気まぐれ日記 2017年7月

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7月1日(土)「第3章まで書き上げた・・・の風さん」
 6時半起床の3日目だ。毎晩早めに就寝しているが、子どもの頃から早起きは苦手だったので、私の体内時計は逆サマータイムなのだろう。
 とは言え、まだ元気があるうちに仕事仕事……と、執筆を進めたが、じきに疲労感が肉体をむしばんできた(おおげさな(^_^;))。
 一昨日打ってもらった注射の効果は昨日で切れたので、今朝、苦労して錠剤(ステロイド剤)を飲ませた。
 それが効いてきたのか、ペコは落ち着いている。しかし、私の方がだめ。昼食後、また少し昼寝した。
 昼寝して何とかまた元気が出てきたので、執筆に復帰した。今日は何が何でも第3章まで書き上げたかった。
 今夜のワイフは帰りが遅くなるので、晩ご飯も食べずに執筆を頑張った。
 9時前に何とか第3章までできたので、メールに添付して送付した。とりあえず一段落させたかったのだ。
 それから納豆ご飯を食べ、ようやくワイフが帰って来た。
 一段落の気分を味わうため、就寝前まで、来週の非常勤講義の準備をした。

7月2日(日)「腹を立てると草刈りか・・・の風さん」
 最後の6時半起床。ワイフを駅まで送って、さあ執筆の続きだ、となったが、落ち着いて、全体構成の再見直しをした。
 冷静に検討したので、良い方針が立った。この新しい方針が気に行ったので、あらすじをもう一度書いてみようと、PCに向かったのだが、どうも気合が入らない。そこで、原点というか原典でもある『怒濤逆巻くも』上下巻のWord原稿を復習することにした。
 もしかすると十年くらい読んでいなかったかもしれない。読み進むほどに、当時の努力、特に、会社の仕事をしながら、よくこれだけ書けた、と自分自身がいとおしかった(笑)。ま、田中満儀編集長と「これでいきましょう」と決めてから、出版まで5年かかったのだから、ハンパな作品ではない。
 そんなことで感動しているばかりで、第4章に取り掛かれない自分が、また情けなくなってきた。
 腹を立てた私は、曇り空なのをチャンスとばかりに裏の土地に出撃し、電動草刈り機を振り回し、ついでに除草剤をスポット散布した。
 今朝もペコに情剤を強引に飲ませたが、午前中に吐いてしまったのか、昨日と違って、終日元気がない。午後にもまた吐いた。かなりの量だったので、また床のワックスがけが必要だった。
 トールの名古屋コンベンションを終えたワイフが帰宅した。4日間お疲れ様だった。
 今夜はいつもの中華料理屋で晩ご飯にした。腹いっぱい食べたので、また体がだるくなった。
 就寝前、気合が入らず、GAYO!でホラー映画「サイレント・マウンテン」を観た。単なる娯楽映画で、学びはほとんどなかった。

7月3日(月)「また1週間が始まった・・・の風さん」
 予定より遅れているが、月曜になったらやろうと思っていたことがあったので、今日はそれは必ずやろう。
 今朝は早起きから解放されたので、何となく調子がいい。
 しかし、ペコが心配なので、先ずは病院へ連れて行った。なるべく苦痛を取り除いてやる方向でケアすることで主治医と一致した。
 帰宅してから急いで、懸案の雑務にとりかかった。これらを一気に終えることができたので、また気が楽になった。
 今日は執筆の続きにスムーズに入ることができた。
 一節ができたので、就寝前に、講義のレポートの採点をやった。やはり20人は多いなあ。

7月4日(火)「事前打ち合わせはしっかり・・・の風さん」
 梅雨前線や台風の影響で、午後から雨になりそうな怪しい空模様。
 午前中執筆の続きをやり、ランチに出かけようとしたとき、忘れていたことに気が付いた。地元商工会で売り出している商品券の最終購入日が今日だったのだ。普通は手帳にもカレンダーにも書いておくのだが、当選はがきがあったので油断していた。自分では行けないので、ワイフに頼んだが、こんなことでもひどく落ち込む。
 4人でランチをした後、図書館の人と一緒に地元中学校へ行った。来週、中一の生徒との交流の場があるのだ。もちろんこれは、拙著が課題図書になったからで、図書館の人(文章サークルのメンバー)の発案である。
 担当の先生が事前に生徒の質問を集め、ジャンル別に整理してくれていたことや、当日は生徒に司会をやらせたいとのことだったので、それらにしたがってやることにした。しかし、せっかくの機会だったので、生徒の質問に対して、大人の回答を先生にだけは説明しておいた。大人の世界はややこしい。
 打ち合わせを終えて帰るころに雨が降って来た。
 帰宅したが、やけに疲れた。と言うより、体調不良。湿度が高いのに、花粉症のような状況だ。おかしい。
 少し執筆をし、夕食後にはアレルギーの薬まで飲むことに。
 そのままリビングでダウン。目が覚めたら日付変更線を過ぎていた。風呂掃除を兼ねて入浴した。就寝は午前4時。ひどい生活。

7月5日(水)「いつのまにか絶不調?・・・の風さん」
 ゆっくり起きたが、寝不足だわなあ。午前中はあれこれ雑務をこなし、……寝室で横になったら、そのまま爆睡。
 夕方になってやっと少し元気が出てきたので、執筆を再開した。しかし、何となくすごく時間が空いた感じ。また最初から読み直して(助走区間と私は呼んでいる、あるいは呼び水みたいなものか)やっと続きを書き始めた。
 夕食後も頑張ったが、就寝時刻になってみたら、恐るべき遅さ。第3章を書いてからたっぷり時間があったはずなのに。
 ひどく落ち込んだ。
 ペコの病状も、良い状態が長続きしない。様子を見ながら、薬を選んで与えているのだが、吐いたり、吐きだしたり色々あるので、なかなかむずかしい。

