猛暑の出雲路編
暑い、暑すぎる。今年の夏は異常な暑さが続いている。というわけで、この暑さで過酷な上り坂を上るなんて自殺行為なのである。何の話か?じっ、実はこのサイトを毎回見ていただいている米子市のNさんという方に、「次回のずっこけ散歩は、去年断念した(逃亡した)大山環状道路の制覇をやります。」と、メールで断言してしまったのである。今回の暑さで、これは断念(逃亡)させていただきたく・・・・・・
というわけで、今回のずっこけ散歩は、お気に入りの松江市南部にひろがる古墳地帯を散歩することにしました。
このコースは古墳や、旧跡がたくさんあり、とても気に入っている場所の一つで、何度も何度も足を運んだ俺にとってはおなじみの場所なのである。
境港からここまでは約一時間の距離で、途中湖や、美しいアーチ型の橋がありとてもいい雰囲気なのである。
朝10時に出発してまず中海という日本で五番目に大きな湖に浮かぶ江島へ向かう。境港から江島は中浦水門という可動橋を通って行くことになる。

写真のように、橋といっても高さが無く、船が通るときは真中が跳ね上がる形式の跳ね橋なのだ。
この日は船が通らなかったから良かったものの、一度跳ね上がったら10分やそこらは降りることが無い。しかも車が大渋滞になるので危ないことこの上ない。
あと二年もすれば、隣に中海大橋なるものが完成して道路事情が良くなるそうだが、それまではこの橋で我慢しなければならない。
だが、悪いことばかりではない。江島の住人は寝坊したとき「橋が跳ね上がってて渋滞に巻き込まれた。」と、会社の上司に作り話の言い訳をすることが出来るのだ。何という都合のいい言い訳。そのような不正を無くすためにも、中海大橋の一日も早い完成が望ましい。
ここ江島は小さくてかわいらしい、割ときれいな島なのだが、住人は個性的なすさまじい連中がそろっている。自分のことを「オラ」と呼ぶ奇抜なヘアースタイルのとしちゃん、寝ているとき一分以上呼吸の止まるミヤ、など語るも恐ろしい人たちが勢揃いしているのだ。この二人を観察していると、飽きるということが無い。これからも個性的に人生を過ごしてくれ。
江島を過ぎると、次は大根島だ。べつに大根が特産物ではない。特産物は高麗人参だ。人参島にすればよいと思うのだが、昔からここは大根島なのである。
ここ大根島は、北側の道路が景色がよく、車も少ない。松江方面に向かうには、島の中央道路が一番近道だが、景色がぜんぜんよろしくない。北側の道路は、距離は長くなるが、中海の沿岸を添って進むので、ツーリストにはお勧めである。
しかし、今日は(今日も)いい天気だ。いい天気過ぎる。大根島の道路から、陽炎が立ち昇っている。こんな日は麦わら帽子が最高だ。俺はヘルメットというものを持っていない。本当は安全を考えるとヘルメットがいいのだが、夏の時期は麦わら帽が一番気持ちいいし、
軽い。
話しは変わるが、俺は自転車のヘルメットのデザインが好きではない。シイの実を半分に割ったような形で、取って付けたように頭に載っているという感じがして嫌いなのだ。色んなスポーツのヘルメットの中で、一番かっこ悪い感じがするのだが・・・・・・
大根島は平坦な道で、こんな暑さの日にはありがたい。島を抜けて大御崎を松江に向かうと少しだが坂がある。ここで一つ大きな発見をした。上り坂を上がるとき、たいがいの人はギヤを軽くするのだが、軽くなったからといってめいっぱいペダルを踏むととても疲れる。人が歩くより遅くてもいいから、力を抜いてこいだ方がはるかに楽なのだ。スリックタイヤと力抜き走法があれば、上り坂など怖くは無い。
この走法を使う好機がすぐにやって来た。目の前に大橋川をまたぐ馬潟大橋が立ちはだかっているのだ。いつもはこの橋を渡るのはとても億劫で大嫌いなのだが、今回は力抜き走法を試す絶好の機会だ。いきまっせー
楽い、めいっぱい楽い。時間はかかるが、ちょー楽なのだ。これからは、怖いものなしだぜと、ここでは好い気になっていたが後ほど エライ目に・・・・・
