
1999年6月7日
5月の中旬頃だったでしょうか、父島の扇浦近辺にあったネグラが、もぬけの空になっていました。オガサワラオオコウモリは日没後ネグラを飛び立ち、餌場に向かいます。その光景を観察出来るポイントがあり、多い時には空一面に30数頭のオオコウモリが飛翔するのを見ることが出来ました。そころが、ネグラが空になってからはこの数が激減し、夕べの観察では僅かに2頭が確認できるだけでした。オオコウモリは何処へ引っ越してしまったのでしょうか?ここで登場するのが、母島移動説なのですが、これについては、また次回。
1999年6月8日
小笠原が米国から返還されてしばらく経った頃、オオコウモリの絶滅説が流れました。この時、オオコウモリは母島に行っていたというのが「母島移住説」です。これといって根拠はないのですが、オオコウモリの仲間には50キロ先の餌場まで飛ぶ種類もいるようなので、全くあり得ない話では無さそうです。そう言われてみると扇浦のコロニーが空になったのは好天が数日続いた頃だったし、一旦絶滅視されたものがこうして生きているというのも説明がつくし、僅かに残った個体は飛翔力の劣る若いオオコウモリと思えばますます納得出来てしまいます。真相のほどはわかりませんが、興味は尽きません。
1999年6月12日
今夜の「動物奇想天外!」(TBS)でオーストラリアのオオコウモリが紹介されていました。同じオオコウモリでもやはり違うものですね。その面構えはよりイヌに近く、シャープな感じでした。何でも5万頭位いて、食害が凄いそうです。一応、保護の対象とされているようなのですが、オガサワラオオコウモリとは扱いがエラく違い、鳴き声がうるさいからといって、ネグラのそばでドラム缶やラッパをガンガン鳴らして追い払っていました。地元の女子高生も「あいつら最低よ!」なんて言ってましたし。そう言えば、鳴き声はオガサワラオオコウモリとほとんど同じでした。
1999年6月20日
昨日、初めて大実パッションというものを見てきました。私はそれを、単に実の大きなパッションかと思っていましたが、全くの見当違いでした。パッションというよりも私にはラフランスに近いように見えました。普通のパッションと違い、食べられるのは種の部分だけではなく、皮のところも甘くておいしいということです。父島では一軒の農家で、しかも小規模にしか栽培されていませんが、毎年オオコウモリの食害にあっているため、収穫量はほとんどゼロに近いそうです。
1999年6月22日
オオコウモリの取材でいつもお世話になっている旧島民の方から新たなる情報を得ることが出来ました。オオコウモリが5月にねぐらを移転させたことはすでに申し上げましたが、やはり、オオコウモリは季節の移り変わりでねぐらの場所を変えているようです。冬は暖かい(日が当たる)ところ、夏は涼しい(日の当たりにくい)ところに移動するようです。11月ころになると以前の場所に戻ってくると聞いて少し安心しました。
1999年7月1日
本日未明、オオコウモリの見学に某所へ行って来ました。昼間のうちに出現しそうな場所にあたりを付けて、夜見に行くという方法です。その場所にあるヤシ類の根本にはかなりの数のペリットを見ることが出来ましたので、相当数のオオコウモリが飛来する事が期待されましたが、実際には飛翔しているものを含め、5〜6頭程度の確認にとどまりました。しかし、5月にネグラを移動してから、一度にこれだけの個体数を確認できたのははじめてでしたのでちょっと安心しました。
1999年7月15日
7月12日、MX-TVの6時のニュース内でこのサイトが紹介されました。時間的には1分くらい、このホームページを紹介しながら、キャスターの質問に私(管理人)が電話で答えるという構成でした。カミさんからカミカミ大王とあだ名を付けられている私は、気が散ることを避け、電話の受け答えだけに専念していたので生の映像を見ていません。テレビで公開されたからには、随分とカウンターが進んでいるかなと楽しみにしていましたが、いつもとあまり変わりがありませんでした。まぁ、そんなものなのでしょう。
