篠田真由美プロフィール
◇1953年東京本郷生。◇早稲田大学第二文学部東洋文化専攻卒。
◇卒業後にヨーロッパ、インドを巡る旅に出る。
◇帰国後、種々のアルバイトを経て旅行会社に勤務。
◇『幻想文学』との付き合いは21号(88・1)の書評投稿から。
◇1992年、第二回鮎川哲也賞最終候補作『琥珀の城の殺人』でミステリ作家としてデビュー。
◇1994年、俸給生活にピリオドを打ち専業作家となる。
◇代表作に《建築探偵》シリーズ(講談社)、《龍の黙示録》シリーズ(祥伝社)ほか。
篠田真由美に一問一答
●篠田真由美の素顔に迫るにさまざまな質問をしています●●旅とイタリア●
●ミステリ●
●歴史小説●
●ファンタジー&SF●
●猫と動物●
●建築フリーク●
◆生まれ育ったのはどんなところ?
◇東京都文京区、東京大学農学部キャンパスの隣。本郷台地のはしっこでした。家の前にかなり急な坂があって、昔大水が出たときは根津からここまで水が上がったと聞かされましたが、たぶん嘘でしょう。本当だったら東京の東半分が水没したことになる。
◆子供の頃に最初に読んだ本として記憶に残っているのは?
◇これ、という具体的な記憶がない。六歳上の姉の本を勝手に読んでいたはずだけど。幼稚園で「キンダーブック」という絵本雑誌を購読していた。岩波の絵本「ちびくろサンボ」「人まねこざる」「小さなおうち」「海のお化けオーリー」「百枚のきもの」なんてのが思い出されるけど(絵柄まで)、これは学校に行ってからかも。
◆小学生の時にはどんな本を読んだ?
◇読書の時間というのがあって、校内の図書館に行って一時間本を読む。ノートに感想文を書かされる。「人間の歴史」という化石人類発掘の話を、延々時間をかけて読んでいた記憶あり。上野の博物館に、小学四年のときにエジプト美術五千年展、六年のときにツタンカーメン展が来て、頭は考古学ブーム。少年少女世界ノンフィクション全集「なぞのアンコールワット」なんかいまでも持ってます。シルクロード展なんてのもあって、井上靖の「敦煌」を読みかけたが、さすがに理解できずに挫折した。
小説だとルパンにほれて、ポプラ社のをこづかいで買った。姉が取っていた雑誌の付録で、子供向けにリライトされたクイーン「生者と死者」を読んだ記憶がある。図書館で借りたものだと、やはり子供向けになった「エジプト十字架の謎」を読んだが、首なし死体のはりつけがキモチワルカッタことしか覚えていない。どちらかといえばSFの方が好きだったけど、これまたヴェルヌやウェルズより、「ドウエル博士の首」(これは逆に生きている首)なんてのを覚えている。
おっといけねえ。「ナルニア国物語」は小学校六年だった。
◆中学生の頃の愛読書は?
◇石川啄木の「一握の砂・悲しき玩具」を読んで、短歌を作っていた。ナルニアを手元にそろえようとひとりで神保町の三省堂まで行ったら、本が550円で買うと帰りのバス代がない。迷ったけど30分かけて歩いて帰ってきた。当時の三省堂はまだ木造二階建てで、床は油を塗った木でありました。
北杜夫のドクトルまんぼう物は好きだった。もっともこれは中学生が誰でも読んでいた。テレビのスパイアクション「0011ナポレオン・ソロ」が好きで、小説バージョンも買って読んだ。書き手は複数だったので、中には傑作もあった。ちなみに私は主人公のソロではなく、デビット・マッカラム演ずるロシア人イリヤ・クリヤキンのファンだった。 姉が買った本だが、バローズの「火星シリーズ」も愛読した。しかしいま思うと私は、ジョン・カーターに感情移入していたんでしょうか。どっちにしろ物語の世界では、男に感情移入するのが普通だった気がする。
◆高校生の頃の愛読書は?
◇ひたすら日本SFに浸っていた。「百億の昼と千億の夜」はバイブルのようなものだった。「果てしなき流れの果てに」など小松SFも好きだった。豊田有恒「モンゴルの残光」筒井康隆「脱走と追跡のサンバ」。
司馬遼太郎の「国盗り物語」辻邦生「安土往還記」あたりは担任が勧めた。鈴木力衛訳の「ダルタニアン物語」が面白くて、勉強もしないでむさぼり読んだ。あの頃の読書ノートでもあれば見てみたい。たぶんろくなことは書いてないだろうけど。
◆中高生の頃、クラブ活動などは?
