Evangelion Sword & Grail
 




Evangelion Sword & Grail:Episode 9
Twin Angel






「いかがなさいますか? 司令」
 リツコがゲンドウに問うたその時、電子音が鳴り響く。冬月が室内備え付けの通話端末 を手に取った。
「私だ……何!?」
 冬月の目が驚きに見開かれ、次に躊躇に揺れるが、それも束の間すぐに平静に戻る。
「……そうか、わかった、その件に関してはこれから審議に入る。引き続き監視を続けて くれたまえ、葛城一尉。以上だ」
 端末を置くと、ゲンドウを見遣り、それからリツコを見る。
「現場に行っている葛城一尉から報告が入った。パターンブルー検出。間違いなく使徒だ。 しかも成体ではなく、幼生状態の、な」
「葛城一尉は何と?」
「…彼女はA−17を要請している」
「A−17……全てに優先された使徒の捕獲、それも生きたまま…」
 その意味に気づいたリツコが先ほどの冬月のように目を見開いて呟く。
「どうするのだ? 碇」
 この室内に入って最初の一言以来、ずっと黙り続けてきた彼らの最高意志がその重い口 を開く。



「A−17だと!」
「こちらから討って出るというのか?」
 そこにいないがそこにいる。リアルタイムで繋がれたホログラムの会議室の中、水面に 投じられた一石に対して生じる波紋のように、非難の混じった驚愕の言葉が次々と上がる。
「15年前を忘れたのかね? 碇君」
 その声からにじむのは、躊躇。そして垣間見えるのは隠し様のない、恐怖。
 スクリーンも兼ねたテーブルから発せられる青白い光を赤いサングラスに反射させなが ら、その一石を投じた男・碇ゲンドウがその口を開いた。
「…現在の最優先事項は全ての使徒の殲滅です。それはお互い了解済みのことでしょう。 ゼーレのテキストにない使徒の襲来が相次ぐ今、シナリオから可能な限り不確定要素を排 除するためにも、生きた使徒のサンプルの重要性は敢えてここで説く必要もありますまい」
(よく表情1つ変えずに、こうも重々しくでまかせが言えるものだな…長い付き合いだが 感心するよ……)
 傍らで手を後ろで組みながら立つ冬月が、それとなくゲンドウに視線を落とす。
(…まあ首尾良く手に入れば、ゼーレからもニムロデからも有利な譲歩を引き出せるだろ うが…)
「…しかし不用意な接触は危険過ぎるのも確かだ。捕獲に失敗し、万が一15年前の再現と なったらどうするのかね?」
 それまでずっと黙っていた恰幅の良いバイザーの老人が、ずいとテーブルに肘をつきな がら問うた。
「そうなる前に処分しますよ、キール議長。“もう1つの不確定要素”もろとも…」
「…失敗は、許さん」
 キールと呼ばれた老人が告げると、周囲の他の者たちの話し声もぴたりと止み、それら 全てが音もなく消える。
 そう、どっちに転んでも…
(上手く行けば、こちらのカードが1枚増える。失敗しても…アレの処分は早いか遅いか、 それだけのことだ…)
 組まれた手に隠されたその口元が、かすかにゆるんだ。




「使徒、ですか。これが」
 シンジの見上げるその先、メインスクリーンに映し出されたのはヒトの胎児のような姿 をした黒い影。
 シンジの他にもレイ、トウジ、アスカにヒルダとチルドレン全員、プラグスーツに着替 えた上でここ、ブリーフィングルームに集められていた。
「…そう、これが使徒。そして今回の目的は殲滅ではなくって、捕獲。耐熱仕様のエヴァ で浅間山の火口からマグマの中へ潜行、目標を生きたまま確保するわ」
 不在の作戦部長とその部下に代わって、いつもの白衣姿に銀縁眼鏡をかけたリツコが今 回の作戦のブリーフィングを取りしきっていた。
「できるの? そんなことが?」
 使徒・即・殲滅が身上のアスカは、使徒の映像に向けた怪訝な視線をそのままリツコに 向ける。
「あの使徒は昆虫で言えばまだ羽化する前の蛹のようなものよ。攻撃してくるほどの活動 性は観測されてないわ。マグマの中を漂う目標を捕捉したらこのキャッチャーのロッドを 伸ばして電磁ネットを展開。捕獲したら速やかに浮上する…」
 リツコが指示用に長く伸ばしたペン先で、スクリーンの一角に映し出されたキャッチャー を指し示しながら解説する。
「…以上が今回の作戦よ。今の説明について何か質問は?」
 カチカチと伸ばしたペン先を縮めて元のサイズに戻すと、シンジが軽く手を上げていた。
「何? シンジ君」
「いつもは殲滅する使徒を、なんで今回に限って生け捕りにするんですか?」
「…生きた使徒を研究できれば、今まで謎だった使徒の生態や活動について何かわかるか もしれないからよ。例えば弱点とか、ね。幸いあの使徒は蛹…マグマに潜る危険を犯すだ けの価値はあるわ」
「捕獲作戦の最中に使徒が羽化をはじめたら?」
 腕組みしながらアスカが、リツコに挑むような目を向けて問う。
「即時殲滅」
 リツコの答えにアスカはフッと満足そうな笑みをこぼす。
「よーするに、あのキャッチャーゆう“あみ”で、溶岩の中流れる使徒のサナギを掬 ってくりゃえーんやろ? ザリガニ釣りより簡単やないか」
 言いながらからからと笑うトウジだが、ぴしとリツコのこめかみに何かが浮いた。
(まかり間違えば人類滅亡にもなりかねない使徒捕獲作戦を、ザリガニ釣りと同レベルに 考えてるなんて… 私の作ったキャッチャーを網…アクティヴ・ソードを“長ドス” 呼ばわりすることといい、この子は……)
 トウジはトウジでいつも自分なりに説明された事柄を噛み砕いて理解しようとするし、 それはあながち見当ハズレでもないのだが、赤木博士にはえらく不評なようである。

