エミヤ・シロウと剣者の意地



前提その1 原作の雰囲気を壊したくない方は読まないでください。
前提その2 原作の設定だとかを大切にしたい方も、読まないでください。



 内に息づく全ての生命を啜り、魂を喰らう結界と化した学園校舎。
 その真紅の闇と対峙した少年魔術使いと剣の英霊たる少女騎士。二人の前に展開された魔法陣が、眩い光で脈打ちはじめる。
 ライダー―騎兵を司る女サーヴァントが己が首を掻き切り、噴き上がる鮮血で印した召喚の呪法。その彼方より、次元を超えて溢れ出す魔力の気配が、少女騎士に迫る脅威の強大さを報せた。
「セイバー、何が……」
「伏せてください!シロウっ!!」
 少年に皆まで問わせず、黄金の髪の少女騎士は誓いどおり少年を護るため、その身を引き倒して覆い被さる。
 次の瞬間、魔法陣から放たれた閃光と轟音が校舎を蹂躙し、校舎の三階廊下部分を熱と衝撃で半壊させた。
(………)
 しかし、剣を司るその役割から、剣の騎士たるセイバーの呼び名を持つ少女は見た。確かに見た。目を眩ませる輝きのなか。純白の“何か”を駆る女サーヴァントが革帯で両目を覆った顔で振り向きざま、紫の髪をなびかせながら自分を見下ろしつつ
 にや、と笑いやがったのを、みた。

 ふふ…ノロマな剣の騎士。私に追い着くことができて?

 笑みは、見上げることしかできないセイバーを嘲り蔑み憐れむように。
 その時、ガキンとセイバーの胸の内で、前回の聖杯戦争でもついぞ入らなかったスイッチが入った。





エミヤ・シロウと剣者の意地 あるいは
冬木爆走族・新都仏散斬伝説

(ふゆきばくそうぞく・しんとぶっちぎりでんせつ)





 時は夕刻を過ぎた頃。庭から聞こえる悲鳴と怒声に、藤村雷画は障子を開けた。今時出入りでもあるまいに…などと思いつつ、好々爺然とした身をどてらで包んで一歩縁側ヘと踏み出しかけて
 車庫のシャッターをぶち破って飛び出したモノに目を剥いた。
 獣のごとき咆哮を轟かせ、雷画秘蔵のバイクが夕陽を受けて高々と前輪を持ち上げている。
(なんで儂の“ハレルヤハリケーンX”が…)
 小さいなれども屈強列強の組員に守らせたこの屋敷に、やすやすと入り込んだ上に車庫にまで侵入したのは何処の組の鉄砲玉か。
「な…!?」
 藤村組組長の雷画が唖然としてしまうのも無理はない。屈強な組員の制止を、シートの後部に“立った”小柄な影が腕のひと薙ぎで弾き飛ばしているのだ。
 むくつけき屈強な男たちが死屍累々と倒れ伏し「やめてよ」とか「いたいよ」とか「もうかんべんしてよ」とか口にしながら、小柄な影を見上げて哀願している。連中には後でヤキを入れるとして、小柄な影はなんとも時代錯誤というかけったいな格好をして見えた。雷画自身が、老眼なのかぼけでも始まったのかと思うほど。洋画の見過ぎか何なのか。目に映るのは、夕暮れの陽射しに赤い光を照り返す銀の甲冑姿。かすむ目を凝らして見れば、甲冑を着ているのは金毛翠眼異人の…どうみても年端もゆかぬ娘ではないか。シートを跨いでハンドルを握るのは、学生風の若い男だったが……学生風の若い男?
 よくよく見れば、若い男には見覚えがあった。確か孫の大河が入れ込んどった男の息子で、雷画もよく知っている。
「…ってお前か士郎っ!」
 怒鳴り声に気づいたのか、若い男は雷画に向かって振り向いて
「雷画じーさん。悪ぃけどちょっと借りるっ」
 叫ぶやハンドルを切り、士郎と呼ばれた少年は藤村邸の正門にすっ飛んでいった。シートの後ろに甲冑娘を乗せたまま、一目散に走り去る。一路、新都に向かって。慎二とライダーが向かうとしたら、新都だというのが士郎とセイバーの読みだった。多勢の人間から魔力を効率よく収集するつもりなら、深山町よりも新都が向いている。

