どらごん・はーてぃど



 貸し与えられた黒い駿馬を駆って、昔日の王は戦士の後を追った。
 緑の空の下の青い砂漠を、星々が螺旋を描いて流れ落ちる夜の下を、黄金の波濤が砕ける水晶の海岸を、黒玉と黄金の鎧に身を固めた戦士は進んだ。戦士の駆る白い巨馬はいななきながら波濤を蹴り、飛沫を砕いて駈けてゆく。
 その後ろから二馬身ほどの距離を開けて、つかず離れず、昔日の王は同じ道を辿って駈けた。マーリンを介し、妖精郷を脱するのに力を貸してくれたこの戦士が、己に何を望んでいるのかを掴みきれぬままに。
「私を何処へ連れて行こうというのか。〈黒玉と黄金の戦士〉よ」
 疑問に答えた声音は低く、冑に深く覆われていながらも、後を追いかける昔日の王の耳にも明晰に届いた。
「妖女が活動している次元に到着する前に、見せておきたいものがあるのだ。貴女にも関係がある。ついてくるがいい」

 そして虚空の彼方。〈秩序〉と〈混沌〉がせめぎ合うその場所で、昔日の王アーサーは、剣の騎士セイバーは、"彼"を愛した女は見た。彼が向かう先に在るものを。

「虚ろは虚ろなるが故に、〈抑止力〉が〈秩序〉が〈混沌〉が、多元宇宙に偏在するありとあらゆる諸力が、彼を利用しようと目論んだ。人々の危機をちらつかせれば、どのような力でも彼は受け入れる。これほど都合の良い〈戦士〉は多元宇宙、〈百万の天球〉を経巡ってさえ、そうそういるものではないからな」

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テレビ夕日 世界の列車から

4月○日△曜日『騎士の大祭』
 〜今日は、現代まで続く中世騎士たちのお祭りを紹介します。〜

 ウェールズとイングランドの国境線を、北に向かって走るウェールズ&ボーダートレイン。

 窓の外には、のどかな春の景色が広がっています。黄色い菜の花畑に、一面を覆うヒースの小さく白い花々。しかし窓を開けると、聞こえてくるのは人々の歓声です。中央に設けた垣を挟んで、槍を抱えた騎士と騎士が左右から互いを狙って馬を駆っています。銀の兜を着けた騎士が、羽飾りの兜を着けた騎士の胸甲を突いて、見事に落馬させました。銀兜の騎士に向かって、観客席から更なる歓呼が上がります。聞けば彼が落馬させた騎士は今の試合で三人目だとか。すごいですね。彼が兜を脱ぎました。ウェールズの若者でしょうか。赤い髪によく日に焼けた肌をしています。あ、彼のもとに少女が一人駆け寄っていきました。長い金髪の綺麗なお嬢さんです。よく見てみれば、若者の槍の手元には青いリボンが結んでありますね。きっと彼女が手渡したものでしょう。ちょっと妬けてしまいますね。

 次に停車するリヴァーランは、毎年この時期になると騎士たちの競技大会―トーナメントが開かれることで有名です。競技会は五日間に渡って行われ、剣に鉄槌、馬上槍試合に乱戦(トゥルネイ)等々と様々な競技にイングランド、ウェールズ、スコットランドの騎士たちがこぞって参加します。優秀な成績を収めた騎士には賞金も出るそうですが、それ以上に各々の国と民の名誉のために、騎士たちは毎年こぞって参加するそうです。しかも今年はかの名優が、スコットランド騎士として馬上槍試合と乱戦に参加するとのこと。名実ともにナイトの彼が参戦することで話題になっています。

 あ、今また大歓声が上がりました。これは珍しい。女性の騎士の登場ですね。兜から背に見事な紫の髪が流れ落ちています。漆黒の甲冑に身を包んだ彼女は、なんと今の試合で五人抜きを達成。馬はこれまた見事な白馬で……




彼女は王さま2 どらごん・はーてぃど―竜の心臓
 The Great Tourney act1. WE WILL ROCK YOU !!