7月6日(木)「適当に済ませられない性格・・・の風さん」
 出発する前に残っていた講義の準備を必死でおこなった。
 前の年と全く同じでは納得できない困った性格なので、また新しいスライドを作成してしまった。
 さらに、講義も終盤に入っていることと、今回、20人の受講生がいることで、ここまでの成績(出席点とレポート評価点)の分布データ(平均値と標準偏差)を元に正規分布グラフを作成した。今日、返却する採点済みレポートの片隅にそれぞれの成績を書き込んだので、この正規分布グラフを見れば、自分がどのへんに位置しているか(まるで偏差値だね)雰囲気がわかるというもの。やっぱりやり過ぎか(笑)。
 行きの電車の中で、テキストを読み返して事前勉強の仕上げをした。あとはひたすら休養。
 本山に着いてすぐATMで現金をおろし、JPで送金と投函をした。
 キャンパスに着くとすぐ配布資料の印刷だ。一人分が5枚で20人なので、100枚。ホチキスでパチンととめて完成。
 事務室の女性と小説談義をちょっとしたが、コーヒーを飲む余裕もなかった。
 先週に続いてトヨタ生産方式の講義(今日はかんばんのしくみ)を終了。
 休む間もなく家路についた。珍しく地下鉄に乗っている時にiPhoneに電話が入った。乗り継ぎの金山でかけ直した。今夜FAXしてくれるとのこと。
 帰宅したらワイフが外出していて、家はロックされていたので、締め出された(笑)。まもなくワイフが帰宅。
 夕食前にFAXが入ったが、感熱ロール紙が切れた(笑)。明日またFAXしてもらうことになった。やれやれ。
 予想通り、疲労してしまい、今夜は執筆できず、腹が立つまま、久しぶりにジャズを聴きながらバスタブに浸かった。

7月7日(金)「久しぶりの快晴なのに・・・の風さん」
 朝から快晴。九州の北部では豪雨で危機的状態がまだ続いている。
 今年も半分が過ぎ、今日は七夕。しかし、感慨にふけっている余裕はまるでない。
 ワイフと相談し、今朝はペコに吐き気止めの錠剤を飲ませることにした。この錠剤も苦いらしいので、下剤を少し入れた大きい注射器の先端に装てんし、一気に飲ませる作戦を立てた。
 ところが、飲ませる前に、先端で錠剤が溶け始めた。やばいと思いつつも、強行したら、飲み込めないうちに、だらだらとよだれを流し始めた。失敗である。猫は味覚に敏感なのだ。後始末が大変で、モップで水拭きとワックス部分がけをしているうちに、リハビリに出発する予定時刻を過ぎてしまった。
 このリハビリも貴重な時間をかなり食っている。自己責任なので、愚痴しか出てこないのだが、とにかく出発。
 幸いクリニックが空いていたので、かろうじてセーフ。リハビリ後の自主血圧測定結果がやけに低い。
 ホームセンターとJAに寄ってから帰宅。そのままリビングでダウン。
 遅いランチ後、執筆をやっと再開。その間に、再発行依頼したクレジットカードが2つ届いた。これで4枚中3枚が復活した。あと1枚だ。
 あっという間に夕方になった。ペコを病院へ連れて行かねばならない。
 いつものように有料道を使ってひた走る。市街地におりると、帰宅ラッシュの真っただ中だ。
 やっと病院に着くと、主治医が緊急手術で外来診察受付中止中だった。もう一人のよく診てくれる医師はお休み(この病院はほとんど年中無休)。
 空いていたのに、かなり待って、いつもの注射をしてもらって帰宅した。
 帰宅すると、注射の効果が出て、ペコはえさを食べ始めた。一昨日以来だろう。
 色々な仕事がピンチになる中、執筆は遅々として進まない。自己嫌悪に襲われる。

7月8日(土)「次女が一時帰宅・・・の風さん」
 なかなか執筆が進まない。とにかく家から出ないようにして、頑張るしかない。
 雑務も後回しにして執筆。
 友だちの結婚披露宴に出席するため、次女が茨城から一時帰宅した。ペコの病状を確認するのも目的だったろう。
 そのペコは、今日の午後から注射の効果が消えてしまい、絶不調状態になってしまった。ちょっと早過ぎる。
 夜8時に次女が帰宅した。早速ペコの様子を確認していた。
 茨城での最近の仕事ぶりを聞いたが、東京と違って風土があまり良くなく、セクハラ状態らしい。長続きしないかもしれない。
 リフォームしたバスも経験していったが、大きいね、のひと言だけだった。
 明日も執筆専念なので、適度なところで就寝することにした。

7月9日(日)「かろうじて第4章が完成・・・の風さん」
 昨日に続いて、今日も執筆だ。粘るしかない。やっていれば、いつかはゴールにたどり着けるだろう作戦だ。情けない気もするが仕方ない。
 次女は夕方茨城へ帰って行った。明日から夜勤らしい。
 色々な新たな用事も舞い込むが、すべて後回しにして執筆に専念。
 午後11時ころ何とか第4章ができた。
 明日の用事の準備をして、早めに就寝したが、やはりボケかなあ、と少々落ち込んだ。
 ペコの病状は安定していたが、食欲はゼロだった。