1999年7月21日
猫やイヌなどの動物は子どもの頃から飼っていて、自分の事をそこそこの動物好きと思っていましたが、近年、映像の仕事をするようになってからはさらに拍車が掛かって来たようです。我が家の猫は、野良猫が産み落とした雑種の茶トラ。2歳のオスです。他人様から見れば、何処にでもいるような何の変哲もない駄ネコですが、我が家では溺愛されています。昔はまったく見なかった「動物奇想天外」や「生き物地球紀行」の様なテレビ番組も楽しんで見るようになりました。仕事でも、動物の映像を撮っているときが一番楽しいので、いつかはアフリカやガラパゴスへ長期で行ってみたいと思っています。
1999年8月3日
オオコウモリのネグラはいまだに見つかりません、と言うかあまり真剣に探していません。秋までには元に場所に戻ると言うことらしいので、しばらく放っておこうかと思っています。暗褐色の体色故に季節によってネグラを変えているようなのです。夏は日が射しにくい鬱蒼としたジャングル、冬は比較的日当たりの良い小さく低めの木をネグラにしているようです。それから、これは飽くまでも私の推測に過ぎないのですが、翼を広げて、風を当てたり、日光を当てたりすることである程度の体温を調整行っているのではないかと思われます。犬のように舌を出してヘッへッへッとやったり、猫のようにコンクリートの床にペタっと寝転がることも無いようだし、直接水を飲むことも無さそうだし、まだまだ、謎が多い動物です。
1999年8月6日
小笠原村教育委員会が発行した、天然記念物緊急調査(オガサワラオオコウモリ)という調査報告書を入手しました。この詳細な調査報告書を見ると、私が調査と称して行ってきた観察のたぐいが如何に稚拙なモノだったかが嫌でもわかります。何というか、実にぬかりのない、徹底した調査を実施されてきた、海洋センターのみなさんの行動力は敬服に値します。
ところで、名前こそ出ていませんが、この調査報告書には、ごく僅かながらも私が提供した資料が反映されています。これでようやく「趣味の範囲で自己完結させない」という一つの目標に近づけたことになり、ちょっとホッとした気分です。また、この調査委員会の委員長は、フジテレビのニュース番組で、私が撮影した、母コウモリが子コウモリを翼で包むシーンを、世界で初めて撮られた映像であると証言してくれた方でもあります。
1999年8月19日
今朝方、生まれてはじめてオオコウモリの夢を見ました。1.5メートル位の高さしかない樹に蝙蝠がごっそりぶら下がっているその光景は夢とはいえ豪快なモノがありました。最近見に行っていないから、呼んでいる、と思うのは自意識過剰ですか。
日テレさんの夕方のニュース番組で小笠原の映像が幾つか流されました。その中の、オガサワラオオコウモリは父島に60頭くらいしかいないというあの解説は何を根拠にされたのでしょうか?ちょっと調べれば100頭以上生息していることはすぐにわかるのに・・・。そう言えば、先日、フジテレビさんからオオコウモリの映像のギャラを頂いてしまいました。コラムに書いた、映像資料を無償で提供してきたという文を訂正しなくてはなりません。CXの吉田さん、ありがとうございました。今後の調査費用に充当させていただきます。
1999年8月24日
8月23日父島のビジターセンターにてオガサワラオオコウモリの調査報告会が行われました。もともと、農業者を対象に行われる予定のモノを一般にも公開したという流れがあるので、内容は先日私が入手した調査報告書にそって、解説されました。それから、会場にいた知り合いの農業者から思わぬ情報を得ることが出来ました。近日中に取材に出かける予定ですので、何か収穫があったらHPのほうで報告します。
1999年9月3日
