関しては本能のレベルで察知できつつある士郎は、ちらと視線を横のイリヤに合わせてアイ・コンタクト。

頼むイリヤ、話題の矛先を変えてくれ。俺はあんまりこの話詳しくないし。
いいよシロウ。でも魔術師の頼みごとは等価交換が原則だよ。
わかった、今日の晩飯はイリヤの好きなもので手を打つ。だから頼む!
♪ 頼まれました。じゃあねー…

「ペルスヴァルなんてどうだったの? 彼は確か聖杯を見つけたはず。物語では見つけたまま帰ってはこなかったっていうけど」


そのさん ぱーしばる―聖杯の愚者

「確かに彼は
『えへへー、王さま王さま。あのねー、ぼくねー、漁夫のおいちゃんが怪我してて苦しい苦しいゆうからね。ちょっとせーはい探しにいってくるせーはい』
 …などと言って、城を出たきり戻りませんでした。詩人たちの噂で、彼が本当に聖杯を見出したらしいと知ったときは、さすがに驚きましたが」
 答えるセイバーの身体から、先ほどまで纏っていたおっかない魔力が薄れてゆく。
「彼は頭は悪かったが、とにかく人がよくて善人で、槍投げの名手でもありました。愚直なまでに修練を積み、善を成そうとするところは、どことなくシロウに似ていたかもしれませんね」
 どうやらイリヤの話題方向転換は成功したっぽい。セイバーは少し懐かしむような視線を、士郎に向けた。
 しかしそれはそれで、今度は士郎が面白くない。目の前の女の子が他の男を良く言うのは面白いものではない。男心も複雑だ。
 そんなものだから、士郎はすかさず知っているもう一人の騎士の名を挙げた。
「他は…そうだ、トリスタンなんてのもいたよな。円卓の騎士ってよりは『トリスタンとイズー物語』ってラブロマンスの方が有名らしいけど」


そのよん とりすたん―悲しみの子

「羊皮紙に一言
『探さないでください。僕は名誉よりも忠誠よりも、愛のために生きて死にます』
 などと残して消えられた時には、多少憤慨もしました。ですが……」
 一度言葉を切ると、セイバーは深く息をついだ。そしてそのまま湯のみを置くと
「今は少し、彼の気持ちもわかるような気がします」
 ほんのり頬を朱に染めつつ、上目遣いで士郎を見上げてそんなことを言った。深くしみいるような声で。
 異国の王妃との愛に全てを捧げて悲運の死をとげた騎士、トリスタンはあまりにも有名で。そんな仕草でそんなことを言われれば、いかな朴念仁の士郎とて、アルトリア・セイバーの言わんとしていることはわかるわけで。
「お、おう……」
 などと肯定のようななんとも言えぬ返事をしつつ、照れて真っ赤になるわけで。
「なに二人ででれでれしてるのよー!」
 むーと不機嫌なイリヤの発言に、はっと我にかえるセイバーと士郎。まるで夜のプロレスを幼い娘に目撃された若夫婦のような慌てぶりだ。
「そっ、そういえば城に、彼の最期を歌うバルズ(吟唱詩人)が来たこともありました。王であった手前、あまり表情には出せませんでしたが、あの詩人の歌はよかった。そう、特にトリスタンとイズーが侍女の持つ媚薬を飲み干してしまった後の
『妃よ! 何故私を殿とお呼びになるのですか。私こそ貴女の家臣、貴女をこそ我が王の妃として敬い、かしづかねばならぬ家臣ではございませぬか!』
 のくだりなどは……」
 思い出したのか、手のひらを己が胸に当てつつセイバーが詩人の歌物語をそらんじた。
 その時、すぱーんと居間のふすまが開け放たれると同時に
「『いいえ!いいえ! 貴方はわたくしの殿、わたくしの主人、それはよっくご存知のはず! あなたのお力はもうわたくしを虜としてしまっています!!』」
 感極まった台詞でもって虎、出現。
「藤ねぇいつの間に、それに桜も」
 藤ねぇの隣で間桐桜がぺこりと頭を下げる。驚く士郎が縁側の方を見てみれば、陽射しも赤くもう夕刻。部活も終っている頃合だ。
 ちなみに桜は、今は衛宮邸の客間に住んでいる。つい一ヶ月ほど前に士郎とセイバーが宝具の発動で間桐邸をこっぱ微塵にしてしまったせいなのだが、それはまた別の話。
「ただいま士郎。セイバーちゃんとイリヤちゃんと楽しそうな話してるじゃないのよぅ。お姉ちゃんも混ぜなさい。『トリスタンとイズー物語』はよく知ってるのよ。これでも仏文卒なんだから」
 えっへんと得意そうに胸を張る藤ねぇ。そういえば英語教師なのだから大学卒業してたんだなと、今頃士郎は思い至る。
 すると何を思ったのか、藤ねぇは両手を胸の前で握り合わせて
「目に見るもの、耳に聞くもの全てのものがわたくしを苦しめます!」
 〈黄金の髪のイズー〉の台詞をそらんじた。どうやら藤ねぇもこの話は好きっぽい。
 対するセイバーも立ち上がると、いつの間にやら戦闘時の鎧甲冑に身を包み
「いとしい人よ、あなたを苦しめるものは?」
 などと、きりりと表情を引き締めながら騎士トリスタンの台詞で問うてみたり。
「あなたをいとしいと想う、わたくしの心です」
 などと言いながら、よよよと倒れ込んでくるイズー=藤ねぇの肩を抱きとめてみたりして、たいそうノリがよろしい。
(いつから少女歌劇団になったのだろううちは)
 いや藤ねぇは少女って歳じゃないよな…などと、士郎は本人の前で言ったら竹刀で折檻されそうなことを思う。
 「いとしい」だのなんだのという台詞を恥ずかしげもなく連発するセイバーと藤ねぇ。通常の人生ならば一生使わなそうな歯の浮く台詞に当てられたのか
「先輩、すぐにお夕食の準備しますね」
 顔を赤くしつつ、鞄を下ろして桜が言った。
「いや桜も部活で疲れてるだろ? 俺がやるって。今日は日がな一日セイバーの話聞いてただけだからな。力余ってるし、桜はイリヤとあの二人の相手でもしててくれ」
 イリヤとの約束もあるしな…と士郎はキッチンに向かう。その耳に
「呪われた私の至らぬ落ち度ゆえ、あなたがたはこの杯で愛と死を飲んでしまわれた!」
 侍女ブランジァン(タイガー・二役)の言葉、そして
「さらば、甘き死よ! 来たれ!」
 朗々と答えるトリスタン=セイバーの台詞が居間から聞こえてくる。もうノリノリだ。
(まあ、夕食までには終るだろう)
 見てみれば、演ずるセイバーと藤ねぇの前に並んで座ったイリヤと桜も、驚き半分呆れ半分、楽しそうにしている。
 笑顔あらばすべてよし。エプロンを着ける士郎の顔にも、己でも気づかぬ笑みが浮かんでいた。







