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イチゴ イチゴ屋さん イチゴ
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 「イチゴ屋さん」は四国の東端、紀伊水道に面した、徳島県小松島市の和田島地区にあります。
当地区は、夏は太平洋からの海風が涼風をはこび、冬は季節風を四国山脈がさえぎるので暖かく、まるで「四国の湘南」といった感じでしょうか。

イチゴの栽培方法やおいしいイチゴの話はここから
著作権:白い地図工房さん+α

みさき海道"みなと海道"ちりめん海道"など和田島の紹介はこちら

いま、当園で栽培しているイチゴの品種は、 「コク」のある美味しさと定評のある 「紅ほっぺ」 、実生から育てる「F1」の新品種 「よつぼし」 、共に他の産地の追従を許さない、そのジューシーな甘さが特徴です。
ほかの産地のものとは一味ちがった「イチゴ屋さんのイチゴ」を、是非一度あじわってみて下さい。きっとご納得いただけると思いますよ。

「イチゴ屋さん」の現在
 今年の収穫を早々に終了しました。もう充分目標を達成したこと、なにより「疲労困憊」の上、「ミツバチのストライキ?」からか品質の低下が顕著になり、味は充分良いのですが、奇形果が多く、出荷に堪えないと判断した訳です。
 平年は6月中旬まで収穫していたのですが、それでも、今年の収量は予想以上に良く、平年対比(過去6年)143%と爆発的な成果でした。苗の育成に励んでいます。


  作 業
「イチゴ屋さん」17年産、作業経過と予定
育苗作業 5月下旬から採苗した「子株」を金網の上に均等に配置し、灌水、施肥、消毒を行う
↓定植準備 土壌改良:8月20日、 有機元肥:9月10日
↓本田定植 よつぼし:9月21日、 紅ほっぺ:9月25日
↓被覆作業 被覆:10月27日(委託)、加温:11月 3日
↓蜜蜂投入 投入:10月28日、終了:翌年5月20日
↓夜間電照 開始:11月15日、終了:翌年2月25日
↓培地暖房 開始:11月30日、終了:翌年3月25日
↓潅水液肥 10月より翌6月、1日おきの潅水と液肥の施用
↓摘果作業 11月より翌5月下旬、花数の制限、摘果、わき芽、下葉かぎ
↓収穫作業 開始:11月18日、終了:翌年6月20日
紅ほっぺ 開花10月20日 満開11月01日 収穫11月28日
よつぼし 開花10月15日 満開10月20日 収穫11月18日

       詳しくは「栽培方法」 をご覧下さい
 作 柄 
作柄天気予報
7月上旬 7月中旬 7月下旬 8月上旬 8月中旬 8月下旬
育  苗 育  苗 育  苗 育  苗 育  苗 育  苗

 雑 感 
産直市場「あいさい」では「即完売」、イチゴ屋さんのイチゴ
 「イチゴ屋さん」のイチゴが大人気です。、近くの産直市場「あいさい」では出荷即完売!、でも品物が少なく、ご要望に答えられないのが残念です。又、直接当園に来られる方も多いのですが、お知り合い以外の方は、お断りしているのが現状です。

 以前は京阪神の市場に出荷し、
徳島県内から出荷される「イチゴ」では、群を抜いての高単価(徳島経済連調べ) なのですが、手間が面倒な上に、市場〜仲買〜小売〜消費者と流通が煩雑で、単価も不安定、販売方法に異論もあり、出荷を取り止める事にしました。結果やはり正解でした。
今年は例年以上に大玉が多く、味も抜群、産直市場でもひっぱりだこ、イチゴを並べた途端に競って買っていかれます。本当にうれしい事です。


「イチゴ屋さん」のプライベート
江戸時代の宿場がそのまま、福島の「大内宿」
豆粒、いやゴマ粒程の小生を見付て下さい
全国一を誇る妙高高原の大イルミネーションの光のトンネル
予想以上のド迫力に圧倒されました