◇中学は文芸部、かな。高校もやはりそんなもの。部員が足りなくて公演のできない演劇部、なんてところにもいた記憶がある。往時茫々。
◆小説を書き始めたのはいつごろ?
◇小学生の頃から、断片的なものは書いていたけど、ひとつとして完成しなかった。確か貿易商人の父親に連れられてカンボジアに行った日本の少年が、アンコールの都で宮廷陰謀に巻き込まれて、なんてのもあったような。
高校の頃もせっせと未完作ばかり書いていた。目高手低でイメージばかりふくらんでしもうて、全然完成しない。確かネロの異父兄弟が主人公の古代ローマ物なんてのもあった。デュマ張りの大ロマンが書きたかったんでしょう。 高校卒業直後に書き出したのが廣済堂文庫に入った「イシュタルの子」。これが一番古いもので、あとはどーもならないようです。
◆旅好きになったのはなぜ?
◇さて、なぜといわれても。なぜかいつの間にかシルクロードに行きたいと思いだし、大学で同じようなことを考えていた伴侶と出会って、「よし、いっしょに行こうぜ」ってんで結婚した。しかし結局諸事情あって、いまだに中国西域には行ってないんだけど。
◆これまでに海外ではどんなところを旅していますか?
◇ソ連の中央アジアとレニングラード、モスクワ、ドイツ、オランダ、フランス、スペイン、ポルトガル、イギリス、ルーマニア、イタリア、ギリシャ、トルコ、シリア、ヨルダン、パキスタン、インド、ネパール、香港、タイ、で全部だと思います。数は多いですが、通過しただけのところも多い。
◆中でもイタリアがお気に入りなのはなぜ?
◇美術や歴史に興味があったことが、最初のきっかけだと思います。繰り返し訪れるうちに、なお興味が増すというところもありますし、食べ物も好きなんで。イギリスからイタリアに移動したら、「ああ、イギリスはなんて清潔だったんだろう。イタリアってごみごみしていて、危なっかしくて、でもやっぱりこっちが好き」と思いました。クリーンではないけどビューティフルです。
◆イタリアでここはぜひ訪れて欲しいという場所は?(特に篠田真由美ファンならば)
◇いまだったらやはりヴェネツィアかな。それと「祝福の園の殺人」で舞台にしたランテ荘庭園。イタリアは田舎がいいので。
◆国内で気に入っている旅先は?
◇魚がうまいのと温泉があるので伊豆によく行きます。
また行きたいのは明治村。あれは篠田のディズニー・ラント。
◆お薦めの温泉を教えて下さい。
◇宮城県湯ノ倉温泉。道の終点で車を置き、20分ほど山中を歩くランプの宿。
◆篠田さんにとっての旅の極意とは?
◇余裕といい加減。
◆ミステリベスト10とその理由。
◇「虚無への供物」
だんとつのベスト、理由? うーん。文章が好きだ。好きな文章でおもしろいミステリが書かれているから、って、理由になってる?
「黒死館殺人事件」
前者よりかなり下がるけど第二位。これも文章が好き。悪文だけど世界にあっていて、その世界が好き。ミステリとしてはなんとかだけど。
「乱れからくり」
いきなり登場人物が彗星の落下で死ぬんだ。天才じゃないとこういうのは書けないと思った。
「バイバイエンジェル」
犯人が好き。こういう犯人はいい(我ながら馬鹿みたいな文章だ)。
「水車館の殺人」
暗澹たる風景がそのまま犯人の心象風景となり、大きな伏線となっている。構成の美しさというべきでしょう。
「生ける屍の死」
あっと驚いた衝撃はいまも消えない。なにに驚いたかって、「こういうのもありなんだなーっ」と。
「髑髏城」
これだけ翻訳物。カーです。おいらの建築趣味の濫觴。
「ドグラ・マグラ」
「聖女の島」
「三月は深き紅の淵を」
この辺はミステリというよりは幻想小説だと思うんだけど、境界線上かなというので、入れてしまいます。
◆本格ミステリとそうでないものとを読みながらつい分けてしまう?
◇私はミステリ・マニアではないので、「これは本格じゃない」とか、そういうことはあまりいわないつもりです。ガチガチのマニアから見たら、私の作品だって本格ではないといわれるようだから。
ただ、自分で書いているときに気をつけるのは、ひとつには「地の文で嘘を書かない」ということです。「本格ミステリ」らしい書き方をしているくせに、肝心なところで「地の文で嘘」をやられるとむっとします。
私が自分でこだわるもうひとつのことは、犯人がちゃんと犯人らしい人格の統一性を持って書かれることです。殺人直後の犯人があまりにも平然としている、といった描写が出てくると、いくら機会的には犯行が可能だとされても、釈然としない。でも、こういうことにこだわるの作者はあまりいないようだし、読者も気にもかけないみたいですね。
◆こんなものが書きたい、というような憧れのミステリがある?
