講演や講義、トークなど


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 メロープラザ市民提案事業! 公開講座「より豊かに生きる」で午前と午後に講演(2017年9月24日)
140 ビジネス初級講座「モノづくりの基本―QC(品質管理)編―」原嶋茂
 自動車業界での品質確保の重要性を先に説明してから、初期流動管理の流れにそって、品質管理で使われる色々なツールを紹介した。設計段階でも品質確保のためにおこなうこと、生産準備段階になると、生産技術がおこなうこと、続けて生産現場がおこなうこと、最後に流動段階でもおこなわれるQC活動について説明した。今回、最も力を入れて説明したのは、工程能力の計算とその奥深さで、数学や統計学に少し踏み込んだ。
139 歴史講座「江戸の天才数学者 関孝和とはどんな人だったのか? 彼の生き様から我々が学ぶことは?」
 長年会社員だったという自己紹介から始め、和算の魅力を特に算額奉納の習慣や円周率の計算を例にあげて説明したあと、なぞの多い関孝和の人生の中で、実は武士としてまじめに生きてきた姿を強調した。最後にBS−TBSの録画の一部を見てもらった。

138 クラブ関西午餐会で講演(2017年9月21日)
『江戸の数学文化 〜庶民レベルから関孝和の偉大さの理由まで〜』

 関西の経営者の交流の場で、毎週のように開催されている午餐会での一種の卓話である。ビジネスとは違ったくだけた話を希望されたので、和算の魅力を紹介することにし、3つの切り口で講演した。「算額奉納」に見る和算の魅力から始めて、得意の忠臣蔵のころの数学レベルとは?ということで、円周率が当時知られていた話、最後に関孝和を単なる数学者としてだけではなく、人間的な武士人生を送った人として説明した。

137 地元中学校で座談会(2017年7月10日)
『鳴海風先生 座談会』

 
地元在住の作家の作品が課題図書に選択されたというので、N中学の1年生徒の交流の場が設定された。子どもたちへ講演する力量はないので、あらかじめ図書館担当の国語の先生が、生徒の質問をたくさん用意してくれて、子どもたちが司会進行する形で、座談会をしてもらった。私が子どもの頃はどんなだったのかとか、どうしてこの本を書こうと思ったのかとか、色々と聞かれた。私もジョークをまじえつつも、正直に答えた。51年前に中一だったとき、いやいや課題図書を読まされた話とか。江戸時代の数学書も触ってもらった。

136 サロン・ド・オキュルスでトーク(2017年6月11日)
『千年残る本をめざして−『円周率の謎を追う』出版裏話−』

 『円周率の謎を追う』が第63回青少年読書感想文全国コンクール課題図書(中学校の部)に選定されたことを記念して、品川のギャラリーオキュルスでトークイベントをおこなった。近年の出版ビジネスの状況を新潮文庫『和算の侍』出版裏話で語ったあと、関孝和の謎について解説し、『円周率の謎を追う』の出版裏話を語った。企画を通すためにどのような困難があったか、表紙カバーにまつわる秘話、そして小説に登場する目黒不動の算額の虚実。最後に、予想もしていなかった課題図書に選定されて思うことを話した。

135 くもん出版全社員会議PJで講演(2017年5月27日)
 『学び合いの今昔 歴史作家が語る江戸の師弟関係』

 教育ビジネスに関わるくもん出版としては、江戸時代の学び合いがどのようなものか、歴史作家から話をしてもらいたかった。そこで、希望に応え、@和算の世界の学び(身分の別なく、田舎でも、かなりレベルの高い数学を、サークルのような形で学んでいた)A寺子屋での学び(幕末、外国人が来て驚いたように、おおらかな学習風景だったが、読み書きに重点を置いたことで、世界に類を見ないリテラシーを庶民にいたるまで保有していた)B天文塾での学び(多彩で熱い師弟関係の中でハイレベルな研究が継承された)C作家鳴海風の学び(父の遺伝か、自彊不息を地で行った)で構成した話をした。

134 
名商大MBAキャリアデザイン講義(2017年5月10日)
 『デンソーの歴史と新規事業』使用するケース:戦う相手はデンソー デンソー2004

 名商大ビジネススクールの卒業生として、学部学生に対し、自ら作成したケースを元に、MBA流の講義をおこなった。自分のケースの中で設定した3つのケースクエスチョンの1つを、さらに3つに分解した事前課題を予習してきてもらった。それを10のグループでディスカッションしてもらい、さらに代表4グループで発表してもらう中で全体討議をリードした。学部生には難しいテーマだったと思うが、ビジネス社会の一端を垣間見ることができたのではないか。最後の30分をもらって、よくやる「先輩講話」をさせてもらった。

133 名古屋三蔵塾で講演(2017年2月18日)
 『今、出版界で起きていること、守りたい紙文化』

 
昨年出版した『和算の侍』『円周率の謎を追う』を、出版界の現状と高齢化社会という背景の中でとらえ、やはり紙の書籍を守りたいというメッセージをこめて紹介した。1996年をピークに、日本の出版売上は減少の一途をたどっている。昨年の2冊に関しては、さらに企画検討作業中に担当編集者が定年をむかえる(その後も再雇用はされるものの以前とは状況ががらりと変化)という経験をした。それらを編集者の熱意と努力で乗り切った様子を著者だから話せる裏話として説明した。

132 ジュンク堂池袋本店 トークセッション(2017年1月21日)
 『謎だらけの数学者 関孝和の実像にせまる』

 くもん出版から出した『円周率の謎を追う』を記念したトークセッション。関孝和にまつわるいくつかの謎を紹介し、今回の児童文学では特に関孝和と数学の出会いについて物語を展開したと話した。一方、私が考える関孝和像というものも、データに基づいて説明し、私たちと同じ立場で生きた(現代人とよく似た例をあげるならば、一人のサラリーマンとし生活を大切にした)人物だったと説明した。

131 第266回近畿和算ゼミナールで講演(2016年12月11日)
 『近刊にこめた和算小説家の想い』

 
今年10、11月と続けて新刊を出せたが、著者だけが語れるそれらの背景を、和算とからめて紹介した。
 『和算の侍』は『円周率を計算した男』の復刻を目指したものである。作家デビューから出版社の消滅までの経緯、そして、復刻を果たせたポイント(新装版としての覚悟と工夫)を説明した。『円周率の謎を追う』は、編集者が定年を迎えるというピンチの中、編集者の執念が出版につながったことと、関孝和研究の最新の成果とフィクションのはざまでの苦労を説明した。どちらも和算研究者を対象にした話し方に徹したので、年末恒例の茶話会の前の余興としては貢献できたと思う。

130 豊陵会中部支部総会で講演(2016年11月12日)
 『江戸の「和算」は世界水準!?』

 デンソーのOBからの依頼で、豊中高校の同窓会でゲスト講演した。OBは元設計なので、デンソー卒業後もコンカレント・エンジニアリングを実行したことになる。良い思い出になった。
 和算について3つの雑学知識を提供し、できれば和算ファンになってもらおうと思って、内容をアレンジした。3つの雑学知識とは@忠臣蔵の時代の日本の数学レベル。実は円周率3.14が知られていた。A和算の特徴の一つ算額奉納の楽しさ、面白さ、レベルの高さ。B有名な関孝和は世界レベルの数学者だったが、その人生は謎に包まれていた。テレビ出演した時の映像も少し紹介した。

129  日本経営診断学会第49回全国大会で特別講演(2016年10月8日)
 『IoT時代における日本的なモノづくり競争力「CE」の進化』原嶋茂=鳴海風

 大会の統一テーマが「IoT(Internet of Things)時代の経営診断 −ものづくりとサービスのパラダイムシフト−」だったので、上記のタイトルで講演することになったが、途中で、実行委員長からぜひ歴史小説家としての一面も含めてほしいという依頼があり、悩んだ末、タイトルはそのまま、ただし私はマルチサイエンスライターであるという前提で、予稿も書き、講演もすることにした。CEの本質は「総智・総力・協働」であり、それは日本人の特質に合っていること、これからはICTを加えて、さらに強化していくべきだと話した。次々に話題を変えながらの話だったので、論旨を追うのが大変だったと思う。

128 生産技術マネジメント研究会で特別講義(2016年9月16日)
 『デンソーで学んだCE グローバル時代のCEとは』原嶋茂
 現代の若い生産技術者に伝えたい、残したい筆頭はわたしの経験をふまえたCEの重要性である。わたしが会社人生を過ごしたデンソーについてざっと説明したあと、デンソー流CEの象徴である次期型研の話をし、続いて、拙著『トコトンやさしいコンカレント・エンジニアリングの本』を元に、一般的な表現で、CEの本質を語った。

127 メロープラザ公開講座で講演(2016年9月11日)
 『一生かければ何でもできる 〜私の履歴書〜』

 より良く楽しく生きたい方へ、というコンセプトで企画されている一連の講座の一つとして登壇した。
 子どもの頃から学生時代、会社に入社してから作家デビューを果たすまで、そして定年を目前にひかえて社会人学生を経験したという私自身の人生を語りながら、その折々の想いや考えを語った。聴講者は熟年の方たちばかりだったので、それぞれの人生を振り返りながら、これからの人生について思いを新たにしたのではないだろうか。 
 

126  いちのみや大学第97回講座で講演(2016年7月2日)
 『江戸の「和算」は世界水準!』

 一般向けということで、忠臣蔵の時代の日本の数学レベル(円周率が知られていた)の紹介で驚かせ、和算の特徴の中から算額奉納をとりあげて、面白い算額から高度な算額まで実例を紹介し、3つ目に有名な関孝和が実は謎の人物で、明確に分かっているのはまじめな武士だったことだけだ、と説明した。残った時間で、昨年のBS−TBSの録画からいくつか抜き出して、テレビでも関孝和をまじめな武士として紹介したと念を押した。