「お疲れさまです、シロウ!」
 昔日の騎士王は駆け寄ると、士郎の首に両腕を投げて抱きついた。思いもよらぬ彼女の行為に驚きながら、士郎はセイバーをまだ籠手をはめた腕で抱き返す。動悸が激しくなったのは、連続した試合のためだけではない。
「運が良かったんだ。それに、俺だけの力じゃない」
 そう言って、士郎は背後の"彼女"を振り仰ぐ。眉間に白い三日月型の模様を持つ"彼女"は「そのとおり」とでも言うように高くいなないた。
「そうですね。クレセント(三日月)、貴女のお陰でもあります」セイバーは抱擁を解くと、宥めるように鹿毛の牝馬の首筋をさすった。「ありがとう。貴女の助力でシロウは勝てた」
 今度は「どういたしまして」とでも言うように、クレセントは低くいなないた。士郎が乗馬特訓に試合にと馬と接していて気づいたのは、馬という動物はとても頭が良いということ。頭が良いと言うと、あるいは語弊があるかもしれない。彼ら、彼女らは乗り手を観察し、選び、気に入らなければ平気で背から振り落とす。しかし一たび彼らの信頼を得れば、これほど力強い味方もない。知性を備えた巨躯を駆るだけで、乗り手は世界を征服できるような気分になってくる。戦車や戦闘機のない時代、馬たちが戦場での頼みとされたのも大いに頷ける話だった。
「で、衛宮くん。四戦目はいけそう? 今度の相手もやる気まんまんよ」
 ちょいちょいと遠坂凛が親指で指し示す先では、黒馬に跨った巨漢の騎士が、士郎に向かって槍の先を向け吼えていた。観客席の人々が、期待に満ちた眼差しで士郎を見ながら足を踏み鳴らす。二度足踏みして、一拍手。二度踏み鳴らして一拍手。ドンドンパッ、ドンドンパッ、ドンドンパッ…… 戦太鼓のようなそのリズムが、疲労した士郎の胸を再び高揚させてゆく。祭りの空気のためか、それとも滾る闘士の血ゆえか。まだ、やれそうな気分になってくる。
「…クレセント、まだやれるか?」
 士郎が問いかけると、若き"三日月"は高く雄雄しく棹立ちになっていなないた。鐙に足をかけ、士郎は一息に鞍に跨る。この動作を憶えるだけでも、丸一日かかったものだった。
「シロー卿、無理することはありません」代えの槍を差し出しながら、ガラハッドが言った。「このまま明日の乱戦(トゥルネイ)に臨んでも勝算はある。今日はもう馬と一緒に休んだほうがいい」
 しかし士郎は代えの槍を受け取った。先の試合で砕けた槍からリボンを解いて、そのまま代えの槍の柄に結びつける。このリボンに賭けても、負けっぱなしでいるわけにはいかない。
「あのでかい奴には鉄槌試合(フット・コンバット)で負けたからな」士郎は吼える巨騎士を見据えた。確か名前はアレックス・レッドフィールド。イングランド人の騎士だった。「ここで借りを返してやる」
「その意気ですシロウ。貴方とクレセントなら次も勝てます。蒼天に賭けてもいい」
 セイバーは馬上の士郎に兜を手渡した。黄金の髪をおろして見上げてくる様は、本当にどこにでもいそうな街の娘だった。同じ人種のなかにいてさえ、その美しさは抜きん出ていたが。
(俺の欲目かもなあ…)