◇上記のような心理的矛盾はなく、物語的におもしろく、しかしそのエピソードがすべてきっちり、事件の伏線になっているようなミステリ。計算してものが書けない人間には、無理だと思うけど。
◆ファンタジーベスト10とその理由。
◇「指輪物語」
ダントツ。
「ナルニア国物語」
ファンタジー開眼の書。中では「銀のいす」が好き。
「イルスの竪琴」
めでたしめでたしだけど、ヒーローとヒロインが安直に夫婦にならないラストがいい。(しょうもない感想)
「平たい地球」シリーズ
「熱夢の女王」で泣いた泣いた。あれだけ好き放題お耽美をやっといて、最後に泣かせるとは、恐るべし、タニス・リー。
「凶天使」
レモン・トロツキーも好きなんだけど、作品の完成度を考えてこれ。
「神聖代」
ときどき読み返したくなる。
「魔女の刻」
「洞窟の女王」
「石の血脈」
伝奇を三作入れておく。
◆理想のファンタジーは?
◇どこまでも隙が無く創造された魅力的な異世界、魅力的なキャラ。「指輪物語」でも、西方は善で、東や南に蛮族がいる。そういう現実とは完全に離れたその世界独特の法則が存在し、物語を律しているような。
◆純然たる別世界ものはまだ手掛けていませんが、それについての構想はある?
◇それがどんなに難しいものかは、百も承知なので……山岸涼子の「妖精王」みたいに現実世界の裏返しとしての異世界、というのは考えたことがある。だけど実現はしないと思います。
◆ベストSFとその理由。
◇「百億の昼と千億の夜」
高校時代のバイブル。
「果てしなき流れの果てに」
またかといわれてもやっぱりこれでしょ。きれいに円環の閉じる巧みさ。
「幻想の未来」
ここまで、高校のときに読んだやつばっかり。
「消滅の光輪」
SFらしいSF。
「敵は海賊」
なんたってアプロでしょう。
「アンバー・シリーズ」
ファンタジーとどっちかな、と思ったんだけど。
「火星シリーズ」
中学時代の愛読書。
◆SFをどんな風に定義づけていますか?
◇定義は苦手なんだけど、ファンタジーとの相違点はやっぱり科学性だと思う。科学がちがちのハードSFだけじゃなく、タイムマシンでもなんでも、我々の住む現実との繋がりが科学性によって保たれている、てな。
◆歴史小説ベスト10とその理由。
◇「ダルタニアン物語」
好きです。血沸き肉躍る物語の原点。書きたいねえ。
「ハドリアヌス帝の回想」
目を開いたまま死の中に歩み入るように努めよう…… ああ、こういうのも書きたい。
「安土往還記」
「背教者ユリアヌス」「春の戴冠」も好きだけど、短くてぴりっ。視覚的。
「燃えよ剣」
何度読み返したか知れやしない。
「仕掛け人藤枝梅安」
文体のリズムと美味しそうな江戸料理。
「ボマルツォ侯の回想」
不思議な作品です。
「チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷」
イタリアにはまるきっかけとなった作品のひとつ。
「エジプト人」
大河ドラマ、と思ったけど、いま見たらそんなに長くない。エジプト好きだったので。
「敦煌」
小学校のときに挫折。高校になってから読み直したら、ちゃんとおもしろかったので感動した。
「獅子流離譚」
塚本邦雄のレオナルド・ダ・ヴィンチ物語。流麗。
◆歴史小説を書くときに心がけていることは?
◇ほんとにリアルな歴史小説というのは書けないとあきらめて、せめて雰囲気と匂いだけでもとは思いつつ、です。
◆バートリ・エルジェベトについての構想があるそうですが、少しだけ教えて下さい。
◇罪が発覚して我が城の中に封じ込められた彼女のもとを、深夜おとなう異形の影。そのものに向かってエルジェベトは自分の人生を回想する。ジル・ド・レと違って彼女は最後まで悔い改めない。現実を拒否して「わらわは美しい!」と叫んで死にます。カタルシスがないですなあ。
◆歴史上の何に興味を引かれる? 人物、文化、それとも歴史のうねりのようなもの?
◇それは場合場合です。でも基本的には、人物があって、その回りに文化が取り付いて、歴史のうねりのようなものもそこから出てくるのですね。私の世界観は非常に人間中心的です。といってそれは人間肯定的では全然ないのですが。所詮人間は人間であることから逃れられない、という。
◆タイムマシンがあればいちばん覗いてみたい時代は?