 発端は、今より一時間ほど前のこと。


 闇の淵に呑まれた意識が浮上してゆくそのさなか。少年魔術使い―衛宮士郎の心を占めていたのはただ一つ。すぐに間桐慎二を、ライダーのサーヴァントを連れたマスターを止めねばならないということ。このまま彼を放置すれば、聖杯戦争に無関係な人々を巻き込むことになる。サーヴァントの魔力を増やすためだけに倒れ伏す生徒と教師たち。士郎の内に、倒れた人々の蒼白な顔と溶けかかった肌の記憶が甦る。
(くっ!)
 令呪を使ってセイバーを呼んだというのに、慎二とライダーを逃してしまった。止める機会があったのに、何一つ解決できていない……歯軋りをして瞼を上げると、見慣れた和室の天井が士郎の視界に飛び込んできた。
 士郎は視線をやや横向けると、真正面からじぃ、と見つめてくる少女の眼差しにわけもなく照れた。と、同時にここでこうしていられる理由にも思い至った。ライダーの放った閃光から士郎を護り、ここまで運んで傷の手当てをしてくれたのはきっと彼女、セイバーだ。
 だが今はのんびり感謝の言葉など述べていられない。一刻も早く慎二を止めねばならない。幸い、遠坂凛曰くセイバーから流れ込んでいるという魔力のおかげなのか、ライダーに負わされた両腕の傷もさして痛まない。士郎は慎二を追いかけるため、布団から身を起した。
 そしてその時のこと。少年の枕元にきっちり正座していたセイバーは、開口一番。
「馬です、シロウ」
 と、突然わけのわからないことを言ってきた。
「は?」
 一瞬、何を言われたかのかわからない。問い返した士郎に、ぬずずいっ迫ってセイバーは繰り返した。
「馬を用意してくださいシロウ、今すぐに。ライダーに追い着くためには機動力が必要です」
 ライダーの特性はその名の通り〈騎乗〉だ。ならばその特性・何がしかの乗騎による機動力を生かした戦術で、戦いを挑んでくると考えるのは自然と言える。
 しかし藪から棒に、何で“馬”?。そりゃあセイバーは見た目から騎士っぽいし、乗馬の経験くらいあるのだろうけど…などと士郎が考えていると、畳みかけるように
「答えてくださいシロウ。馬を用意できるのですか、できないのですかっ」
 更にさらーに、があーっとセイバーは士郎に迫る。はっきりいってそんじょそこらの美少女モデルなんか比べ物にならない比べちゃいけないくらいの美貌が、士郎の目前十センチもない位置にある。普段そんなことをされようものなら、士郎など心臓動悸ばっくんばっくん顔面真っ赤でまともな思考などできなくなってしまう。
 しかし今は真剣、というよりは剣呑というか殺気だった翠の瞳が、そんなぼーい・みーつ・がーるな雰囲気をアンドロメダ星雲の彼方っぽい場所まで吹き飛ばしていた。つーか、単純に恐かった。下手に答えようものなら、契約破棄の上にぶった斬られて魔力回路を抜かれるんじゃなかろうか。そんな風に思えるくらい。
 だが確かにライダーと慎二を追うには、足を用意できた方が有利そうではあった。しかし馬などすぐに用意できるものではないし、そもそもこの冬木市で馬のいる場所など士郎は知らない。物持ちのいい藤ねぇのじーさんだって……
(藤ねぇのじーさん?)
 ぴん、ときた。
「私とて〈騎乗〉能力は持っています。乗騎さえあれば、ライダーのサーヴァントに遅れをとることなど……」
 ぶつぶつと目前で何事かを呟いているセイバーに、士郎は思い付いたままを口にしていた。
「セイバー、乗り物なら、別に馬じゃなくてもいいのか?」