「ねえ、トウジクン。ザリガニツリってナニ?」

「…それで作戦のポジションだけど…」
 気を取り直したリツコが作戦担当について告げようと、手もとのクリップボードに目を 落とす。そこにあるのはミサトが浅間山地震研究所から送ってきた作戦要項に、リツコが 研究者の立場から手を加えたものである。

「おー、ザリガニ釣りいうんわ、スルメイカをタコ糸で括って…」

「はいはーい! アタシが潜るわ!!」
 アスカが盛大に挙手しながら立候補した。
「…それは結構。どのみちこの作戦でエヴァに装備する耐熱耐圧防護服・D型装備は、制 式タイプの弐号機にしか装備できないから、あなたかヒルダにやってもらう予定だったの よ。アスカは弐号機に搭乗。浅間山火口より潜行し目標を捕獲。いいわね?」
「まっかせなさい!」
 アスカは右手を拳にしてその胸を軽くトンと叩く。
「シンジ君は初号機に搭乗。浅間山火口付近にて待機、弐号機のバックアップをお願い」
「了解です」
「レイと零号機、トウジ君と参号機、ヒルダは本部で待機。以上よ」
 リツコがチルドレン全員のポジションを告げ、確認の返事を待つが
「了解…」
 戻ってきたのは抑揚のないレイの返事だけ。残りの2人の返事がないのを怪訝に思って リツコが顔を上げると

「最近のザリガニはえろー頭よくってのー、ちょいと強う糸引っ張るとすぐに挟んだエサ 離しよるんや」
「ふんふン…」

 トウジがヒルダに得意げにザリガニ釣りを講義し、ヒルダはヒルダで興味深くそれに聞 き入っていた。
(この子たちは…)
 リツコのこめかみにビシリと青筋が浮いた。誰の目にも明らかに。
「ほらそこの2人っ! 真面目に話を聞きなさいっ!」
「どわっ!…とと、そないに怒鳴らんでも聞こえとりますわ。ワイと参号機。ヒルダはん。 綾波と零号機は本部待機なんやろ?」
 リツコに怒鳴られるも、話はちゃんと聞いていたらしく、トウジは大してバツの悪そうな 顔も見せずに答えて見せた。
「ぐ…」
(聞いてたのね…)
 トウジの返事にちょっとつまる。
「まったく…わかってればいいのよ。ヒルダもいいわね?」
「ウン…でもリツコサン。ボクは弐号機に乗らなくてもイイノ?」
 弐号機を使うなら、自分も当然乗ることになるものと思っていたヒルダがきょとんとし た顔で訊き返した。
「……今回の作戦では乗らなくてもいいわ。攻撃力のない使徒の蛹の捕獲作戦だからアス カ1人で十分でしょう。万一のためにシンジ君と初号機も配置するし」
 ヒルダから視線を手元の書類に落とし、少し間を空けリツコが答える。
「そーゆーことだからヒルダ! アンタはここでおとなしくしてなさい!!」
(弐号機パイロットはアタシ1人で十分なのよ!)
 どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、アスカがビシリとヒルダに指を突きつけ た。



「なっ! 何よコレえーーーーーーーっ!!」
 アスカは愛機を見上げると、悲痛さすら篭った叫びをケイジ中に轟かせる。
「カッコ悪うーい…」
「ダルマ?」
 シンジがポツンと言い
「Snowman ?」
 ヒルダがかつて読んだ絵本を思い出しながら呟き
「えーと…アレや、あんセカンドインパクト前のテレビマンガん出てきよる、腹んポケ ットからえろー便利なモンぎょーさん出してくれるゆーアレや…」
 トウジが昔幼い頃に見た、20世紀末のテレビアニメのリバイバルに出てきたロボットを 連想した。
「………」
 レイは特に何の感想も無いようである。
「失礼ね、あなたたち。局地戦用耐熱耐圧防護服、D型装備よ」
 リツコもチルドレンと弐号機を見上げ、またもやこめかみに何かを浮かべながら解説し た。
 そこにあったのは、まるで20世紀のアメリカアニメ辺りに出てきそうなベタな潜水服の ような宇宙服のような装備にその身を包んだエヴァンゲリオン弐号機の姿。
 服…というよりは、2つ重ねたまんじゅうか樽に手足をつけたような姿に、その手のマニ ュピレーターはただのU字型のロボットアーム。
 決戦兵器にはあまり似つかわしい姿とは言いがたい。どちらかというと場末の遊園地の 被り物の方が似合っている。大きさを除いて、少なくとも姿形は。
「それだけじゃないのよ」
 リツコはチルドレンの方も見ず、手にしたクリップボードに目を落としながら
「アスカ、その左のリストスイッチを押して見て」
「…まったくこれ以上何があるってのよ……」
 ブツクサいいながらも、アスカは指示された通り左手首のリストスイッチを押した。
 すると…