  「全都道府県」踏破の最終ツール、「東北」から「北陸」への旅行は、愛用の「カート」のトラブルから始まりました。歩行の困難な小生が最も重宝にし、まさに「旅行の友」としてきた「カート」のチャージャーが旅の3日前に故障、全く使用不能となってしまいました。代替品を調達するにも時間がなく、急遽、車椅子を購入しましたが、右手が不自由では運転もままならず、「サポータ」がいなければどうなった事か、多分、断念止むなしとの結論になっていた事でしょう。
 予報では「大雨」と断言されていた天候を気にしながらの出発となりましたが、殆ど支障はなく、順調に楽しく旅を進める事ができました。最終日の「どんでん返し」を除いては!?。
今回も行く先々の観光地で色んな人たちにめぐり合い、随分ご迷惑をかけました。
 その印象をみかけ度(観光地のハード面)、おもてなし度(人情ソフト面)で、評価してみたいと思います。しかしこれはあくまで個人の見解であり、決して一般的なものではありません。失礼をお許し下さい。

昔の宿場の風情をそのままの「大内宿」
 新幹線を下車、福島県の「新白河」から「大内宿」までタクシーを利用した。
途中、ふと立ち寄った「塔のへつり」、大川ライン一番の景勝地だそうで、なんと百万年の歳月をかけて侵食を繰り返し、このような景観を作り出したそうで、白い岩肌が水面に映えて美しい。少し得をした感じがした。
 湯野上温泉駅で周遊バスの「猿遊号」に乗り換えて「大内宿」に向かった。「ウエブ」で派手に宣伝していた「猿遊号」、大いに期待していたのだが、ガタガタの車両で充分なガイドの説明もない。しかも代金はタクシー代と変わらない。ついに気分が悪くなった。
「大内宿」に着いたら約束していたガイドさんは現れず、仕方なく名物の「ネギそば」を食した。「ふとネギ」を箸替わりにして食べるのだが、さっぱり美味しくなかった。なぜ箸代わりに「ふとネギ」なんだろう。しかも一本でどうやって食するの!。値段は総じて高い。
 山の中腹から観る古い宿場町の風景は圧巻である。そこから豆粒程にしか見えない私の「肖像写真」を撮ってもらった。
「大内宿」自体は国の「重要伝統的建物群」に指定され、魅力的な場所ではあるが、あまりにも交通の便が悪く、道路の整備も行き届いていない。しかも高冷地でもあり、昔の宿場の風情を維持するのは容易な事ではあるまい。
ここを守るのは我々皆んなの責任だと思う。政治家も「忖度」などと言って特別な人を優遇しないで、こんな所こそ、援助の手を差し伸べるべきであろう。
 帰途、近くの「湯野上温泉駅」から「会津鉄道」で今宵の宿、「鬼怒川温泉」に向かった。駅はカヤブキ屋根の古風な佇まい。思わぬ拾い物をした感じだった。
みかけ度はB、おもてなし度はC、少し辛いかな

ローカル電車は会津路をのろのろと走る
 ひとつの県と同じ位の面積がありながら人口は3万(運転手談)。ローカル電車はのろのろと会津路を走る。
急ぐ旅ではないのだから、一向にかまわないのだが、電車は「ガタンゴトン」とやたらと揺れる。線路は繋がっているのだが、会社が分割されていて、途中で乗換が必要となる。その都度親切な駅員さんのご厄介になった。
 歴史の表舞台に何度も登場した「会津」、しかし今では、周辺はさびれていて田畑の大部分は雑草地になっており、イノシシなどが跋扈していそうな景色である。
「温泉」や「公園」の名称を完せた駅名がやたらと多い。温泉といっても古びた「はたご」が数軒散見されるだけ、又、公園らしきものは見えない(ン〜あれがそうだったのかな!)
 全国のローカル線では抜群の人気を誇ると言う「会津鉄道」、沿線の紅葉はきれいだそうだが、今は新緑、緑の葉っぱが列車に覆いかぶさるように茂っている。ここに較べると、渓谷の深さや激流の激しさ、川のスケールの大きさなど、徳島の「大歩危」の方が数段上と感じた。
会津鉄道のダイヤ表(WEB)が間違っている。すんでのところで乗り遅れる所だった。
福島県の交通について
 旅行計画を立てる際、ある会社の貸切タクシーの見積を取った。日本中で一番高いと言われる(事実ですよ)東北地方の価格の実に2倍、しかも回送費が必要という。
観光の目玉が少なく、地震の影響もあろうと言うのに、現状を認識しないとお客は来てくれない。
でも、メーターで新白河から大内宿まで乗車した「個人タクシー」は非常に親切であった。