125 N社で講義(2016年4月15日)
 『コンカレント・エンジニアリングを御社の競争力へ 日本の存続・発展へ』
原嶋茂
 
まだCEに取り組んでいない企業向けに基礎教育という形で講義した。とはいえ、デンソーでのキャリアに基づく話なので、N社の特徴を考慮しながら、CEはけっこう手ごわいので少しずつ取り組むようにアドバイスした。できれば、これからもときどき進捗をうかがってアドバイスしたいと思っている。

124 元気シニア・シンポジウムで基調講演(2016年2月14日)
 『伊能忠敬に見る第二の人生の生き方 〜表舞台のために裏舞台も懸命に生きた〜』

 静岡県袋井市市制施行10周年記念事業、メロープラザ発のイベントで講演した。精力的な測量活動による日本地図製作で有名な伊能忠敬だが、第一の人生では佐原村の名主として、幾多の困難を切り抜け、人間として成長していた。また、私生活に目を向けても、子どものころから決して幸福と幸運に恵まれていたわけではなく、死の直前まで様々な苦労があったが、それらを乗り越えてきている。第二の人生を元気シニアとして生きるためには、あらゆることを受け入れ、もちろんチャンスには挑戦し、たとえ不運や困難の連続があったとしても、懸命に対応していくことが大切だという内容。

123 日本セラミックマシナリー協会新春講演会(2016年1月26日)
 『コンカレント・エンジニアリングによる日本の競争戦略』原嶋茂
 一昨年に続いての講演だが、今回は本名でおこなった。聴講者は会社の経営層と大学の先生なので、新刊の内容を詳しく説明することより、今ごろなぜコンカレント・エンジニアリングなのかをテーマに話した。先ず、グローバル時代、国はどうやって豊かになるのか、経済の話から始めて、課題の大きさや難しさを再確認してもらった。そして、やはり技術開発こそ日本の強みであろうと、つないだ後に、コンカレント・エンジニアリングが日本の競争力になることを説明した。

122 名古屋三蔵塾例会で三度目の講演(2016年1月16日)
 『コンカレント・エンジニアリングを日本の競争力へ、発展へ』

 なぜ本名で技術とマネジメントの本を出したのか、その背景や経緯、思いを語った。そのため、学生時代から、デンソー入社当時そして作家デビューのころ、定年が近付いてからの社会人学生としての勉強といった、自分の人生を語った。つまり、学生のころは、作家になるという夢を育てていた時代。エンジニアとして働きながらも、その夢は持ち続けたが、会社の仕事も時間をかけながら理想を真剣に追求したため、定年が近付いたころには、作家とエンジニアが融合するようになっていた。どちらも、良い仕事を世の中のために残したいという想いは共通である。

121 生産技術マネジメント研究会で基調講義(2016年1月15日)
 『デンソーで学んだCE グローバル時代のCEの本質』
原嶋茂
 デンソーのモノづくりの特徴(創業当初から全社活動が得意で、多彩な技術を保有、そして自前主義)と次期型研の解説(期間短縮よりも総智・総力・協働により高い目標を実現)をした上で、新刊の内容を紹介した。コンカレント・エンジニアリングは時代とともに進化しているが、これができると強力な競争力になる。特に日本は、こういったマネジメントに向いたお国柄であると力説した。

120 C社で講演(2015年12月22日)
  『コンカレント・エンジニアリングを御社の競争力へ 日本の存続・発展へ』原嶋茂

 昨年の10月に続き、同社で講演したが、今回は複数の部門から多数の聴講者が集まってくれた。そもそもコンカレント・エンジニアリングは、全社活動である。できるだけ多くの部門が集結すれば、それだけ目標設定は高くなり全体最適をはかることができる。新刊にちなんだ講演会ではあるが、私のコンカレント・エンジニアリングのベースになったデンソーを詳しく紹介し、新刊の内容を少しはさんだ後、実際にデンソーで経験したコンカレント・エンジニアリングの事例を2つ紹介した。
  
119 OR学会中部支部講演会で講演(2015年12月19日)
  『江戸の天文暦学研究に見る学際的環境と継承の風土』

 4日前のキーノートスピーチと同じ内容だが、時間はキーノートの30分に対し、こちらは90分確保されていたので、詳細に説明した。特に、大坂の天文塾「先事館」のメンバーとその後、江戸で合流した伊能忠敬の人生との関わりをしっかり説明した。
 
118 第16回計測自動制御学会システムインテグレーション部門講演会でキーノートスピーチ(2015年12月15日)
  『江戸の天文学者たちの熱き交流と師弟愛』

 このテーマでは何度か講演しているが、学会発表の途中にはさまれたキーノートスピーチということで、天保暦の正確さのシミュレーション結果を紹介した。江戸時代も太陰太陽暦の正確さは何度も問題になった。なぜなら、この暦には伝統的に日食や月食の予報を入れていたからで、予報が大きく外れると、為政者の権威に傷がついた。今回は弘化4年の「三島暦」にある8月15日(秋分)の「月食四分半、四時二分下の左よりかけはじめ四時九分甚だしく九時五分下の方におはる」をステラナビゲータ10を用いて検証した。場所は京都上京区に設定した。すると食の最大の時刻でわずか18分しか差がない結果となり、天保暦の優秀さを見てもらった。

117 第31回「創造の船」経営懇談会で講演(2015年11月24日)
  『歴史から学ぶ研究開発と技術伝承』

 前日の全体講演につながる話である。経営者コースには企業の後継者と若い経営幹部が多いことから、日本の強みであるモノづくりのベースは、粘り強い研究開発にある。先ず、江戸時代の天文暦学にもそれがあったという説明をした。続いて、厳しいグローバル環境の中、本質を見極めることの重要性を訴えた。過去の歴史は理解できて説明もできるかもしれないが、今、刻まれつつある歴史を語るのは容易ではない、と。


116 第31回「創造の船」で全体講演(2015年11月23日)
  『江戸時代の科学技術とノーベル賞 〜これからの日本のモノづくり〜』
 第14回「創造の船」ではデンソーの技術者として、経営革新コースの参加者に生産技術開発について講演した。17年ぶりの今回は、歴史作家鳴海風として、特にモノづくりに理解のある作家として、洋上セミナー開始の起爆剤となる内容を求められた。参加者は圧倒的に製造業の関係者が多いので、和時計にこめられた日本人の工夫(改善技術)を示し、海外であらためて日本のモノづくりを考えてほしいと話した。

115 慶應大学大学院SDMで特別講義(2015年11月6日)
  『江戸時代にもあった学者たちの交流や研究の伝承 〜江戸の天文学者たちの熱き交流と師弟愛〜』

 社会人学生を含む大学院生向けに、日吉で夜間おこなわれる特別講義である。木を見るだけでなく森もしっかり見るのがSDM(システムデザインマネジメント研究科)のコンセプトなので、視野を広げる内容が望ましい。そこで、近著『星に惹かれた男たち』をベースにした講演をおこなった。


114 袋井市北公民館で講演(2015年10月17日)
  よりよく楽しい生き方セミナー1周年記念 「伊能忠敬の人生を決定したできごと」

 セミナーのタイトルと聴講者が60代を中心としているという話を聞いていたので、通常の講演内容に加えて、伊能忠敬の人生についてどう考えるか、質疑応答する時間を設けてみた。テーマは2つで「伊能忠敬が偉業を歴史に残せたのはなぜか」「伊能忠敬は家庭人として幸福だったと思うか」である。前半で「小説とは何か」「作家は歴史上の人物をどう見るか」「鳴海風の執筆スタイル」などについても語った。この試みは、人生のベテランである聴講者を対象にするときは、面白いと思った。今後も研究していくが、良いきっかけを得ることができた。

113 生産技術マネジメント研究会で臨時講義(2015年9月18日)
 『グローバル時代のものづくりにおける マーケティング思考の重要性』
原嶋茂
 当初計画されていた企業視察が中止になったため、ボランティアで昨年の講演を再現した。私が考えるマーケティングは経営戦略である。技術者すべてに言えることだが、生産技術者といえど、戦略的なものの考え方をしていないと、グローバル時代には競争で負ける。多くのデータを駆使して説明したので、かなりインパクトを与えることができたと思う。


112
 愛知県技術士会の例会で講演(2015年8月30日)
  
『星に惹かれた男たち−江戸の天文学者 間重富と伊能忠敬−』+『久留島義太の業績』
 
愛知県技術士会での講演は今回が2回目だが、技術士会関連の講演としては通算6回目になるため、東京のCPD講演会と同様に、感謝の気持ちを込めて、おまけの講演『久留島義太の業績』もおこなった。これは拙著お買い上げの方にプレゼントする『美しき魔方陣』の主人公を知ってもらうためだった。例によって、デンソーでの34年間の生産技術者としての経験をベースに、作家だけでなく技術者としての解説をしたので、共感してもらえた。技術者は、やはり努力してデータを集め、それに基づいて行動していくのである。

111 BS-TBS「THE歴史列伝」NO.60 【関孝和】に出演(2015年7月3日)
 世界的に有名な日本の数学者「関孝和」を紹介するというので、最初は、専門家の先生を紹介したのだが、スタジオゲストは作家を呼んでいるからと口説かれて、初めてテレビ出演することになった。ディレクターとの事前の電話打ち合わせは3時間にもおよび、いちおう台本もできたが、私のセリフは(お答えください)とだけで、収録時に自分の言葉で語ることになった。
 収録は銀座のスタジオでおこなわれ、演技指導もなければ、リハーサルもなし。あったのはメークのみ(笑)。収録中のモニター画面が目の前にあるわけでもなく、大いにとまどったが、あとは開き直りで実施。用意してあったジョークも言えず、大いに後悔が残った。でも、番組を見た友人や知人らは「普段通りだったよ」とのこと。不思議な経験だった。


