古都奈良路中編
みなさん、あの聖徳太子さんも歩いたという山辺の道というのをごぞんじか? なんでも日本でいちばん古い公道だそうな。
これはなんでも見てやろう人間の俺としては、放っては置けない。
そこで、奈良2日目は山辺の道走破に決定。
バナナの朝食を食べた後、意気込んでカーテンを開くと、なっなんと雨が降っているじゃあありませんか。「なんでじゃーっ」
いっつもこうだ。俺が何かしようとすると、いつも出鼻をくじいてくれるやつがいる。
「どがんなとなーさがれ! ( どうにでもなりやがれ )」朝の七時から大腹立ちで自転車置き場へ行くと、あまりの怒りに雨空も驚いたのか、雨があがってしまった。たまには怒ってみるもんだ。
まず始めに向かうのは、山辺の道の起点となる百豪寺だ。この寺は昨日訪れた新薬師寺のすぐ近くだということで、簡単に場所がわかるとタカをくくっていたが、何かしら一向に見つからない。ようやくたどり着いたときには八時を過ぎていた。
ところで、かんじんの山辺の道だが、どこに有るのかさっぱり分からない。それらしき道はあるものの、看板には「東海自然歩道 」と書いてある。
ここで時間ばかり食っていてもしょうがないし、天理市のあたりで、もう一度探してみようということにした。ここから天理市までの山辺の道は北部ルートといい、あまり有名ではないらしい。天理市から桜井市までの南部ルートがポピュラーなコースらしい。
まっ、ここら辺の切り替えの早さが自転車散歩の長続きする秘訣かな。俺って天才。 ( どこが天才じゃ! )
奈良市から天理市までのバス道を南に向かって自転車を走らせる。何て事のない普通の道路だが、ここで嬉しいことが一つ発生。
何とバス停でバスを待つ女の子がしゃがんでいて、パ、パ、パンチイがっ、まぶしく光るパンテー・・・・・いや、パンティが丸見えしてるじゃありませんかっ。
俺が指差して、「見えてる、見えてる。」と注意を促すと、女の子はびっくりした顔で立ちあがり、はにかみ笑いをしながら、「ありがとう。」と、俺様ごときにお礼を言われたのでありました。俺って親切。(
ほんとは得したと思ってる)
天理市に着いてみると、やたらと天理教と書いてある法被を着た人がたくさんいる。ここは天理教の本部があるところで、すごく大きな天理教の建物が三つも建っている。
法被を着た人も、大きな建物も、全然違和感がない。町の中に溶け込んでいるのだ。この町にも他の宗教を信仰している人は居るに違いないのだが、いざこざが起きたなんて話は聞いたことがない。この町に根ざし、完全に調和しているのだろう。たいしたもんだ。
なにはともあれ山辺の道を探さなければ始まらない。地図を見ると、幸いにもこの近くの神社の横を山辺の道が通っているらしい。
神社の名前は夜都岐神社という。この神社を見つけるのは大して時間はかからなかった。すぐ横を小道が通っている。この道が山辺の道に違いない。何せ地図と一致している。そして脇の看板を見ると・・・・・「
なんじゃこりゃー」山辺の道ではなく東海自然歩道と書いてあるではないか。
山辺の道イコール東海自然歩道ということらしい。百豪寺で見たあの道が、やはり山辺の道だったのだ。すげえむかっ腹立つ。
山辺の道は山辺というだけあって、低い山の中腹を曲がりくねりながら伸びている。生活道路なので大体は舗装されているが、所々にダートがあり、坂道のきつい場所が有る。ガイドブックによると、本来ならここは歩きで行くのが正当らしいが、自転車が邪道だということもないし、おおいばりで進もう。勝手に正当だ、なんて決めないでくれ。
途中いくつもの大きな古墳があり、みだりに入るなという宮内庁の看板が立ててある。何と、見張り番のおっさんが居るところまであるのだ。理由はないが、なんとなく好きになれないな。