 低音の唸りを日没間近の街並みに響かせながら、奇妙なタンデムバイクが疾走していた。車体のカウルはギロチン状のチタンブレード。紅いフロントライトが凶眼ぽい。藤村組の若い衆が、爆発・炎上した何とかいう製薬会社の工場跡からちょっぱってきたものだという。
 藤村邸の車庫に持ち込まれたこのバイクを、修理したのが士郎である。車体脇に“デスモなんとか”とか車名らしきものが刻まれていたのだが、今は藤村雷画の希望であっさり“ハレルヤハリケーンX”と塗り変えられてしまっていた。
 シート前部に跨る士郎がハンドルを握る一方で、セイバーはシート後部に立っていた。右手に風王結界によって不可視化された剣を持ち、左手で士郎の襟首をむんずと掴んで。
「…座ったらどうだ、セイバー」
「不要です。シロウは操縦に専念してください」
 ぐい、と有無を言わせずセイバーが士郎の襟首を左に引く。同時に、士郎は明かにカタギの物じゃないっぽいバイクのハンドルを左に切った。
 おそるべしは〈騎乗〉技能。セイバーは至極あっさり機械の乗騎(操縦装置・士郎付き)を乗りこなしている。
(俺、もしかして手綱? 手綱なのかっ?)
 手綱マスター・衛宮士郎の葛藤を余所に、二人を乗せたハレルヤハリケーンXは深山町を抜け、いつもの交差点からバス通りを突っ切った。



 そして夕闇に呑まれかけた海浜公園を横に、士郎とセイバーが新都大橋に差しかかった頃。ファンファンというお馴染みのサイレン音が後方から鳴り響いてきた。
『そこのタンデム! 止まりなさいっ!!』
「げ…」
 振り向いた士郎がミニパトの接近を確かめると、スピーカー越しにもヒステリックな婦人警官の声が投げかけられる。
『ヘルメット未着用は犯罪ですよ犯罪っ!!』
 しかしセイバーは落ち着いたもので、翠の瞳で迫るミニパトを一瞥すると、右手で何かを手繰るような仕草をしてから士郎の頭にそっと触れた。すると
「騎兵にヘルメットが必要というのはもっともです。…これで良いか? 警邏の女兵よ」
 セイバー自身と士郎の頭が、いつの間にやらフルフェイスのヘルメットに覆われていた。
 てゆうかヘルメットはヘルメットだが、セイバーが溢れる魔力で出したと思しきそれは、剥き出しの金属に目深な庇と面頬の“兜”だった。
「セイバー、そういう問題じゃ……」
 言いかけた士郎だったが、ミニパトの婦人警官の怒鳴り声がそれを遮る。
『ノーヘルだけじゃないわっ! スピード違反に曲乗りもですっ!!』
 高らかにサイレンを鳴らしながら、ミニパトはガンガンとスピードを上げて士郎とセイバーに迫り来る。
 セイバーは士郎の襟首を引っ張りつつ
「シロウ、速度を上げてください」
「もうやってるっ!」
 怒鳴り返しながら、士郎は車体を“見た”。
(まさか、バイクを〈強化〉することになるとは思わなかったな…)
 慎二とライダーを追うためとはいえ…… などとぼやきながらも、士郎は己が知る唯一の魔術を行使する。構造把握。―同調、開始。背筋の回路に通る一筋の魔力。士郎はそれを車体内部で回転する内燃機関に通し、魔力混じりの燃焼にも耐えうるように〈強化〉した。呼吸し身体を動かすだけで、溢れ出すセイバーの魔力。その残滓さえも受け取り燃やして稼動できるように。そして
 ガォン!と、ひとたび雄叫びのごとき咆哮を上げ、ハレルヤハリケーンXは加速した。