 ブシュッ! ブシュシュシュ〜〜〜〜〜〜〜〜………
「もうっ! 何なのよコレは〜〜〜〜〜っ!!!」
 見る間にブクブクとアスカの着た赤いプラグスーツが膨れ上がり、ミニチュア弐号機と も言うべきまんじゅうアスカの出来上がり。
 運動会玉転がしの赤い大玉にも良く似ている。
「パイロット保護のための冷却剤よ。弐号機の装備もそう。マグマの中で蒸し焼きになり たくないのなら、我慢なさい」
「…あはは、やっぱりダルマだ」
 赤い色といい形といい、シンジが苦笑しながら言い
「あっ、赤いSnowmanだネー、アスカ」
 その格好のおかしさに、こみ上げてくる笑いを必死でこらえようとお腹を押さえながら ヒルダが言い
「そう、やっぱりアレに似とるんや。あの猫型……」
 トウジがウンウンと頷きながら、なんだか危険なことを口走ろうとした。
「やだやだやだやだやだっ! アタシの弐号機がこんなのなんて絶対イヤッ!!」
 アスカはその長い髪を振り回しながらリツコに詰めより、チラと視線をトウジに向ける。
「…そうよ…こんなの… フォース! アンタと参号機の方がお似合いよっ!!参号機な ら同じ制式タイプだから装備できるでしょっ」
「…ワイは別にかまへんけど…リツコはん、どないなんですか?」
 アスカに睨むような目で見つめられ、トウジがポリポリと後ろ頭を掻きながら訊いたが
「無理ね」
 リツコの返事はにべもない。
「参号機は弐号機と同じで制式タイプだけど、設計が若干異なるの。弐号機は装備の交換 次第でなんでもこなせるオールラウンドタイプとして、参号機は近接・格闘戦に特化し た機体として建造されたわ。エヴァ自体のパーツの互換性はかなりあるのだけど、参号機 にD型装備は装備できないのよ」
「えーっ……」
 それを聞いてアスカが肩を落とす。
「……あのサア、アスカが嫌ならボクが乗ろうカ?」
 そんなアスカを見やりながら、ヒルダがリツコに向かってひょこっと右手を上げてから 訊いた。
「えっ……」
 アスカがはっと振り向けば、翠の瞳。弐号機を操縦可能なもう1人のパイロットがいる。
「そうね、それでもいいわ。セカンドチルドレン搭乗拒否につき、セミ・セカンドチルド レン、ヒルダ・ヴァルトラウテに今作戦における弐号機搭乗を命じます」
 リツコがもう1人の弐号機パイロット・ヒルダの申し出を至極あっさり了承する。弐号 機を操縦できるのはアスカ1人だけではないのだから。
「アスカは本部待機。それでいいわね?」
「よくないっ! 弐号機に乗るのはアタシよ!!」
 肩を落としていたアスカが、がばと顔を跳ね上げ拳を握り締め、リツコに向き直る。
「あら…乗りたくないんじゃないの?」
 リツコがさも意外といった顔でアスカを見るが
「…弐号機にはアタシが乗るわ! 使徒捕獲なんて高度なオペレーション、こいつらに任 せてなんておけないわよっ!!」
(こいつらなんかにっ!)
 アスカは振り向き、少し後ろで自分とリツコのやりとりを見守る他のチルドレンを見据 えながら言いきった。




 バラバラと幾つものローター音を木々の中に響かせながら、ダークグリーンのヘリが紫 の巨人の直上を旋回する。
 暗い室内で光るモニターの中、パレットライフルを携えた初号機が浅間山山頂に立つ。 麓から鬱蒼と茂った木々は頂まで達することもなく、一面に赤茶けた岩肌を晒す。もうも うと立ち込める活火山の煙は、腐敗したゆで卵に良く似た硫黄臭を漂わせるが、ここ、山 頂付近に設置された移動指揮車の中までは届かない。
「アスカ、準備はいい?」
 ミサトが初号機の映る隣のモニターを見ながらマイクに向かう。
 初号機からより火口付近に急遽建設された巨大クレーンに、D型装備の弐号機が吊るさ れていた。手にキャッチャーロッド、武装は腰にプログナイフただ1つ。今から紅蓮の地 獄に降りる弐号機と地上を繋ぐのはただ一本、電源ケーブルを兼ねた耐熱強化ワイヤー。 それに冷却剤供給用パイプが絡みつきながらD型装備に接続されている。僅かな風にもゆ らゆらと頼りなげに揺れるその姿は、13階段を上り終えた罪人を思わせ、見る者に帰還へ の危惧を抱かせる。
『いつでもオッケーよミサト!』
 弐号機の映るモニターの中、ウインドウに現れたアスカが笑みを浮かべながら右手の親 指を立てる。
『それより何なの? アタシらの頭の上でブンブン飛びまわってる連中は?』
 アスカが弐号機プラグ内で見上げる先を、指揮車内のネルフスタッフも追ってみる。
 弐号機・初号機のすぐ上を旋回するのはダークグリーンの戦闘ヘリ。そしてそのはるか 上空を幾度となく飛行機雲が淡く白く尾を残す。
「ヘリは戦自、その上の戦闘機はUNよ…」
 ミサトが険しさを増した目でモニターに映った機影を見据える。
『アタシたちを守ってくれるの?』
 アスカが喜色を顕わに言いかけるが
「…違うわ。あたしたちが失敗したときの後始末のためよ」
 ミサトの言葉がそれを否定する。
「N2爆雷で使徒を焼き尽くすの。私たちごと、ね……」
 数々のモニターに表示された観測結果をチェックしながら、さも当然、といった風にリツ コが言った。
『…あの男の命令、ですか?』
 それまで黙っていたシンジの冷え切った声が指揮車に響く。
「……そう、碇司令の命令よ」
 束の間の逡巡の後、ミサトは事実を告げた。使徒の捕獲。蛹状態の使徒への接触。失敗 が即ち人類の滅亡に繋がりかねない今回の作戦。ゲンドウのその判断に異論はなかったが …
(親子…のはずなのにね……)
 こうも違うものなのだろうかと思う。研究に没頭し家族を顧みない父だったが、最後の 最後に命を賭けた。
(…あたしを、助けるために……)
 胸の十字架を握り締め、放す。暗がりを、モニターの光を反射し小さくクルリと回転す る。刹那その裏側が顕わになり、かすかに刻まれた文字が浮き上がった。そこにはアルフ ァベットで…

Azoth

『バッカじゃないの!? N2爆雷くらいで使徒をどうこうできると思ってんのかしら?』
 見ればアスカが侮蔑を目にたたえながら空を見上げている。
「足止めくらいにはなるでしょう。私たちが失敗しても、本部には零号機と参号機がある わ」
(…そして、弐号機の予備パイロットも、ね……)
 リツコは答えながら、その後に続く言葉を呑みこむ。高温高圧下で行われる作戦行動中、 仮に弐号機の冷却システムが故障した場合、エヴァとパイロット、先に再起不能になるの がどちらなのかは誰がどう考えても明らかだ。
 万一セカンドチルドレンが………
(地獄があるなら間違いなく落ちるわね。私たち……)
 フッとリツコが自嘲の笑みを浮かべる。弐号機にパイロットを1人しか乗せないこと。 作戦失敗の際は使徒を焼却。パイロット、ネルフスタッフの生命よりもエヴァの機体回収 を最優先。この事実が何を意味しているのかを、ネルフの大人たちは全員暗黙の内に了解 していた。
「エヴァンゲリオン弐号機、冷却システム、共にオールグリーン。降下可能です」
 機体の最終チェックを終えたマヤが報告する。心なしかネルフ本部発令所での報告の時 より声が固い。
 その報告にミサトが振り向き、頷く。準備は整った。
「アスカ、いいわね?」
『了解!』
 モニターの向こうから返ってくる元気な返事に、ミサトの胸のどこかに冷たいものが差 込まれる。
(何の犠牲もなしにこの戦いを勝ち抜けるとは、思ってないけど…)
「使徒捕獲作戦開始。エヴァンゲリオン弐号機、降下」
 ミサトが作戦開始を告げるその言葉に、いつもの快活さは見られない。