7月10日(月)「ぎっくり腰?・・・の風さん」
 1週間ぶりに早起きして、地元の中学校へ出かけた。我が家の3人の子が卒業した学校だ。PTAの役員をやったこともある。
 拙著が課題図書になったので、地元図書館の提案で、中学生との交流が企画された。
 図書館担当の国語の先生が、忙しい中、子どもたちと準備を進めてくれ、座談会という形を用意してくれた。子どもたちが司会進行し、子どもたちの聞きたいことに私が回答するという形だ。私がどんなに考え抜いても、子どもたちを退屈させない話はできない。これなら安心である。
 校長先生、教頭先生から教育長、隣町の図書館員までオブザーバーで来てくれて、楽しい座談会になったと思う。
 今日もやることはてんこ盛りなので、帰宅してひと眠りした。
 遅いランチとしておにぎりを2個食べて、裏の土地に出動した。これから1週間程度、また草刈りができなくなりそうなので、曇りの今日は最後のチャンスだと思った。背の高い雑草を鎌で刈ったあと、電動で、駐車スペースを確保した。
 草刈り機を洗っている間に、異変が起きた。腰がやけに痛いのである。
 最低限の片付けをして、汗を拭いてリビングでソファに座ったころには、大変な状況になっていた。
 ワイフいわく「それって、ぎっくり腰よ。3日間は安静にしていないと……」。
 冗談ではない。今夜はペコを病院へ連れて行く予定でもあったのだ。急きょ、腰に湿布薬を貼り、ロキソニンを飲んでまたソファに座った。
 結局、病院行きは中止、すべて腰に負担がかからないように動き、雑務はわずかしかできなかった。とにかく屈めないのである、痛くて。
 午前零時過ぎ、ペコに痛み止めを飲ませ「もう寝るよ」と言いつつ台所のシンクを見たら、黒い物体!
 ぎゃーっと叫ぶが早いか、ゴキジェットをとって、止めを刺すまで噴射したが、腰が痛いなどと言ってられなかった。火事場の馬鹿力というやつだ。

7月11日(火)「腰痛でもやらねば・・・の風さん」
 普通に睡眠はとれた。早起きしないですむと思うとよく眠れるが、腰痛があるとどうだろうか、という不安もなんのその、眠れた(笑)。
 しかし、体は固まっている。これを痛くない体位や力配分と速度を恐る恐る選択しながら、ベッドの外へうまく運べるかが問題だった。
 何とかできて、立ち上がることも、そろそろと歩くこともできた。もしかすると快方に向かっているのかも、と嬉しくなった。
 とは言え、まだ病院へ行けるだけの回復状態ではない。湿布薬がなくなったので、トクホンチールを塗り、ロキソニンで今日を乗り切ることにした。
 昨日できなかった雑務に取り組んだのだが、力仕事は無理なので、いきおいPC作業になってしまう。良いチェアなのだが、背もたれに寄りかかって作業をしたら、それがいけなかった。まずい体位で固まってしまい、チェアから立ち上がれない。無理したら、昨日の状態に戻ってしまった。
 夕方、郵便物の投函をワイフにやってもらった。
 とにかく今日は、やらねばならないPC作業があった。9月のセミナーと10月の講演のタイトルや内容について、事務局へ送らねばならないからである。明日水曜日に送付すると決めて、今日中に下準備をすることにした。本当は月曜日つまり昨日やりたかったことだ。
 あと、いくつかの重要メールを出して、今日の仕事を終えることにしたが、明日は早起きしなければならない。今日は腰痛の快方という点で、一日無駄にしてしまったような気がする。やはり安静にするべきだったのかも。

7月12日(水)「整形外科へ・・・の風さん」
 早起きしてワイフを駅まで送り、その足で整形外科へ。近いし、ワイフのアクアなので、何とか行けるという判断もあったが、リハビリの予約もしてあるし、腰痛を何とかしたかった。
 8時半より早く到着したので、当然、まだ空いていた。立っている方が楽なのだが、待ち時間が長くなるだろうと、スツールに坐ってみると、やはり腰に負担がかかる。背を伸ばして座ることに。
 それでも、意外と早く順番が回って来た。立ったまま院長が来るのを待った。院長が登場し、私は開口一番「やっちまいました」。
 あとは、いつもの漫才の掛け合いみたいなやりとりがあって、先ずはレントゲン検査だ。
 撮影はちょっとつらかったが、まあ順調に終わって、再び診察。骨に異常はなかった。骨折などあった日にゃあ大問題である。椎間板をチェックするのは、来週のMRIということで、今日はフルコースを希望した。痛み止めの注射。電気治療による痛みの緩和。コルセット。あとは湿布薬とロキソニンの処方だ。
 予約時間にリハビリを受けて、今日はおしまい。コルセットは安心材料だ。
 帰りにJAに寄って小冊子をゲットする余裕も。
 ペコは元気がないが、絶不調でもないので、夕方までそのままでいてくれ、と祈りつつ、昨日やりたかった仕事に取り掛かった。下準備してあった10月の講演概要と9月のセミナー概要をメールで送付した。講演の方はすぐ反応があり、また返信した。
 帰宅したワイフと一緒に、ペコを病院へ連れて行くことができた。また体重が減っていた。点滴注射をしてもらって帰宅。往復の運転はワイフにやってもらった。
 夕食後、明日の講義の準備に取り掛かった。日曜か月曜にやりたかったことだが、全く手がつけられなかった。今回はレポートの採点がないので楽なはずだが、それでも手間がかかる。残りは明日の午前ということにして、いつも通りの時刻に(湿布薬を貼り替え、コルセットをしたまま)就寝。