 まあ、案外そんなものかもしれない。士郎はリボンの贈り主にウインクを贈ると、兜を被って手綱を引いた。普段なら恥ずかしくて絶対できない行為だったが、着込んだ甲冑のお陰か、一晩で千年も過去にタイム・スリップしてしまったかのような街の雰囲気に呑まれてか、さして抵抗なくできてしまった。つと隣の試合場を見てみると、そっちはそっちで騎士と貴婦人が互いを抱きしめながら熱くてディープなのの真っ最中。雰囲気に酔ってるのは士郎たちだけでもないようだ。
 ドンドンパッ、ドンドンパッと観客席の人々がどんどんヒートアップしてゆく。剣(フェンシング)に鉄槌(フット・コンバット)、弓(アーチェリー)とトーナメントの競技は数あるが、華はやはり馬上槍試合(ジョスト)。馬に乗って戦ってこその騎士。全速で馬を駆り、一瞬の交差で勝負を決する馬上槍試合は、乱戦と並んで最も盛り上がる競技だった。
 士郎がクレセントを開始位置へと速歩で進めてゆくと、観客席から手を振るイリヤと馬主の娘エスリンが目に入った。イリヤの銀髪と真白い容姿は西欧人たちの間にあっても目立ってしまうのでは思えたが、周囲に極彩色の鎧を着た騎士やら、髪を孔雀のようにした貴婦人やら、竪琴を抱えた吟遊詩人やらが徘徊しているなかでは、あまり目立っても見えなかった。イリヤの隣で腕を組むペリノア王すら違和感なく見えるのだから不思議だ。
 イリヤとエスリンに手を振り返してから、士郎は面頬を下ろして兜の位置を整えた。開始位置に着くと馬首をめぐらせ、相手を見据える。巨騎士の身長は二メートルを軽く超えているだろう。鉄槌試合(フット・コンバット)ではその巨躯から繰り出される鉄槌の一撃を受け、士郎は膝を着いてしまった。しかし今度は馬上槍試合。重量以上に槍を操る技術と馬との連携がものを言う。"狙って当てる"ことにかけては自信があったし、的もでかい。その上、乗馬の師匠は他でもない騎士の王さまである。彼女以上の師はモンゴルの大帝チンギス・ハーンくらいしかいない。勝てる。そして勝ち取らねばならない。最高得点を収めた騎士"Knight of Knights"の賞金はなんと三万ポンド。資金が底を尽きかけた彼らにとって、このトーナメントは文字通りの意味で死活問題だった。
 士郎とアレックスは300フィートの距離を置いて向かい合い、槍先を互いに向けた後、垂直に立てた。瞬きの後に、試合開始の旗が上がるだろう。全ての音が遠くなってゆく。下ろした瞼の裏を横切るのは、ここに至ったその経緯。
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 東の空が滲むように白み出した頃、妖犬と緑の兵たちは消えた。跡形もなく。まるでロンドンの霧が作り出した幻影ででもあったかのように。
「じゃあ、私は日本に帰るから」
 遠坂凛はやっとのことで声を搾り出した。目の下にくっきり浮かんだ青黒い隈も痛々しく。ロンドン市民を守るため、一晩中魔術を使ったのだから無理もなく。旅行鞄を支える手さえも覚束ない。
「遠坂、やっぱり空港まで送ったほうが……」
 見かねて士郎が提案したが、凛は手を振って遮った。これから大変なのはあんたたちなんだから、というのがその言い分。妖犬を率いる混沌の騎士ゲイナーは士郎に言った。『我らは北へ向かう』と。