鬼の銅像がお出迎え「鬼怒川温泉」
 急に線路も良くなってきたと思ったら栃木県の「鬼怒川温泉」に着いた。
鬼怒川とはその名の通り、鬼の怒る川、川の氾濫で度々被害を出したとか。駅前には一寸ユーモラスな鬼の銅像が出迎えてくれる。さすがに東京の奥座敷、ホテルの数も「はんぱ」じゃない。
 私達は創業130年「五つ星」ホテルの「あさや」に入った。ラスベガスのホテルのようで、設備は立派だが「五つ星」と言うのはどうだろう。
食事はバイキング形式、一流シェフと一流素材と聞いているが、我々には、そんなに沢山は取れない。大ホール一杯の宿泊客、さすが「一流ホテル」、騒々しい外国人!さんの姿は見かけなかった。
食事の終わりに「シェフ」がおもてなしの感想を聞いてまわっていたが、あいまいな返事しかしなかった。
 温泉の設備は豪華で、泉質はアルカリ性単純温泉、『火傷の滝』と称されて、神経痛、筋肉痛、うちみ、くじきにも効果があるとされている。しかし、もう一度来たいと言う程の感激はない。
みかけ度はA、おもてなし度はB、特別な感動はなかった

遂に大雨の洗礼をあびた
 北関東の訪問地は「大宮と高崎」である。
翌朝は「東武鉄道」がJRに乗り入れている路線を使って、乗換なしの特急列車で「JR大宮駅」に向かった。
 途中、沿道の跨線橋に望遠カメラを構えた「鉄ちゃん(鉄道写真ファン)」らしき人物が多数がいると思ったら、その垂涎の的、SLが途中の駅に停車し、その勇姿を見せていた。SLの試運転を行うと、鬼怒川の駅に表示してあったのを思い出した。さすが「お耳」が早い。
 マスコミによる当地の豪雨災害をよそに、比較的好天に恵まれてきたが、ここに来て「どしゃぶり」の雨となった。仕方なく予定を変更して駅構内で待機する。
テレビでは明日乗車予定の観光列車「雪月花」の「えちごトキメキ鉄道」も運休していると報道されている。
 それにしてもこの駅は乗降客が予想以上に多い。新幹線、在来線が交錯し、乗換客が集中するのだろう。東京都以外では全国一を誇る。
今日乗車する予定だった「ニューシャトル」の改札口で時間を過ごし、2階建の新幹線で「高崎」に着く。
 ここは「だるま」の発祥の地、駅の中にも専門店らしき店がある。タクシーの運転手さんの「ウンチク」を聞きながら「高崎観音」に向かった。
 観音様は平地に「おわす」ものとばかり思っていたが、山の中腹にあり、しかもかなりの急勾配、あまり参詣者も多くなさそうである。
ようやっと観音様の足元にたどり着いたが、大雨で外に出られない。写真を撮るにも被写体が大きすぎて、うまく収まらない。ほうほうの体で駅にかえり、遅れていると言う新幹線で新潟県の「上越妙高」に向かう。
 これでは前途多難、観光列車「雪月花」も動くまい。いや、妙高高原のホテルまで行けるかどうかさえ心配になってきた。
みかけ度はX、おもてなし度はX、雨の為評価不能