7月13日(木)「講義ができた・・・の風さん」
 午前中は講義の準備。昼食を摂っている時間がなくなり、ワイフのアクアを借りて出発。腰痛にはキャメロンよりアクアの方が楽だ。
 しかし、本山キャンパスが近付くうちに、腰のあたりに痛みが……。1時間をこえる運転はちょっと負担が大きいということだ。
 それでも、予定より早く到着できたので、銀行のATMに寄った後、コンビニでおにぎりを食べた。
 大量に配布資料のコピーをした後、それらを綴じて、いざ講義へ。
 びっしりと用意してあったので、何とか講義の形になった(笑)。腰痛も大丈夫だった。
 長時間運転を避けるため、名古屋高速だけ利用した。その分、早く帰宅できた。

7月14日(金)「鞍上から枕上へ・・・の風さん」
 腰痛のせいで児童文学の原稿が崖っぷちだ。来週の上京スケジュールをキャンセルした時、うまく時間を確保できた気がしたが、甘かった。その時確保した以上の時間を失ってしまった。
 原稿はあと一章と思っているのだが、半分は目途が立っているものの、残り半分のアイデアが浮かんでいない。
 とりあえず原作(自分の作品)を読み返してみる。なかなか傑作だ(笑)。ただし、大人向けとして。
 これをどうやって子供向けに書き直すかが問題である。
 現役会社員時代は、通勤中のマイカーの中でアイデアが次々に浮かんだ(もちろん会社の仕事の)。
 退社してからはそのタイミングがない。体力不足などで昼寝していることが多く、実は昼寝中にアイデアが浮かぶことを発見した。古来「鞍上、枕上、厠上」と言われているが、私は鞍上から枕上にシフトしたのかもしれない。
 書き出しの構成についてアイデアが出たので、起きた後、しっかりメモしておいた。
 悲壮感をただよわせて仕事をしたせいか、疲れて夕食後リビングでダウン。

7月15日(土)「長女が帰省・・・の風さん」
 午前2時にリビングで目が覚めて、シャワーを浴びてベッドへ。あいかわらず、前かがみになれないので、シャワーも直立不動みたいな変な姿勢だ。
 午前8時過ぎに起床。
 ペコはあまり元気がない。せっかくもらっている錠剤が、苦くて飲めないので、何とかしなければと思っていたのだが、アイデアが浮かんだ。
 サンプルでもらったサプリがゼラチンのカプセルになっていた。これを3つに切り、真ん中を外して両側をドッキングさせると小さなカプセルができる。
 この中に、苦い錠剤を入れるというアイデアだ。
 ただ、このアイデアには欠点があった。サプリの内容物が液体で、腐った魚のような強烈な臭いがするのである。製作中に指に付着すると、石鹸で洗っても臭いがなかなかとれない。しかし、この欠点は人間に対してで、ペコにはまったく問題ないようだった。
 この方法で、吐き気止めを飲ませることが可能になった。
 ペコが落ち着いていると、執筆も進む。
 夕方まで頑張った。
 今日から長女が名古屋から帰省してくるので、ワイフの代わりに、迎えに行った。今日は、常滑駅でピックアップした。帰りにアクアに満タン給油も。
 ペコが落ち着いていたので、長女も少し安心したみたいだ。
 ワイフのスケジュールが終わるのが遅くなり、夕食は近所の中華レストラン。しっかりエネルギーを補給したいところだったが、私はそれ以上に疲労気味。帰宅して、和菓子でデザートを食べた時点で、もうダウン寸前。

7月16日(日)「特製カプセル・・・の風さん」
 朝からとにかく執筆……であるが、先ずペコに錠剤を飲ませておかねば。昨日考えたレシピ通りに特製カプセルを作って、吐き気止めを飲ませた。
 これで安心、とペコのお守りは長女に任せて書斎へ。
 昼に階下へ降りたら、せっかく飲ませたカプセル含めて吐いてしまったとのこと。脱力してしまい、インスタントラーメンを作る気力もなくなって、また書斎へ逆戻り。
 昼食は長女が焼きそばを作ってくれた。
 ペコには夕方また特製カプセルを作って吐き気止めを飲ませた。
 晩ご飯のときに少しだけ発泡酒(貰い物)を飲んだ。長女が持ってきたビールサーバーのように泡を作れる道具を使って楽しんだ。
 デザートまで食べてしまったので、しばらく書斎へ戻れなかった。
 2度目のカプセルは無事にペコのお腹の中で吸収されたらしい。

7月17日(月)「腰痛はおさまってきたけれど・・・の風さん」
 当初設定してあった第一稿のデッドラインだが、達成はほとんど無理な状況だ。
 幸い、腰痛はかなりおさまってきて、多少前かがみになっても痛くなくなった。その代わり、湿布薬を貼ったところが、かぶれたようになり、痒い。それで、湿布薬もやめ。コルセットもついでに外してしまった。
 今夜長女は帰るので、やっと仕事の一段落したワイフ含めて、楽しませる必要がある。
 午後まで執筆を頑張った後、夕方、3人で墓参に出かけた。私は早くも疲労で元気がなかった。
 その後、常滑イオンへ行った。3連休の最終日で、家族連れもいたが、トヨタグループは休みじゃないはずで、それほどの混雑ではなかった。
 買い物もしたが、初めて書店の課題図書コーナーを自分の目で見た。既に4刷が並んでいて、やはり売れているらしいことを実感した。夕食もそこで済ませ、有料道路を使って長女を名古屋まで送った。有料道をは本当に便利だ。
 帰宅してから、書斎へ。行けるところまでやらねばならない。