 瞬く間にミニパトを引き離し、バイクを操る士郎と、士郎を通じてバイクを駆るセイバーは新都中央公園を尻目にオフィス街へと突入する。
 運転に専念する士郎には見えなかったが、ここに至ってセイバーの瞳が敵を見据えるように細まった。
「…近い。ライダーのサーヴァントは気配を隠そうともしていない」
 サーヴァントはサーヴァントの接近を感知できる。マスターである間桐慎二を連れて逃げたライダーは何処にいるのか? 道を挟んで聳えるビルを見上げつつ、セイバーはライダーの気配に心を研ぎ澄ませる。士郎も道行く車に激突しないよう細心の注意を払いながら、慎二とライダーの存在に注意を払った。
 そして二人の前方、二百メートルほどの位置に
「あれは…?」
 白く輝く光点が、道行く乗用車やバイク、果てはトラックまでを蹴散らし砕き散らし、阿鼻叫喚の惨状を作り出している。
 光点は校舎を破壊したあの輝き、あのライダーのサーヴァントが呼び出した白い閃光に酷似して見えた。
「シロウ…」
「ああ、ライダーだ。間違いない」
 確認するように問うたセイバーに、士郎が答えたその時に
 ぱぱらぱらぱらぱらぱらぱーとゴッド・ファーザーなサイレンをかき鳴らしながら、わらわらと横道からバイクの一群が現れた。バイクに跨る若者たちは単ラン長ラン今時アレな服装を纏い、木刀、釘バット、鉄パイプ、有刺鉄線巻き角材等々物騒な得物手に手に、何が楽しいのか「ひゅー」だの「おー」だのと雄叫びを上げる。
 バイクに立てたのぼりには『夜露死苦』だの『仏散斬』だの『巳那悟露死』だのそんな漢字憶えるヒマあったら勉強せーよと言いたくなる文句が書かれているのはお約束と言うべきか。
 ライダーに魅了の魔術でも行使されたのか。バイクの一群―もはや疑うべくもない暴走族どもは、士郎とセイバーのハレルヤハリケーンXを取り囲むと
「おう、姐さんの走りを邪魔するヤツには容赦しないぜ!」だの
「イケてるねねーちゃん、その髪なに使って染めてんの?」だの
「そんなピー野郎ほっといてオレたちと気持ちいいことしない?」だの
「おれの○○○を×××ってくんないかなあ、その小さな△でさあ」だの等々…
 シート後部に立つセイバーに向かって、聞くに耐えない卑猥な言葉を口々にがなり出した。
「姐さんって、もしかしてライダーのことか…って、セイバー?」
 厄介な…と思うのも束の間、士郎は己が襟首を掴む手が小刻みに震えていることに気づいて、背後に立つセイバーを見上げた。
「この短時間に、これだけの騎兵を集めて統率するとは… 誉めてあげましょう、ライダー」
 兜に上半顔を覆った口元が震えている。抑え込まれた声音が、内に篭められたものの度合を士郎に告げる。
(セイバーが怒ってる。怒っていらっしゃる……)
 取り囲んでくる暴走族どもよりも、これから対峙せねばならない慎二とライダーよりも、士郎にとっては背に立つ少女騎士がかなーり恐かった。兜のために瞳の表情が見えないのがなお恐い。心なしか、セイバーの持つ青い魔力の炎がゆらゆらと燃えているような幻影まで見える。
 セイバーは不可視なる右手の剣を一閃させて、道端の『止まれ』の標識を掲げた鉄柱を斬った。そのまま高速で走り抜けざま、倒れかけた鉄柱を掴み取ると右脇に抱え込む。『止まれ』の標識のある先端を前に、それこそランス―馬上の突撃槍のように。
「…後悔しなさいライダーのサーヴァント。私に騎兵戦を挑んだことを」
 ぎょっと目を剥く暴走族どもを見下ろしつつ、セイバーは告げた。冷然と、冷厳に、一片の容赦もなく。かつて戦場にありし騎士の王は、きっとこのように振る舞ったに違いない。そんな風に。
 場所と相手が、ちょっとアレだったが。