豪雨から一転、薄日ももれて
 少し遅れて新幹線は「上越妙高駅」に着いた。何もない田舎の駅としては余りにも立派なのに感心した。きっと某政治家の策略だろうと疑いたくもなる。遅れている下りの新幹線を待つためホテルの送迎バスは待機する。
ようやく出発したと思ったら、すぐ、道路の冠水で徐行運転、道路際には消防車が何台か待機していた。
 「妙高高原」のホテルは山中の高原にある。途中、豪雨の為、雨水が傾斜のついた道路を川のように轟々と音を立てて流れている。バスは水しぶきを上げながら進む。
これではホテルで籠城かな、明日の予定は全部キャンセルか!。そんな不吉な思いの中を1時間、漸くホテルが見えてきたと思ったら、奇跡的に雨がピタリと止んだ。
ホテルの窓から見える「妙高」には雲がたなびき、薄日もさして、なんとも幻想的な風景を見ることが出来た。
 夕食はイタリアンのフルコース。最高の素材とおもてなし、スタッフ全員が笑顔で接してくれ、気分も最高、昨日の鬼怒川より数段美味しくて楽しい食事であった。
 ここのホテルをある国の観光客がボイコットしていると聞く、政治的に誤った情報操作の結果である。それなら我々日本人が積極的に利用しようではないか。
夜には日本一の妙高のイルミネーションがある。本当に楽しみだ。

日本一、妙高のイルミネーションは本当にすばらしい
 食事が終わるとホテルの前の広場へ。今日は「イルミネーション」の点灯式だとかで、サッカーの有名選手を含め、沢山のギャラリーが詰めかけていた。
 まずは「打ち上げ花火」、でもこんな事で驚きはしない。
「イルミネーション」は巨大な「龍」の形をしており、ホテルの前の小山と湖を使って、精密に端正に作られていた。山を登るのだから持参の「車椅子」では無理、困っていると親切なスタッフが「電動車椅子」を貸してくれた。
 イルミネーションの最初は龍のしっぽから入り、その内部の山の中腹をジグザグに通りながら坂道を登って行き、刻々と変わる光のページェントを堪能できる。
トンネルを抜けると頂上には湖が見えた。現実なのか、幻想なのか、確かに水が動いているではないか。ここでは光の楼閣があり、プロジェクション・マッピングによるレーザーの光が乱舞する。とにかく「ド迫力」スゴイの一語に尽きる。
「恋人の聖地」と「鐘」のあると言う近くの小山へと向かった。ここも明るく彩られ夜空を照らす。
 一般的にイルミネーションと言えば固定され、静止又は点滅しているものが多い。以前にラスべガスで世界一と言う、2キロに及ぶアーケードに映る動く映像を見た。だが、ここはオープンスペース、しかもスケールもはるかに大きい。本当に素晴らしい。
 鑑賞が終わり帰途についたたところで、又小雨が降ってきた。まるで我々の感激を祝福するかのように。
みかけ度はA、おもてなし度はA、もう一度必ず来るぞ

なにかが物足りない「雪月花」
  「雪月花」は現在盛んになった「観光列車ブーム」以前から運行され、マスコミでも広く紹介されている。今回の旅の目玉の主力で、妙高のイルミネーション以上に期待度は高かった。
車内は天井近くまで、ガラス窓を思い切り大きく取って眺望は抜群である。シールドがされているとはいえ、薄日のさす日和ながら、日焼けの心配さえ感じる程開放的である。
 列車は前後に進行方向を変える「スイッチバック」を繰り返しながら「妙高はねうまライン」を通って「妙高高原駅」へ、そこで折り返し、出発地の上越妙高に帰り、日本海岸を通る「日本海ひすいライン」を経由、「糸魚川」に至る。全行程3時間、三ツ星のシェフの作ったお弁当を食べながらの、おしゃれで豪華な旅と宣伝されている。
途中、山から下る河川は増水し、濁流となって流れ下っていた。
 主な駅では地元のボランティアの方々の暖かい歓迎や、沿道で手を振る人々の姿が印象的であった。駅周辺の観光もあったが、不自由な動作で、みんなに迷惑をかけるわけにはいかないので、参加はしなかった。また地元名産のお土産もあったが、勧め方が上手ではなく、荷物にもなるので購入をためらった。
 弁当はそれなりに工夫されていたが、昨日の妙高のホテルが余りにも、豪華で美味しかったので、色あせてみえた。あえて苦言を呈するなら、容器をもっと豪華にしてはどうか。折角の料理が目立たない。それとも洗うのが大変なの?
 乗車の数日前、管理者から電話を頂いた。「車椅子」は許可がないと「JR」にはのせてくれないのではないか?。それを聞いて私も身構えた。しかし現実には「東京駅」から「京都駅」まで、全くそんな心配は要らなかった。むしろ「JR」には乗降の際に最大限のサービスをしてもらった。感謝の言葉もない。
 観光列車を自認する「雪月花」、敢えて言わせてもらえば、サービスがありきたりで「おもてなし」の気持ちが表面に出ていない。
 富山へ向かう新幹線の待ち時間を利用して「糸魚川の大火跡」に立ち寄った。駅の一角を過ぎると、そこから海岸まで、一面の廃墟、まだ復興の気配は見えない。これは他人事ではない。「南海地震」が声高に叫ばれている昨今、我々も充分留意しなければと思った。
みかけ度はA、おもてなし度はB、 もうひと工夫必要なのでは