7月18日(火)「全体構成を決めた・・・の風さん」
 午前3時半ころ、できたところまでの原稿をメールで送った。タイトル案として20個考え、それも添付した。今月末までにある程度の原稿ができていないと、その後の作業に大きな影響が出る。
 児童書は、挿絵などの検討にかなり手数をかけるので、元原稿は重要だ。
 フラフラで就寝。
 しかし、7時に起床。ペコに特製カプセルを飲ませてから、ワイフを駅まで送って、また寝た。
 昼ころ二度目の起床となったが、すぐ執筆の続きというほどの元気は戻っていなかった。とりあえず雑務を処理しながら、再び原稿に向かうタイミングをはかることにした。
 かつての計画では、今日、再び江川邸を訪問し、算額の見学に立ち会うことにしていた。今日は3人が見学するはずだが、うまく行っているだろうか。ちょっと心配だった。
 ペコは午前中に一度吐いてしまった。特製カプセルまで吐いてしまったのか、よく観察したが、確認できなかった。うまく吸収されたことを祈るのみ。
 夕方、ワイフが帰宅した。その後のペコは落ち着いているので、病院へ連れて行くのは明日にした。
 夕食後、執筆マシンに真剣に向かった。全体構成について、最終案が頭の中でできたので、それがわかるように原稿を調整した。
 その途中原稿を添付し、来週の上京スケジュールを相談するメールを添付して、今日の仕事を終えた。

7月19日(水)「腰痛は深刻ではなかった・・・の風さん」
 いつも少し早く起床。ワイフのアクアを借りてクリニックへ。
 いちおう体は動くので、てきぱきと行動。先ず、電気治療を早めにやってもらった。
 続いて、予約してあったMRIだ。初体験ではないので、黙々と準備してマシンへ。しばられて苦しかった。騒音も気にせず、うとうと。
 またリハビリ室へ戻って、いつものリハビリ。MRIを受けてきたことをPTへ話したが、クールな人なので特にコメントなし。
 整形外来へ。既にPCのモニターにはMRI画像が出ているが、異常があるのか私にはわからず。でも、先週と違って、私は着席して待った。
 主治医が到着。
「お兄さんとは違いますね(脊柱管狭窄症ではない、という意味)」「Hくんでもありませんね(椎間板ヘルニアではない、という意味)」それらを聞いてホッとした。もしそんな診断結果が出たら、これから先の行動は大いに制約を受けるはずだった。
「じゃあ、トレーニングも再開できますね」「もちろんです」「ああ、よかった」「でも、こうして63歳の記念アルバム(MRI画像のこと)ができたのだから、これから異常があればすぐ分かりますよ」「しかし、今回のはいったい何だったのでしょう」「ま、捻挫とか肉離れとか、そういったことが一時的にあったと思ってください」
 買い物をして帰宅したが、運転姿勢を続けていると、まだ違和感はある。
 安心してリビングのソファで横になったら、そのまま爆睡。
 夕方、目覚めた。
 ワイフとペコを病院へ連れて行った。幸い空いていて、いつもの点滴をしてもらい、錠剤ももらって帰宅した。
 例によってペコが元気になり、早速えさを食べ出した。
 夕食時、元気になり過ぎたペコがテーブルに乗ったりしたが、悪役のデブ丸と違って叱らない。病猫なのだから。
 そのペコが突然走り出した。大型のゴキを追跡しているのだ。ペコの得意技である。最後に私がゴキジェットで仕留めた(つもり。実は翌朝もまだ生きていたので、止めが必要だった。ああ恐ろしい)。
 そんなことがあった間に、色々なメールが来ていて、執筆の続きも含めて、すべて終えたのは午前4時だった。昼寝してたから、仕方ない。

7月20日(木)「ペコが不調・・・の風さん」
 朝からペコが不調。苦しそうだ。終末医療を想像して気持ちが暗くなる。
 今日は前期の最終講義だが、特に新しいことをするわけではない。私のキャリア(デンソーの仕事)を語るだけである。ネタはたくさんある。その準備を急いでやり、さらに雑務もなるべく片付けて、階下へ降りて行った。
 すると、ペコがまた苦しんでいる。ワイフと相談し、今夜、病院へ連れて行けるように、私はキャメロンで大学まで往復することにした。
 キャメロンを運転するのは、先週の月曜日以来である。行きは、先週と同様に、一般道を通って楽々間に合った。腰痛もほとんど心配なかった。
 講義時間をめいっぱい使って、無事に終了。あとは、来週のデンソー見学会を残すのみ。前期の非常勤は、亡くなった大野先生の遺産だ。生産管理の基礎をしっかり勉強することができた。感謝感謝。
 有料道路を使って直帰した。1時間もかからなかった。楽だった。
 ペコはその後落ち着いているという。今夜の病院はやめて、不調なら明日の午前ということにした。
 キャメロンで久しぶりの「とこなめ会」に出席した。常滑イオンでのバーベキュー大会で、61人の出席というから、すごい人気である。私など何の役にも立たないと、そろそろおとなしくすることを内心決めた。とは言え、景品をもらってありがたく家路についた。
 ペコはまた一進一退というか、あまり調子は良くなかった。
 今日は疲れたので、できる限り雑務を終えて、早々に就寝した。

7月21日(金)「ペコと執筆の日・・・の風さん」
 朝から原稿に取り組んだ。
 書斎の窓からは裏の土地が見える。雑草が伸びているので気になる。しかし、無理して刈ったために、先週、腰痛になってしまったのだ。
 仕事も草刈りもどちらも焦るが、今は仕事だ。
 ペコの調子は相変わらずで、とりあえず夕方まで様子を見ることにした。
 もう後がないくらい追い込まれているので、のろいけれども、執筆を続けた。
 夕方、ワイフと相談し、ペコを病院へ連れて行くことにした。そこまでの原稿を編集者へ送っておいた。途中だが、明日から週末である。
 病院では、主に痛みの緩和について、主治医に相談した。眠気をともなう痛み止めの錠剤も処方してもらった。
 帰宅すると、いつものようにペコが元気になり、食欲もモリモリ状態になった。本当に不思議だ。
 遅い夕食のために階下へ降りたら、またゴキを発見し、ワイフと協力して退治したという。それはそれで称賛に値することだが、これで通算5匹目だ。しかも、すべてでかいヤツばかり。明日、ゴキ対策を徹底することにした。
 夕食後も執筆を続けたが、まだ最後の場面まで届かない。明日なるべく早くラストまで書き上げ、全体のバランスをとりながら、原稿枚数を減らす作業に入らねばならない。いつもの悪い癖で、大人向けになってきた(笑)。