 そして、戦いと呼ぶにはあまりにも一方的な攻撃が開始された。

 ―同調、開始。
 士郎の〈強化〉によって魔力を帯びた『止まれ』の鉄柱は、角材や釘バットなどものともせずに叩き折って、バイクの乗り手たちを突き落とす。セイバー…その名から剣のみの使い手かと思われがちだが、その身はかつての騎士の王。馬上槍の扱いはそれこそ剣と同じかそれ以上に巧みだった。
「騎兵でありながらその程度か!」
 暴走族どもに吐き捨てるように言いながら、セイバーは返す『止まれ』の鉄柱で、脇に迫ったバイクの車輪を薙ぎ払う。悲鳴が瞬く間に後ろに流れ去る。少女騎士の細腕によって縦横無尽に振るわれる鉄柱は、近づく暴走族のことごとくを撃退した。
 その度に、手綱と化した襟首を右に左に振り回される士郎はたまったものではなかったが。
 僅か二十秒にも満たぬ間に、二十余人の暴走族どもは路上で呻く粗大ゴミと化していた。
「…死んでないよな」
「致命傷は与えていません。医師の治療を受ければ、何の問題もないでしょう」
 息ひとつ乱さずにセイバーは答えた。
(後続の車に轢かれてなけりゃいいけど……)
 今後セイバーに逆らうことだけは極力避けよう、と士郎は思った。

 それから淡くかすかとなった光点を追いかけて、ハレルヤハリケーンXで疾走すること二分と少々。帰宅途中の人々で賑わう駅前広場に
「…見つけました。シロウ、ライダーです!」
 眩しさに目を細めながら、士郎も白い閃光を駆る紫髪の女の姿を捉えた。
 駆け抜けるライダーの彗星のごとき光流に、街ゆく人々が驚きどよめいている。明日の新聞に怪現象として載ること間違いなしって感じだ。
「何とか人気のないところまで行って足留めを…って、セイバー?」
 ただならぬ気配に後ろを振り仰いだ士郎が見たものは、槍投げの体勢で『止まれ』の標識鉄柱を構えるセイバーさん。
「ちょっと待てセイバー! こんなに人のいる場所で何を……」
「ここまで目立てばもう何をどうしようと同じです。幸い、私もシロウも兜で顔を隠しています。警邏の兵に手配される心配は……」
「そういう問題かーっ!!」
 良識やら常識やらは何処へやら。セイバーさんは風王結界を部分解放。『止まれ』の標識を唸る強風に乗せて、閃光を駆って走るライダー目がけてぶん投げました。
 淡い魔力の輝きを纏いランス(突撃槍)から一変、スピア(投槍)と化した『止まれ』の鉄柱が、宙を一直線に疾り抜ける。その速さと勢いは士郎に、貫き裂かれて消え去るライダーの姿を確信させた。
 しかし次の瞬間、駆ける閃光から長く放物線を描いて放たれた“何か”が、迫る鉄柱を横殴りに薙ぎ払う。