ガコオン! キュルキュルキュル……
 弐号機を吊り下げたクレーンが旋回して降下位置につき、ゆっくりと弐号機を降ろし始 めた。



 徐々にアスカの目前に迫るオレンジ色の灼熱。
(うわ…熱そ……)
 じっとりと汗ばむ額を無意識に手で拭う。これからその身にかかりくる暑さを予想して か、如何なる生命の存在をも許さぬ高温高圧・真紅の未知への恐怖のためか、その両方か …
 チラとプラグ内スクリーンを見上げれば、火口の縁にライフルを構えた初号機が立ち、 こちらを見下ろしている。
 アスカの脳裏をその紫の巨人の乗り手、軟弱そうでいながらどこか得体の知れないもの を身に纏った少年がよぎる。続いて奇妙な日本語で喋るガサツなジャージの少年が、プロ トタイプのパイロットだという、赤い瞳の白い少女が過ぎ…
(アンタたちなんかに……)
 そして常に背後から自分を見つめる、翠の瞳。
(アンタなんかに、ここは譲れない……)
『アスカ、潜行開始よ』
 指揮車からミサトの声が届く。
(アスカ…行くわよ……)
 背けたくなる顔を、心を奮い立たせて正面に向ける。

どぶん…
 弐号機がその足からゆっくりと、マグマの中に沈んで行く。
「深度40…70、視界ゼロ。CTスキャンに切替えるわ」



「現在深度、400…450、500………」
 マコトが弐号機と同時投入した観測機から送られてくるデータを逐一報告する。
「目標予測地点まであとどれくらい?」
「予測では深度約720の地点でしたが、当初の予想より溶岩の対流速度が速めです。今マ ギに計算させていますが……」
 ミサトの問いに、猛烈な速度でコンソールのキーを叩きながらマヤが答えた。現在指揮 車の端末全ては本部のマギとリンクしている。


「アスカ、そっちの様子はどう? 暑い?」
 ミサトが努めてその顔から緊張をかき消し、笑顔でマイクごしにアスカに話しかける。
 モニターに映る弐号機の姿は、一面のオレンジの中にあるかすかな黒い人型でしかない が、プラグ内のパイロットの映像はケーブルから有線で指揮車に届く。
 弐号機の中、送られてくる探査結果を集中した眼差しで見つめていたアスカがミサトの 声に気づき、顔を上げた。
「暑いに決まってんじゃない! そっちはいーわよねー、クーラーの効いた指揮車で見て るだけだもん」
「ふふ…その分ならまだ大丈夫そうね。ま、ダイエットだと思って一汗かいてきなさい」
「アタシにダイエットなんて必要ないわよ」
「なーに言ってんだか。あたし知ってんのよ、この間の定期検診の結果。レイとならまだ しも、大食らいのヒルダよりあなた……」
「なっ なんで知ってんのよっ!!」
「あーら、あたしはあなたたちの上官兼保護者よ。パイロットの健康管理も仕事のうちな んだから…」


「現在深度、780。反応、見られません」
(流石だな。葛城さん……)
 緊張感も度を過ぎれば害悪にしかならない。軽口をたたき合うミサトとアスカから視線 を目の前のモニターに戻し、マコトが報告を続ける。
「出ました、予測深度1017。…かなり流されてます」
「…D型装備の限界深度、ギリギリね…」
 マヤの後ろでリツコがその目を細めた。


 沈降を続ける弐号機。プラグの中まで時折ギシリと装甲の軋む音が届く。
『アスカ、そろそろ予測深度に到達するわ。気をつけて…』
 ミサトが軽口をたたいていた先ほどから、やや顔を引き締めて告げる。
『あなたなら、できるわ』
「誰に言ってんのよ、そんなのあったりまえじゃない!」
 威勢良く答えるアスカだが、レバーを握り締めるその両掌はジットリと汗ばむ。それは 決して暑さのせいばかりではない。


「…深度1028、葛城さん! そろそろ限界深…あ!」
 マコトがD型装備の限界を告げようとした瞬間、観測機の送ってくるデータから何かを 捉えた。
 その時

バキン!
 指揮車内まで響く破裂音。弐号機D型装備、左足付け根がアルミ缶のようにやすやすと ひしゃげた。
「左脚部装甲変形!」
「冷却剤を集中させて!」
 リツコの指示が飛ぶ。高温高圧のこの状況下、髪の毛一筋の亀裂が命取りになる。
「…観測機が目標捕捉! 現在深度そのまま、弐号機後方から流れてきます、距離80・65・ 50!」
 マコトが目標、使徒の蛹を発見、その接近を告げる。予想よりも…速い!
「目標を捕捉したわ、アスカっ、急いで!」
 叫ぶように言いながら、ミサトが弐号機の映るモニターを見上げる。
『わかってるわよ! こっちでも捕捉したわ!』
 ウインドウの中、アスカが不敵な笑みを見せる。



 弐号機がマグマの中をグルリと振り向く。一面オレンジの視界のはるか向こう、CTの 映像に黒い楕円の影がぼんやりと浮かび上がり、徐々にその大きさを増していく。
(あれね…)
「キャッチャーロッド伸長…」
 アスカが呟くと、弐号機が手にしたロッドが延び、巨大な直方体を形成する。
(8・7・6・5…)
 弐号機に送られてくるマギのカウントを視界に入れながら、捕獲のタイミングを計る。
 額にじわりと汗がしたたるが、すぐにLCLに吸収されてしまうため、意識に上るほど ではない。
(3・2…)
「…電磁ネット、展開」
 直方体を形成したロッドから光の網が張り巡らされ、巨大なアーモンド型をした使徒の 蛹を包み込んだ。
 アスカはCTの映像だけでなく、あらゆる観測機器のデータを読み込んで、使徒の捕獲 を確認すると
(やったわ……)
「ふう…」
 大きく息を吐いてシートにもたれ、目をつむる。そしてそれも束の間、すぐさま身を起 こすと満面の笑みを浮かべて宣言した。
「使徒の捕獲に成功、これより帰投します!」



