島根半島の裏(浦)を行く

自転車でいろいろな所に出かける人は、遠い県外や中には海外まで出かけて行く強者達が多い。しかし意外と自分の家から一日で往復できる範囲内は、未踏破という場合が多いのではないだろうか。灯台下暗しとはこのことである。
俺の場合は県外にも行くが、自転車ツーリングを「散歩」と定義しているぐらいなので、鳥取島根の近辺は、しらみつぶしに走ったつもりだった。 ただ一ヶ所島根半島を除いては・・・・・
俺がここを敬遠するのには理由がある。一つはアップダウンがきつくて、とても楽しい散歩にはならないだろうという、ナサケナ心。そしてもう一つは道幅がとても狭く、カーブが多くて見通しがきかないため、対向車などとぶつかる恐れがあるため、とても怖かったこと。この二つの理由で今まで島根半島の裏側を自転車散歩したことがなかった。
しかし、日本海に面したリアス式海岸はとても美しく、いつかは走ってみたかったのも事実である。
そんな時、リンク仲間の エムズホームさんと、ミニマムアンドローインパクトさんのツーリング日誌に島根半島ツーリングが載っているのを思い出し、「クッチョー、若いもんに負けてたまるかー。」と闘志がめらめらと燃え上がったのだった。

その日、朝から天気がよくて典型的な秋晴れのすがすがしさが満ち溢れていた。さっそく支度を整え家を出る。
まず第一に俺の前に立ちふさがる敵は、「境水道大橋」なる大架橋だ。家から五分程度の所に居座るこの橋は、島根半島と境港市を結ぶ幹線道路国道431号線が通っているため、交通量が異常に多い。大型のトレーラーなどもひっきりなしにゴーゴー音を立てて通るのでとても危険だ。
しかし、この橋には歩道が付いている。そこを通ればいくぶん危険度が減るだろう。
現に、 ミニマムアンドローインパクトさんは境水道大橋を片道だけだが通って帰ったと、日誌に書いているのだ。「若ゾーには負けん!ゲホンゲホン。」というわけで、御気楽に鼻歌などを歌いつつ、近所の店で昼飯の握り飯パックとゆで卵を買い込んでいざ境水道大橋へ。ちなみに、いまどきの子供は握り飯のことを「おむすび」などと高級ぶって東京弁で呼んでいるが、笑わしちゃあいけない! あんなもん「握り飯」以外の何者でもないのだ。「全く、今の若いもんは。ゴホンゴホン。」

すぐに境水道大橋の入り口までやって来た。ここは以前料金を取る有料道路だったのだが、今年からタダで通行が出来るようになり、島根半島在住の人たちはとても助かったと言っていた。島根半島に住むほとんどの人が境港に職場があるので、毎日通勤にお金を払わなくてはいけなかったのだ。
以前、そのことで文句言ってやったことがある。ふざけたことに自転車まで金を取りやがる。その金額30円。高いとか、安いとかの問題ではなくて「取れるやつからはとことん取る。」という、いまどきの消費者金融まがいのセコイ考えがとても許せず、 「自転車を降りて押して歩けば、ただでいいんだろう。」と言うと、「それでも自転車は三十円。」と、じじいがそっけなく言いやがる。なにおっ、と思い「担いで歩いたらどげなだい。」と言うと、「そーは、(それは)屁理屈だ。」と笑いやがった。 とても自転車を担ぐ体力はなく 俺の負け になってしまったが、意地でも金を払いたくなかったのでツーリングコースを変えた経験がある。生活道路は基本的にタダがあたりまえだ。

この狭い歩道をみたまえ
橋から見た境港市

取っ払われた料金所の脇を通り、歩道に乗り上げる。しかし、この歩道が異様に狭い。
少しふらついただけで車道に落ちてしまう。もちろん車が来ていればアウトだ。
人間が歩いて渡るのにも、少しはみ出したら車とひじが接触しそうな幅しかないのである。以前はこんなふざけた歩道を自転車で行こうものならお金を取っていたのだ。最近頭に来ることがけっこう多いのだが、今回ばかりは本気で頭に来た。責任者は、下半身スッポンポンで水木ロードを往復するぐらいの罰があってもいいくらいである。
よろけながら、しかも嫌いな上り坂を恐る恐る上る。何度かよろけて車道に落ちたが、幸いなことに車が来ていなかったので事故にはならなかった。
境水道大橋を自転車で渡ろうと思っている方は、悪いことは言わない止めといた方がいい。かなりの確率で事故ります。