110 藤田雄山貞資先生顕彰会で講演(2015年4月29日)
  「世界を驚かせて江戸の天才数学者たち −和算発展の導火線に火を付けた男 吉田光由−」

 埼玉県深谷市に和算家藤田貞資の生家跡がある。記念碑設立事業に些少の寄付をした関係で、石碑に名前を刻んでもらった。そういった古くからの関係で、今回の講演が企画された。和算研究者を主体とする講演なので、ルーツは中国にある和算が、日本で急激に発達したきっかけを作った吉田光由について、さまざまな角度からお話した。また、近々、思文閣出版から角倉研究会による『角倉一族とその時代』が出版されることもお知らせした。


109 八重洲ブックセンター本店でトークセッション(2015年3月12日)
  「江戸の天文学者たちの熱き交流と師弟愛」

 新刊『星に惹かれた男たち』刊行記念である。八重洲ブックセンターでのトークセッションは初経験である。講演とは関係ないが、10年以上前にお付き合いのあった店員との再会があって、感慨深かった。
 新刊のテーマから師弟愛にフォーカスして講演した。エピソードとしては高橋至時と景保・景佑父子の話が中心で、彼らと伊能忠敬をはじめとする多くの人物との交流を話した。

108
 CPDミニ講座で講演(2015年3月11日)
 「『星に惹かれた男たち』新刊の伝えたいメッセージ」

 東京の技術士会での講演は今回が通算3回目になるため、過去2回の内容との関連性も説明しながら、今回の新刊で特に伝えたいことを、聴講者がハイレベルな技術者であることを意識して話した。中国地区や近畿地区でもWEBカメラを利用して中継され、非常に多くの技術士の方たちに聞いてもらえた。なかなかとっつきにく題材でも、学際的交流と技術伝承の重要性は共感してもらえた。

107 名古屋三蔵塾例会で講演(2015年1月17日)
  「世界が見ている日本とは? −新刊が伝えたいメッセージの背景−」

 
半年ぶりに名古屋のホテルで開催されている勉強会「三蔵塾」に招かれた。新刊『星に惹かれた男たち』のPRではあるが、前回の講演とテーマは同じである。今回は特に、科学や技術に焦点を当てて、現代と対比する形で、江戸時代から現代にいたるまで、学際的な交流、師弟関係が重要なことを語った。特に、近年のノーベル賞受賞と私の関わりを事例として紹介した。

106 近畿和算ゼミでPR講演(2015年1月11日)
  「新刊『星に惹かれた男たち』は、ノーベル賞受賞者西高東低の謎を解く?
 久しぶりの近畿和算ゼミで新刊の紹介をした。ただし、聴講者は数学の先生がほとんどだし、関西人が多いので、それなりの配慮をした。特に、今回の新刊でとりあげている多くの人物が東日本よりも西日本の人であることは注目に値する。日本の文化発祥の地は京都だし、大坂には学問に対する自由な風土があったし、世界に開かれた唯一の窓長崎は、江戸より関西の方がだんぜん近かったのだ。ややこじつけだが、その流れは、近年の自然科学系ノーベル賞3賞の受賞者の出身大学あるいは勤務大学の西高東低にも表れている気がする。

105 JMA生産技術マネジメント研究会で自主講演(2015年1月9日)
  『星に惹かれた男たち−江戸の天文学者 間重富と伊能忠敬−』
  科学技術の発展には「異分野との交流」「技術の伝承」が必要
 上記研究会では主任アドバイザー(もちろん本名で)を担当している。ノルマの講演では競争戦略に通じるマーケティングの重要性を語った。続いて、某企業との交流会において、日本の生きるべき道はやはり技術開発であり、それを大切にすべきと主張した。今回の講演では、新刊を題材にしながら、科学技術の発展(イノベーション)に必要な「異分野との交流」「技術の伝承」は、江戸時代にもあったことだと解説した。

104 地域活性を目的とする交流会「とこなめ会」例会(第3回)でテーブルスピーチ
  「小説を読む価値、創る価値」(2014年12月18日)
 地元には少ない作家の一人として、小説の醍醐味が読者による主人公の人生の仮想追体験であること、そして、小説家はそれをどのようなテクニックを用いて小説に作り上げるのか、恐らく聴いたことがないと思われる話をした。そして、もう一つ、時の話題として、ドイツへ行き、地元の名産「招き猫」を宿泊したホテルにプレゼントしてきた話をした。

103 ジュンク堂池袋本店 トークセッション 
  「星に惹かれた男たち −江戸の天文学者 間重富と伊能忠敬ー」(2014年12月16日)

 
2年ぶりの新刊『星に惹かれた男たち』の出版を記念してトークセッションをおこなった。江戸時代に太陰太陽暦を使用していたことから、その精度を向上させるため、日本は鎖国だったが、天文学が発達した。その状況を調べてみると、実に多彩な学者たちの活発な交流と、人間的な師弟関係と技術の伝承への注力がみとめられる。それらは、近年ノーベル賞受賞者を輩出し、日本の強みでもある科学技術におけるイノベーションにおいて重要とされる要件であり、日本は江戸時代からその伝統があったことになる。

102
 生産技術マネジメント研究会で特別講義(2014年11月14日)
  『グローバル時代のものづくりにおける マーケティング思考の重要性』
原嶋茂
 デンソーの次期型研を例に、コンカレント・エンジニアリングが欧米には真似できないことを日本の競争力であると説明する一方、アップルのiPhoneの製造を例に、経営戦略を実現しようとすると常識をこえたものづくりがなされることを説明した。そうは言っても、戦後の地道な技術の積み重ねが、今では技術貿易として圧倒的な成果を生み出していて、その流れは今後も続けなければならないと主張した。

101 C社生産技術者向け講演会で講演(2014年10月1日)
  「モノづくりへの想い」

 日本能率協会主催の異業種交流を兼ねた生産技術研究部会で、7年前に知り合ったC社の方からの依頼で実現した講演である。日々多忙な中でややもすると業務に埋没してしまう生産技術者へ向けて、作家の立場から元気の出る講演をと依頼された。聴講者は若手からマネジメント層まで幅広いということで、作家らしく3章立ての構成を考えた。第1章(若い人向け)「一生かければ何でもできる −私の履歴書−」、第2章(中堅から若手マネジャー向け)「製品技術・生産技術開発とそのマネジメント」、第3章(若手からマネジメントまで)「グローバル時代に勝てる生産技術者とその育成」である。

100 C−NET講演会で講演(2014年9月12日)
  「江戸時代の暦が現代の日本に伝えているもの」

 
わたしも会社で深く関わった電子回路基板製造企業、その出身者による研究会の招待で講演した。最初から暦に関する講演を依頼されていたので、今回の対象者やわたし自身に関する内容にカスタマイズした。ポイントは西洋のカレンダーの進化の歴史と日本の特に江戸時代の太陰太陽暦の発達とは趣が違うということである。きわめて日本的というか情緒と感性を感じるという話をし、それを半導体などを含めた電子回路製造における日本の特徴と相通じると述べ、共感を得た。

99 Takebe Conference 2014 で英語でショートプレゼンテーション(2014年8月28日)
  「The background of my nevel about Takebe Katahiro」

 今年が建部賢弘生誕350周年ということで、国際数学者会議ICM2014(ソウル開催8月13−21日)のサテライト会議がお茶の水女子大学で開催された。それが Takebe Conference 2014 である。こちらも8月25−30日にわたって盛大に開催されたが、40分のレクチャーでなく25分のショートプレゼンテーションに参加し、和算研究者ではなく小説家として発表した。内容は、4日前に講演したものからエッセンスを抜き出して、英語のプレゼンスタイルにした。

98
 F社技術士会「車座企画」(第25回)で講演(2014年8月27日)
  「江戸の天才数学者と科学技術への展開」
 昨年、一昨年と東京の技術士CPDミニ講座に出講した縁で、F社の技術士会に招かれた。吉田光由と間重富に関する2回分の講演を1回にまとめ、それでも興味を引くであろう動画2本もしっかり紹介した。

97 建部賢弘生誕350周年記念一般公開講演会で講演(2014年8月24日)
  「建部賢弘の生き方から学んだもの」
 小説家としてデビューするための悪戦苦闘の中で建部賢弘と出会い、その後も和算を題材に小説を書いているうちに、ますます建部賢弘という人間の魅力のとりこになってしまった話をした。この講演内容は、日本数学協会の機関誌「数学文化」022に書いたエッセイ「建部賢弘をめぐって」がベースになっている。

96 神戸の企業研修でサービス講演(2014年8月22日)
  「渋川春海 −碁師としての挫折と改暦への挑戦−」
 1泊2日の企業研修の講師をしたが、作家であることを明らかにした上での仕事だったので、夕食後の懇親会のときに、渋川春海を事例にして和算について解説した。冒頭に近所の算額を紹介し、忠臣蔵の話を挿入したのは言うまでもない。