 弾き飛ばされた鉄柱はほぼ直角に進行方向を変え、紳士服店のショーウインドウを破壊し、飾られたマネキンの腹をぶち抜いて止まった。

 ライダーの所持していた武装は、士郎の知る限り釘のような短剣と鎖だけのはず。セイバーの投げた鉄柱を、打ち払える質量を持っているとは思えない。ならばまだ隠された宝具があるのか…
「何が…って、え?」
 閃光を駆るライダーの手元から鎖が伸びる。その先端にあるものが、見上げた士郎の視界に入った。縦横斜めの鎖でもってがんじがらめに縛られた、なんだか丸いような手足が生えた布袋のようなもの。それは
「慎二かーっ!」
 ライダーのサーヴァントはマスターであるはずの慎二の身体を、武具の鎖でかんじがらめに縛りつけ分銅と成していた。ライダーは鎖によって即席のモーニング・スターと化した慎二を振り回し、セイバーの投げた鉄柱にぶつけて打ち払ったのだった。
 一瞬、宙に浮いた慎二の涙目と士郎の目が合う。視線の交錯する一刹那、士郎はタスケテ…と訴えられたような気がした。
 しかしそんなマスター同士の一瞬の交感など無視しまくり、ライダーは分銅と化した慎二を士郎とセイバー目がけて振り下ろした。
 咄嗟にセイバーも街灯の鉄柱を斬り払って掴み取るやいなや、先ほどの『止まれ』の鉄柱のように即席の馬上槍と成し、分銅と化した慎二の肉体を殴り払う。
 「ぐぎゃ」とか「ぶじゃ」とか苦鳴と異音と赤黒い水滴を撒き散らしながら、分銅と槍の打ち合いが続いた。繰り返し、繰り返し。あんまりと言えばあんまりな慎二の状態に、流石に士郎も同情した。同情しかできなかった。というかセイバーの〈騎乗〉の影響下にある今の士郎は、ハレルヤハリケーンXの操縦以外に何もできなかった。
(まあ、慎二のやつも自業自得と言えばその通りだが……)、
 そうこうしている内に、ライダーとライダーを追う士郎とセイバーは教会前を通り過ぎて更に加速する。再度冬木大橋に差しかかり、直線道を深山町に向かって駆け抜ける。丁度、新都を一周して元に戻ってきた形だ。
 ライダーの発見から現在まで、その距離は一定の間隔を保ったまま埋まらない。その間隔を保ったまま、追いかける士郎とセイバーは深山商店街を横切り交差点を左に曲がる。
 白い閃光となったライダーは輝きの尾を引きつつ、丘の上へと駆け上がってゆく。相も変わらずセイバーの振るう鉄柱に慎二をぶっつけながら。
 マスターをこのように扱うことといい、魔力集めに新都に向かったかと思えば、あっさり深山町に戻ることといい、ハンドルを握る士郎の思考に惑いが過ぎる。
(何考えてんだ? ライダーは…)
 疑問を挙げ連ねれば切りがない。一見、セイバーに追われてやむなくの行動に見えなくもないが…


 士郎が思考を廻らせている間に、セイバーの振るう鉄柱に叩かれ過ぎたのか。血濡れの肉塊ズタ袋と化した慎二が、ライダーの振るう鎖の合間から抜け落ちた。ベチョリと濡れ雑巾のような嫌な感じの音を立てて。
「まったく使えませんね、あなたは。まあ、ここまで保っただけよしとしましょうか……」
 ライダーは口の端を薄い笑みの形に歪める。ここまで来れば、計画は成ったも同然だ。
 己の駆る輝きの天馬の速度を緩めると、唯一人の騎兵は後方より迫り来る剣の騎士とその主に向き直った。
 さる古びた洋館を背にして。