馬潟大橋を下り、国道9号線を西に向かう。ここから見る馬潟大橋は、とても美しいアーチ型をしている。思わず写真をとった。
国道九号線から左に折れ、山代方面へと向かう。前はこの道を知らなくて、わざわざ松江まで行った後、引き返す形で山代まで向かっていた。この道を通れば15分は短縮できる。
山代のスーパーで昼飯を買うことにした。いつも食うのはカツ丼だ。亡くなった俺のじいさんもカツ丼が好きで、三度三度カツ丼を食っていたが遺伝なのかもしれない、とにかく俺もカツ丼が大好きなのだ。
パックにつめてあるカツ丼を見つけたが、その隣にうまそうなミートスパゲッティーが目に入った。俺はとっさにミートスパを手にとりレジに向かった。俺の母方の親戚はけっこう優柔不断な性格なのだが、これも遺伝なのだろう。がまん強いとか、芸術的センスとかが遺伝してくれればいいのに、よりによって優柔不断なところが似ているなんて、トホホホホ・・・・・・
このスーパーの隣に小さな山がある。街中に不自然な形で存在しているのだが、実はこの山、山代双子塚という古墳なのだ。正方形を二つ合わせた形の前方後方墳なのである。
ここらあたりは住宅密集地なのだが、所々に古墳が点在している。考古学に興味がある人にはもってこいの場所なのだ。しかし、奈良の古墳と違って形が小さい。何だコリャ、これが古墳か? というほどのものなので、見落とす場合もある。気を付けて下さい。
実際俺も案内板を見るまで解らず、「何だコリャ、シケてんの。」と言って、近所にすんでいるらしいハゲのおっさんにムッとした顔をされた。このおっさんにとってここの古墳は自慢なのかもしれない。だが、俺の感じ方には関係ない。しかしおっさんの気持ちが解らない訳ではない。以前奈良の馬鹿でっかい古墳を見たときには、出雲の小さな古墳がいかにもかわいそうで、悔しくてしかたなかった経験がある。まあハゲよ、そんなに腐らなくても善い事もあるだろうさ。
ハゲおやじを後にして、風土記の丘博物館へと向かった。ここの博物館はきれいに整備された公園の中にあり、入館料もとても安い。何度も行った場所だが、来るたびに立ち寄ってしまうお気に入りの場所だ。
風土記の丘博物館の手前の案内板をみると、はにわロードなる道が存在するらしい。博物館を訪れる前に、さっそく行って見る事にした。
案内板ではすぐ近くのはずだが、行っても行ってもそれらしき道は現れない。どうやら博物館前の農道を勝手に、はにわロードと名づけたらしい。 道路わきにはにわのレプリカでも置いてあるのかと思ったのにガッカリだ。どうせ命名したのなら、そのぐらいのことはしてほしいものだ。この農道の隣に、車の通行できない雰囲気のいい小道があるので、もってこいだと思うのだが。
ガッカリしつつも、風土記の丘に自転車を進める。
風土記の丘博物館は、いつものように静かでいい雰囲気を出していた。まず、博物館の脇にある池に行ってみる。
この池はただの小汚い池ではない。古代ハスという、二千年以上も前のハスが生育している、世界でも珍しい池なのである。
なんでも、ある考古学博士のチームがこの近くの古墳を発掘していると、その時代のハスの実を数粒発見した。これを苦労の末発芽させ、現代によみがえらせたものだというのだ。すごい。
前回来た時は、ハスの花がきれいに咲いていたのに、今回は咲いていなかった。少しガッカリ。いつでも見れるという訳ではないらしい。
暑いので、冷房の効いた館内に入ることにした。中には銅矛、銅剣、銅鐸、はにわなどが展示してある。
展示物もいいが、ここの冷房が今の俺にとっては最高にいい。イスに座ったまま「ふぇー」などとだらしない声を出し、しばし休憩を取った。
この博物館は夏休みなどは混み合うらしいが、何も無い平日は貸切状態になり、じっくりと見学できる。考古学ファンの人は是非足を運んでみてほしい。博物館の敷地内には今説明した古代ハスの池や、岡田山古墳一号、二号という本物の古墳、更には植物園などもありゆったりと時間を過ごせる場所になっている。