 戦いが終息したかに見えたとき。士郎がそれを告げた瞬間、セイバーは色を失った。
「〈九人姉妹〉……冗談ではなかったのか、モルガン」
 セイバーは語った。ハドリアヌス帝が北方諸民族の南下を防ぐために築かせた長城"ハドリアヌスの壁"の戦いのことを。そして〈壁〉を越えた先にある、〈九人姉妹〉と呼ばれる巨石群のことを。
「〈騎士団〉と歩兵を率いて〈壁〉を越えた頃でしたから、ガラハッド卿も知らないことですね。〈壁〉を越えた私たちは、幾度となく北方の敵民族を撃退しました。敵の多くはスコット人やピクト人、そして〈海の狼〉たち。しかし、それだけではなかった。獣の頭や手足を持つ奇怪な兵や、宝具を行使せねば滅ぼせぬ生き物が南に下り村落を襲った。羊と馬はおろか人まで喰らい、女を嬲りただ殺す。私たちはそれらの敵を討ち、それらの生まれ出る源まで追い詰めました。そこが〈九人姉妹〉と呼ばれる丘です。決して晴れることのない濃霧に包まれたその土地から、敵は這い出してきました。戦い、マーリンの助力でその地に聳える石柱の二本を破壊することで、それ以上の怪物の発生を止めることに成功しましたが……払った犠牲も大きかった。ある意味、あの土地は柳洞寺に近かったとも言えるでしょう。汚染されたという意味においても」
「汚染……?」
 それを聞いたとき、士郎の頭を過ぎったのは黒い泥縄を吐き出す宙の穴。士郎の目からそれを読み取ったかのように、セイバーは頷いた。
「そうです。〈九人姉妹〉は元来、王の即位や祝祭、豊作祈願に用いられる霊地でした。しかし"力"はそれを振るう者次第で、聖にも邪にも染まる。土地の力を使うことに長けた者の手にかかれば、あるいは奇怪な生物を造り出すことも。アルビオンの大地をよく知り、地の力を用いることに長けた魔術師なら。ドルイド、ドルイダス、そして〈湖の貴婦人〉。モルガン・ル・フェイの仕業だとわかるのに、さして時は要りませんでした。他ならぬ、当の妖女が私に語った。『ローマン・ブリテンの民を苦しめるためなら、我らは聖地を穢すことも辞さぬ』と……」