◇見るとがっかりして書けなくなるのじゃ、という気がします。だから自分が書きたいものについては見たくない。信長の安土城がどんなだったか、なんてのは見てみたいかも。
◆とにかく動物がお好きですよね、どうして?
◇生身の人間が好きでないので、というのは理由になりますかね。
◆今は飼っていらっしゃらないそうですが、ずっと猫を飼っていらっしゃいましたよね、一番たいへんだったのは何?
◇ノミが繁殖してこちらも喰われたこと。
◆忘れ難い猫の思い出、たくさんあると思いますが、一つだけ教えてください。
◇男黒猫と女黒虎猫のきょうだいを飼っていたとき。冬でふたりとも私の布団に入っていた。こっちがうとうとしかけたとき、突然女猫が「もう寝たよ」といった気がして仰天。びくっとしたら猫はあわてて布団から飛び出していった。寝ぼけたといわれればそれだけの話ですが……。
◆犬を飼うとしたらどんな犬種がいいですか?
◇憧れはジャーマン・シェパード。無理だろうけど。
◆乗馬をなさっていたそうですが、その楽しみはどんなところに?
◇でっかい動物と触れ合う快感。体温とか匂いとかそういうのが。
◆これはだめ、飼えない、という苦手な動物がありますか?(大変そうということは考えに入れないで)
◇哺乳類なら大丈夫。逆に爬虫類はつらい。ガマガエルとすれ違うくらいならいいですが。それと虫はやはりあかんです。
◆建築好きになったきっかけは?
◇1980年の外国旅行(ナホトカ航路シベリア鉄道からヨーロッパ、中東、アジア)からかなあと思っていたのですが、その前から古代遺跡とか好きだったし、小説では「黒死館」や「髑髏城」を建築に注目しながら読んでいました。遺跡趣味は小学生時代に上野の博物館に来た「エジプト美術」の展覧会などから来ています。大学時代には奈良のお寺を回っていました。近代建築に興味が固まってきたのは、やはり藤森照信さんの著作の影響でしょう。きっかけというほどはっきりしたものはないようですね。覚えている必要もないことは、すぐ忘れてしまいます。
◆国内で比較的手軽に行けるおすすめの建築ベスト5を教えて下さい。
◇建築探偵に出てくる建物は、別途解説したいので、そうではないものを上げてみます。
1,東京文京区 古河邸 一般公開 二階部分のみ予約 コンドル晩年の傑作
2,東京千代田区 東京駅ビル じっくり見ると面白い 辰野金吾作
3,兵庫県芦屋市 ヨドコウ迎賓館 ライトの住宅建築
4,京都府大山崎町 大山崎山荘 大正期和洋折衷建築の洗練と豪奢
5,長野県軽井沢 夏の家 レーモンドの住宅 エピソードがいろいろあって
補足,東京なら小金井のたてもの園、横浜山手の保存洋館、関西なら明治村
◆海外旅行で出会った建築で、印象に残っているものを教えて下さい。
◇建築というより町のたたずまいが、それぞれ印象に残ります。南イタリアとか。印象に残ったのはたいていネタにしてますので、「夢魔の旅人」とか幻想文学の建築幻想文学館に書いた短篇とか、読んで下さい。
◆建築家になりたかった? あるいは京介みたいな研究者に?
◇いえ、全然。数学できないと建築作れないもん。研究者だと、食べられないでしょ。
◆建築を見に行くとき、どんな点にいちばん留意して見るのですか?
◇素人にもわかりやすいのはディテールですね。窓回り扉回り装飾のかたち。私は自分がそこで暮らすとしたらどうかな、ということを頭の中でシミュレートしながら見たりします。
◆好きな建築家は? あるいは建築の種類は?
◇建築家、というのは特になし。種類でいったら住宅。物語があるでしょ。そこに棲んでいた人間の。それと、折衷様式に興味があるのね。和洋だけじやなく、ベツナムに行けば越洋、トルコに行けば土洋。時代の欲望が建築に投影される。そのへんのことは、少し建築探偵でも触れています。こういう趣味に偏したベクトルというのは、研究者では持てないです。
◆最新の連載ミステリ「アベラシオン」に登場するのはどんな建築なのか、何をイメージすればいちばん近いのか教えて下さい。
◇モデルはイタリアのカプラローラという都市にあるパラッツォ・ファルネーゼです。五角形の平面に円形の中庭。これをバロックっぽくもっとごてごてにするつもり、といってもよくわからないですよね。こないだ行ったときに古風な銅版画風の図版を買ってきたので、本にするときには表紙にあしらってもらおうかと思っています。
☆篠田真由美と石堂藍の著作物です。無断転載を禁じます☆