富山西部の名所「高岡・雨晴海岸・氷見」
 新幹線で富山県の「高岡」に向かう。
 当初は「白川郷」「五箇山」「立山」を企画していたが、日程の都合ですべて省略、今回は「高岡」を中心に富山西部の名勝をタクシーで巡回することにした。
タクシーはバリアフリー仕様で車椅子のまま乗り込める。非常に便利であった。
 前田公の城下である「高岡」は人口7万ながら、名所旧跡が多い。まずは利長公の菩提寺「瑞龍寺」の山門をくぐる。禅宗に典型的な建物だそうで、仏殿、法堂、回廊などがあり、重要文化財に指定されている。しかしその回廊はデコボコで車椅子での通行は困難、早々に切り上げた。
 次に行った「金屋町」の「千本格子の町並み」、銀行なども旧建造物で、古い街並みは風情があるが、新しいビルもあり、やがては消える運命を感じた。
「高岡観音」は撮影だけであったが、なかなか立派で瀟洒に見えた。
 ここで一番期待していたのは「雨晴海岸」、富山湾を前景に、雪をかぶった「立山連峰」が見える(はず)。
でもこの日は薄日がさしているとはいえ、お目当ての「立山」は全く見えない。「この頃はこんなもんです」、とは運転手さん。秋が一番いいのだそうだ。
 運転手さんに無理を言って「氷見海岸」に向かう。テレビでよく紹介されている「道の駅氷見」の「番茶街」で休憩、金沢へ向かった。ここから金沢へは予想以上に遠く、タクシーの契約時間も超過して運転手さんに迷惑をかけてしまった。
「金沢」のホテルは「妙高高原」と同じ系列だが、東洋人!がすごく多い。騒々しいので一寸いやな顔をしたら、急に静かになった。決して嫌っている訳ではない。そうか!大陸の方ではないんだなと感じた。
金沢駅で土産ものを買ったが、構内ですべてが揃う。しかも指定されたコンビニからすぐに送れた。
みかけ度はB、おもてなし度はA、 今日1日長かった!実感!