私が農協時代からお世話になっている某農業者の方からオオコウモリに関する情報を入手。なんとその方の農園の柑橘類を狙って毎夜オオコウモリが出没中とか。さらに、ネグラの情報も頂いて私はホクホクでした。しかし、情報を頂いてから、実施にネグラを観察に行くまでに何だかんだで1週間も経過してしましました。ジャングルの中で情報どおりの目標物を発見するも、そこは既にもぬけのから。ううっ、もっと早く行動すべきでした。小笠原は先週あたりから季節の変わり目が顕著で、真夏の間は殆ど見られなかったトンボがウヨウヨ飛んでいます。また、春に繁殖行動を示していた八瀬川の淡水魚ティラピアもまた繁殖行動を示しています。二毛作とは知りませんでした。そう言えば、夜、寝るときエアコン消して寝られるようになりましたっけ。オオコウモリもちょうどネグラを変える時期なのですね。
1999年9月10日
10月1日より公開される「ウェブマガジンぼにんぼいす」さんにおいて、「大蝙蝠通信」というコーナーの連載の担当をすることになりました。編集長からはいつものように軽いタッチで書くようにと言われていますが依頼を受けての執筆となると緊張でいつものような調子が出ていないかも知れません。第1回の連載はオオコウモリの入門編ということで、すでに原稿を提出してあります。あとはそのページに添付する写真を撮りに今夜出掛けようと思います。午前中に撮影ポイントの目星を付けてきたのですが、果たして思惑通りにいくかどうか。
オガサワラオオコウモリはとてもデリケートな存在で、問題が発生して連載打ち切りなんてことにも成りかねませんが、機会があったら是非一度ご覧になってください。
http://www.bonin.ne.jp/nh/bat1.htm
1999年9月23日
扇浦の知り合いの農園には、ネグラの移動以来、しばらく姿を見せなかったオオコウモリですが、その農園のモモタマナの木が実をつけだしてから、毎晩数頭が飛来していることが分かりました。昨晩、さっそく重装備で出掛けたら、モモタマナの実を無心にかじるオオコウモリの姿を撮影することが出来ました。違う構図を狙うためしばらく時間を置いてみようと待機していると、かすかに人の足音が。何しろ人気のない静かなところなのでドキッとしましたが、足音の主は海洋センターの方達でした。そして彼らの手には何やらアンテナのようなものが・・・・。なるほど、これが。海洋センターの調査班がオオコウモリに発信器をつけて、その行動を調査しているという話は聞いていたのですが、実物を見るのはこれが初めてでした。
ところで、モモタマナの実は人間も食べることが出来ます。種の部分を金槌などで割ると、細長くしたクルミのようなモノが出てきます。味はあまりハッキリしませんが、ナッツを食べるのと同じ様な食感とほのかな風味があります。
1999年10月25日
ようやく、オガサワラオオコウモリのビデオが完成しました。春頃に一度完成させたつもりだったのですが、解説に曖昧な部分があることが判り、再編集を余儀なくされて今日を迎えてしまいました。再編集にあたり農業に携わる3名の方にインタビューをして、オオコウモリについて幾つか証言をして頂いています。おそらく世界でも初めてのオガサワラオオコウモリ専門のビデオであると思います。このビデオは現在父島の「吉田土産物店」さんで売られています。また、「ウェブマガジンぼにんぼいす」さんでも通販を承っています。
1999年11月1日
今日、郵便局へ切手を買いに行ったら、たまたま知り合いの帰化人の方にお会いしました。帰化人の方は小笠原がアメリカに統治されていた時代もずっと小笠原に住んでいた人が多いので、試しにオオコウモリの事を聞いてみました。すると、何とその方はオオコウモリを食べた経験をお持ちの方でした。おっとりしているとは言え、空を飛べるオオコウモリをどうやって捕獲するのかと思ったら、その方はピストルで打ち落としていたそうです。なるほど、小笠原はまさにアメリカだった訳です。撃たれて、うつ伏せになったものは大概死んでいるそうですが、仰向けになっているものは気をつけないと手を伸ばした瞬間に爪と牙で反撃されるそうです。調理法は大きな鍋に湯を沸かして、塩で湯がくだけで良いそうです。湯がかれた肉は簡単に皮が剥がれ、肉質は脂肪が混じったとても柔らかいもので、ちょうどコンビーフのような感じなのだそうです。他の肉類(鳥・豚・牛)には無い味で「牛肉なんかより全然旨いよ」と、その方は仰っていました。今度獲って食べてみれば?と盛んに奨められましたが、丁重にお断りしておきました(当たり前)。