「弐号機、使徒の捕獲に成功しました」
 マヤのどこか弾んだ声の報告に、スタッフ全員の緊張が解ける。ただ1人を除いて。
「なんとかうまくいったわね…」
 作戦成功の喜び…というよりもそれ以上の安堵感に、ミサトが表情を和らげ壁によりか かる。
 その視線の先、モニターの向こうでは弐号機のワイヤーが徐々に巻き戻され、現在 深度を表すカウンターがみるみるその数値を減少させている。
「まだ油断は禁物よ。弐号機はまだマグマの中。引き上げてからも一仕事よ、生きた使徒 の輸送なんて何が起こるか…」
 そんなミサトを見ながら言うリツコだが、こちらの表情は本部にいる時と変わらずいつ ものまま。冷徹の理知、研究者の表情。
「わかってるわ…でもこれで多少はあの子たちの戦いも楽になるでしょ? 生きた使徒を 研究できれば…」
 ミサトはほっと微笑む。
「…これからの戦いを有利に運ぶために、あの子たちをより危険な目に合わせるの? 矛 盾してるわね」
 リツコはミサトからすっと目を逸らし、モニターに映った、火口の縁に立つ初号機を見 つめた。
「…どういう意味、それ?」
 リツコの言葉に何か含むものを感じたミサトが笑みをかき消し、険の滲む声で訊き返す。
「……別に…言葉通りの意味よ」
 言葉の矢じりを突きつけ合い、2人の間の空気が硬化しつつ、はぜる。
 その時、
「な… 何これっ!」
 報告…というよりは悲鳴に近いマヤの声が指揮車内に轟いた。
「何? 報告して!」
 ミサトが言い、その間にリツコはマヤのコンソールに駈け寄る。
「使徒に変化! 急激に活動を開始!!」
 マヤの見つめるモニターの中で、それまでずっと緩やかな波を描いていた波形パターン が急激に振幅の激しい波に変わる。
 そしてその波は1つではなく…



 完全浮上まで残りおよそ400の地点、弐号機の手にしたキャッチャー・電磁ネットの中、 アーモンド型をした使徒の蛹が膨張と縮小を繰り返し出す。
「何なのよっ! コレはあっ!」
 目の前の光景とその手にかかる質量の急激な増加に、アスカが驚愕の叫びを上げる。



「まさか…使徒が羽化を始めたのっ!!」
 リツコがマヤのモニターを覗き込む。そして、そこに観測されたパターンは…
「これって…!」
 元来色白の顔から血の気がひき、その目が驚愕に彩られる。
「こ…こんなことって……」
 にわかに慌しくなる指揮車の中、使徒の波形パターンの分析を終えたマコトが戸惑いを 隠しきれずに呟いた。
「どうしたの日向君?」
 そんなマコトの様子に、何か尋常でないものを感じ取ったミサトが問う。
「使徒、波形パターンブルー…1から2へ周期的に変動……いえ、2に固定」
 マコトが判断に迷いつつ、しかしはっきりと驚愕の事実を告げた。
「ふたつ? 何それ? 本当なの? 分析ミスじゃ…」
 さっきまで使徒は一体だった、間違いなく。
「いいえ、ミサト。間違いないわ。パターンブルー、2つよ」
 リツコが慌しくキーを叩き、観測データに目を走らせながら断言した。
「…使徒の反応が、2つ……」
 呟くミサトが呆然と見上げるその先、オレンジの海に浮かぶ弐号機の直前で、見る間に 使徒の蛹が膨れ上がり…
「アスカっ! キャッチャーを離して! 早くっ!」


「このっ!」
 アスカのかけ声と共に弐号機がキャッチャーを放り出した瞬間、膨れ上がる内圧に耐え きれず光の網が破け、いとも容易くキャッチャーロッドが砕け散る。
 アーモンド型の殻を突き破って現れ出でたるモノは……


がぼん……
 生まれて間もない“それ”は、オレンジの溶岩の中を身をくねらせて泳ぎ始めた。


「…気色ワルい………」
 それがアスカの第1印象だった。アスカに限らず、“それ”を見ていた指揮車内のネルフ スタッフも同意見だっただろう。
 エヴァのおよそ2倍はあろうかという体長に、平たい体。節足動物に似た硬そうな外殻。
 そして何より印象的なのは…
「…頭が…2つ……」
 ミサトが呆けたような声で言った。
 胴体半ばから中途半端に枝分かれしたような前半身に、それぞれ腕足が2本ずつ。感覚 器官らしきものも1組ずつ。
「……奇形、シャム双生児のアノマロカリスといったところかしら。その大きさは無視し て、だけど」
 地球のカンブリア紀に生息していたという節足動物の一種に似た形状から、リツコがそ んな感想をもらした。
「発生過程で何か変動があったのかしら?」
(使徒がエヴァと似たような発生を辿るなら、有り得ない話じゃないけど…)
 奇形・シャム双生児…生物の発生初期段階の胚を中途半端に分割すると、体の一部が結 合した、あるいはその体の大部分を共有した奇形になるというが…
 ネルフスタッフが見守る中、羽化した使徒は弐号機の周囲をぐるりと回遊する。すると マグマの中に釣り下がった異物に気づいたのか、急遽その身を翻して正面から弐号機に直 進を開始した。
「捕獲作戦中止・速やかに殲滅作戦へ移行。 アスカっ! 応戦して! 浮上までの時間 を稼いで!!」