北陸の小京都「金沢」は歴史の街
 「金沢市」は人口47万人、加賀百万石の城下町で、北陸随一の大都会である。
案内はボランティアの「まいどさん」にお願いした。「まいどさん」というのは金沢弁で「こんにちは」という意味で、ガイドの「新田さん」はわざわざホテルまで出迎えくださり、まずは花街の「ひがし茶屋」に向かった。
 途中、通過した「近江町市場」、創業約300年、金沢の食文化を支える「市民の台所」として親しまれているが、近年外国人観光客に占拠されてしまって、商売にならないとボヤいているそうだ。
 全国的にも有名な花街、出格子の風情あるお茶屋が軒を並べる「ひがし茶屋」、街では「キムスコ」と呼ばれる美しい「出格子」がある古い街並みが残り、昔の面影をとどめている。夕刻になれば、今でも軒灯がともる茶屋から、三味線や太鼓の音がこぼれてくるそうで、ここは「大内宿」と同じく国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定され、「街並みの文化財」として保存策が進められている。
 私達の行ったのは午前9時、早い時間なので街は閑散としていたが、帰りには団体の観光客と、開店準備の人々で混雑していた。
 ここは聞くところによると「いちげんさんお断り」だそうで、京都よりも高級で、売れっ子の芸者を「あげる」と、30万から50万円、とても庶民の手の届くものではない。
 街の真ん中に「検番」がある。お客はここで馴染みの芸者さんはを指名する。但し個人事業主、いやなお座敷には出てくれない。
 旧市街と新市街の間の浅野川が流れ、ここの浅野川橋は1594年に、加賀藩初代藩主「前田利家」が北国街道に架けたのが始まりとされる。現在の浅野川大橋は、独特の優美な構造に特徴があるアーチ橋で、歴史的建造物として「登録有形文化財」に登録されている。周辺は春には桜並木が美しいそうである。

 全国3名園の1つ「兼六園」、ガイドさんはここが断然全国一番と胸をはるが、なる程、確かに規模、美しさは、頭一つぬきんでている。世界遺産の登録を目指しているが、人工の建造物と看做されて、なかなか理解が得られないそうだ。しかし『ミシュラン観光ガイド』には最高評価の3つ星に選ばれている。
 われわれは数ある入場門のうち「桂川口」から小高い丘の上にある「兼六園」に入った。敷地面積は11、7ヘクタールもあり、短時間で回れる筈もない。
 ここは「廻遊式庭園」とかで、御殿の書院から見て楽しむ「座観式」の庭園ではなく、土地の広さを最大限に活かし、庭のなかに大きな池と築山を築き、「時雨亭」などの御亭や茶屋を点在させ、それらに立ち寄りながら全体を遊覧できる庭園である。当然ながら、砂利や石畳が多く、車椅子では本人も介助者も苦労が堪えない。
 庭園の中心にある「霞ヶ池」には綺麗に手入れされた松と岩が水面に映えて美しい。 西洋人を含めた観光客が多く、ガイドさんの説明が交錯して、どっちを聞いたら良いのかわからなくなる。
 ガイドの新田さんには非常に熱心に説明を頂いたが、余りにも広く充分に理解できなかった。後で送って頂いた資料を読み解いて理解している。
 次の福井行きの列車の時間が迫って来たので金沢駅に向かう。
もう一つの名所、金沢駅前にある「鼓もん」を内側から見たが、これもあまり大きく被写体にならない。
列車は踏切事故の影響で30分遅れの出発となった。福井駅では後続の特急「サンダーバード」がすぐ後ろに続いていた。
みかけ度はA、おもてなし度はA、 金沢の人はみんな親切!

案外古風な「福井」、恐竜もこの地が有名
 今日の最後の訪問地「福井県の芦原温泉駅」に着く。列車の遅れでタクシーの出発が30分遅れて、ここから福井駅まで3時間半の長旅である。
北陸の名湯「芦原温泉」は駅から結構遠い。新幹線の駅が設置されるそうだが、新設の駅の位置も気になる。
 温泉街を素通りして「東尋坊」へ。昔は不名誉にも自殺の名所として有名だったが、最近は滅多にないそうだ。「東尋坊」は三国町の海岸線約1kmにわたり続く、波の浸食によって荒々しくカットされた断崖絶壁、「柱状節理」とかいう奇岩は、国の天然記念物に指定されている。高さ55mの東尋坊タワーや、奇岩をめぐる遊覧船も出ているが、時間の都合で省略した。
 その近くの「滝谷寺」、坂井市にある真言宗のお寺で、本尊は薬師如来、この寺に参拝するのはかなり気を遣うそうで、粗相をすると坊さんのカミナリが落ちる。この寺の「伽藍」建造物が重要文化財指定されている。
 車椅子で参道を登るのは不可能なので、内緒で車で裏道を通り、寺を上から見ることにした。これは御法度、見つかれば大目玉を食らうと、運転手さんにおどされていたが、空き地には車、聞けば住職のものらしい。
参道を通った人の話によると、古い「椿」の大木が美しい「緑のトンネル」を作っていた。
 福井市にある「北前船資料館」には、バカでかい牛若丸と弁慶の「山車」が展示してあった。以前はこれで街中を練り歩いたそうだが、今は電線などの障害物が多く、もっと小さな「山車」が使われている。
この付近は砂地で「ラッキョウの産地」立寄った「道の駅」には、沢山のその手の商品が並べてあった。
「福井駅」から「京都駅」まではノンストップ、東海道本線を使わずに「湖西線」を通過したものと思う。
明日は「47都道府県走破」も満貫、遂に悲願達成だ・・・!!!
みかけ度はB、おもてなし度はA、 福井は教育水準日本一、昔は想像以上に栄えていた

