隠岐でクタバル(後編)
昨日の夜は、大竹の怪獣のようなイビキでまんじりともしなかった。その上便秘ぎみの腹が張ってどうにも苦しくてしかたがない、便秘ぎみだからこそ昨夜のすさまじい匂いがする生屁が発射可能となったのだが、だからといって便秘が体にいいわけない。
こういうときは本屋に行くのが一番良い方法なのだけど、近くにもちろん本屋などない。テントの中でウダウダしていたら急に便意が押し寄せてきた。この機を逃したら便所のないツーリング中にいきなり便意に襲われる事は必至、トイレットペーパーを片手にキャンプ場の便所に駆け込んだ。
得意技の「ドアを閉めつつズボンとパンツを同時に脱ぎ、しゃがみながらカギをする。」という凄まじく迅速なサムライ魂で急場をしのいだ。
しかし、皆さんにお聞きしたいが、本屋やレンタルビデオ屋に行くと ウンコがしたくなるのはなぜだろう ? 俺だけなのだろうか ? この謎を知っている人は、ぜひメール或いは大竹のBBSでお知らせ願いたい。
水洗の近代的な便所で豪快な音を立ててコトを済ませた後、テントに帰ってみるとすでに大竹が朝飯の準備をしている。
ヤツは朝から丼物をパクついて妙な鼻息を「ふんーっ !」とはいている。おそらく昨日逢った店屋の「薬師丸ひろこ」に似ているオバハンに今日も逢いに行くつもりなんだろう。よからぬ想像をして勝手にコーフンしている、困ったもんだ。
俺も朝飯の菓子パンと焼きソバUFOを食ってテントサイトを片付ける事にした。
すべてのものを自転車に積み込み、今日のルートを協議する事にした。
西回りのコースは楽だが見所が少ない、東回りのルートは見所は多いものの、とてもハードな坂が断続的に続いている。俺はすかさず「東回りで行くぞ。」と大竹に宣言した。大竹は元々御気楽な人間である、「ほんならそうしようか〜。」と寝ぼけがおで答える。俺は山中鹿介と同じ山陰のサムライだ、「我に七難八苦をド〜ンと持ってきなさい。」と心の中でつぶやいて颯爽とランちゃんに跨るのだった。
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一夜の宿、吉浦キャンプ場を引き払う
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途中の神社でオバハンに思いをめぐらす大竹
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キャンプ場の近くに中村方面の看板表示が出ているので、地図で確かめるまでもない。と見切り発車したのがこれから始まる悪夢の始まりだった。
自動車も通らないのに完全舗装してある広い道を、中村という海水浴場方面に走る。隠岐というところはめっぽう道路事情がよろしい、車も走らないのに舗装した道路が島を縦横無尽に貫いている。まさにゼネコン天国だ。こういう県で土建屋になりたいものだ。
比較的なだらかな舗装道路を鼻歌で進む、と言っても最初だけだが。
少しづつ上り坂がきつくなってきて、終いには朝っぱらから汗だくになった。途中の道路わきに山イチゴだか野イチゴだかがたくさんなっている、口に入れると甘酸っぱくてうまい。大竹は夢中で食いながらウンチクを垂れる。食うのかしゃべるのかどちらかにしてもらいたい。
ここから更に進むと、おそらく隠岐の道後島で一番高いであろうやまなみが正面にそびえている。たぶんあの山を海岸沿いに迂回して中村に至るのだろう、山頂には巨大な風力発電の風車が見えていた。
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野イチゴ、まいぞ
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更衣室兼公衆便所
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看板どおり中村方面に進むと、今までの広い道路から枝道に入り込む。たぶん少し登ったら海に向かって一直線に下るのだろう、そこが中村海水浴場にちがいない。脳天気にも大竹と二人してこれから先の地獄を想像できず、勝手にここを下れば楽勝だと思い込んでいた。
さて、今は上りだがあのカーブの先から下っているにちがいない、勝手にそう思って行ってみればカーブの先はまだのぼりが続いている。
「大竹、次のカーブはどうだ?」と言うと、「何か下りの雰囲気だぞ、そうにちがいない。」大竹はそう俺に答えて、いやそう自分に言い聞かせて歯を食いしばって上り坂を進む。
ところが幾つものカーブを過ぎても下りの道などどこにもない、延々と上り坂が続いているのだ。しまいに大竹は自転車を降りて押して歩き出した。「ふがいない、それでも軍人か!」と怒鳴りつけてやろうと思い顔を見た瞬間、その気分が萎えてしまった。あまりのしんどさに大竹は大きな鼻から鼻水を出し、眼から涙がチョチョギレているではないか、「これ以上無力な青年を追い込むのはやめよう。」そう心に決めたはちまんタローは付き合いで自転車から降りて歩きながら押すのであった。
少しの間はベソをかいていた大竹だったが、歩きながら道端に目をやり、やれノビルが生えているだの何たら草が美味そうだとか、俺には興味のない草の話をはじめたではないか、あまりのウンチクに辟易してすけべな話を仕向けたが大竹は草を見つけるのに血眼だ。
あきらめて俺は世界平和の事などを頭に描きつつ歩みを進めるのであった。ああ、何という慈愛に満ちた存在なのだろう俺という男は。