95 長野県数学会夏季研修会で講演(2014年8月7日)
  「和算発展の導火線に火を付けた男 吉田光由」(午前)、
  「碁師としての挫折と改暦への挑戦」(午後)
 高校の数学の先生を対象とする講演だったが、あえて数学的な話は少なくし、和算についての理解を深めてもらおうと『江戸の天才数学者』の第1章と第2章で取り上げた2人の数学者の話をした。
 長野県和算研究会の会員の先生もおられ、私の目的は達成できたようだが、それ以上の効果もあった。
 エンジニアであり、サラリーマンだったということが講演内容に色濃く投影されていたため、高校の教師として生徒たちをどのように指導すべきか、考えるきっかけを与えたようである。


94
 岩倉市生涯学習講座 第3回(2014年7月19日)
  「小野友五郎 −咸臨丸航海長から鉄道敷設、製塩事業へ−」

 
幕府天文方シリーズの第3回として、高度な算額、楽しい算額を紹介した後、西洋の科学技術書の翻訳を通じた研究・教育が重要なミッションになった天文方における幕末のエピソードとして、のちに咸臨丸航海長として太平洋を横断をした小野友五郎をとりあげた。今回は、当時、江戸で最大の数学塾である長谷川道場(別名数学道場)で出版されベストセラーとなった『算法新書』を持参し、講演後、聴講者に手に取って見てもらった。小野友五郎は明治時代になって、長谷川道場の別伝で斎長になっている。

93
 名古屋三蔵塾例会で講演(2014年7月19日)
  「児童文学に込めた想いと成り立ち」

 
午前7時からホテルで開催されている一種の勉強会に講師として招かれた。『星空に魅せられた男 間重富』執筆にあたり、学問における師弟愛や、親の仕事を子供が継承することの大切さを書きたかったこと(想い)、それから1冊の本が完成するまでに出会った多くの人たちとのふれあいと東日本大震災時のエピソード(成り立ち)を語ることで、人と出会う人生の素晴らしさを語った。

92 美浜ふるさと研究会で講演(2014年6月22日)
  「美浜町だから生まれた小説」

 
5年前に地元の文化協会で講演した内容の再演だったが、5年分、地元への愛着は強化された。何しろ転入して来て2年後にプロデビューし、以後22年間、地元で小説を書き続けてきたのである。その間、3人の子供らを育てながら、PTAの役員や自治会の役員もちゃんと務めた。最後は、5年前と同様に、よい小説が生まれる条件とは、美しい自然、深い歴史そしてやさしい人々、でしめくくった。

91 岩倉市生涯学習講座 第2回(2014年6月21日)
  「伊能忠敬と天文方 高橋至時・景保 そして間重富」

 
幕府天文方シリーズの第2回として、前回に続いて算額を紹介した後、8代将軍吉宗の遺言「西洋天文学を用いて改暦を」から起きたことを解説した。今回も拙著でとりあげたエピソード中心だが、実際にあったことを題材にした「木星将に月に入らんとす」を天文シミュレータ結果を含めて初めて盛り込んだ。また、経度測定について、ガリレオ衛星を利用することを当時知っていたという話もした。

90 日本数学協会総会 記念講演会(2014年6月1日)
  「建部賢弘をめぐって −円周率が鳴海風を作家にした?−」

 34年間勤めた会社を定年退社し、プロとしてデビュー後22年を経てようやく作家一本の生活に入る自身の人生をしみじみと振り返りながら、こんにち鳴海風があるのは、和算、建部賢弘そして円周率との出会いがあったからだと結んだ。今年は建部賢弘生誕350年にあたり、8月に国際数学者会議のサテライトイベントTakebe Conference 2014 がお茶の水女子大学で開催されるので、エントリーし、ショート・プレゼンテーションをすることに決めた。


89 岩倉市生涯学習講座 第1回(2014年5月31日)
  「初代天文方 渋川春海 −碁師としての挫折と改暦への挑戦−」

 幕府天文方シリーズの第1回として、和算と天文暦学の解説そして初代天文方渋川春海について、和算小説家らしい自身の作品を引用する形で解説した。渋川春海については、碁師人生を語り、里差に着目した功績をしっかり述べた。


88 半田法人会記念講演会(2014年5月16日)
  「世界を驚かせた江戸の天才数学者たち」

 
地元の人たちに和算の面白さを知ってもらうため、地元や秋田、岡山の算額を楽しく紹介したのち、新潮選書『江戸の天才数学者』で取り上げた和算家を紹介した。そして今日は、それらの中で、和算発展の導火線に火を着けた吉田光由を詳しく紹介した。

87 愛知淑徳大学キャリアデザイン講義(2014年4月26日)
  「一生かければ何でもできる −私の履歴書−」
 3年連続となった講義である。今年も7人の社会人が話をするが、私はトップバッターとなった。
 私の話は、人生は挫折の連続だが、夢は持ち続ければ少しずつ実現する、という内容なので、どちらかというとラストに近い方がおさまりがよい。しかし、トップバッターとして、受講生に対し「Open Your Mind」というメッセージを送る必要もあると考え、家族の話題を盛り込んだくだけた話し方をした。

86
 常滑鉄工会記念講演会(2014年4月25日)
  「NIPPONのモノづくりの強みとは」
 作家鳴海風として受けた講演だが、元潟fンソー生産技術部のキャリアを100%前面に出した講演をした。
 デンソーの特徴、戦後のモノづくりの歴史そして失われた10年から現在にいたる経営環境を述べた後、日本のモノづくりの強みとして @技術(イノベーション) A人材育成 B経営理念 を今後も大切にしていくべきと結論した。

85 日本セラミックマシナリー協会新春講演会(2014年1月27日)
  「NIPPON発のモノづくり −和算を生んだ国の強みとは−」

 初めて和算とビジネスを関係付けた話をした。和算が中国から入ってきた数学で、漢文で書かれていることをモチーフに、私の好きなことば「自彊不息」と中国人留学生からもらった掛け軸に書かれてあったことば「厚徳載物」を前段で紹介。後半は、戦後の復興における日本のモノづくりの進化の特徴「学習」「品質管理」「地球環境」「イノベーション」を説明しながら、和算を生んだ国の強みとして、最後は企業理念ではないかと述べた。

84 本荘由利校長会「新年講演会」(2014年1月10日)
  「質屋の主人がつくった天文からくり時計」

 
間重富の話だが、拙著『星空に魅せられた男』の出版に関係したエピソードとして、東日本大震災で帰宅難民となった私が出会った若者を震災の1週間後に予定されていた原画展に招いたら来てくれた話などを交え、今回のテーマは「人生は人との出会いのためにある。歴史に名を残さなくても、偉くならなくても、みんな素晴らしい人ばかり」とした。

83 社会人講話 大府東高校(2013年12月25日)
  
「一生かければ何でもできる ―私の履歴書―」
 
勤務先の社会貢献活動の一環で、近所にある高校の校外授業の一つとして社会人講話をおこなった。
 地元の大学生にも話している内容だが、講演時間が短いこともあり、スライド数を減らし、内容にも若干修正を加えた。
 自分の経験から言っても、高校、大学のときは将来が不安になるもの。夢と現実のギャップにショックを受けることがあっても、長い人生で考えれば、決して悲観するようなことではないと今回もメッセージに想いを込めた。


82
 第50回鉄道サイバネ・シンポジウムで特別講演(2013年11月5日)
  江戸の天才数学者 小野友五郎 -日本の近代化への貢献-
 
日本鉄道サイバネティクス協議会主催のシンポジウムである。小野友五郎は和算家で、咸臨丸航海長として太平洋を横断したことで有名だが、明治になって鉄道敷設事業に関わった。得意の測量に従事しただけでなく、路線を引いたときの採算性の検討まで担当している。これは、勘定奉行だった小栗忠順とともにいくつかの大きな事業に関わった経験があったからだろう。ペリーが二度目に浦賀にやってきた時、4分の1の鉄道模型を持参し、実際に石炭を焚いて走らせた史実から、鉄道に関わる話で講演をまとめた。

81
 第49回技術士CPDミニ講座で講演(2013年9月11日)
  江戸の天才数学者-世界を驚かせた和算家たち- 
和算発展の導火線に火を付けた吉田光由
 
今年4月の愛知県技術士会での講演が好評だったので、今度は東京へ戻って講演というありがたい企画になった。
  内容は愛知県と同じで、特に菖蒲谷隧道のDVD放映は同時中継の中国本部へも配信されて好評だった。

80
 日本経営近代化協会(SAM)8月例会で講演(2013年8月27日)
  「和算家、小野友五郎の生涯から見た“幕末・明治維新”」

 NHKの大河ドラマ「八重の桜」で関心が高まっている、東軍側から見た幕末史を語る目的で講演した。

 
これまで何度か講演した小野友五郎の話だが、今回は数学色を薄めて、エンジニアの視点で徳川幕府や佐賀藩が推進した日本の近代化を語った。

79 愛知淑徳大学キャリアデザイン講義(2013年8月3日)
  
「一生かければ何でもできる ―私の履歴書―」
 非常勤講師として、昨年に続き2度目の講演となった。3年生が対象で、進路を決めかねていて、卒業後が不安な時期である。そういうときに、ひとりの人の人生を知ることは意義がある。
 今日は、午前中にどちらかというと自信と勇気に満ちた生き方をしている人の話があって、午後の私は何度も挫折を経ながらも、若いときに抱いた夢をずっと追い続けてきたら、ある程度の成果が得られているという話で、バランスがとれていた。

78
 愛知県技術士会 平成25年度定時総会で特別講演 
  
「江戸の天才数学者 和算発展の導火線に火を付けた吉田光由」(2013年4月20日)
 
昨年3月のCPDミニ講座が好評だったので、今度は地元愛知県で技術士の方を相手に、拙著『江戸の天才数学者』から主に吉田光由について語った。レジュメを配布し、算木算盤に似せた布を掲示し、和算書も持参し、最後は菖蒲谷隧道のDVDも放映したので、技術屋さんにとっては楽しい講演になったと思う。懇親会でも質問が多くあった。