まさかの大逆転、一県を残して「すごすごと」
 京都では豪華な「京料理」を注文した。会社を経営していた頃、全国表彰の後で、一度だけ本格的な「京料理」を頂いた経験がある。老舗の料理店で支払はメーカー持ち、でも若かったせいか、量が足りず、後で「ラーメン」を食べたことを思い出した。
 天気予報によると、昨日から急に発生した「台風3号」が、明日、西日本を通過するという。ここまできて引き下がる訳にはいかないと、強行突破の構えを最後まで崩さなかったが、翌朝は益々状況が悪くなり、35bの暴風雨の予想には逆らえず、遂に「三重」一県を残して退散する事となった。
いつか再挑戦を誓ったが、三重県は以前にも出発直前に断念している。今度は慎重に計画を立てよう!。

「イチゴ屋さんの旅行記」がわりと好評です。ぜひ閲覧してみて下さい。
「国 内」 「スペイン・ポルトガル」 「中央ヨーロッパ」 「アメリカ西海岸」 「アメリカ東海岸」 「スイス・ドイツ」 「シンガポール」 「東部オーストラリア」 旅行記を是非ご愛読下さい。

子供達が「金婚祝いの会」を一流ホテルで開いてくれました。
スマイリーズの演奏は勿論、なんと、極め付けはプロのミュージシャンのJazz演奏、私の趣味を見越した上での「粋なはからい」、嬉しいやら度肝を抜かれるやら、涙が止まりませんでした。因みにピアノの瀬部さんはニューヨークでもご活躍との事、恐れ入りました。

「イチゴ屋さん」のイベント情報
ルスティコ定期演奏会のご案内
孫息子がプロのバンドで演奏

我が家の孫息子がプロのバンドに出演
 孫息子が「ドラム」で活躍しているとは聞いていたのですが、今度、東京の目黒で、プロのバンドのドラマーとしてライブに出演しました。当日は満席の盛況で大いに盛り上がったそうです。

「朗読」の全国大会に出場
 東京で行われた「朗読」の全国大会に我が家からも出場、高い評価を受けたそうです。

我が家に「アメリカ人」が来訪
 阿波踊りの見学を兼ねて、「ボストン」から妙齢のアメリカ人が見えました。踊りは勿論、鳴門の渦潮や阿波藍の見学などで、たいへん感激して帰られたようです。

我が家のファミリー・バンド「スマイリーズ」
 我が家の、長男(ピアノ)、嫁(ベース)、孫息子(ドラム)、孫娘(キー・ボード)の4人で、ファミリー・バンド「スマイリーズ」を結成し、近隣のイベントやコンサート等に、ゲストとして度々出演をしていました。ひいき目にみるわけではありませんが、なかなかの腕前で、曲はJazzからJ−popまでと幅広く、なかなか好評のようでした。
 しかしメンバーの就職や孫娘の慶応大学進学により、活動が終止符を打ったのは、かえすがえすも残念です。
 とはいえ、先日は東京で「スマイリーズ」を再結成!?。目黒のライブハウスで演奏したとか。一体「どこまでやるの」。
なお余談ですが孫息子が京都大学に合格しました。これで東大、慶応、京大と揃った訳で、うれしい限りです。