「待ってました!」
 ミサトの命令にアスカがニヤリと不敵に笑う。
「アンタみたいな出来そこない、アタシ1人でジューブンなんだからっ!!」
 D型装備弐号機・U字型の右ロボットアームが腰のプログナイフを掴んだ直後、鞘がオ ートで外れてマグマの底に落ちて行く。
 弐号機はそのままプログナイフを目の前に捧げ持つように水平に構える。


「弐号機浮上まであとどれくらい?」
「約245秒です」
(マグマの中を自在に泳ぎまわる使徒…不利ね、このままじゃ。地上に出れば初号機があ る。敵のフィールドの外で、2機がかりなら……)
 マコトの答えを聞きながら、ミサトの頭が戦術を弾き出そうとする。
(…後4分強、無事もたせられるか……)
「目標! 弐号機に接触!」
「アスカっ!!」
 マヤの報告にスタッフ誰もがモニターを見たその瞬間、使徒が弐号機に真正面から体当 たりし、そして…


キイイイイインン!!
「…何よ、まったく……」
 使徒のATフィールドを中和せんと、アスカによって弐号機前面に展開された、マグマ の中でも可視化して見える光の壁・ATフィールドに阻まれ使徒はあっけなく弾き飛ばさ れた。


「…目標ATフィールド、無展開です」
 マコトの報告が、静まり返った指揮車にぽつんと響く。
 使徒はATフィールドを使うもの、というこれまでの常識から考えると、少々間の抜け た展開にスタッフ一同呆気に取られる
「羽化したばかりで、まだATフィールドが使えないのかしら?」
 ミサトが見るモニターの中、弾き飛ばされた使徒が一旦弐号機から離れた。
「…使徒のATフィールドが発達上の産物なのか? はたまた何らかの学習の結果なの か? 興味あるテーマだけど、研究は無理そうね」
 羽化した以上、殲滅は避けられない。生きたオリジナルの使徒のサンプル回収は夢また 夢か。だがそう考えているうちに、リツコははたと気づく。
(じゃあ…チルドレンのATフィールドは?)


「なら、すぐにカタをつけてあげるわ!」
 弾き飛ばされつつも大きく回遊しながら方向転換し、使徒は再度弐号機に迫る。
(中和にATフィールドを展開しなくっていいなら!)
 弐号機がプログナイフを持たぬ左アームを振りかぶり、そして…
「ATブレード!!」
 アスカは叫ぶや、迫る使徒目掛けて一直線に振り下ろした。


 指揮車のスタッフの多くが、いつものように弐号機のATブレードに真っ二つになる使 徒の姿を連想したが…


「!?」
(な…どうして!?)
 アスカの目が驚愕に見開かれる。
 放ったはずの絶対の刃・ATブレードは使徒に届きもせず、オレンジの視界の中で雨散 霧消した。


 予想外の使徒の反応に、指揮車内が騒然となる。
「目標のATフィールド展開を確認! しかも…反応、デュアル。強固な相乗ATフィー ルドを前面に維持したまま弐号機に接近!」
「反応デュアル? それが頭2つの意味?」
 マヤの後ろからリツコがそのモニターを覗き込み、綺麗に重なった2つのパルスを見る。
「弐号機ATフィールド、一方的に侵食されます」
 マコトが努めて冷静に告げようとするが、その言葉の端々から滲む焦燥と戸惑いは隠せ ない。複数のパイロットがエヴァに同時シンクロして、はじめて可能になると考えられて きた多重ATフィールド。それを使徒がこのような形で使ってくるとは…
「そんな…デュアル・シンクロしたエヴァと同じだというの!? さっきはATフィール ドなんか影ほども見せなかったってのに…」
 ミサトの見るモニターの中で、みるみる使徒と弐号機の間の距離が縮まる。
「…今、憶えたのかもね、ATフィールドの使い方。弐号機を見て…」
 リツコの顔も心なしか蒼褪めて見える。暗い指揮車内でモニターの光を受けてのことで あるから、そう見えるだけかもしれないが。


 使徒はそのままマグマの中を、弐号機目がけて突っ込んでくる。
(こいつ…弐号機と同じ!)
 指揮車からの通信を待たなくとも、アスカはエヴァを操るチルドレンの持つ特有の感 覚・AT感覚とも言うべき感覚で使徒のデュアル・ATフィールドを捉えていた。
「くっ!」
 向かい来る使徒から発せられる、その身に襲いかかる圧倒的な奔流を前にして、抗うよ うに弐号機がプログナイフを構える。
 常ならば、敵を切り裂く無敵の刃も、その身を守る絶対の盾も、今は…
(「…ボクが……」)
 不意に、アスカの脳裏を翠の瞳の少女がよぎる。
(…アイツなんかいなくったって!!…って、え?)
 身構えている弐号機の目前で、使徒は何故か急停止していた。
(なんなの?)
 その上アスカに襲いかかる使徒のATフィールドが、弱まっていることに気づく。言う なれば、デュアルATフィールドなど使わない、普通の使徒並に。依然としてATフィー ルドは中和されたままだが。
 そして、使徒の2つある頭部の一方が、2本の腕足をゆらゆらとマグマにゆらがせなが ら振り上げた。


「弐号機浮上まで、あと何秒?」
「全速で巻き上げてますが、約134秒はかかります」
 問われたマコトが振り仰げば、ミサトが腕組みモニターの先を、それだけで射殺せそう な視線で睨みつけていた。マグマの中ではこちらからは手の出しようがない。
(…アスカ、もうすぐよ。なんとか持ちこたえて……)
「使徒のATフィールド、相乗状態から単体へ移行。一方のパルス分離…これって!」
 先ほどからキーを叩き続けるマヤが、何かに気づく。
「どうしたの? マヤちゃん?」
 モニターの中、急停止した使徒を怪訝に見つめていたミサトが聞きとがめる。
「使徒のATフィールドが、弐号機ATブレード使用時に酷似しています…」
 マヤの言葉にミサトが再度モニターを見れば、弐号機に向けて腕足を振り上げる使徒の 姿。その動作は、どこか自分たちの見慣れたある動作を彷彿とさせる。
「アスカっ!」
 頭の中で鳴り響く、今までで最大級の危険警報にミサトが叫んだ。