77 精密工学会 成形プラスチック歯車研究専門委員会 第110回研究会特別講演 
  「江戸時代の天文学、暦、時計」(2013年3月1日)

  歯車の研究会ということで、歯車を駆使する和時計をモチーフにした講演をすることにした。
  そうなると、間重富の垂揺球儀である。天文からくり時計の話をするために、和算から太陰太陽暦まで語る必要がある。
  定番の解説を前段で語り、和時計から垂揺球儀にたどり着き、近江神宮時計館で撮影させてもらった動画を紹介して講演をしめくくった。歯車の専門家の先生方を前に、ちょっと勇気のいる内容だった。


76 デンソー技研センターソフトウェア工学特論で講演(2013年1月8日)
  『技術者マインドを後輩へ −研究と創造に努め常に時流に先んず−』原嶋茂
 社外でおこなった3つの講演のダイジェストと私自身の人生を通じて、最先端テクノロジーを学ぶ受講生に対し、皆が持っている技術者マインドを後輩へ伝えてほしいと話した。

75
 ジュンク堂池袋本店 トークセッション(2012年12月15日) 
  「江戸の天才数学者 −世界を驚かせた和算家たちー」
  
今年出版した新潮選書『江戸の天才数学者 −世界を驚かせた和算家たち−』では、和算の特徴を解説するため、象徴な8人の和算家を、時代とともに紹介した。その中でも、『塵劫記』を著した吉田光由は、当時の日本人の中に多くの数学愛好家と研究者を誕生させたことで、注目に値する。トークセッションでは、土木技術者でもあった吉田光由を角倉研究プロジェクトから頂戴したDVD映像も含めて、詳しく解説した。

74
 第4回「角倉研究プロジェクト」研究会で講演(2012年11月11日)
  「吉田光由が著した『塵劫記』が後世に与えた影響 −天文暦学と時計技術−」
 
日文研(国際日本文化研究センター)を中心とする、角倉一族について研究するプロジェクトが主催する研究会で、一族につらなる吉田光由の和算文化への貢献について講演した。和算のルーツは中国や朝鮮から伝わってきた大陸や遠い西欧の数学だが、吉田光由が一般にもわかりやすい『塵劫記』を著したことで、多くの数学愛好家が生まれ、一部の愛好家は研究者になった。和算発展の導火線に火を付けたともいうべき、光由と『塵劫記』について話した。

73
 日本能率協会主催 2012生産技術者戦略会議で講演(2012年10月19日)
  『NIPPON発のモノづくり』原嶋茂
 奇跡と呼ばれた戦後の復興を支えたモノづくりの本質と、デンソーにおける成功と失敗の事例紹介、そして人材育成の重要さを説明した。たまたまiPS細胞の山中伸也先生のノーベル賞受賞ニュース直後だったため、iPS細胞を大量に作るためには生産技術が重要な鍵を握っていると結んだ。

72
 潟fンソー技研C技術研修本部職場懇談会でミニ講演
  「江戸時代の天才数学者 −新刊に書かなかった怪物−」(2012年8月24日)
 今年『美しき魔方陣』が絶版になってしまった。内容的には、久留島義太(くるしまよしひろ)という天才数学者の物語であり、7月に出版した新潮選書『江戸の天才数学者 −世界を驚かせた和算家たち−』にも書かなかったということもあって、一人でも多くの人に話して聞かせたい。そういう思いを込めて、かつての講演内容を半分に縮めて話した。

71 「Net Rush」エグゼクティブ名鑑に新潮選書の三辺さんと出演(2012年8月8日
 
7月に出した初めてのノンフィクション『江戸の天才数学者 −世界を驚かせた和算家たち−』のキャンペーンを兼ねて、久しぶりにエグゼクティブ名鑑に出演させてもらった。
 和算とは何か、江戸時代の数学文化とはどのようなものだったのか、当時の数学者の天才ぶりは現代の定義とは違う。
 鎖国時代、身分制度のもとで、数学という狭い世界にもかかわらず、実に自由奔放に学問を追求した人たちがたくさんいたのである。新潮選書の三辺さんも編集の立場から、今回の恐らく初めての和算家列伝の企画について語った。

70
 西区発ぐるっと大阪 連続講座 で講演(2012年7月7日)
  「質屋の主人がつくった天文からくり時計」

 
大阪市立中央図書館主催の講演会で、和算や天文暦学をやさしく解説したあと、1800年ごろに活躍した、大坂の質屋の主人間重富について、その人生を紹介した。
 伊能忠敬に測量を教えたことや、大坂に遊学してきた佐藤一斎を時計好きにしたこと、振り子の原理を応用したデジタルカウンター式の天文からくり時計を発明して寛政の改暦に貢献したことなどである。

69
 愛知淑徳大学キャリアデザイン講義(2012年5月12日)
  「一生かければ何でもできる ―私の履歴書―」
 
若いときは自分の10年後、20年後がどうなっているか分からず不安なものだ。
 そのようなときに、色々な先輩たちの体験的人生論を聞くのは意義があるだろう。
 いつものように、中学時代に抱いた夢を、大学の時に実現したいと思い、会社に入ってからもずっと追い続けてきたが、未だに十分達成できないでいる。しかし、一生かけて追い続ける気になれば、もしかすると自分にとって背伸びした夢であっても目標の近くまで行けるかもしれない。そんな話をした。

68
 第42回技術士CPDミニ講座で講演(2012年3月14日)
  「江戸時代の時計技術」

 日本における時計技術発達の様子を、和算や太陰太陽暦の作成、天体観測との関係をからめて紹介した。
 聴講者が技術士の方ばかりだったので、技術的な話も安心して説明できた。
 講演の様子は、テレビ会議システムを使って近畿、中国、九州の3支部にも同時中継された。

67
 第54回日本大学工学部学術研究報告会で特別講演(2011年12月3日)
 
地球環境保護につながる様々なサステナブル研究が展開されている日大工学部で、「時計技術 〜大坂の質屋の主人が作った天文からくり時計〜」と題して講演した。
 和算の応用分野の一つが天文暦学だった。太陰太陽暦は、天文学の知識を必要とするカレンダーで、天文学には時間の測定が重要なファクターとなる。
 日本における時計発達の歴史を紹介しながら、天文観測用にからくり時計を発明した間重富の話をした。

66
 愛知淑徳大学ビジネス学部講演会で講演
  「創るたのしみ 識るよろこび」(2011年11月29日)
  私の人生を紹介したが、今回は、幼いころから創作が好きだったこと、現地取材を中心とした執筆姿勢について話した。小学校のころにマンガを読んで書いていたことを具体的に説明した。
  会社生活についてもしっかり話した。エンジニアらしい仕事ぶりだったのだ。
  また、長い人生を経て、自分を含めて人は顔つきが変わっていく話もした。

  とにかく、後悔しない生き方が大事だと、さまざまな事例をあげながら説明した。

65
 日本能率協会主催 第6回生産技術特別研究会で講演(2011年9月30日)
  『生産システム開発の経験を振り返って −環境経営は競争力につながるか−』原嶋茂
 デンソーの歴史からモノづくりの特質を紹介した後、デンソーにおける生産システム開発が経営戦略に直結していることを説明、その後、具体例を2つ紹介しながら、近年きわめて重要な課題となってきた地球環境保護が、はたして競争力にまで高めることができるかどうか、むしろ高めることがグローバル時代の必須事項になるのではないかと提言した。

64
 第65回九州算数・数学教育研究(長崎)大会で講演(2011年7月28日)
  「江戸時代の和算と天文学〜和算家・天文学者の活躍を通じて〜」
 
小学校、中学校、高校の算数、数学の先生の研究会なので、江戸時代の数学を題材に当時の教育の様子も紹介した。
  先ず、和算とは何かを簡単に紹介した後、ご当地長崎と和算の関係を、算額奉納の実例と長崎海軍伝習所に和算家が集まって西洋数学を学んだことを話した。続いて、寺子屋の解説をした後、和算すなわち高等数学は塾や連といった小グループで学ばれたこと、和算の応用研究対象に天文暦学があったことを説明した。そして、大分県杵築の出身だった麻田剛立とその弟子および孫弟子の活躍を紹介した。

63
 日韓二国間共同研究/研究会で講演(2011年7月10日)
  『生産システム開発の変遷と評価』原嶋茂
 愛工大の1年先輩にあたる柊さんの依頼に基づき、デンソーのモノづくりと私の学位論文について紹介した。内容は、愛知学院大学での講演をベースにしたほぼ同じ内容。

62
 名古屋商科大学キャリア形成総合講座で講義(2011年6月23日)
  「夢と出会いが生んだマルチな生き方」
 
進路で不安を抱く学生のために、社会人を招いてその人の人生を語ってもらう講座があり、今回私にその依頼があった。
  日本の将来を憂えた場合、行き着くところは若者にどれだけメッセージを残せるかなので、喜んでお引き受けした。
  何度も立ち止まったり、わき道にそれたりしながらも、私の場合、一生をかけて追うものが「夢(良い小説を書いて多くの人を感動させる)」であり、その間、どんなことがあろうとも、勇気付けてくれるのが「出会った人たち」なのだ。
  1時間半話した後、質問してくれた5人に文庫版の『円周率を計算した男』をプレゼントした。