昼前に長楽寺というお寺についた。奈良のお寺イコール静かな山の中のお寺というイメージを持っている方には絶対お勧めのお寺。奈良や京都の有名なお寺は、たいてい街中の観光化された場所にあり、人ごみでギブアップという所が多いが、ここは間違いなく静かな山寺。近所のおばさんが、自主的に落ち葉掃除をしていた。
水分補給の為一度国道まで降りて、烏龍茶を買い再び山辺の道に帰ろうとしたが、近くに大市墓という有名な古墳が有ることが判明、この古墳の先からまた山辺の道に合流すれば良いや、と思い大市墓まで自転車を飛ばした。
この墓の主は女性であるという。何と卑弥呼の墓だという説まである。この時代の女性は、現代女性に負けず劣らず優秀だったようだ。絶対王制の時代に最高権力を握っていた女性が、何人もいたという話だ。すばらしい。
大市墓は、かなり大きな前方後円墳という形の古墳だった。出雲にもたくさん古墳があるが、悔しいけど奈良の古墳とは大きさが比べものにならない。
この古墳の先に神社があり、記念写真を撮ることにしたのだが、セルフタイマーが早すぎて、後姿しか写っていなかった。とほほほ・・・・・
ここから山辺の道の合流地点へ行く事にする。途中に柿本人麻呂の歌碑が点在している。なかなかいい雰囲気の道だ。自転車を走らせていると、子供を連れた若いお母さんがにっこり笑って挨拶をしてくれた。こんな俺に、悪書を見てにやけるようなこの男に挨拶を・・・・・・・田舎の人は悪意がなくていい。奈良市内では、工務店のおっさんにクラクションを連呼されたり、意味もなくガンつけてくるアンチャンと何分もガンつけ合戦をしたり、そこに居るだけで疲れてかなわん。田舎はいいなー。
山辺の道の合流地点に着いた時、前方に「笠山荒神」という看板が見えたので、少し遠回りになるが行ってみることにした。巻向山というおかしな名前の山の横を道は伸びている。すぐ近くだと思っていたのに中々着かない。それどころか、坂がどんどんきつくなってくるではないか。体中汗びっしょりになり、ぜいぜい言いながら自転車を進めた。ギアはすでに一番軽くしてある。しかし、そんなことではこの坂は許してくれない。とうとう自転車を降りて、押して歩く羽目になってしまった。パスハンティングとかいう峠越えを専門にしている人たちなら屁でもないかもしれないが、俺にはきつすぎる。すれ違う車の運転手はこちらを見て笑っている。「何笑ってんねん」腹が立って叫ぼうとするのだが声が出ない。こんな地獄が二時間近く続くことになるとは想像もしなかった。
激闘の末、ぼろぼろの敗残兵のようになりながら徘徊していると、ようやく目指す笠山荒神の入り口にたどり着いた。ここの神社は、平地に建物が建っているわけではない。山のふもとに参道の入り口があり、てっぺんに本殿が有る。もちろん自転車では行くことは出来ない。
自転車にカギをかけて徒歩で参道をあがる。誰もいない森の中の細道 、両脇にはろうそくに火が灯った灯篭が並んでいる。こんな幻想的な景色なのに、それをぶち壊すオオバカもんがいる。そいつの名はブヨだ。俺様の血を求めて顔や手足にたかってくるのだ。うるさいったらあったもんじゃない。ようやく本殿まで上り、交通安全のお守りキーホルダーを買った後、山の裏手に祭ってあるお不動様を参拝して笠山荒神を後にした。
もと来た道を帰り、山辺の道を先に進む体力も時間もなくなっていたため、山の上を通リ天理市まで続いているドラブウェイを下ることにした。この道は笠山荒神から天理市まで常に下っていてくたばる寸前の俺にはこの上なくありがたい。
車の来ない道を風を切って走る、たったこれだけのことがとても気持ちがいい。 天国だーっ。
途中に天理ダムという大きなダムがあり、そこでジュースを飲んだ後、くたくたになって奈良市内まで帰った。シャワーを浴びてビールを飲みながら一人くつろぎ悪書をひろげる。何という充実感。最高だなーっ。
明日で奈良ともお別れだ。最終日には明日香村をツーリングしよう。この村には石で作った色々なものが発掘されているらしい。わくわくするぜ明日香村。
この続きは古都奈良路後編にて公開予定。見てね。