 妖女モルガンは再び〈九人姉妹〉を利用して、何事かを成そうとしている。それを阻むために、北に向かわねばならなかった。ハドリアヌスの壁を越えて、〈九人姉妹〉の丘へ。地理的にはスコットランド、グレンゴーを南に下った辺りだった。当面は列車での移動になるのだが、ここで問題が発生。何気ないイリヤの一言が、そのはじまり。
「交通費、けっこうかかるわよね。人も増えたし」
 士郎自身とセイバー、イリヤ、ガラハッドの計四人分の交通費だけではない。宿泊費に食費にその他もろもろ。外国での移動はとかくお金がかかる。そこはそれ士郎も考えていて、日本を出る前にある程度まとまった額でポンドを購入していた。また多額の現金を持ち歩くのは危いので、国際キャッシュカードも取得していたのだが。
「今夜の騒動でどうなるか、ね」
 ちらりと凛が表通りに目をやった。戦闘自体は終息したものの、今いる路地裏から一歩表通りに出れば、警官たちや救助隊員らが事情聴取やら怪我人の収容やらで忙しく立ち働いている。しかも一行の顔と姿は思いっきりはっきり警官たちに見られていた。見つかれば、どれほど運が良くとも拘束・聴取は免れない。更には
「そういえばドーヴァー海峡の騒動で忘れてたけど、わたしたちの入国手続き、まだだったんじゃないかしら」
 まあ、どのみち無理だっただしょうけどね。ガラハッド連れてたし、とイリヤは結んだ。その姿はすっかり元のちっちゃな少女に戻っていた。入国手続きをせずに、イギリス国内にいる。それは即ち、密入国者ということ。正義の味方を目指してるってのに。
 頭を抱えた士郎を助けるように、セイバーが言った。
「そちらは今からでも遅くないのでは? 事情を話せば……」
「この状況で入国管理局に行くの? 十中八九、捕まるわ。それにどんな事情を話したって、信じてもらえるわけがないでしょ」
 凛の言葉ももっともだった。ドーヴァー海峡を越える船で怪物に襲われ、石の棺桶から昔の部下が蘇ったので連れてきましたと言って誰が信じるというのか。セイバーとて、そのまま正直に話すつもりでもなかったのだろうけど。
 濁った濃霧とともにゲイナーと妖犬の群れは消えたが、消え去ったわけではない。警察や入管に捕まって、時間を浪費したくはなかった。
「とにかく、なるべく早くロンドンを離れたほうがいいか」士郎は決めた。今のロンドンに留まるのは危険だった。「手持ちの資金で行けるところまで行こう。地方都市なら、今日の事件もさほどの影響はないかもしれない」
「だといいけどね」凛は疲労に落ち窪んだ目で士郎をやぶ睨みに見た。「私もすぐに発つわ」
 そのとき、戦車の上で腕を組み、一行の成り行きを見守っていた北の剣王が口を開いた。
「何を思い悩むのだ騎士王よ。金がないなら、ほれ」言ってペリノア王は剣先で表通りの警官を指し示す。「そこらの兵士をとっつかまえて、金と交換したらどうじゃ? おぬしなら簡単であろう」
「そうですよ陛下。気は進みませんが、今は非常時です。シグー…じゃなくて、マリアさまもきっとお許しくださいます」
 不思議そうな顔をするガラハッドとペリノア王に向かって、セイバーは深々と溜息をついた。
「少し黙っていてくださいガラハッド、ペリノア王。この地はブリテンではありますが、貴方たちが生きていた頃とは制度も価値観も異なるのです」
 そうして薄暗い路地裏を抜けて、士郎たちは疲れた体を引きずりながら、元のバス停留所まで戻っていった。夜明け間際のバス停の周りにひと気はなく、街灯に照らされ灰色の霧が静かにゆれている。