61
 日本経営工学会中部支部総会で特別講演(2011年5月13日) 
  「江戸時代、質屋の主人が作った天文からくり時計」
 
日本経営工学会は、社会人入学して研究活動するために入会した学会である。
  自分の研究分野は確かにここがフィールドである。お世話になっている先生からの依頼で、講演をさせていただいた。
  日本に時計が伝来した歴史から始めて、西洋式の機械時計を日本の不定時法に合わせて改造したのが和時計であり、それをさらに天体観測用に間重富が開発したのが垂揺球儀すなわち天文からくり時計である、といった、的を絞ったスライド構成にしたせいか、非常に興味をもっていただけた。

60
 潟fンソー技研C技術研修本部職場懇談会でミニ講演(2011年4月26日)
  「私の本ができるまでのお話」
  
『星空に魅せられた男 間重富』が出版されるまでの経緯を語った。
   自分の本の表紙に初めて杉本健吉画伯の絵を使わせてもらったことから始まっていた。
   2001年のことである。鍵は装丁家の中島かほるさんで、その縁がつながって、4年前に今回の児童文学の執筆の打診があった。
   それまでに、たからしげるさんの『プルーと満月のむこう』の表紙がきっかけで、画家の高山ケンタさんとの出会いがあった。人と人の出会いを、編集者がベテランらしいリードで、今回の緻密でこだわりのある作品に昇華させてくれた。

59
  JMA生産技術特別講演会で講演(2011年4月15日)
  「歴史から学ぶものづくり論」
  
歴史小説家が生産技術を語った。
   鳴海風の会社員としての顔が生産技術者なのだから問題ないと言えば問題ないのだが、
それを敢えて歴史小説家鳴海風として語るところに、挑戦的な意味があった。

   
会社で生産技術の仕事をしながら歴史小説家としてのデビューを目指しているうちに、両者の共通点に気が付いていった。それはどちらも「本質を見抜けること」特に、表舞台でなく主役を支える裏方の存在を深く理解しなければ成立しない仕事だということだ。
   「生産技術を仕事に選んだあなたたちは(私も含めて)幸せだ」それが今日のメッセージである。

58
 平成22年度尾張部公共図書館連絡協議会第5回定例会 記念講演
  「図書館と歴史作家のホットな関係」(2011年1月25日)

  
地元在住の歴史作家として、プロ作家デビューから、資料調査、講演会そして文章サークルにいたるまでいかに図書館との縁が深く強いか、いつものように事例を連発しながら熱っぽく語った。

  
特に紹介した図書館としては、愛知県内の図書館は当然として、母校の東北大学附属図書館、国立公文書館、国立天文台の図書室、京都大学附属図書館などである。

57
 愛知学院大学 経営管理研究所主催 平成22年度第2回講演会で講演(2010年12月21日)
  『生産システム開発の変遷と評価』原嶋茂
 デンソーの特質を社史からモノづくりに関係した方針にいたるまで紹介した後、生産システム開発が経営戦略に基づいてなされていることを説明した。そして、具体例として学位論文でも扱った量変動対応生産システムの開発とその評価を説明した。

56
 (社)日本機械学会東海支部主催 第6回座談会(2010年11月24日)
  「和の科学・技術・技能から学ぶ」でパネラー
  
日本のモノづくりを再考するため、温故知新、競争力の源泉を探ることを目的に、技術評論家志村幸雄氏、からくり人形師玉屋庄兵衛氏、刀匠丹羽清吾氏と私をパネラーに迎えて座談会が開催された。
   私は「江戸の天文測量機器に見る科学技術のめばえ」と題して、今回は時計技術にフォーカスを当てて話した。
   実演付の玉屋庄兵衛氏や、匠の技らしい丹羽清吾氏の話には圧倒的な迫力があった。

55
 名古屋のサイエンスカフェ「ガリレオ・ガリレイ」に登壇(2010年8月29日)
  
全国的にも珍しい常設サイエンスカフェで、「暦作りから発達した江戸時代の天文学」と題して講演した。
   前もって知人や友人に広く声をかけたことや、ランチ付きという魅力もあって、満席状態となった。
   和算から説き起こして、いつもの忠臣蔵や『ラランデ暦書』に関係する興味深い話題を用意した。
   今回は、日本の風俗習慣との関係、陰陽道、時計からくり、易学とのからみもほんの少し盛り込んだ。

54
 「小栗まつり」遣米使節150周年記念シンポジウムでパネラー(2010年5月23日)
   小栗上野介顕彰会主催のシンポジウムで、パネラー(『怒濤逆巻くも』著者)として登場。
   司会進行役は、東善寺住職村上泰賢師。基調講演は元NHKプロデューサーの鈴木健次氏。
   他のパネラーは、遣米使節正使、新見豊前守の従者、玉蟲左太夫の5代目の孫で研究家の
   山本三郎氏。小栗豊後守の従者、木村鉄太の研究家、平田稔氏。

53
 「愛媛の算額展」で講演(2010年3月27日)
   愛媛和算研究会が松山の坂の上の雲ミュージアムで主催した「愛媛の和算展」で講演した。
   観光客はもとより地元の方たちにも、郷土が誇る文化遺産である算額を知ってもらおうという企画である。
   私は「天才和算家が求めた究極の美−久留島義太の生涯−」と題し、若い人たちにも理解されるように楽しく講演した。
   算額はもとより和算に興味をもってもらうのに、久留島義太はなかなか印象的な和算家である。

52
 「SCM時代の製造マネジメント研究部会」で講演(2010年3月20日)
   通算200回目の記念研究会で「和算の世界 −小説になる江戸時代の数学−」と題して、講演させていただいた。
   そもそも研究部会と和算は関係ないように思われるが、社会人入学していた鳴海風の研究分野との関係は深い。
   時代の先をとらえて前向きに研究する会においては、和算は視野を広げる興味深いテーマとのことで、得意ネタで話をさせていただいた。反響は大きく、お互いに良き情報交換ができたと思われる。

51
 「Net Rush」エグゼクティブ名鑑に小林頭取と出演(09年12月11日
    http://www.netrush.jp/
   2010年は、万延元年(1860)の遣米使節派遣から、ちょうど150年になる。遣米使節は77人で、その中の目付役小栗忠順は、近代化の進んだアメリカをその目に焼き付け、帰国後、横須賀に東洋一の造船所建設を計画し推進した。
   遣米使節派遣のとき、随伴艦として太平洋横断したのが咸臨丸である。咸臨丸の陰に隠れて、遣米使節が果たした役割や、アメリカで大歓迎された事実、その後の貢献を顕彰しようとしている咸臨丸子孫の会の会長、小林賢吾頭取と出演した。
   折りよく、拙著『怒濤逆巻くも』の文庫化が成ったので、そのこともPRさせてもらった。


50 群馬県和算研究会・創立40周年記念講演会(09年11月23日)
   同会会長で前橋工科大学教授の小林龍彦先生の依頼で、「『ラランデの星』の舞台 −天文学者高橋至時と景保、父と子の葛藤−」と題して講演した。父と子がテーマだったので、06年8月に東大駒場キャンパスで講演した内容を紹介した。
   天文暦学史の背景として、渋川春海を語りつつ、渋川家の家督相続が不運続きになったこと、間重富を語りつつ、代々子供が幕府の天文観測御用を務めたこと、伊能忠敬を語りつつ、家督をしっかり長男に継がせたこと、そして高橋至時を語りつつ、長男景保と次男景佑の人生を紹介しました。そして、最後に、私自身のことを語ったのである。父と子のさまざまな姿である。

49
 軽井沢でミニ講演(09年11月22日)
   軽井沢夏期大学でお世話になった方たちのために、ささやかなミニ講演をセットさせてもらった。
   内容は、翌日の講演の短縮版と、CARV2009でドイツへ旅したときの写真の紹介である。
   終わった後、懇親会になったが、結局、3連休のど真ん中にわざわざ集まってもらったことになり、またまた迷惑をかけてしまったようだ。


48 四日市大学関孝和数学研究所開所記念講演会(09年9月19日)
   ユニークな研究所が四日市大学に開設された。関孝和数学研究所である。日本の大学における数学研究の環境不足を補うものだが、本質的な目的はもっと高い志に根ざしている。 @日本の数学文化を世界に発信A新興国の数学教育の支援 Bシニアや一般の研究者のための数学研究環境の提供 C日本の数学史の研究 D日本の数学教育はもとより教育全般のレベル向上への貢献etc.である。
   私は「関孝和をめぐって」と題して、いつものように関孝和と和算の興味をそそる話をした。


47 第5回全国和算研究(長崎)大会で講演(09年8月23日)
   8年前に取材で訪れた長崎だが、和算や近代化が進んだ幕末との関連などで、大いに興味がある土地だ。
   知り合いが多く集まる大会ではあるが、「長崎海軍伝習所で数学を学んだ人々」と題して講演した。
   もちろん中心は小野友五郎だが、最初の導入部で、肥前佐賀藩が日本の近代化に貢献した話をした後、小野友五郎以外の最初から和算を学んでいた人たち、西洋数学に触れて数学が得意になった人たち、逆に、数学が苦手だった人などについて拙著『怒濤逆巻くも』も引用しながら話した。


46 軽井沢夏期大学で講義(09年8月3日)
  大正7年に東京女子大学初代学長の新渡戸稲造と内務大臣の後藤新平らによって創設された、伝統ある軽井沢夏期大学に招かれて講演した。戦争前後の中断はあったものの、今年が第61回である。メインテーマは「近代日本の西洋文化の受容」である。
  軽井沢町教育委員会、地元の小中学校の校長先生以下多くのスタッフに支えられて、非常に気持ち良く講演することができた。
  私の講演タイトルは「長崎海軍伝習所と咸臨丸 〜和算家 小野友五郎の生涯から見た幕末〜」で、これまで蓄積したデータにさらに技術者としての視点を深め、例によってビジュアルなトークを展開した。作家だけでない技術者としての視点が新鮮だったようで、会場は大いに盛り上がったが、聴衆のレベルの高さにも私は感銘した。


