・・・・・・・・米川水源を求めて
うちの近所に、下の川( しものかわ )という川が流れている。川といっても自然にある川ではなく、農業用水を取るための用水路なのだが、幼いころはこの川が毎日の遊び場だった。
日が暮れるまでザリガニやめだかを捕ったり、プラモデルの船を走らせたりしていた。そのころいつも思うことが、「この川をずうっとさかのぼって行くと、水源はどうなっているのだろう?」
大人になって忘れていた疑問が、ある日ふつふつと浮かび上がってきた。今回のツーリングは、誰も知らないだろう農業用水路の水源をこの目で確かめる、という地味ではあるが何十年越しの疑問を晴らす散歩に決定したのだった。
下の川用水路は、境港市内で米川(よねがわ)という用水路の本流に合流していることは、子供のころから知っていたのだが、この米川の水源がどこだかはその当時ガキだった俺には知る由もなかった。今では25キロほど離れた日野川だということは分かっている。休日の日帰りポタリングには調度よい距離である。(散歩がてらぶらぶらと自転車で行くことをポタリングというらしい。最近知った。)
このポタリングをするに当たって、自転車を少しいじらせてもらった。このコースは全てアスファルトの舗装道路であり、ゴツゴツのブロックタイヤである必要はない。冬の間買ってから一度も使ってなかったスリックタイヤに履き替えて出発した。このタイヤ、期待どうり軽快な走りを見せてくれるのだろうか。
俺の住んでいる境港市は、弓ヶ浜半島の先端に位置し、山陰で一番大きな漁業基地だが、しろねぎの産地でも有名だ。
白ねぎでもなんでも農産物に水は不可欠だ。しかし弓ヶ浜半島には真水がない。平べったい砂地だから、自然の川など流れていないのだ。
そこで江戸時代の人たちは25キロも離れた大河川、日野川の水を人力で用水路を掘って境港まで引っ張ってこようと考えたわけだ。この江戸時代の公共事業で命を落とした人も、何人かいたという難工事だったらしい。
この弓ヶ浜半島のど真ん中を米川用水路は突っ切っている。弓ヶ浜半島は、日本三景で有名な天橋立を巨大にしたようなものだから、ほとんどが砂地で、山などは全く無い日本でも珍しい地形をしている。実際、大山の桝水原から眺める弓ヶ浜半島は、天橋立なんかよりもずっと見ごたえがありすばらしいと俺は思っている。大山にいく機会があればぜひ見てください。

下の川と米川の合流地点に行くと、米川沿いに自転車道が出来ている。まさに渡りに船。鳥取県も味な真似をやってくれる。この自転車道の名前は弓ヶ浜自転車道という。そのまんまだ。
この自転車道沿いには、あじさいがたくさん植えてある。梅雨時分また来て見ようと思う。あまり花には興味がないが、あじさいは好きな花の一つだ。分かりやすいし、でかいから大雑把でいい。
花といえばパンジーと、チューリップがあちこちで咲いている。畑の脇や、家の軒先で栽培しているのだ。ここらあたりの農家は、ねぎを作っている人がほとんどで、花は趣味で作っている。この遊び心がなんともいい。
ちなみに、あじさいのきれいな場所は松江市の月照寺、チューリップは鳥取県内では日吉津村、島根県では伯太町である。パンジーは知らない。
しかし、今日のポタリングは異常に寒い。もうすぐ五月だというのに、吐く息も白くなるような寒さだ。「さっびー、今年の天気は異常じゃーっ。」日の当たっている所は結構あったかいが、影に入るとふるえてしまう。
寒いと腹具合が悪くなるという恐怖体質のため、トイレはこまめにチェックしとくことにした。帰りに役立つかもしれない。事によってはのぐそも考えねば・・・・・・・・

米川沿いに伸びている自転車道も、ずっと米川に寄り添っているわけではなかった。境港市と、米子市の境に米子空港の滑走路が横たわっている。ここを迂回する為に結構な体力を使わなければならない。しかも、障害物の無い滑走路脇の道路は、いつも海からの向かい風が吹いている。
ええーい、こなくそ。こんなとこにこんなもん作りやがったのはどこのどいつじゃー。
しかし、出張のたびにお世話になる米子空港、その時は「自宅にこんな近いところに、空港があるなんてラッキー。」なんて勝手なことを言っている俺はあいかわらずわがまま大王だ。
一生直らんだろう。
米子空港を迂回して中海という湖の方へ向かう。湖に突き当たるまでに米川と合流するが、そのまま真っ直ぐ行くとウィンズ米子という競馬の場外馬券売り場が現れる。ほっとくと、馬券売り場に向かってしまうこの体をむりやり米川沿いの自転車道に向かわせ、林の中を走っていく。
ちなみに今年の注目馬は、アグネスタキオンという三歳の馬だ。関係ないが・・・・・・
ちなみに今年に入ってからかなり競馬で負けている。関係ないが・・・・・・・
林の中を走る自転車道は、だんだんとうっそうとした木の枝が覆い被さってくるようなおかしな景色に変わってきた。川幅は変わらないが、水量は境港よりもかなり増えている。しかし人っ子一人いない。不気味だ。