「これで本当にお別れだな、遠坂」
「そうね、衛宮くん。貴方は不肖の弟子だったけど、幸運を祈…」凛が握手のために右手を差し出したそのときのこと。こつんと小さな音を立て、何か白いものが彼女の頭に当たって落ちた。「何かしら、これ?」
 羽ばたきの音が、暗い空に向かって遠く小さくなっていった。拾い上げて見れば、なんの変哲もない真っ白な封筒。ただ裏返してみると、時代錯誤に蝋で封が施してある。そして封に刻まれた紋章が目に入った瞬間、眠たげなやぶ睨みだった凛の目が見開かれた。
「ん? どうした遠坂」
 士郎の問いかけも何処へやら。凛は封を割って手紙を―それも時代錯誤も甚だしい羊皮紙の手紙を取り出し、読み、膝くだけに崩折れた。
「あ、あはは」
 うつろな笑いで宙を見上げるその様は、学園一の才女とはとても思えない。イリヤは凛の手から落ちた手紙を拾い上げると、さっと目を通してから言った。
「時計塔からの召喚状ね。House Tosaka…『トオサカ家の嗣子は至急、時計塔第一審問室に出頭し、昨夜未明に発生した事件について説明されたし。この召喚を拒んだ場合、特殊査察官を派遣し身柄を拘束。ロンドンにおける工房その他の拠点を封鎖する。なお、日本における聖杯戦争生残者としての各優遇措置は本日0時をもって無効となったものとする』だってさ。まあ当然よね。あれだけ騒いでリンに何のお咎めもないなんて、ありえないもの」
「じ、事情を話せば……」
「召喚はうわべだけ、説明しろなんてのはただの口実でしょうね。彼らは神秘の流出を極端に嫌うわ。リンは知ってるかしら。時計塔が、違反魔術師の魔術回路を封印・破壊するのにどんな術法を施すのか? 効果的な封術法を編み出すためだけに、教会と技術提携したこともあるって聞くわね」
「ということは、つまり……」
 士郎は膝を着いてうな垂れる凛を見下ろした。この事件に巻き込んでしまった責任を感じながら。そして言えば当然のように怒られるのだろうが、気の毒にも思ってしまって。
 だというのに、イリヤは明るくお気楽にのたまった。この事態を、どこか楽しんでいる節すらある。
「そ、リンが聖杯戦争のどさくさで手に入れた利得はみんなぱー。下手をすれば、トオサカ家が数百年にわたって積み重ねてきた魔術師一族としての実績だとかキャリアだとか何もかもぱー。これってあれでしょシロウ、ゴセンゾさまがクサバのガケで泣くっていうやつ? あわれなものよね」
 それを言うなら「草葉の陰」だ、と士郎が言おうとした途端。
「あんたのせいだーっ!」あくま、再起動。「あんたのせいで!あんたのせいで!あんたのせいでっ!!」
「ちょ、落ち着け遠さ……はぐっ」
 がっちりキまったチョークスリーパーに士郎は息を詰まらせた。その上がっくんがっくん前後左右に揺さぶられるものだから昏倒寸前。疲労と睡眠不足が拍車をかけて、意識がどんどん遠のいてゆく。「やめてください凛っ」「そうよリン。何したってもう無駄なんだから。トオサカ家の初代も、こんなことで家系が途絶えるなんて思わなかったでしょうね。聖杯戦争で散財した挙句、魔法に辿り着くこともなく」「イリヤスフィール、貴女も凛をからかわないでくださいっ」「うるさいうるさいうるさいっ! あんたたちに私の気持ちがわかってたまるかー」聞こえる声もどんどん遠ざかってゆく。士郎が後から聞かされたことには、セイバーとガラハッドの二人がかりでやっと凛を引き離したとのこと。
 英霊並の二人がかりでないと止められない魔女なんて、遠坂くらいだろうな、と士郎は思った。