2000年1月13日
「ウェブマガジンぼにんぼいす」に好評?連載中の大蝙蝠通信の第2回が掲載されました。第1回の原稿とほぼ同時期に2回目、3回目の原稿も書いているのですが、そのため、忘れっぽい私は自分で何を書いたのかすっかり忘れてしまっています。掲載された自分の文を読みながら、ほーう、なるほど。こんな事書いていたんだと感心したりして。添えられた写真も自分で撮ったもののはずなのですが、こんな写真撮ったけ?と、これまたすっかり忘れてしまっています。昔から覚えが悪い方なのですが、最近は輪を掛けて酷くなっているようです。でも、忘れっぽいのも、ひとつだけ良いことがあります。それは、次に掲載される3回目がどんな内容だったか楽しみに出来ることなのです。
http://www.bonin.ne.jp/nh/bat2.htm
2000年1月19日
「ウェブマガジンぼにんぼいす」に好評?連載中の大蝙蝠通信の第3回が掲載されました。今回は「オオコウモリは空飛ぶキツネ?」というタイトルで、他愛のないウンチクをたれてみました。ちょうど今日は4回目の原稿を書いていたところだったのですが、早くもそろそろネタ切れです。5回目は相当に苦労しそうです。お時間と興味をお持ちの方は是非一度ご覧下さい。
http://www.bonin.ne.jp/nh/bat3.htm
2000年1月20日
朝8時前、惰眠を貪る私に喝を入れるかのように、某氏から電話が入りました。もうとっくに起きてましたよと言わんばかりに精一杯の元気な声を出して電話口に出ると「オオコウモリのネグラが判りそうなので一緒に見に行きませんか?」という何とも嬉しいお申し出。農園で待ってますというお言葉を頂いて電話を切り、早速支度を始めましたが、郵便局に行く予定があったのを思い出しました。20日消印有効のコンテストにビデオを送らにゃならんのでした。急いで車に乗ると、何とガソリンが空同然ではないですか!農協でお金を下ろさなきゃ。農協の向かいの吉田土産物店さんのご主人と話し込むこと十数分後、ようやくお金を下ろして車に乗ると、エンジンがかからない!今度はバッテリー切れです。何と言うことでしょう。吉田さんに車を出して貰ってケーブルでつないでバッテリーは何とか復活。ガソリンを満タンにしてようやく現地へ急行です。
某氏がネグラがありそうだと予想する場所へ行ってみると、ろくすっぽ歩かないうちに発見!まさか、こんな近くにあったとは・・・。銀塩カメラは調子が悪かったので、今日はビデオを回しときました。久しぶりの再会に私の方は目頭が熱くなる思いでしたが、彼らにはそんな感情は伝わる訳もなく、いつものように、最初だけ「何か来たぞ」という顔でこちらを見て、しばらくするとすぐに飽きて睡眠に入ってしまいました。4時間ほど粘りましたが、木々の枝や葉が邪魔で、あまり良いものは撮れませんでした。
2000年1月24日
今日は昼前から太陽が出たので比較的暖かかったのですが、大寒から昨日まではかなりの冷え込みでした。オオコウモリもネグラで寄り集まり、固まって暖を取っていました。一際大きな塊をビデオで撮影し、家に帰って数えてみたら、なんと30頭の集合体。この他にも小さなかたまりが点在していたので、その一帯には少なく見積もっても40〜50頭のオオコウモリがいたことになります。
2000年2月1日
「ウェブマガジンぼにんぼいす」に好評?連載中の大蝙蝠通信の第4回が掲載されました。今回は「オオコウモリの下の話」というタイトルで、都合によりテレビで放送されていない部分についてのお話です。毎度の事ながら、見たまんまの他愛のないウンチクをたれています。お時間と興味をお持ちの方は是非一度ご覧下さい。さぁ、いよいよネタ切れです。5回目は何を書こう?