7月22日(土)「ゴキ対策はほぼ終了・・・の風さん」
 午前中、買い物に出かけた。24日のお土産の準備とゴキ対策品をドラッグストアで購入するのが目的だ。
 急な腰痛から復活したので、体が動くのがうれしい。
 帰宅し、ひと休みしてから、早速ゴキ対策をしようと思った。台所がターゲットなので……、よく見ると、対策の前段階は5Sというか、掃除と整理だなと気付いた。
 結局、2時間くらいかけて、クリーンアップ大作戦を展開し、やっと終了した。体が動くということはありがたいことだ。
 空腹になったが、ラーメンを作る気力はなく、朝食と同じトーストで済ませた。
 書斎に行って、ちょっと昼寝。
 執筆を再開したのは、夕方からだった。
 ペコが相変わらず元気がないので、こちらもイマイチ元気が出ないが、せっぱつまっている私は、もうやるっきゃない状態だった。
 とりあえず、最後までラフに書き上げた。
 夕食後、原稿の最初から読み直しつつ、修正作業に取り掛かった。これは順調に進んだ。この勢いで明日も頑張るしかない。
 私はいつものように就寝したが、ペコはけわしい表情のままで病気と闘っている。

7月23日(日)「第一稿がやっと完成・・・の風さん」
 ペコが病気と闘っているのに、健康な(衰えてはいるが)私が、ちゃんと仕事をしないわけにはいかない。
 昨日と違って、朝から執筆に取り組んだ。やはり男なんだなあ、「ながら族」でなく「集中型」で、ひたすら、ぶれることなく修正していける。
 夕方、少し横になって、体を休めてから再開した。
 夕食後、昨日書き上げたラフな部分に突入した。前の方との連続性に気をつけつつ、最後、一気に盛り上がって終わるという作戦をつらぬいた。
 しかし、午前零時前に終了することはできず、就寝は午前2時を回ってしまった。
 とは言え、第一稿を書き上げることができた(送付も)。予定より1週間遅れたが、満足。

7月24日(月)「忠太郎地蔵尊供養祭・・・の風さん」
 昨年行けなかった蓮華寺の「忠太郎地蔵尊供養祭」にキャメロンで出発した。
 ナビによると片道117キロ、ほとんど高速道路を走って、1時間半という予想だったが、順調に走れたので、時間が余り、養老SAでモーニングを食べた。
 2年前とほとんど同じ展開でイベントが進んだ。昭和33年に完成した忠太郎地蔵尊を、こんなに長く大切にしてきた地元の心に敬意を表したい。
 来年は60周年になるそうだから、何か援助できることがあればしたいものだ。
 この2年間に新築された道場が立派で、五大路子さんが「来年はここで一人芝居をやりたい」とおっしゃっていた。うまくスケジュール調整できるといいが。
 また昼食をよばれてしまい、恐縮しながら住職や顕彰会長のお話をうかがった。勉強になる。
 境内には樹齢1200年の高野槇や同じく700年の一向杉がある。他にも、歴史に詳しい人ならよだれが出そうな宝物が多い。しかし、過疎化の影響だろう。もともと住職は他のお寺の住職が兼務で、檀家数はついに12軒に減っているそうだ。
 グローバル時代、日本の豊かさ(相対的な)を維持するため、地方の荒廃が進んでいくのは、何ともやりきれない話しだ。
 帰宅して、夜、ペコを病院へ連れて行った。痛みの緩和治療が続く。

7月25日(火)「ペコの闘病は続く・・・の風さん」
 朝から窓の外でセミが鳴いている。子どもの頃から夏を感じる風物詩の一つだ。しかし、今年の夏はペコの具合が悪いので、気持ち的に楽しめない。高校野球の秋田大会でも、母校秋高はベスト4止まりだったし。
 ペットも医療が進歩して、今回、大腸がんという病名が特定できたのだが、人間世界とほとんど同じ状況になっている。ただ、ペコは言葉がしゃべれないので、今の状況がよく分からない。
 朝食を終えて2階へ上がったら、踊り場のところにペコがいた。息遣いが荒く、苦しそうだ。既に未明から2種類の痛み止めを飲ませているので、飼い主ができることは頭をなでてやることぐらいだ。そうやって声もかけていると、やがて喉をゴロゴロ鳴らし始めたので、気持ちよくなったのだろう。
 午前中、電話を2本、かけたり受けたりした。それだけで疲れてしまい、昼食を食べる元気もなく、リビングで横になってしまった。
 どうもペコと自分の体調が同期することがあるらしい。
 夕方から体調が復活したので、依頼されていた講演録の原稿の校正に着手した。
 午前零時ころまでその校正作業とペコのケアで一日が終わってしまった。