45 ジュンク堂大阪本店 トークセッション (09年7月11日)
  
新宿店に続けて、大阪本店でもやらせてもらった。
  内容は基本的に新宿店と一緒。しかし、大阪向けバージョンに改良しておこなった。前夜の阪神・巨人戦の死闘を反映して、阪神ファンの風さんは、村山や江夏の画像まで動員して講演スタート。和算の紹介では、大阪の生國魂神社にある算額を例に示した。
  江戸時代文化の花開いた大阪らしく、多彩な聴衆が集まってくれて、今後の活動に期待感がふくらんだ。

44
 ジュンク堂新宿店 トークセッション (09年6月5日)
   単行本出版から11年目にして文庫化された『円周率を計算した男』の出版と、新人物往来社として初めての文庫 新人物文庫創刊を記念して、「円周率を計算した男は永遠に」と題して、これまた初めて新宿店でトークセッションをした。
   7刷まで増刷が進み、現在も売れている『円周率を計算した男』だが、出版後の反響はそれだけでなく、図書館向けの大活字本や点字図書館のための点字本、また高校や大学の国語の入試問題にも採用されている。そのようなトピックスを交えながら、主人公建部賢弘の数学にも少し踏み込んで解説した。

43
 「Net Rush」エグゼクティブ名鑑に4回目の出演(09年5月18日
   http://www.netrush.jp/
   鳴海風の処女作で、7刷まできていた『円周率を計算した男』が、単行本出版から11年目で文庫化された。
   これまでの経緯を、先ごろ定年退官されたばかりの京都大学名誉教授の上野健爾先生にも同席いただいて、SKJの新スタジオである恵比寿のNEXTSTYleで収録した。和算の魅力を伝える代表的な小説である『円周率を計算した男』を何とか多くの人たちに知ってもらい、読んでもらいたかったのである。


42 美浜町文化協会評議員会 記念講演(09年4月25日)
  美浜町に越してきて20年になる。これまで決して地元と距離を置いた生活をしてきたことはなく、子育てを筆頭に、作家活動も地元抜きには語れない仕事をしてきた。特に、拙著『和算忠臣蔵』と美浜町の縁は深い。ちょうど美浜図書館が建設中だったこと、表紙の絵として杉本健吉画伯の「若松」を使用させていただいたことなどがある。そういったことを一度は地元で語りたいと思っていたので、今回の依頼があって、一も二もなく承諾したのである。
  講演タイトルは「美浜町だから生まれた小説」。よい小説が生まれる条件として、美しい自然、深い歴史、やさしい人々があり、それらすべてがふるさと「みはま」にはある、と伝えた。


41 近畿和算ゼミナール主催「市民講演会」(08年12月14日)
  ちょうど討ち入りの日に当ったことと主催者側からの要望もあり「円周率と忠臣蔵」と題して講演した。
   内容はいつものパターンだが、忠臣蔵と大阪との関連を盛り込もうと、講演前に吉祥寺(きっしょうじ)を訪れて義士の墓参りをし、ずらりと並んだ義士像の写真を撮って今日のスライドに貼り付けた。大阪にはまだまだゆかりのスポットがある。
   このような行為を機会学習と言う。文芸評論家の清水信先生から教えられた。
   この日聴講してくれた千里国際学園の高校生の感想文が読めます⇒ここ

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東京都立戸山高等学校でSSH数学特別授業(08年10月28日)
   SSH指定校にされている戸山高校で「円周率に見る江戸時代の数学レベル」と題して、特別授業をやらせていただいた。
   昨年の筑駒と同様に、得意の赤穂浪士の討ち入りから円周率につないで、江戸時代の和算がいかにレベルが高かったということを講義した。生徒だけでなく、他の科目の教師や父兄の方も聴講に来てくださった。終わって感想を聞いてみるとやはり「江戸時代にまさかこんなに数学が発達しているとは思わなかった」という驚きの返事で、創立119年になる伝統校で狙い通りの話ができたようだ。


39 社会人講話 阿久比中学校(08年7月8日)
   勤務している製作所のボランティア活動の一環だが、地元中学校の2年生を対象に、職場体験前の社会人としての心得を語ってほしいと、特に作家の私に依頼が来た。わずか30分だったが、小学校から中学校、高校、大学、社会人と自らの人生を高速でたどりながら、「夢はかなう」「どんな職場にも仕事以外の夢を追っている人がいる」といった話をした。
   持参した資料の中で、和綴じの江戸時代のそろばんの教科書に触らせてあげたら、すごく喜ばれた。

38 ジュンク堂池袋本店 トークセッション 第三弾(08年5月17日)
   関孝和没後三百年記念事業の発起人の一人として、このトークセッションを提案した。いつものビジュアル講演である。
   したがってタイトルも「関孝和の研究と苦悩」。ベースはなにわの海の時空館で講演したものだが、もう少し平易にしたことと、特に菩提寺である浄輪寺過去帳調査結果などに焦点を当てて、関孝和の家族の問題などに言及した。


37 没後三百年祭記念「関孝和と和算の世界」で講演(08年4月29日)
   大阪なにわの海の時空館で開催されている和算展の記念講演会で「江戸時代の天文暦学−関孝和の暦学研究−」と題して講演した。関孝和の生涯については、まだまだ謎が多い。その中で、特に著述が多いとされる暦学研究を題材に和算小説とからめて解説した。また、江戸時代の天文暦学の中の位置付け(中国の暦法を輸入した時代から、日本人による日本のための暦法を作る時代への変換点)も示した。なお、関孝和の謎の一つとして、彼の研究成果とされるものが、特に天文暦学については、本当にそうであったのか、今でも疑問とする意見があるという。

36 「Net Rush」エグゼクティブ名鑑に3回目の出演(07年12月14日
   http://www.netrush.jp/
  今回は、冒頭でサラリーマン作家の鳴海風がなぜ社会人入学をする決心をしたのか説明した後、新作『美しき魔方陣』に込めた想いを語った。SKJ代表の真咲なおこさんとのやりとりは、呼吸もバッチリで、私の正直な気持ちを見事に引き出してくれた。スタジオは開設したばかりのお台場にあるTHE TOWERS DAIBAである。

 
35 筑波大学附属駒場中・高等学校でSSH数学特別講座(07年12月14日)
   筑波大学付属駒場中・高等学校の生徒に、江戸時代の数学「和算」を紹介することで、数学に対する視野を広めると同時により数学に興味を持ってもらおうというものである。企画してくださった先生が12月14日をわざわざ選択してくれたので、得意の赤穂浪士の討ち入りから円周率につないで、いちおう和算の特徴紹介をはさんだ上で、和算がいかにレベルが高く魅力的なものかを講義した。

34 刈谷市中央図書館主催「文化講演会」で講演(07年11月25日)
   江戸時代の数学文化について「和算の贈り物 −円周率と忠臣蔵−」と題して講演した。
   図書館主催の市民が対象の講演会だが、鳴海風が勤務する会社の所在地ということで、会社員をしながら作家活動をする鳴海風に興味をもつ人や、職場の仲間、和算や数学に興味のある人たち等々の幅広い聴講者が想定され、事前準備に頭を悩ませた。結局、全体を円周率や忠臣蔵で筋を通しながら、いかに江戸時代、数学が発達し、多くの人々が数学を楽しんだかを、徹底したビジュアル表現で紹介した。


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幕末史研究会の例会で講演(07年11月23日)
   熱心に歴史を研究し歴史から学ぼうとしている幕末史研究会からの依頼で講演した。
   タイトルは、「幕末天文方の歴史ー『ラランデ暦書』の解読から維新への助走」 である。
   碁師渋川春海による貞享暦作成から、鎖国時代にもかかわらず西洋天文学を受容した、高橋至時らによる寛政暦の完成と『ラランデ暦書』の解読、そして明治6年の太陽暦施行。こういった日本の天文学発達の様子を、幕府天文方の歴史を通じて解説することで、江戸時代の文化レベルの高さと明治になってから急速に近代化が進んだ理由を説明した。


32 ジュンク堂池袋本店 トークセッションに再登場(07年11月22日)
   今度はこちらから売り込んでジュンク堂のトークセッションに再登場させてもらった。
   狙いは『美しき魔方陣』の販売促進だが、内容は、今年2月に名古屋のNHK文化センターで話したベースがあったので、聴講者を満足させる自信もあったし準備も比較的楽だった。天才和算家久留島義太の数学の業績と詰将棋で発揮した特異な才能を紹介しながら、数学者の美に対する感性を暗示したものである。
   小説という文章表現とはまた別の、ビジュアル講演という鳴海風の強みが定着しつつある


31 QCサークル東海支部主催「経営者フォーラム」で講演(07年10月30日)
   環境変化を乗り越える人づくりと企業マネジメント、というメインタイトルに合わせて、「幕末の変革期を支えた技術者たち」と題して講演した。得意ネタであるが、いつもの小野友五郎に加えて、反射炉の江川太郎左衛門や西洋天文学の高橋至時なども登場させて、江戸時代が
   科学技術に関しても着々と知識やノウハウを蓄積していた時代だったことを紹介した。

       
30 第3回 全国和算研究(松山)大会でショートスピーチ(07年8月18日)
   初めて全国和算研究大会に参加した。たまたま研究発表の途中で時間を頂戴できたので、自己紹介を兼ねて、和算と鳴海風の関わりについてエピソードを話させてもらった。東北大学出身で附属図書館の行事で講演をさせていただいてからの、交流と作品についてである。
   翌日の愛媛新聞に、聴講中の私の写真が掲載された。