 かくして遠坂凛を巻き込んで、世を忍ぶ旅がはじまった。朝一でショッピングモールに飛び込んで換えの服を買い、無駄だと思いつつもないよりはマシと、サングラスに付け髭に帽子、髪染めまで準備して。化粧室から出た瞬間、互いを見た全員が笑ってしまったのは言うまでもない。
 列車に乗って北へ、北へ。その間、様々なことがあった。
 日本のある催しで出会った、山高帽にステッキの大学教授と車内で再会したりとか。
 夜の列車の窓から、首なし馬の牽く青白い亡霊戦車が並走しているのが見えたりとか。
 資金が尽きかけ、ある駅で降りてガラハッドを女装させて美人局をやったりとか。もちろん"兄"役はセイバーである。そのとき凛が演じた髭のある○国人のポン引きはあまりに似合っていたというか真に迫っていた。ガラハッドは天を仰いで泣いていた。
 それでもなんとかやりくりしながら、警察にも時計塔にも捕縛されることなく、士郎たちはウェールズ&ボーダートレインに乗り込むことに成功した。

 最初にその記事を見つけたのは、ガラハッドだった。一五〇〇年余りを経ながらも、彼はものの数分で英語の会話と読み書きを習得した。不思議に思った士郎が問うと「そういう風に造られたんです」と言って笑った。美人局の後遺症が抜けていないのか、こころもち力のない笑みだった。
「トーナメント、騎士の試合があると書かれてますね」
「現代の騎士、ですか」
 ガラハッドの向かいに座っていたセイバーが、広げられた新聞に身を乗り出した。騎士の催しと聞いて黙っていられる騎士王さまでもない。興味を隠さず記事に魅入っている。隣の士郎も一緒に覗き込んでみた。記事には昨年の大会の写真が数枚入り、毎年の参加者数と競技の種類、参加資格について書かれている。更には今年の大会の目玉として、世界中で知らぬ者のいない名優が、馬上槍試合(ジョスト)と乱戦(トゥルネイ)に参加することが記載されていた。
「ショーン・ク・ナリィか。これまたすごいな」
「有名な人物なのですか?」
「ああ、映画のなかでならセイバーも観てるかな。このあいだ雷画じーさんに借りて観た不死身の剣士の映画があったろ? あの主人公の師匠を演じた俳優さ。ほかには……そうだな、セイバーのお気に入りだと、王子に心臓の半分を与えた竜の声を演じてた」
「ああ、あの!」名前と顔と声が一致したのか。セイバーはぽんと手を叩いた。「ハイランダーの剣匠ラミレスもよかったが、最後の竜ドレイコも素晴らしかった。あの雨のアヴァロンで、騎士に語るシーンなど特に」
「その人物が、騎士としてトーナメントに出るんだそうだ。確か何年か前に女王から騎士叙勲を受けたっていうから、名実ともに"騎士"の参加ということになるのかな」
「ふむ、かの人物が騎士だというのは頷けます。イングランド(アングル人の土地)で任じられたというのは、少し納得しかねますが」
 うむうむと頷いて納得するセイバーは、見かけはどうであれ、アーサー王としてアングル人やサクソン人と戦ったブリテンの王でもある。かつて己の王国があった土地に敵民族の名が付いているのだ。どこか釈然としないものを感じてしまうのも無理はなかった。
「へぇ、開催はリヴァーラン、次の次の駅ね」凛がガラハッドの頭上から身を乗り出してきた。後ろの座席から背もたれを抱えるようにして。「なになに、日程は…四月□日、五日後ね。賞金は……さんまんぽんどっ!?」
 真っ赤になって固まるガラハッドを無視し、凛は新聞をひったくった。
「大会は三日間。その間に剣、鉄槌、馬上槍試合、乱戦の競技を行い、総合得点で優勝者"Knight of Knights"を決定」そこまで言うと、凛は拳を握り締めて窓の向こう、遠くを見た。そこに約束の土地があるかのように。「いける、いけるわ。こっちには、なんてったって騎士の王さまがいるのよ。アーサー王がいるのよ。三万ポンドもあれば新たに設備を整えて、宝石を買って……そう、たとえ封印指定なみのお尋ね者になったって……」
 ぶつぶつと不穏なことを呟きながら、凛はきっとセイバーを見据えて指差した。
「な、なんですか凛?」しかしセイバーとて凛との付き合いはそれなりに長い。今の彼女が何を考えているかなど、おおよそ察しがついた。「まさか……」
「トーナメントに参加するのよセイバー。遠坂家再興のためにっ」
「ちょっと待て遠坂、俺たちは北に…」
 遠坂家の行く末も心配と言えば心配だったが、今は他に目的がある。断ろうとした士郎だったが、凛が畳みかけるように言った。
「衛宮くんたちにとっても悪い話じゃない。このまま、かつかつの状態でスコットランドに入るよりは、潤沢な軍資金を持って行ったほうが何かと不自由しないでしょ。そう、円卓最高の騎士と歌われたガラハッドだっているのよ。必ず優勝できるわ」
 士郎を見据える眼差しは真剣そのもの。学園一の美少女の瞳に£(ポンド)マークが浮かんで消える。ロンドンを発って依頼のやる気を見て、士郎は果たして喜んでよいのものなのかとしばし悩んだ。しかし、そんな凛の血気に水を差すように。