 イベントの詳細は 「イベント情報」のページをご覧ください。

「ルスティコ」の活動紹介
 我が家の嫁と息子の所属する、徳島マンドリン・オーケストラ「ルスティコ」の第12回定期演奏会が12月3日(土)の18:00から、阿南市羽の浦町の「コスモホール」で300人もの大聴衆の中で開催されました。徳島を拠点に演奏活動を行っている社会人のマンドリン・オーケストラで、演奏は3部構成、世界名曲メドレー他、親しみやすいマンドリンの音色を響かせました。最後には「カーテンコール」まであって、参加者は充分音楽の魅力を堪能されたものと思います。
なお、ホーム・ページは 「ルスティコ」 、お問い合わせは ここです。



ローカル・インフォメーション
増設された産直市「あいさい広場」
和田島運動公園の近く「SBエナジー」の大規模ソーラー発電所

「みはらしの丘あいさい広場」が大繁盛
 小松島農産物直売所 「みはらしの丘あいさい広場」 の盛況が続いています。この施設は当地から程近い「赤石山」の高台にあり、いわゆる「産直市」の範囲を大きく超えた、四国でも最大規模の施設、連日大賑わいの大盛況です。定休日は「火曜」、それ以外は毎日午前9時から午後6時まで開かれています。・・・。その産直市で増設工事が完成しました。
「徳島新聞より転載」 あいさい広場は昨年度の利用者が41万人、オープン前見込みの3倍近い7億円を記録、本年度も1日の平均客数千五百人、前年度に比べ3割増のペースで伸びている。しかし好調な一方で昼過ぎには品薄になる日もあり、午後からの買い物客から苦情がでることもある・・・。こんど増設された集出荷場は鉄骨平屋一部2階建て、延べ445u・・・。販売高も軽く10億を突破、うなぎ昇りの盛況が続いています。近くレストランの開店も計画されてか、着々と土地造成の工事が進んでいます。

 余談になりますが、近所に「コンビニ」が2ヶ所も開店しました。近くには「スーパー」もあり、さながら流通の激戦区となっています。


近くに大規模ソーラー発電所が続々
 「和田島緑地公園」近くの埋立地に、通信大手の「ソフトバンク」の子会社「SBエナジー」と「県企業局」の大規模ソーラー発電所が、運転を開始しました。最大出力は各々2.8メガワットの規模を誇り、日照の効率の高い当地のこれらソーラー発電所は、再生可能のエネルギーの有効利用として大いに期待されています。
 もっと驚いたのは、当園から200bも離れていない場所に、ソーラー発電所ができました。この土地は「老人施設」「倉庫」と二転三転、出来上がってみれば「ソーラー発電所」、空地にしておくのは「もったいない」という訳でしょうかね。

NHK「こころ旅」で、「火野正平」さんが当地へ
 思い出の手紙をもとに、 「火野正平」が自転車で全国を旅する番組「こころ旅」 が、最近当地「和田島」でも「ロケ」されたようです。全く突然のこととて、殆どの人は全く知らず、残念至極です。しかも一行は画面から推察すると、当園の圃場の傍の「農道」を通過したようで、「水路」脇に寄生している「ジャンボタニシ」を興味深げに観察されていましたが、それは稲の大敵、とても見るに値するものではありません。


四国放送の取材を受け、朝の番組”おはよう徳島”で放送されました

現在このサイトからはイチゴの販売は行っておりません。
ご購入をご希望の方は、「あいさい広場」でお買い求め頂くか、当園に直接おいで下さい。でも予約がないと品物の在庫は持っておりません。

「イチゴ屋さん」の商品には 「いちごっち」 という、かわいい 「ゆるきゃら」 がついています。
どうか可愛がってやって下さい

「イチゴ屋さん」からの御願い
都合により、しばらくの間、ご意見やご感想の寄稿をお断りしています。
 このホームページの情報は、全て真実に基づくものです。いわれなき「怨嗟」や「悪意」のご意見には一切対応いたしかねます。

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