古都奈良路
(前編)
皆さんは阿修羅像という仏像を御覧になったことがあるだろうか。 私は以前からこの仏像に心惹かれるものを感じていた。
顔が三つに手が六本。あやしい、あやしすぎる。
撮影禁止なので、写真でお見せできないのが残念だが、「おめえ一体何者なんじゃーっ」と叫ばずにはいられないくらい怪しくて気にかかっていた仏像なのだ。
こいつがどこにあるのか調べたところ、奈良の興福寺というお寺にあることが判明した。
「よし、見に行ってやれ。」
例のごとく上司の冷たい視線にたえつつ有給休暇をとったのだが、その顔があまりにも情けなくておもわず「けけけけけけっ」と笑ってしまって、思いっきりいやな顔をされた。ゴメンネ、N係長。
平成十年八月二十八日
さて、夜中に車で自宅を出発し、あくる朝奈良に着いたのだが、この町のドライバーの荒っぽいこと荒っぽいこと、間違っても古都の静かなイメージとは程遠い町なのだ。
予約したビジネスホテルを探し、興福寺の脇の交差点での出来事。赤信号で止まっていたのだが、いつの間にか気が付かないうちに青に変わっていたらしい。後ろについた工務店のバンが、いきなりビビビビビビビーッとクラクションを鳴らしてきやがった。
アッタマ来て車を降りると、そのいきおいでバンの運転席のガラスをグーで殴ってしまった。そのときの形相が阿修羅のようだったらしく、うすらはげのおっさんは慌ててすごい勢いのスーパーバックをして逃げていきやがった。
幸いにもガラスは割れず、怪我はしなかったからいいようなものの、少し手がはれて当分の間痛かった。短気は損気と言うのは、本当のことである。

ホテルに車を置いて自転車を下ろした後、さっそく興福寺に向かった。興福寺の国宝館に目指す阿修羅くんはいるはずだ。さっそく愛想のいい女の子の係員から入場券を購入して入館した。
仏像がたくさん安置してある。以前は仏像なんてジジむさいもんだ、なんて思っていたのだが、本物を見ると少し考えが変わってきた。結構かっこいいのだ。やはりなんでも本物を目で見るのはいいことだ、と改めて感じてしまった。
朝一だったので、館内に入場者は少なく、ゆっくりと眺めて周ることが出来たのだが、さすがに阿修羅像は人気が高いらしく、関西弁をつかう女子大生の一団が群れていた。
さすがに今時のオネエサマがた、静かに見ているわけは無い。意味不明の言葉をわめきつつ、阿修羅像の視線と自分の視線を合わせながら「気持ち悪いでー。」などとわめいていなさる。
ためしに自分もやってみたら、確かにオネエサマ方の言うとうりすごい迫力の視線を感じてしまった。
「ねっねっ、あたしの言ったとうりやん。」 「ほんとだな、おねえちゃんの言うとうりだ。」 「どっから来たん ?」 「チャリで鳥取から。」
本当は車で来たのだが、ウソついてやったら 「すんごーい !!!」 と驚いていた。
馬鹿馬鹿しい会話の後、オネエサマ方が去っていったので改めて阿修羅像を見たのだが、意外と小さい。しかし、その顔の表情は何ともいえず魅力的な少女のように見えた。寺や仏像に興味が無くても、本物をじかに目で見ることはいいものだ。
穴があくほど見物した後、満足して興福寺を後にした。
朝食を近くの食堂で済ませた後、( なんと朝からカツどん ) 春日大社に向かった。
本殿まで、裏道の「ささやきの小道」というロマンチックな名前の小道を行こうと思ったのだが、場所が分からない。仕方が無いので、別の小道を進んで本殿まで上った。名も無い小道だったが、木立の間から木漏れ日が差し込む雰囲気のいい小道だった。
ここの石灯籠はすごい ! 数え切れないほどの灯篭が立ち並んでいるのだ。夜になって灯がともれば、圧巻だろうな・・・・・・

一通り見て周ったので、もと来た道を帰ることにしたが、なんともと来た道のすぐ脇に「ささやきの小道」と書いた看板があるではないか。全く気が付かなかった情けない俺。
さっそく「ささやきの小道」を下ってみた。そしてがっかり。来るとき上ってきた小道の方がよっぽどロマンチックで、「ささやきの小道」はごく普通の山の小道だった。えてしてこんなものだ。あーあっ。
「さて、どこへいくべえ。」 まだ昼を少し過ぎたところだったので、時間はたっぷり有る。とりあえず大仏を見に行くことにした。しかし、東大寺という大仏のいる寺の近くまで来ると、大勢の人間でごった返しているではないか、「えらくらしーっ
!( うっとうしいという鳥取弁 )」
人が大勢いるところは嫌いだし、自転車で走るのもはばかられるほどの人だったので、行く先を国立博物館に急遽変更することにした。