ここからは自転車道は無くなり、細いが車も通る道となる。しかし車なんて物は一台も通らない。本物のど田舎道になってしまった。自分が今まで住んでいた町の隣町に、こんなところが有ったなんて今の今まで知らなかった。自転車ツーリングは色んなことを教えてくれる。
林を抜けると、両側がだだっぴろいねぎ畑のど真ん中になる。ここらあたりは見晴らしがいい。すぐ横にJR境線の線路が並走していて、ゲゲゲの鬼太郎や妖怪たちのイラスト電車が走り抜けていった。俺はいい年こいたおっさんだが、こんなイラストが書いてある電車は大好きで、横を通るたびにへらへらしながら見送った。
このねぎ畑ゾーンを越えると、米子の市街地へ入っていく。ビルの間を抜けていく川は、今まで田舎を通っていた川とは同じに思えないほど雰囲気が変わる。
ここらあたりになると、また自転車道が復活し、中学生や高校生のチャリダーが増えてきた。
あいつらは大きな声ですぐ隣にいる友達と話しをする。どんな内容か聞くと大声で話すほどのことでもない。コンビニのから揚げがうまいだの、だれだれの顔がブッ細工だの、おおよそ重要だとは思えない内容をがなりたてるのだ。自己アピールのつもりが、馬鹿を宣伝しているだけなのだ。何とかしてやりたいとも思うが、どうせ俺が出て行くとけんかにしかならないので止めとくことにする。何だかんだいっても、俺も未熟だ。
米子市内を抜け、さらに南に向かうと鳥取県西部でも一番大きな総合運動公園である東山運動公園に突き当たる。
ここは毎年プロ野球の公式戦をする東山球場をはじめ、プール、陸上競技場、テニスコートなどが集まる公園で、この日は高校生のテニスの大会をやっていた。
少し疲れたので自転車を止め、ぼーっとテニスの試合を見ていると、女子高生たちの視線が俺に集まっていることに気が付いた。「何、あの男。テニスルックのあたしたち、天下の女子高生をスケベっぽく見つめて。セクハラよ、セクハラ。」
実際に口には出していないけど、俺を見る目がそう物語っている。
今の時代なんでもセクハラになるので恐ろしい。ぶすにぶすといえばセクハラ、 髪の毛に少し触ればセクハラ、お尻を触ってもセクハラ( あたりまえじゃ!)
俺がもし女性でもセクハラされれば嫌だろうし、今時の女子高生は遠慮なくものを言うので、「このセクハラ親父 !」なんて叫ばれる前にフルスピードで退散した。
おかげですごく疲れたし、帰りはここを迂回して帰る羽目に・・・・・・・
運動公園を過ぎたら水源の日野川はすぐそこだ。今まではビルも建っていたのにすっかり田舎の風景になっている。川幅も広くなり、水量も家の近くの用水路とは比べ物にならないほど多くなっている。たかが用水路の源流近くなのになんだか感動してしまった。
ここからは大山がよく見える。境港から見る大山も立派で美しいが、ここは大山に近い為大きく見える。そういえば去年大山を一周する環状道路を走破しようとして、なんと一時間でギブアップしてしまった情けない経験を思い出してしまった。今年中にリベンジしたいと思っているが、力強い味方が現れた。スリックタイヤである。今回のツーリングは、行きは追い風帰りは向かい風だった。普通少しの向かい風でもつらいものだが、今回はあまり気にならなかった。スリックタイヤの威力、絶大である。
そしてやっと子供のころからの疑問の場所、米川の源流にたどり着いた。大河川日野川から水を取り入れる場所は、コンクリートで作られた何とも味気ない分水路だった。だけど長年の疑問が解けたからなのか、ガッカリした気持ちは無い。疑問を晴らしたすがすがしささえ感じられる。

ここを通った水が、はるか境港まで流れていくのだ。美味しい白ねぎの命の源がここから流れる。
子供のころよく作って遊んだ葉っぱの船を作ってここから流してみた。激流にもまれながらもひっくり返ることなく流れていった。境港まで行き着くことは出来ないだろうが、絶対そうだとも言い切れない。境港まで行き着けばいいなと思いながら、しばらく見送った。
俺はこういう子供っぽい自分が、結構好きである。何事にも遊び心が無いと、面白味もなくなってしまう。子供バンザーイ。子供は楽しいぜ、幸せだぜ。
時間も午後一時をまわったので、腹が減ってきた。日野川沿いの土手の道を走っていくと、土手下の河原のほうにも小さな道があるのを発見した。
この道は川に近くて雰囲気がいいし、自動車も人も通らない。自転車を担いで土手を下り、どこか腰をおろして弁当を食べれる場所を探しながら進んでいく。はじめはすぐ近くを日野川が流れていたが、だんだんと河原が広くなり木や草が多くなってきた。もっと上流に進むと、ジャングルのような景色になってきた。まさか日野川の河原にこんなジャングルがあるとは・・・・・・・
とても不思議な風景におもわず足を止め、カメラのシャッターを切った。

ここで弁当を食うことにする。コンビニで買った弁当だが結構うまい。食べ終わってさらに先に進むと、また土手の上の道路につながっていて、車がびゅんびゅん走っている。
米川の水源も見たし、車が多くて危ないのでここらあたりで引返すことにした。
帰り際、米川水源の横に山に上る小さな道があることにきずいた。小さな鳥居が建っているので、山の上に神社があるに違いない。歩いて上ってみると、小さな神社があり、たくさんの狐の人形が祭ってあった。
この神社は 藤内(とうない)さんという神社で、米川の水源を守っている神社なのだ。
山を降り、帰路につく。テニスコートを迂回して少し遠回りをしたものの、無事境港まで帰りついた。帰りは向かい風だったにもかかわらず、あまり疲れを感じなかったのはスリックタイヤの威力だ。普段走るのにも軽くていい感じだが、向かい風のときもまたいい働きをしてくれる。これは買って正解だった。
子供のころの疑問は、こうして晴らされた。水源は感動的な場所ではなかったが、俺の心が少しだけ軽くなった気がした。

皆さんにも子供のころ抱いた疑問があるはず、それを大人になってから晴らすのもまた面白いものです。子供の心に戻った一日でした。