 弐号機の真正面、使徒が振り上げた腕足を振り下ろした。
「!?」
 刹那、アスカの背筋を駆けぬける悪寒。冷たい鋼の刃を背骨に直接差込まれるような。


「バラスト射出っ!」
 ミサトがスタッフに半ば怒鳴り声に近い命令を飛ばす。


バシュン!
 直後、マグマの中の弐号機の腰、肩、背に取り付けられていた数十トンのバラストが次々 に外される。重量を軽くした弐号機は急速に浮上、まさに刹那の差で弐号機の足の直下ギ リギリを巨大な八角形の光が駆け抜けた。
 今のミサトの判断がなければ、間違いなく弐号機はマグマの中で輪切りになっていただ ろう。
「ATブレード…使徒が……クウッ!」

ガゴオオン!!
 足元を駆け抜けたATフィールドの刃にアスカの注意が逸れたまさに一瞬、その隙をつ いて使徒が弐号機に組み…否、2本ずつ計4本の腕足をもって絡みついた。
「このっ…離せえっ!」
 弐号機が手にしたプログナイフを使徒の一方の頭に突き立てるが、光の壁に阻まれ空し くその刃を削るのみ。
 そうしている間にも、使徒の腕足はギリギリと弐号機の纏うD型装備を締め上げ歪ませ る。

ビキ…ピッ…バシュッ!
 次々とひしゃげる装甲、走る亀裂。溢れ出る白色の耐圧冷却剤が、亀裂を更に押し広げ、 それが更なる冷却剤の流出を促す。


「弐号機浮上まで後53秒!」
「冷却剤の注入出力最大!」
 慌しくキーを叩きながら弐号機生命維持の支持を飛ばす、リツコらが見るモニターの中 では、流れ出た冷却剤がまるで煙か雲のように弐号機と使徒を包み込んでいる。
「後1分足らずよ、引き上げまで持ちこたえさせて!」
(ヒルダを呼び寄せるか…レイでもいいわね)
 アスカを心配する一方、ミサトの頭脳が冷徹に計算を始める。浮上まであと僅か。火口 まで出れば初号機もある。本部から空輸で補給を受け、戦力の立て直しもできる。
(敵がデュアル・ATフィールドを使うってんなら、こっちも同じ手で行くだけよ…)
 プラグの中で、怒りにその秀麗な顔を歪めて猛る、赤い髪の少女が映し出されている。
(…単独ATフィールドしか使えないアスカ1人じゃ荷が勝ち過ぎるか…ヒルダを予備に 置いてきたのが仇になったわね。汚い大人の計算が、裏目に出たってコトか…)
 ミサトはその目をすっと細めた。



 幾度となく突き立てられるプログナイフだが、完全に防がれているというわけでもない。 時折ATフィールドの“むら”とでもいうべき薄い部分に当たって使徒に触れるのだが
「なんでこんなに硬いのよっ! 出来そこないのクセにっ!!」
 極僅かにその甲殻を削るのみだった。
 そしてアスカが相手にできるのも、プログナイフを手にした右一方の頭だけ。もう一方 は絡めた腕足を一旦解くと…
「く…くちいっ!!」
 円形の口腔を開け

ごきゅん
 弐号機の左足を、その太腿まで呑み込んだ。


「この高温高圧状況下であの形状を維持するだけじゃなく、口を開くなんて…いったいど ういう構造してるの? あの使徒?」
 それを見たリツコが驚愕とも呆れともつかない声で言った。


 まず感じたのは、ズボンを履いたままその足をぬるま湯に浸けるような気色悪さ。そし て次に、左足全ての痛点に鈎針を突き刺したような激痛に襲われる。
「キャアアアアアアアアッ!!!」
 アスカの白い喉から苦悶の絶叫がほとばしった。


「弐号機左脚部・回路断線! 同時に神経伝達に異常発生! マギは第5使徒の能力との 類似を示唆」
「第5使徒との? …つまりあの口腔内に… まずいわミサト! 急がないと…」
 エヴァに対して神経毒を使ってきた第5使徒。あの時は即座に回路遮断、組織閉鎖を行 い毒の回りを防いだ。
「わかってる! なんとかもたせて、地上まで釣り上げてやるわ」
(なんとかあの使徒を、地上に引きずり出せば…)
 ここで弐号機が中破しても、初号機にシンジとレイを乗せてデュアルシンクロで運用、 参号機とトウジも呼び寄せぶつければなんとかなる。
「セカンドチルドレン、シンクロパルス乱れています! これ以上は…」
 パイトットの状況をモニターするマヤが告げた。モニターを見ればアスカが己の左腿を 抱え込むように蹲っている。
 しかしそれでも弐号機は、力なくプログナイフを使徒に振り下ろし続けている。そのた めかろうじて2つの口に文字通り同時“口撃”されずに済んでいた。
(ここまでか……)
「葛城さん! 浮上まで後6秒! カウントします。4・3……」
 マコトが未だ緊張を孕んではいるがどこか少しほっとした口調で、弐号機浮上のカウン トダウンを開始した。
「弐号機シンクロカット。左脚部切り離して!」
 ミサトの指示に、ネルフスタッフたちが各々の任務を忠実に遂行する。



ザバアッ!
 白い煙を吹き上げながらオレンジの炎の雫を滴らせ、吊り下げられた弐号機が浮上した。

ギッギッギ…
 左足に、奇怪な唸りを上げる、巨大な2つ頭の使徒をぶら下げながら。

バシュッ!
 更なる煙を上げ、弐号機の左大腿部に入ったスリットからとめどなく冷却剤が流出し、 左足が切断される。
 当然、その左足を呑み込んだ使徒も、その巨体のもたらす重力には逆らえずに落下した。

ッゲッゲッゲッゲッゲ…
 奇怪な唸りの調子を若干変え、腕足の1本を振り上げ、そして振り下ろしながら。

すぱ!
 再度己の生まれ故郷、マグマの中へと落下する使徒が放ったATブレード・光の壁が弐 号機頭上の耐熱強化ワイヤーを切断した。
「アスカっ!」
 ミサトの悲鳴が指揮車に轟く。指揮車でその光景を見ていたネルフスタッフの誰しもが、 マグマに消える弐号機の姿を想像した。