 ところがどっこい、アルトリア・セイバーと藤村タイガーは“幕間”と称した夕食をしっかり食べ終えると、桜までも巻き込み『トリスタンとイズー物語』の続きを開始した。
 桜の配役が〈白い手のイズー〉なのがなにげに意味深だ。
「トリスタンさま、わたくしは何かお気に召さぬことでもしたのでしょうか?」
 桜は藤ねぇから借りた台本替わりの文庫本など片手にしつつ
「たった一度のくちづけも、なぜしてはくださいませぬか!」
 激した台詞は真に迫り、セイバーと藤ねぇが目を丸くして感心するほど。その潤んだ視線はトリスタン=セイバーでなく、士郎一直線。しかし
「すごいな桜、弓道部じゃなくて演劇部でもいい線いくんじゃないか」
 などとほざきやがるのは、シロウ・ザ・ゴージャス朴念仁。単純に純粋に、演技が巧いと賞賛しかしていない。
(うう…どうして気づかないんですか先輩……)
 桜は心で涙した。

 そして…
 トリスタン=セイバーは鎧姿のまま居間の畳みに寝そべっていた。さる敵の毒槍を受けて、寝台にて死を待つばかりの設定だ。
「トリスタンさま、沖に船が見えました。あなたを癒すことのできるお医者さまを、どうか乗せていればよろしゅうございます!」
 縁側の向こうの中庭を海に見立てて〈白い手のイズー〉=桜が言う。
「妻よ、その船が何色の帆をあげているのか。私に話しておくれ」
 何もそこまでせんでも…と思うくらいよろよろと、トリスタン=セイバーは銀篭手の右手を中庭に向けた。海こと中庭では藤ねぇが、ぱたぱたと白いハンカチを振っていたりする。どうやら船のつもりらしい。
「わたくしのしかと見た色は、真っ黒い帆だとおぼしめせ!」
 まるで勝ち誇ったかのように言う桜はみょーに恐かったり。

 時刻はもはや午前一時。眠い目をこする士郎の前で演じられる物語はやっと佳境っぽい。
「んーはんばーぐー」などと言いながら、イリヤは士郎の肩に頭を預けてとうに眠っていた。

 衛宮家は今日も平和だった。


 実にこの二日後、衛宮邸はイリヤスフィールの身柄を確保せんとする〈赤い枝の騎士団〉の襲撃を受け、士郎とアルトリア・セイバー、魔術師姉妹、藤村組を巻き込んだ大混乱に陥るのだが……
 またそれは、別のお話。






おしまえ


【人物解説】
トリスタン…円卓の騎士の一人。伯父であるマーク王の妻である〈黄金の髪のイズー〉と不倫愛につっぱしる。
〈黄金の髪のイズー〉…アイルランド某国の姫だったのだが、竜退治を成功させたトリスタンが報償に得てマーク王の妻にと連れ帰る。夫の家臣であるトリスタンと不倫愛につっぱしる。
〈白い手のイズー〉…不倫を気に病み、ひとたび〈黄金の髪のイズー〉と別れたトリスタンが異国で娶った妻。同じ名前でややこしい。でもトリスタンは〈黄金の髪のイズー〉に操を立てて手を出さなかった。が、それゆえ悲劇は起こるのである。

 まあ“トリスタン”の語で検索かければ一発であらすじはわかります。

※アーサー王と円卓の騎士については、いぱーい本があるのでそちらを参照のこと。僕はだいぶ曲解してますはい。マロリーの『アーサー王の死』が基本かね…あれはキリスト教色濃くて少しあれだけど。
※藤ねぇが仏文(フランス文学専攻)卒ってのは、野狐の妄想。公式には違うでしょうたぶん。

引用・参考文献)
『トリスタン・イズー物語』ベディエ編 岩波書店



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