「ほぼ確実に優勝できるでしょうね。セイバーかガラハッドが参加できれば、だけど」

「どういう意味よ、イリヤ?」
「よく読んでみて。参加資格のところ」
 ちょいちょいと白い指が辿る先に皆が視線を走らせた。参加資格の項、性別・年齢に特に制限はなし。馬と槍、剣、甲冑その他の装備は持参。安全な競技進行のため、甲冑には事前に強度審査有り。ただし、参加する騎士の身長は5フィート7インチ以上とする……5フィート7インチは、メートルに換算するとおおよそ一七〇センチメートル。そしてセイバーは言うに及ばず、ガラハッドも意外と小柄で、士郎よりもやや低い一六八センチ程度だった。
「なんてこと…」
 はらりと凛の手から新聞が落ちた。外れた馬券が舞い散るように。
「そ、馬上槍試合はそれなりの体格じゃないと危険だからってことらしいわ」カップの紅茶を優雅に口を運びながら、イリヤは言った。「まあ参加云々は抜きにして、行ってみたくはあるけどね」
「そうですね。少し時間が取れるなら私も見てみたい。現代の騎士がどんなものか」
「ロンドンからもだいぶ離れたからな。カードが使えるか試しがてら、リヴァーランに降りてみよう」期待に満ちた緑の瞳で見上げられれば、士郎に抗う術はない。元々、そろそろ降りようと思っていた頃だったし。「大会にはまだ間があるけれど、参加準備をしてる騎士なら見られるかもしれない」
「シロウはセイバーに甘いからねー」
 イリヤの冷やかしに顔が熱くなり、士郎は窓の外を見て誤魔化した。外は一面、春の色に満ち溢れていた。川沿いに広がる菜の花畑を黄色の花々が埋め尽くし、その向こうを白い花々が帯のように流れている。あの花は何かとセイバーに訊ねると、「ヒースの花ですね。小さいが可愛らしい花だ」と不思議と誇らしげな答えが返ってきた。
 しかしこの程度で諦める遠坂凛ではなかった。ぱかりと開いた地獄の釜から、ゆらゆらと立ち上るのは阿修羅か夜叉か。
「身長170センチメートル以上……参加できる人間が、この場に一人だけいるわ」
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 瞼を上げて、士郎は旗持ちを見た。目庇の向こうで旗持ちは士郎を、そしてアレックスを見て、準備よしと判断するなり赤白半々の竜を刺繍した旗を振り上げた。歓声もドンドンパッの拍子も、全ての音が一瞬で消え去り、士郎は騎士サー・シローとなって棹立ちになったクレセントを前へと駆った。蹄のリズムに加速する鼓動。立てた槍を下ろして水平に、槍先をやや左に寄せる。狙うは兜。的は小さいが、当たれば三ポイント。馬上槍試合の勝利条件は、三ポイント先取か相手を落馬させること。大昔は落馬後も剣で斬り合ったらしいが、現代のジョストはそこまでやらない。
 呼吸を整え、心のなかで的を描く。当ててから弓を引く。同じ要領で槍を整える。そして相棒クレセントのことも忘れない。特訓の最中は弓の要領で槍を操り、的を外してばかりだった。そんなとき、セイバーは士郎を叱ったものだ。『貴方は一人で戦うのではないのだ』と。
 サー・アレックスの黒馬を威圧するように、クレセントが高くいなないた。同調、開始(トレース、オン)と胸のうちで唱える。クレセントと同調し、心に描く槍の軌跡を外さぬように。

 交差の瞬間。衝撃が鋼を打ち抜いた。






【予告】

 名優の参戦で突如跳ね上がった賞金に、あくまは吼えた。
「勝つのよ衛宮くん! 死ぬ前に勝て! 死んでも勝て! 勝ってから死ねっ!!」

 そしてサー・シローを助ける謎の女騎士レディ・サーペントとは何者なのか?

 次回、The Great Tourney act2. KNIGHT OF KNIGHTS につづきます。


【あとがきとか言い訳とか】
 今回、けっこう悪ノリして書きました。思わずカッとなって書きました。反省は…あまりしていないっす。
 アーサー王が活躍した時代には、まだトーナメントはなかったろうけど。そこはそれ。リヴァーランも架空の街です。名前はG・R・R・マーティンの『氷と炎の歌』に出てくる地名から拝借しました。というか嘘イギリスだからゆるして。
 当初はハイランドへ向かう列車で"地獄騎行特急"編と称して混沌とか固有結界の謎とかなお話にしようかと思ってたんですけど、途中で文字通りの路線変更。息抜き代わりに楽しいエピソードを入れたいなーと書き出した"The Great Tourney(大乱戦)"です。○ディアの島編とかエ○ァの八話周辺とか、あんなノリで。映画『ロック・ユー』はとても勉強になるなあ。面白いし。泣けるし。
 しばらく魔術とか魔法とか宝具とかあまり関係なくなります。何卒ご容赦のほどを。






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