 その瞬間、躍り込む紫の影…

 バキバキと盛大な破砕音を轟かせながら、初号機の足が火口斜面の岩肌を砕き割ってめ り込み、杭を打ったように固定される。
 右手に弐号機の吊り下がったワイヤー、左前腕部にクレーン側のワイヤーを巻きつけて。
 そして弐号機の死へのダイヴが…止まる。

「エヴァ初号機…シンジ君!」
 珍しく…本当に珍しく、リツコがどこか感嘆したような顔でモニターの中の光景を見上 げていた。

「くっ…惣流さん、大丈夫?」
 ギシギシと初号機の両腕に食い込むワイヤー。左右の腕にかかる荷重に耐えながら、シ ンジが弐号機への回線をオープンにした。
「惣流さん?」
 初号機プラグ内ウインドウに映し出される弐号機内部、アスカが俯き肩を震わせていた。
「…った」
 シンジの耳に届いたアスカの声は、かすか。そして…
「え?」
「アイツ…笑った…… アタシと弐号機に向かって、笑った!!」
 突如激昂し、怒りにその秀麗な顔を歪めて猛り狂う。
「惣流さん、何を言って…」
 その姿を、シンジは見ている他はなく…



「シンジ君、そのまま弐号機の引き上げ完了までなんとかがんばって」
『了解です』
 ミサトの見るモニターの中では、再びワイヤーの巻上げが開始され、ゆっくりとだが確 実に弐号機と初号機が引き上げられて行く。
 そしてマグマの表面を、時折まるで池の鯉のように撥ねる、双頭の使徒。
(なんてヤツ…)
 そのあざ笑うかのような行動に、ミサトはぎしりと右拳を握り締めた。
「日向君、本部に繋げて。参号機をキャリアーに積んで、トウジ君とレイを…」
 弐号機引き上げについて指示を一通り出した後、ミサトがマコトに補給の指示を与えよ うとしたその時、当のマコトは既に通信端末を耳に当てて固まっていた。
「どうしたの、日向君?」
 ミサトが問いかける。どうにも様子が尋常ではない。最悪の事態はひとまず去ったはず なのに。
 そしてマコトが蒼白な顔でミサトを振り仰いだ。
「本部より入電。現在、新駿河湾沖より未確認飛行物体が第3新東京市に向けて直進中。 恐らく…使徒」
「そんなことって…!」
 マヤのキーを打つ手が止まる。
「使徒の…」
 ミサトの目が驚きに見開かれ…
「複数、同時襲来……」
 リツコの奇妙に冷静な声が、その言葉を接いだ。




 傾きかけた陽の光が、第3新東京市をオレンジに染め上げる。
 居住ビルが沈み、巨人たちの武器弾薬で埋め尽くされたその街は、人の手によって作り 上げられた約束の戦場。
 その人工の戦場(いくさば)に、漆黒の巨人がどっかと胡座をかいて腰を下ろす。腰に は大小の刀、手にした戦斧を右肩に担ぐ。合戦前の荒武者のように。

 エヴァンゲリオン参号機。制式タイプ・格闘戦仕様。

 他のエヴァに比べてその形状が著しく異なるわけではない。違いと言えば、武装ラック として多くの武装を収納できるように設計された大きな両肩パーツと、肘膝のスパイクと いった、外装が若干異なるくらいである。
 しかし同じ制式タイプである弐号機が、どこかフォーマル…というか、訓練の行き届い た兵士か中世の騎士を思わせるのに対し、この参号機は上官の命令など素直に聞かない古 強者(ふるつわもの)を連想させる。

 仕様の違いか乗り手の違いか…

 漆黒に炯と光るその目の先には、白く細長い楕円形に黒い尾がついた、頭の長いオタマ ジャクシのような巨大物体が浮遊している。

 参号機はそのままゆっくりと立ち上がる。
「鬼のいぬ間になんとやら…とはいかへんでえ」
(鬼か…言い得て妙やな……)
 トウジは浅間山にいるはずの友人の操る、紫一本角の巨人を思い出す。
 もがれた腕を振り回し、手足を封じられても顎の力だけで敵を屠る。その姿は…兵器と いうよりも、古の怨霊か祟り神に近い。
『フォースチルドレン…攻撃開始だ』
「わーっとるわ」
(碇のおとんか…どーせ命令されんなら、ミサトはんがええのう)
 入った発令所からの命令に了解しながらトウジは心の中でぼやく。ミサトが第3新東京 市にいない今、司令である碇ゲンドウが直接指揮を執っている。
「綾波い、シンジやのうて不満かもしれへんが援護、頼んだで」
 参号機の背後、ビルを遮蔽にしてポジトロンライフルを構える零号機に向かって通信を 入れる。
『な…なにをいうのよ……』
 ウインドウの中、どもりながら僅かに動揺の素振りを見せるレイを見て、トウジはふっ と表情を和らげ
(そないな顔もできるんやな…)
 そして視線を目の前の浮遊物体―すでにパターンブルー、使徒と断定された―に戻すと その顔を引き締める。
(…修学旅行なんぞ、行かへんでよかったわ……)
 妹のハルナは今、ジオフロントのネルフ付属病院におり、手術に向けて検査の日々を送 っている。
 修学旅行に行っていれば、今ごろ自分の知らぬところで、また……
(…させ、へんわ……)
 ゆらり…と倒れ込むように前傾した刹那、参号機が使徒目掛けて駆け出した。





<続く>




予告

史上初の、使徒の複数同時襲来という事態に揺れるネルフ
撤退を余儀なくされる、初号機と弐号機、参号機と零号機
再戦は、第3新東京市直上
4体のエヴァと2体(?)の使徒が激突する

「…ドリルや……」
「ドリルじゃないわ! スパイラル・ランスよ!」
「リツコ…でも誰がどー見たってあれはドリルよ」
ミサトの奇策、ホウゾウイン作戦とは?

次回 Evangelion Sword & Grail 第10話 「…そして激戦、第3新東京市」



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後書き・言い訳・その他のこと
 さんざんお待たせした上にこの程度。あう。