http://www.bonin.ne.jp/nh/bat4.htm
2000年2月20日
この季節小笠原の天気はとても不安定です。今月は中旬にちょっとした台風並みの大風が吹き荒れました。そんなとき心配になるのは絶滅危惧種に指定された希少動物達です。風が収まった日にオオコウモリのポイントを観察に行ったら、強風で折れたり散ったりしたと思われる枝や葉が地面に散乱し、鬱蒼としていた森林の見通しが若干良くなってしまいました。それでも彼らはいつもと変わらない様子で毛繕いや日光浴をし、寄り添って塊(かたまり)を作ったりしていました。ちなみに、先月見つけた「アカガシラカラスバト」もいつもの場所で元気にシマホルトノキの実をついばんでいました。何はともあれ、一安心です。
2000年2月21日
TBSのことです。今夜の「ニュースの森」の中のお天気コーナーで私が撮影したオオコウモリの映像が流れました。このような場合、映像素材を収録したテープにキャプションを添えて郵送で送るのですが、実は、オオコウモリの映像は今回が2回目の投稿になるので、あまり詳しいキャプションを送りませんでした。そのため局の方が独自に調べた内容(多分、小笠原フィールドガイドを参照した)で解説されていましたが、翼長が1メートルにもなるって部分は私の見解とは異なります。父島にはそれほど大きな個体はいないというのが私の持論です。捕まえてサイズを測った訳では無く、目測によるものなので確証は無いのですが。それにしても、去年渡した映像素材のほうが情報量が圧倒的だったのに、どうして今年のが採用に至ったのでしょう?とっても不思議。
2000年2月22日
オオコウモリがネグラを飛び立つ時間は大体わかっているのですが、その時のネグラの様子を見たことが無かったので以前からちょっと興味がありました。先月、夕方薄暗くなるまで観察していたこともあったのですが、昼間でさえ薄暗い森林の中を暗くなるまで一人でいるのって結構腰が引けてしまいます。自分はそれほど恐がりじゃないとは思うのですが、暗くなった森林の迫力は結構強烈です。でも、今日は某WEBマガジン編集長と二人だったので闇に対する恐怖など微塵も感じずにネグラを観察することが出来ました。最初の1頭が飛び立ったのは5時44分。それから徐々にネグラに活気が出てきて、あちこちの木々からオオコウモリ達が飛び立ち始めましたが、最初から目を付けていた30頭くらいの塊(かたまり)にはなかなか変化が表れません。いい加減闇に紛れて、塊が有るんだか無いんだか見分けが付かなくなってくるし、空模様もおかしくなってきたので引き上げて来てしまいました。
2000年3月
「ウェブマガジンぼにんぼいす」さんに好評?連載中の大蝙蝠通信の第5回が掲載されました。今回は「観察者は忍者たるべきか?」と題して、観察するときの私なりの自主ルールとコダワリについて書いています。お時間と興味がある方、是非一度ご覧下さい。
http://www.bonin.ne.jp/nh/bat5.htm
2000年3月9日
今日は、オオコウモリが日没後ネグラを飛び立ち、どの方向へ飛んで行くのかを観察するために某所に詰めていました。6時を少し回った頃、最初の一頭が北東の方角へ飛んで行ったのを皮切りに、その後はいつものように思い思いの方角へバラバラと散って行きます。
そんな中で、私は今日初めてオオコウモリが飛翔だけではなく、滑空もすることを知りました。滑空とはつまり、羽ばたきを止め、慣性の力を利用してグライダーのように飛ぶことをいいます。鳥に較べると若干重めであるオコウモリは常に羽ばたいていないと飛べないのかと思いこんでいただけに、驚きました。
2000年3月11日
私が最も信頼している人物の一人であるM氏は仕事で何度か北硫黄島へ行っています。彼から今日聞いた話では、北硫黄島にはオオコウモリがうじゃうじゃいて、ネグラになっている木(多分、ガジュマル)の下には多数の骨まで落ちているそうです。わたしも父島の中で幾つかのネグラを見ましたが、オオコウモリの骨が落ちているのは見たことがないので興味津々で話に聞き入りました。北硫黄島のオガサワラオオコウモリは翼長1メートルを越すものがザラにいるという噂なので、いつかは、北硫黄島のオオコウモリを観察しに行ってみたいものです。
2000年3月12日
文久元年(1861年)、当時の日本政府が派遣した小笠原巡検隊の一員であった小花作助は、当時の小笠原の様子を多数の画にして後世に残しました。その中の1枚にオガサワラオオコウモリを描いたものがあるのですが、本日それを見る機会に恵まれました。小笠原物産誌略(明治16年刊)にもオオコウモリの画が添えられていますが、これとは全く別物でした。小花の画は、バットマンのコウモリマークを連想させる黒々とした、よりキツネ顔のオオコウモリが翼を広げて描かれています。画の完成度から言えばどちらが優れた技量によって描かれているかはハッキリとしているのですが、小花の描いたものもとても興味深いものでした。
2000年3月13日
オオコウモリの観察をするために4〜5日振りにいつもの場所へ行ってみると、そこはもぬけの空になっていました。去年は1月の中旬にこの地区のネグラが放棄されているので、2ヶ月ほど長くとどまったことになります。移った場所は去年とまったく同じ場所だったので、すぐに新しいネグラを見つけることが出来ましたが、これまでよりも広めの所にある大きな木に分散しているためか、数が少なくなったような印象です。その代わり、ほとんど足音を気にしなくてもオオコウモリに嫌がられることはないようです。