受付のおねえさんと目が合ったので、かってに「俺にほれたな。」などと馬鹿な妄想をした後、体も汗が引いたので外の公園で弁当を食うことにした。
のほほんと弁当を食い、のほほんとジュースを飲む。他の人が見たらなんとも間の抜けたはにわに見えたに違いない。

弁当を食い終わったので、例のはにわロードを西に向かって進む。この先には神魂神社(かもすじんじゃ)という神社があるのだが、俺はそこより先に行ったことが無い。この際だ、この先がどうなっているのか見てやることにした。
神社の先には湘南学園という高校がある。ここの生徒がとても礼儀正しいのだ。出会う生徒が皆俺に挨拶してくれるのだ。今時の高校生とは思えない礼儀正しさなのである。こちらが恐縮してしまう。うちの会社の荒くれ男どもに、つめの垢をせんじて飲ませてやりたい。だが、「つめの垢ください。」などとは言えない。ざんねんだ。
湘南学園を越えて更に先に進む。もう、人家も無く、ただきつい坂道があるのみとなった。だが今日の俺は一味違う。坂道克服走法の力抜き走法と、スリックタイヤがあるのだ。怖いものなしだぜー。
上り道は終わらない。延々と続く。「ふんっ、まだまだ余裕だぜ。」ほんとは少しきつくなってきたのだが、カラ元気だけは衰えない。
三十分こいでも道は上っている。「ちょっときついかな・・・」かなりきつい。
「こっ、こんなはずでは・・・」とてもきつくなってだらしなく地面にはいつくばってしまった八幡太郎、最後の力を振り絞るんだーっ!!

落ち武者のようによろけながら、それでも自転車をこぎつづける俺。カッコイイ、女の子が見ていればほれるに違いないのに、あいにく俺一人しかいない。世の中うまく出来てないものだ。
俺にほれる女の子は見ていないが、かわりにすばらしい景色が俺を迎えてくれた。眼下に広がる松江市と宍道湖の大パノラマ!
がんばれば良いことがあるものだ。
山の頂上には展望台が作ってあり、少し景色を見た後山を下った。あれだけ苦労して上った割には、下りは一瞬で終わり。人生もそんなもんかもしれない。
もと来た道を引き返して、今度は出雲国庁跡地へ向かった。
延々と続く田んぼの中を走り、田園地帯の真中を横切る高圧電線の少し手前に出雲国庁跡がある。
ここは昔、出雲の国が大和に支配され、属国に成り下がってしまったときの屈辱の場所である。大和から派遣された役人たちが、この場所で植民地管理をした役所跡である。この時代の出雲びとたちは、どんなに悔しかったことだろう。
海賊の子孫である血の気の多いおれが、その当時の人間なら仲間と共に大暴れしたかもしれない。
今は昔の話しである。
この場所はあまり人目に付かないところにあるので、外回りの仕事の人がサボるには、もってこいの場所だ。この日も何人かのネクタイ族が、車の中で昼寝をしていた。
野原の中に、杭が打ってあるだけの場所だが、一つ面白いものがある。奈良の正倉院にそっくりなトイレがあるのだ。
中からネクタイを締めた人が一人出てきて、俺と目があったので、嫌そうな顔をして去っていった。
しかし、のどかな場所である。しばしの休息のあと、境港へ向かって家路についた。
いつもは山代まで下って国道に出るのだが、今日はまだ一度もいったことの無い出雲国分寺跡に行ってみることにする。
田んぼの脇の農道を先に進むと、少し広い原っぱがある。ここが出雲国分寺跡である。土台石がさびしげに並んでいるだけの場所だった。 昔はかなり大きな寺院だったに違いない。いまは誰も気にとめない原っぱである。
国分寺跡を左に曲がり、国道方面に向かうらしい農道を先に進む。全くの当てずっぽうだったが、なんと馬潟大橋の正面に出てきたのだ。さえまくる俺のカン。
汗だくになりながらも、境港の自宅まで帰ってきた。
自宅でシャワーを浴び、ビールを飲むまでは良かったが、夜になって体が震えてきた。関節も痛い。やばい、カゼだ。悪いことに次の日は夜八時まで残業が待っている。かんべんしてくれよー。
皆さん、体調の悪いときには自転車ツーリングは慎みましょう。