 前方で、ずっと士郎たちを翻弄し続けた閃光が速度をゆるめ、やがて止まった。
(あれは…)
 目の前で悠然と佇むライダーが乗っているのは、輝くばかりの白い天馬。勇者ペルセウスによって討たれた女怪の血から生まれたという伝承を持つ、この翼有る白馬が騎兵の英霊の宝具だったのか。
 そしてライダーと天馬が背にした洋館は、かつて士郎が訪れたこともある――
「桜と、慎二の家!?」
 其処は夜なお暗く感じられる、間桐の屋敷だった。
 しかし驚くのも束の間、声は士郎の背後より
「好機ですシロウ。宝具を使って一気にライダーを殲滅します」
 士郎がシートの背後を見上げれば、セイバーが風巻く不可視の剣を担ぐように構えていた。
「待てセイバー。宝具を使えば魔力が……」
 膨大な魔力と引き換えに、神話の破壊を具現する宝具。セイバーの物は、使えば瞬く間にサーヴァントの生命とも言える魔力が枯渇し、現界した身体の維持ができなくなるという。士郎とてライダーを倒すことに異存はないが、そのためにセイバーを失ってはミイラ取りがミイラだ。
 更には今、ライダーの背後には間桐桜の家がある。無闇に破壊してよいものでもない。セイバーの宝具の力がどれほどのものかわからないが、何せ最優のサーヴァントの振るう力だから威力は相当なものだろう。
「今回は出力を絞りますから大丈夫です。それに…」
 言いかけて、セイバーはごにょごにょと言いよどんだ。普段の毅然とした彼女らしくない。心なしかその頬が赤いのだが、少女の上半顔を隠す兜と夜闇のせいで士郎にはそこまでわからない。
「それに?」
「それに魔力の供給については、後でどうとでもなるんですっ」
 無神経に問い返す士郎に向かって逆ギレ風に怒鳴ると顔を背け、セイバーは不可視の剣に両手を添えて高々と掲げた。
 風王結界全解放。弾ける強風に不可視の殻を脱ぎ捨てて、黄金の剣が鞘走る。
「だからちょっと待てってば。あそこは桜の……」
 家があるんだから、別の場所に誘い出して倒すとかしてもいいじゃないか……士郎の制止の言葉も、暴風に呑まれて千切れ去った。
 そんなマスターの声も聞こえているのかいないのか。あるいは聞こえても敢えて無視しているのか。
「“約束された――…」
 少女騎士が唱える真名が、宝具たる剣の力を解放した。振り下ろされる輝きの刃が咆え狂い、深山町全ての空気を震わせ黄金のフレアがライダーと天馬目がけて猛り走る。
「――勝利の剣”!!」
 光の奔流に呑み込まれ、間桐邸は家財道具・地下のあれこれもろともに、一切合財微塵も残さず消滅した。







「だからシロウ、私も反省している。確かにあの時は…非常に考え難いことですが、私自身、頭に血が昇っていたと…」
「あの破壊を『頭に血が昇っていた』で済ますのかお前はーっ」
 ガス欠のハレルヤハリケーンXをセイバーと二人で押しながら、士郎は背後を振り返った。
 たち込める粉塵が風に流されたその向こう。深くクレーター状に抉れた大地がそこにある。柱や壁や窓といった、かつて家屋を構成していた要素は欠片もない。
 間桐桜が日中の学園の騒ぎで病院におり、この破壊を免れたのが唯一の幸いと言えた。
「…もうこうなったらアレだからな。今日の晩飯は洋風にしようかと思ってたけど、セイバーだけコーンスープ抜き。決定」
 メインの鶏肉ソテー抜きとまで言わないところが、士郎も甘い。
「ええっ!」
 しかしたったのそれだけでも、最優の剣の英霊には堪えるらしい。ガガーンとセイバーの表情が目に見えて驚愕に変わり、震えた。
「それはあんまりですシロウっ。こういった場合は働いた臣下への労いをこめて、一層豪奢な食事を振る舞ってこそ主人と……」
 必死に食い下がるサーヴァントと、それをつっぱねようと奮闘するマスター。二人の言い合いが夜の深山町にこだまする。
 あおーんと、何処かで犬が咆えていた。