国立博物館に来たのはいいけれど、ここもまた人でごった返している。おっさんやおばはんの後頭部しか見えないよー。朝の興福寺とは雲泥の差だ。ここはひとまず退散することに決定した。
出口に向かって歩いていたが、人が少ないコーナーを発見。そこには十二神将というでかい仏像がおいてあった。十二人のよろいを着た神様の頭には、かわいらしいうさぎや蛇が乗っている。この仏像たちもかなりかっこいいのに、博物館のコンクリートの壁の中では迫力も半減している。仏像というのはやはりお寺の中にあってこそ本来の魅力が出るものらしい。
国立博物館を出て猿沢の池という亀のいる池のほとりに、「新薬師寺」という看板が出ている。かなり目立つ看板で、しかも「十二神将が見学できる。」と書いてある。
お寺なのにでかでかと宣伝している。なんかあやしいなあ、と思いつつも 十二神将という文字に心奪われた。いつの間にか仏像が好きになっている自分に驚いてしまった。だが、仏像なら何でもいいというわけではない。ありがたい感じの後光の射した仏様には興味がないのだ。よろいを着て武器を持った武将神や、阿修羅のような妖しい魅力を持ったものに限定される。だってかっこいいんだもん。
地図を見るとわりかし近いところだと分かったので、さっそく行ってみることにした。 かなりの坂道で、自転車をこぐのがしんどかったが、距離が近いので嫌な気はしない。街中にある興福寺や東大寺とちがって、山の中にある静かなお寺だ。なかなかいい雰囲気。
拝観料を払って本堂に入って思わず息を呑んだ。真中に大きな仏様がいて、何とその周りに十二人のよろい武者が怒りの表情で俺を見下ろしている。これが新薬師寺の十二神将だ。
表情とポーズがすごい。薄暗いお堂の中に怒りのよろい武者、雰囲気を盛り上げるシンセサイザーの音楽、かっこいい、かっこよすぎる。
おもわず 「キョーッ!!! ( 鳥取弁で驚嘆の声) 」と叫んでしまい、係りの人に笑われてしまった。
ここも撮影禁止なので、お見せできないのが残念だが、奈良に行った人はぜひ見てください。後で知ったことなのだが、ここの十二神将たちは国宝なのだそうだ。そりゃそうだろう、この出来栄えなんだもん。
鳥取に帰ってからも感動覚めやらず、ご住職当てに手紙を出したら何と返事をいただけた。がんばって下さいと書いてあった。この手紙は俺の宝物となって、大切に保管してある。ご住職様、本当にありがとうございました。

新薬師寺の興奮覚めやらぬまま、平城宮跡に向かって自転車を進めた。ここは昔の日本の首都があった所である。
しかし東大寺などのように観光地として重視されてないらしく、看板があまり出ていない。しかたがないので地図を頼りに進んだのだが、そうとう時間をロスしてしまった。案内板くらい出しといてくれよー。
平城宮跡は、だだっ広い草原の中に背の低い植木が整列している静かな場所だ。人っ子一人いない。端っこの方に立派な朱塗りの門が作ってあり、そのあたりには少しだけ観光客がいるのだった。大仏様もいいが、こんな静かな場所に一人たたずみ、太古のロマンに思いをはせるのもまた好いものだと思う。
ここにも博物館があるのだが、この博物館の売店で本を買ったら 感じのいい女の人がただで絵葉書をくれた。こういうことって、とっても嬉しいものだね、ありがとう。最初は俺に惚れたのかなと思ってにやけていたのだが、そんな馬鹿なことあるはずも無い。ちょっと親切にされるとすぐに調子に乗ってしまうのは俺の悪い癖だ。でもなかなか直らない。多分これから先も直らないんだろうなあ・・・・・・・

今日は徹夜で車を運転し、一日中自転車で走り回ったのでビジネスホテルに帰ってシャワーを浴びると、得意の悪書鑑賞をする余裕も無く眠りこけてしまった。明日は日本古代の道、「山辺の道」を自転車で走破だ。爆睡から目覚めると、またハードな戦いが始まる。
このつづきは (中編) にて大公開予定。おたのしみに !!!