7月26日(水)「もうだめかと思ったら・・・の風さん」
 早起きし、ペコに痛み止め特製カプセルを飲ませた後、ワイフを駅まで送った。帰りに投函も。
 雑務を少し片付けてから、リハビリに行った。しかし、最大の心配点はペコの病状だった。
 買い物をし、ATMに寄ってから帰宅し、ペコを見ると様子がおかしい。変化がなければ、考えていた行動があったのだが、それどころではない。
 早速ワイフへ現状をメールしておいた。午後のスケジュールを中止してすぐ帰って来るはずだ。
 その後も、ペコのそばでずっとケアを続けた。ワイフの帰宅が間に合わない直感があった。それくらい悪かった。
 2時過ぎにワイフが帰宅し、痛み止めのシロップを飲ませた。とにかく苦痛をとってあげたかった。
 ワイフと交代した私はぐったりして、リビングで横になった。自分の仕事などとてもできない。
 夕方目が覚めると、ペコが少し復調していた。奇跡だった。すぐに、一日2回は許されている痛み止めの特性カプセルを作って飲ませた。
 だんだんペコの表情が生き生きしてきた。原因はよく分からない。
 ペコが復調している間に、いつもの中華レストランでさっと食事してきた。
 帰宅してもペコは安定していた。その間に、少し雑務を片付けた。
 もう1種類苦痛を除去できる可能性のある薬があったので、それを特殊カプセルにして飲ませた。
 深夜は、ワイフが添い寝している。

7月27日(木)「ペコ中心の生活・・・の風さん」
 いつものように目が覚めて、蝉の声が窓の外から聞こえてくるが、夏を感じている精神的な余裕はない。
 真っ先にペコの様子を確かめ、ワイフと相談して薬を選定することから始まる。とりあえず下剤を半分。と言うのは、昨夜飲ませた食欲の出る薬が効いたそうで、午前2時過ぎから食べたからだ。そして、一日に2回飲ましてよい痛み止めを選定し、特製カプセルを作る。しかし、主治医から聞いている副作用が「眠気」なのだが、昨日からの症状が「眠気」を通り越したものではないか、という疑いも感じる。これは様子見だ。
 午前11時に私は出かける用事があったので、その直前にまた下剤を半分飲ませた。
 今日は、愛工大の前期の講義のオプションである「デンソー見学会」だった。4年連続して開催してきたが、今年が最後になるかもしれない。ギャラリーの窓口にお土産を買って持って行った。
 午後4時に終わってすぐ家路についた。今は、すべてのスケジュールがペコを中心に回っている。
 帰宅して、ペコの様子を見ると、相変わらずというか、やや悪化している。痛み止めの副作用にしては効き方が遅い気もするのだが。
 明日は上京するので、その準備をして、早めに就寝することにした。ペコの様子は相変わらず悪く、今夜は食欲の出る薬は飲ませないことにした。

7月28日(金)「ほとんどとんぼ返りの上京・・・の風さん」
 ペコの様子は相変わらずのなので、先ず、痛み止めの薬を飲ませてから、今日は夫婦ともに電車で外出。私は上京して打ち合わせである。
 昨夜の睡眠が十分だったせいか、新幹線車中でも元気で、執筆再開しなければならない原稿の準備ができた。やはり老体には睡眠が重要らしい。
 東京に着いてから、打ち合わせまで少し時間があったので、コーヒーを飲み、執筆再開準備した出版社の編集部長に電話し、次の途中原稿の提出スケジュールを相談した。我ながら気合が入ってきた感じ。
 打ち合わせはたっぷり3時間かけて、第二稿への方向付けがしっかりできた。
 かろうじてお土産を買う時間だけがあって、新幹線で家路についた。車中で、3時間かけた打ち合わせ内容をレビューし、第二稿をスムーズに書けるように念には念を入れた。
 帰宅すると、ペコは相変わらずだった。ただ、心配な症状が一つ出ていないので、痛み止めの副作用ではないかという疑いが強まった。それで、今夜は下剤だけにした。
 あすからまた頑張るため、今夜も早めに就寝した。

7月29日(土)「草刈りも中断したまま・・・の風さん」
 さあ執筆再開、と元気よく起床したのは私だけで、相変わらずペコが不調。主治医に診てもらうため、午前中、犬猫病院へ行った。
 アクアの車中でもペコは元気がない。いつもなら車での移動が嫌で鳴き続けるのだが、おとなしい。
 ペコの体重がまた減っていた。ここ数日の病状を説明したところ、やはり痛み止めの副作用の可能性が高いということで、しばらくその錠剤はストップすることに決定。今日は血液検査をしようとしたが、以前何度もできたことができなかった。腕が細くなり過ぎていて、血管が見つからなかったのだ。
 帰宅すると、いつものように食欲が出て来て、ペコは食べ始めた。
 私はなぜか疲労が一気に出て、昼食を摂る気力もなくリビングのソファでダウン。
 夕方、リフォーム会社が来た。残っている不具合に対する検討状況の説明に来たのだが、やはり良い解決策はなく、このままでいくことにした。
 コーヒーを飲んだせいか、少し元気が出た。やっと書斎へ。
 仕事をしていると、ペコが二階へ上がってきた。長女の部屋がお気に入りで、最も気が休まるらしい。
 長女のベッドで寝そべるペコを見ながら、横で晩御飯を食べた。家庭内ピクニックだが、非常対応だ。
 一昨日から復帰した原稿の執筆の調子を落としてはいけないので、その後も、あれこれと準備して、また明日にかけることにした。
 昨日の朝から痛み止めの錠剤をやめているので、気になっている症状が出ていない。やはり副作用だったようだ。しかし、痛み止めとしては効いていたのかもしれず、シロップだけでは不十分な気がして、そこが心配だ。
 今夜も早めに就寝。ワイフは今夜もペコの付き添い。