―翌朝。
 コーンスープを食べることができなかったがために、フテ寝しているセイバーをそのままに士郎はキッチンに立っていた。時刻は午前の九時を回ったところ。慎二とライダーを追った疲れが出たのか、だいぶ寝坊してしまった。
 エプロンを装着し、さて今日の献立はどうするか。セイバーには少しかわいそうなことをしたかもしれない。よく考えてみれば、あいつも俺を勝たせようと必死なんだよな。よし、今日はひとつ腕によりをかけて……そんなことに思いを廻らせていたところ。
 ぴんぽーんと鳴らされた呼び鈴に、士郎は玄関に向かう。誰だろう。藤ねぇは学校と病院の往復で忙しそうだし、そもそも呼び鈴など押さない。
 玄関口に笑みを浮べて立っていたのは、制服姿の間桐桜だった。
「おはようございます、先輩」
「おお、おはよう桜。身体の具合はもういいのか?」
 慎二とライダーによって仕掛けられた結界は、学園の生徒と教師のほとんどを巻き込んだ。
 桜も例に漏れず、貧血に似た症状で市立病院に入院していた。そのことを士郎は夜に帰宅した後、藤ねぇから聞き及んでいる。
 しかし無事を喜ぶのも束の間、士郎はなんとなくバツが悪い。何せセイバーと二人で間桐の屋敷を吹き飛ばしたのだ。非常事態だったとはいえ、罪悪感が全くないと言えば嘘になる。
 しかし、家も何もなくなったというのに
「あ、はい! 一晩病院で寝たらすっきりしちゃいました。それで、あの……」
 桜は何故か、とても嬉しそうだった。



 霊体化して電柱の上に立つ最速の英霊、ライダーのサーヴァントは遠く衛宮邸の玄関に立つ少女の背中を眺めていた。
(首尾は上々、というところでしょうか)
 少女に令呪を使わせて、ライダーの支配権を奪った少女の兄も今はいない。ライダーを縛り付けていた『偽臣の書』も、セイバーの振るった聖剣が塵も残さず灼き尽くしてくれた。
 お蔭でペガサスが重傷を負ってしまったのは痛かったが…… だが今こそ、ライダーは“真のマスター”の元で戦うことができる。
 そして今ならば、戦うことを渋っていた“真のマスター”も考えを改めるだろう。真のマスターの想い人もまたマスターで、その彼には四六時中を共に過ごす女サーヴァントがいるのだ。
「フフ……」
 我知らず、ライダーは不敵な笑みを浮べていた。



 おしまえ



―同刻、市立病院304号室。
 新都の駅から帰宅途中の会社員に発見された血ダルマの肉塊…もとい間桐慎二は、全身包帯ミイラと化しながらベッドに横たわっていた。骨折打ち身捻挫に打撲の全治六週間。外傷のオンパレード生きているのが不思議時空という状態で。親切な会社員のおっさんが救急車を呼んでくれたのだ。
 原因は、間桐邸で起こったガス爆発に巻き込まれた…とされていた。実際に発見されたのは間桐邸から五十メートルも離れていない地点だったので、警察にも爆発の衝撃波で吹き飛ばされたと解釈された。というか他に解釈のしようもなかった。
「………てやる」
「はい? どうしたんですか間桐さん。検温の時間ですから体温計挿しますよー。ちょっと痛いかもしれないけど我慢してくださいねー、えい」
 見るからに新人風な看護士のおねえさんが、手にした体温計を慎二の某所に挿す。
「#%&*++―/@−−っ!!」
 一体どこにどのように刺さったのか、慎二は声にならない絶叫を喉の奥で迸らせた。






 元々が一人称の文章を三人称にすると、違和感あるねぇ。
 いやね、セイバーさんてば折角〈騎乗〉技能持ってるわけだし。VSライダー戦は路上チェイスだったりしたらよかったなーなんて。
 ……ごめん、もうしないよう。


次回 エミヤ・シロウとアインツベルンの囚人

「囚人……って、俺かーっ!」
 冬の城の地下牢。鉄格子を掴んで揺さぶる士郎を前に、紅い瞳の少女が邪気なく笑う。
「逃げちゃだめだよシロウ。今日からシロウもわたしのサーヴァントなんだから。しっかり見張っててね、バーサーカー♪」
「―――――ッ!!」


 ………だからいいかげん、おしまえ






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