一時間、二時間と上りつづけふと前を見ると風力発電の風車がすぐ近くに見えるではないか、「なんだ、遥か山頂に見えていた風車が目の前にあるぞ、俺たちは山頂まで歩きつづけたんだ。」あきれて大竹にそう言うと、大竹も一瞬おどろいていたが「ノビルだ、食ったら美味いぞ。」などと草の話をはじめる始末、草食い大竹にはもはや正気がなくなっていた。
これ以上のぼりが続くと大竹の脳みそが危ない、何とかしなければ・・・・・。そう思って思案をめぐらせていると、いきなり三叉路にぶち当たって、下りの道に出ることが出来た。何時間上りつづけたのだろう、汗はびっしょり、大竹は廃人同然、、その上水もなくなってのどが渇きっぱなし。
この下り道はどれほどありがたかったのだろう。だいぶ進んだはずだ、そう思って観光用の簡単なパンフレットのイラストを見るといくらも進んでいない。もっと楽なコースがあったのだが、俺たちは山の頂上に登るためにつくられた風力発電所の道路を進んだわけだ。全く地図を持たずにツーリングをすることの恐ろしさが今になって身にしみて解かった。
下りきって中村に出ると、後は上り下りが交互に来る海岸道路に出くわした。風車道ほど上りオンリーではないが、これはこれでけっこうキツイ。
自転車を押したり、また飛び乗ったりの連続だ。途中布施村の公衆便所でウンコをし、さらにアップダウンの海岸線を先に進む。
敵は坂道だけではない、この細い道路を俺たちすれすれに追い抜いていく自動車も強敵である。狭い道路で、しかもカーブが続き見通しが悪い、車の音が聞こえたら自転車を降りて端に避けなければ危なくてしょうがない。
坂道と自動車、大竹のウンチクに悩まされながらも西郷港の手前までヨレヨレになりながらもたどり着いた。
しかし、この坂を下れば西郷の町だ、というところまできて道路工事が行く手を 阻んでいるではないか。この場に及んでまだ道路を拡張するのか、隠岐の工事業者はさぞかし儲けているのだろう、まさにゼネコン天国。草にしか興味のない大竹でさえ怒り心頭だった。
何とか工事中の道路を踏破し、一気に西郷の町まで下る。ここまでくれば境港に帰ったも同然だ。
それにしても腹が減った。隠岐汽船乗り場の近くにラーメン屋を発見、さっそく入りチャンポンを注文する。うん、なかなかいける味だ。行きがけに寄った隠岐蕎麦とは全く違う。満腹になった所で西郷の散策に出かけることにした。
最初に土産物屋に入ってみる。色のきれいな貝殻や、絵葉書、魚などの干物を売っている。大竹は何か買っていたようだが、俺には全く興味がない。饅頭を一つ買って店を出た。
あちこち回ったが目新しいものはなく、疲れた体を休めたかったので町内の、とある食堂 に入ってコーラを注文した。そう、ここには喫茶店というものが見当たらず、食堂で事を済ませなくてはならない。しかも、アイスコーヒーというメニューがなく、しかたなくコーラを注文するという始末。
二人でコーラを飲みながら体を休めて、ふとテーブルの上に置いてある醤油さしを目にして飛び上がるほどおどろいた。何と中に白っぽくて米のような形をした生物がくっ付いているではないか、誰の目にもこれが「ウジ」という嫌われ者の虫だということは明らかだった。
もう落ち着いてなどいられない、早々に金を払って店を出た。行く当てもないのでフェリー乗り場の待合室の長椅子にゴロンと横になって、しばし安眠をむさぼる。結局これが一番体を休めるには良かった。
三十分ほど熟睡して横を見ると、いつの間にか大竹の姿が見えない。また草でも探しに行っているのだろうと思い、横になったままウダウダしていると、口を半開きにしたまま社会の窓全開の大竹が落ち武者のように歩いてきた。「どこに行っちょっただい(どこに行ってたんだ)。」と聞くと、泣きそうな顔をして昨日立ち寄って、道を尋ねた店に行っていたという。そう、大竹が勝手に恋をして、似てもいないのに薬師丸ひろこに似ているというオバサンに逢いに行っていたのだ。人妻に恋をするのは勝手だが、そこまでのめりこむようなオバハンではないと思うのだが、人間の主観というものは人それぞれだということなんだろう。
「さてはフラれたのか。」と聞くと、店が休みで閉まっていたという、俺は閉まっていて良かったと思った。開いていたら良からぬ事をしたかもしれない。
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隠岐汽船が誇る快速船「レインボー」
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今回乗船したのはこのフェリー「くにが」
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フェリーの切符を買い、船に自転車を積み込んで客室で寝転ぶ。大竹が「隠岐誉」というカップ酒を買ってきて、船旅の友とした。この酒は古いせいかあまり美味くなかった。境港に帰ってからもう一度「隠岐誉」を飲む機会が合ったのだが、そのときはけっこう美味い酒だと感じた。酒はやっぱり新しいものの方が断然美味い。
七類港から疲れた体に鞭打って境港まで自転車を進め、うちの近くの分かれ道で「ほんならまた。」とあっけない挨拶をして大竹と分かれた。
不思議なもので、たった一晩一緒にいただけで、ふと大竹の姿が近くにないと体がスースーするような、何か気の抜けたような変な気分になってしまう。まあ、飲みに出て一晩夜更かしをするのと、露天のテントで夜を明かすのでは「一晩の密度がちがう」ような気がする。やはり自然の中では濃縮された時間が流れるのだろう。
ふと、哲学的になる平成のヒーローはちまんタローであった。
ツーリングには地図を持って行きましょう。えらい目にあいますから・・・・・