7月30日(日)「もうだめかと思ったら(2)・・・の風さん」
 午前零時も回ってだいぶたってから、ペコの食欲が出てきたという。しかし、今朝はまた絶不調状態だった。
 薬の飲ませ方では色々と失敗しているが、学んだことは反映して実行していかねばならない。先回りして投与すれば手遅れにならないという学習もある。
 今は絶不調だが、持ち直したら昨夜食べた物が問題になる。そのため、既定の半分の下剤を飲ませた。
 それから、痛み止めのシロップを、少しタイミングは早いが飲ませた。
 少しだけ執筆してから階下へ降りると、ペコは苦しそうだった。ワイフは、今日のトール教室を中止して、完全看護体制だ。
 午後2時に、トール教室をおこなっている庭のログのエアコン交換工事に来るという連絡があったので、私が対応することにして、当分、書斎に戻らない覚悟を決めた。また執筆が停滞するが、仕方ない。
 ペコの呼吸が早く、苦しそうだった。
 午後4時に、町の電器屋さんの工事が終了して送り出した。町の電器屋さんという表現は、もう死語になりかけているが、大型家電量販店にないサービスがある。地元での長いお付き合いのおかげで、色々な面で融通がきくのである。
 ペコは相変わらずだったが、昨日の病院の点滴の効果は切れているので、それに代わる薬の投与をしなければならない。これが今まで、タイミングを逸してきたものだった。その薬の中の一つが食欲の出る錠剤だった。これまた学習効果で、その薬の投与の前に、また下剤を半分飲ませた。
 タイミングが来ていたので、ワイフのアクアの給油に出かけ、ついでに自動洗車もしてきた。
 帰宅してすぐ、ペコに薬を飲ませた。食欲と吐き気止めをセットにして特製カプセルに入れたものである。
 結局、今日も昼食は抜きで、夕方やっと執筆に復帰した。
 ……と思っていたら、午後7時過ぎ、ワイフが深刻な表情で書斎にやってきた。もう最後の看取るタイミングだという暗示だった。
 階下へ降りると、ペコはソファでぐったりしていて、呼吸が通常の2倍か3倍くらいになっていた。素人判断で、がんが肺に転移し、その機能が低下しているため、呼吸数を増やさなければ全身に酸素を送ることができない。おそらく心拍数も上がっているから、体力的にもうすぐ限界がくる。人間なら酸素マスクや呼吸器で楽にさせて延命できるが、猫にそれはできない……。
 ぐったりしていても、なぜかペコは突然立ち上がってフラフラと歩きだす。もう足元もおぼつかない。目が見えているかどうかも分からない。そんな状態の中で、ワイフがさっと夕食の準備をしたので、交代で食べ、またペコの看病に戻った。
 午後9時くらいに、今夜はもう書斎に戻らない覚悟を決めたので、どうしても送らねばならないメールを、MacBookAirを持って来て、ダイニングテーブルで書いて送った。かなり重要な案件だったが、仕方ない。
 さらに午後11時になり、今夜はずっとペコのそばで添い寝する覚悟を決めた。連日のワイフと同じ行動だ。
 午前零時前に、まともに歩けないくらい弱っていたペコが、トイレに行って排便した。ここ数日できなかった行為だ。ワイフが介助してやっとできた。
 そんなことが続けてさらに2回起きた。1回は私が介助した。
 疲れ切ったペコはリビングでぐったりし、私も横でぐったりと横になった。

7月31日(月)「奇跡の復活・・・の風さん」
 まったく予想もしていなかった展開になった。
 へろへろボケ老人の私がソファで爆睡している間に、ペコは何度もトイレに行っただけでなく、食欲まで出てきたのだという。
 先ず、長女が買って来た高級(美味しいという意味)かつお節をむさぼるように食べ出し、やがてキャットフードまで口にしたという。
 9時半にやっとソファから起き上がった私が見たペコは別人ならぬ別猫だった。
 一番驚いたのは、呼吸数が平常に戻っていたことだった。そして、夜中にしたペコの便がまともな形と色をしていて、それでいて血便でなかったことだ。
 夜中にいくらか食べたので、昨日に続いて、下剤を少量飲ませておいた。このへんの加減をするようになったのが、改善だろう。
 朝食時に、スマホの契約で得たポイントの交換期限が今日だと知ったワイフに、すぐに商品を選択させて発注させ、私も自分の持っているポイントで(無料の)ショッピングを楽しむゆとりができた。もし昨日でペコが死んでいたら、今日はペット専用の葬儀や火葬に走り回っていただろう。
 昼には、昨日に続いて、痛み止めシロップを飲ませておいた。先回りである。
 私は、ぼう大な雑務の処理に専念した。執筆が最優先だが、そうは言っておられない仕事が、今後メジロ押しである。
 そろそろ執筆かと思われたころ、出版社から電話があり、またその対応をしているうちに、あっという間に夕方になった。急いで、今日はキャメロンの給油に行ってきた。何事もなければ月に1回の満タン給油である。
 夕食前に、これまた昨日に続いて、下剤を少量先回り投与した後、食欲増進と吐き気止めをセットにした特製カプセルを作って飲ませた。
 やっと執筆を再開した。
 夕食後、昨日と違って、特製カプセルが早くも効き出した。昨日は、呼吸も荒く死にそうだったので、効果どころでなかったのかもしれない。
 ところが、早く効き出しただけでなく、副作用もはっきり出ているようだった。弱ってフラフラしている以上にフラフラしているのだ。
 これは恐らく吐き気止めの副作用と思われた。体重が激減しているのに、処方通りの量を投与したからだろう。そのうち副作用が消えると思っていたが、午前零時になってもまだフラフラで、足元が危なく、ソファに上がるだけで、落ちるのではないか、心配で仕方なかった。
 今夜のケアはワイフに任せて、私もフラフラで寝室へ向かった。