29 第18回生産技術研究部会で講演(2007年6月9日)
 『これからの生産技術と生産技術者の役割について』原嶋茂


28 ジュンク堂池袋本店 トークセッションに登場(07年4月7日)
   従来の商習慣を破るような斬新な商法を採用するジュンク堂のトークセッションに登場させてもらった。
   タイトルは得意の「円周率と忠臣蔵」で、内容は、日本数学会の「市民講演会」とほぼ同じ、一般の方たちに和算小説の面白さを喚起させようというものである。パソコンとプロジェクターを持参し、4階の喫茶室で開催した。オリジナルのポップも配布資料も用意したし、トーク後のサイン会も対応した。


27 日本数学会「市民講演会」で講演(07年3月31日)
   昨年3月の年会で、2006年日本数学会出版賞を頂戴したが、今年の年会では、講演をやらせていただくという栄誉を与えられた。市民講演会ということから、一般の人たちの興味をひくように「小説になる江戸時代の数学者」と題して講演した。内容は、拙作を中心とした和算小説の解説である。
 
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NHK文化センター名古屋で講演(07年2月24日)
   昨年4月期の「数式に潜む美しい真理」に続く企画で、今回は「私の愛する数学者 −美しい数式の創造者たち−」という講座の中で、特別講師として講演した。
   私の講演のタイトルは「空前絶後の立体方陣(久留島義太)」で、執筆中の小説の主人公をとりあげ、その天才ぶりを作家の視点で紹介した。


25 咸臨丸子孫の会第9回総会でミニ講演(07年2月12日)
   2年前に父の急死で急遽キャンセルしてしまった講演の再企画である。小野友五郎や咸臨丸、幕末史に関しては詳しい子孫の方たちなので、小説家はどのような史料であれ、人間に焦点を当てて考察することにより、小説に仕立てていくことをお話した。

24 「Net Rush」エグゼクティブ名鑑に1年ぶりに出演(06年9月19日
    http://www.netrush.jp/
   新しいビジネスモデルのコンセプトを提供しているサイトである。ちょうど1年ぶりの出演。
   今回は、新作『ラランデの星』を読んで感動してくださった同サイトの社長真咲なおこさんからインタビューを受けた。


23 第37回 広島県私学教育研修会の数学分科会で講演(06年8月21日)
   教育に熱心な県として有名な広島県には、私立の中学・高校が39校ある。
   今年の研修会の会場は近畿大学附属福山高等学校・中学校で、400名を超える先生の参加があった。その数学分科会の中で、私は「和算の贈り物−江戸時代に花開いた数学文化−」と題して講演した。


22 日本数学協会 第4回年次大会で講演(06年8月19日)
   最新刊『ラランデの星』出版を記念して、「『ラランデの星』にこめた想い」と題して講演させていただいた。実は、今回の講演会場となった東京大学数理科学研究科棟は、亡父が学んだ駒場キャンパスにあった。父と息子をテーマにした『ラランデの星』だったので、家内と兄夫婦にも来てもらい、私は父の位牌と遺影の見守る中講演することができた。

21 愛知淑徳大学で主題講義(06年8月8日)
   現代社会研究科の大学院生を対象に「江戸時代の学び」と題して講義した。
   正式に非常勤講師(教授格)として講義したのは初めてである。学生が熱心に聴講してくれたのがうれしかったのと、一緒に講義したサイエンスライターの横山広美さんの話に感動した。同時に人間を見つめる、将来が楽しみなライターである。


20 あきた企業活性化センター主催 自動車産業研修会で講演(2006年7月28日)
 『デンソーのモノづくりと生産技術の役割』原嶋茂


19 秋田高校でちょっと講演(06年7月28日)
   出張で秋田へ寄ったついでに、母校の秋田高校で、理数科の2年生を対象に「夢はかなう −帰ってきた落ちこぼれ−」と題して講演した。
   これが縁で、3年のときの同級生3人と34年ぶりのクラス会をその夜開催できた。

 
18 NHK文化センター名古屋で講演(06年6月24日)
   小川洋子さんの『博士の愛した数式』にちなんだ企画、「数式に潜む美しい真理 〜3つの数が織りなすハーモニー」という講座の中で、特別講師として講演した。
   オイラーの公式を中心とした6回連続の講座の3回目で、私の講演のタイトルは得意の持ちネタ「円周率と忠臣蔵」である。


17 西三数学サークル 春の公開講座で講演(06年3月4日)
   西三数学サークルは、愛知県の高校の数学の先生を中心とした 数学教育の研究会です。生徒に興味を持ってもらうために工夫した教材を持ち寄ったり、教育の現場の悩みを話し合ったりする集まりです。今回、そこからのお招きにより、「数学は小説になる 『算聖伝』関孝和 『円周率を計算した男』建部賢弘を語る」と題して、たっぷり2時間講演させていただいた。

16 「Net Rush」エグゼクティブ名鑑に出演(05年9月15日
    http://www.netrush.jp/
   新しいビジネスモデルのコンセプトを提供している動画サイトで、約1時間のインタビューを受けた。聴き手は、同サイトの社長でもある真咲なおこさん。


15 
京都府立嵯峨野高校で特別講義(05年1月17日)通算2回目
   03年12月に続き、京都府立嵯峨野高校で第2回目の特別講義を行った。
   京都こすもす科の2年生約200人を対象に、「和算と日本の歴史」と題して和算の特徴を日本の歴史とからめて、できるだけ分かりやすく紹介した。
   今回も、鳴海風の経歴を話し、聴講者の興味に応えた。京大の上野教授も同席。


14
 「和算の贈り物」で講演(04年12月18日)
   
お茶の水女子大学・文京区共同企画「和算の贈り物」の中の講演会で「円周率と忠臣蔵」と題して講演した。内容は『和算忠臣蔵』の話であるが、今回は、スーパーコンピューターによる円周率の計算で有名な東大の金田康正教授ならびに和算研究所の佐藤健一先生とご一緒できたことは大変意義深い。

13 企画展「江戸の数学」で講演(04年10月31日)
   平成16年度東北大学附属図書館の企画展「江戸の数学」の併設行事として記念講演会があり、「和算と測量:幕末の和算家小野友五郎の生涯」と題して講演した。

12 京都府立嵯峨野高校で特別講義(03年12月17日)
   京都という特性をいかし、人文芸術、国際文化、自然科学を学ぶユニークな京都こすもす科の2年生160人を対象に、「エンジニアが書く小説とは」と題して鳴海風の経歴から和算という題材の特徴、『怒濤逆巻くも』の紹介まで含め講演した。

11 公開企画展「和算の時代」で講演(03年11月8日)
   平成15年度京都大学付属図書館の公開企画展「和算の時代」の併設行事として記念講演会があり、鳴海風が「幕末の数学者 小野友五郎」と題して思文閣美術館で講演した。『怒濤逆巻くも』の即売とサイン会があり、奇跡的に行列ができた。

10 APPSフォーラム 第1回会合で講演(2003年8月22日)
  
『デンソーにおける生産ラインの自動化』原嶋茂

 JMA創立60周年記念 2003生産革新総合大会で講演(2003年2月)
  
『人と協調したフレキシブル生産システムの将来展望』原嶋茂

8 東海大学湘南校舎で講演(01年12月13日)
   親友のOmO助教授(当時)の企画で、光工学特講として実現した。
   タイトルは「人を大切にする会社の生産システム」だが、中身のほとんどは鳴海風の活動紹介。終始盛り上がって、学生が大喜びしてくれた。


 中部IE協会主催「葦クラブ部会」で講演(01年11月29日)
   モノ作りの現場をマネジメントする方たちを対象にした交流・研鑽会の中で「時代の変革期を支えた技術者」と題して、執筆中の小野友五郎を紹介した。

 企業研究会「生産技術の中長期開発戦略と強化施策」研究会で講演(2001年3月29日)
  
『デンソーにおける生産技術の中長期戦略と強化施策 −生産システム開発戦略−』原嶋茂

5 秋田大学で講演(01年2月2日)
   秋田大学で「エンジニアが書く小説とは」と題して講演した。
   秋田は、鳴海風の心のふるさと。高校時代は、秋田大学のすぐ近くに住んでいた。
   風さん、朝日新聞秋田版に「学びの風景」として登場!


4 八戸工業高等専門学校で講演(01年1月16日)
   大学院時代の恩師の紹介で、機械工学科4、5年生86名を対象に講演した。
   タイトルは「エンジニアが書く小説とは」。冒頭、銀座の女の子との交流を語ったときは、「嘘だろー」という反響があって面白かった。


 2001工作機械関連技術者会議で講演(2001年1月7日)
  
『デンソーにおける生産システムの開発戦略 〜人から学んだ自動化システム〜』原嶋茂

 母校東北大学で講演(00年7月21日)
   計測自動制御学会東北支部・日本機械学会東北支部共催の講演会。
   「エンジニアが書く小説とは」というタイトルの初めての講演である。
   出身専攻だけでなく理学部数学専攻の教授、院生も聴講してくれた。


 四季の詩(うた)アカデミーで講演(95年5月10日)
   半田市にある四季の文化社主催の体験的文学講座、今回は「私の中の文学」シリーズだった。地元で初めての講演であり、私は「私の出会った作家たち」と題して約1時間半、作家になるまでの道のりを話した。場所は、半田商工会議所。
   その後の、講演の原点ともなる内容だった。

   注) 原嶋茂としての講演は、タイトルの横に原嶋茂とつけました。
      半日とか終日のセミナー講師の仕事はここには記録してません。