やっとこさ境水道大橋を渡りきり、島根半島に上陸する。
島根半島側の国道431号線がまた、問題大有りだ。とにかくカーブが多くて見通しが利かないのに 、歩道などというものが存在しないのだ。しかも、交通量はけっこう多い。
後ろから車の気配がすると、自転車を降りて出来るだけ道の端っこに避けていなければならないのだ。
頭に来ながらも宇井という集落まで進む。ここには以前から気になっていた神社がある。山の下に狛犬がいるので 階段を上ると神社があることは想像がついたが、登ってみたことは今までなかった。あまり興味がもてなかったからだ。しかし、対岸の境港の岸壁を夜の散歩中、ふとこの神社の方を見るとなにやら光が燈っている。「何かな?」じっと見ていると、その光は神社の中をぐるぐる回り始めたじゃないの!「お化けかっ!」それ以来、ここには一度来て見なければならないと思っていたのだった。
かなり急な階段を上ると、顔になにやらくっついてくる物がある。よく見ると蜘蛛の巣だった。「掃除くらいしちょけ。」文句をたれながら境内に入る。
そこには小さな祠があった。小さいけども、やけに堂々としている。そこら近辺を歩いてみたが、光の謎が解けるような物は見つからなかった。結局、何処かのオッサンが夜の夜中に懐中電灯片手にお参りをしていたにちがいない、という結論にして下りることにした。でもそれって不自然だろう・・・・・

山の上の小さな祠
上り口、光の正体は何だ。

宇井の神社からすぐ近くに、七類トンネルという隋道がある。ここはけっこう広い歩道がついているので安心だ。
この七類トンネルにもミステリーがある。トンネル内ではなく、出口から二本目の電信柱に、霊魂の顔が染み出ているというのだ。
さっそく期待に胸膨らませて行ってみたが、そんなシミなど全然ない。タダの噂に過ぎなかったようだ。つまらん
以前、米子市の先にある日野川にかかる日野橋で、雨の日に幽霊が出るという噂が流れたことがある。友人達と、雨の日にさっそく行って見たが、なんと幽霊見物の人たちが所狭しと陣取っており、屋台のラーメン屋まででだす始末。そんな騒々しい中で幽霊が出るわけもなく、がっかりして帰ったことがあった。今回もがっかりだった。噂なんて案外そんなもんかもしれない。

七類トンネルはけっこう走りやすい。
幽霊電信柱。何もないぞ

トンネルを抜け、下り坂を一気に下りきるとそこは七類港。島根半島の裏側まで到達したわけだ。
ちなみに境港の人間は島根半島の裏側に住む人のことを「裏の人間」という。境港から見れば、対岸に横たわる島根半島の裏側になるからだ。
対して島根半島の裏側に住む人間は、自分たちの住む場所を「浦」という。「浦」「裏」、同じ発音でも内容はえらい違いなのだ。
七類港から海岸線を通って西に向かう道路がついている。この道路しか、隣村に行く道路はない。当然俺もここを西に向かう。
ここの道路は、はっきりいって狭い。車がすれ違うのもやっとだ。しかも見通しが悪い。おまけにアップダウンがきつい。狭い、見えない、きつい、三拍子そろっている。しかし交通量はそれほどでもないので、比較的安全なのである。
この道路沿いには、同じ会社の先輩「フデヤン」が家を建てて住んでいる。どうでもいいことなのでさっさと西にペダルをこぐ。
やがて隣の惣津という集落が見えてきた。高い位置にある道路から、日本海が見渡せる。すばらしい景色だ。空も青い。想像していたよりも坂が急ではなかったので、鼻歌が出る。
この惣津には、数年前に大きな隕石が落下してきたことがある。日原天文台の主任が隕石の直撃したお宅に取材に来ていたが、彼の話によると、その家のおじいさんがいつも寝ている場所に直撃し、畳に大きな穴が開いていたとのことだ。たまたまその日はその場所にいなかったから良かったが、もし居れば間違いなく大怪我、もしくは最悪の場合死亡ということになっていただろう。アルマゲドンのちっちゃいバージョンなのだ。

惣津をすぎ、笹子、片江、と景色の良い場所を越えて菅浦、北浦に至る。
北浦にはなんと言う山なのか知らないが、きれいな円錐形をした山が居座っている。かってに北浦富士と命名して先を進む。
ここからまた海岸沿いの美しい景色が見られる。リアス式海岸の複雑な入り江に、エメラルドグリーンの湾、日本海に目をやるとコバルトブルーに輝いている。特にエメラルドグリーンに透けて見える湾内の浅瀬は、息を呑むほど美しい。 しばし愛車ランドマスター(ランちゃん)を止めて景色を眺めた。

隕石の落ちた惣津
惣津の島にある神社

北浦から千酌まで、美しい海岸線を堪能し、さらに西に進む。
千酌から先は道路が二つに分かれている。一つは海岸沿いを野井方面に向かう景色が良いであろう道、もう一つは景色は良くないが、距離を短縮できるバイパス。少し横着心が沸いてきた俺は、距離短縮の方を選んでしまった。
山の中を通るこの道路は、距離は短いかもしれないが凄まじい上り坂が待ち構えていた。すぐに汗まみれになって後悔しはじめる。しかし後悔は先に立たず、進むしかない。
「景色も悪けりゃ、女もいない。つまらん、本当につまらん×10乗。」などとブチブチ言いながらペダルをこいだ。海岸線を行けば美しい景色と楽な道が待っていたはずなのに・・・・・

悪戦苦闘、「若いもんに負けんぞー、ゲホンゲホン 」といいながらやっと小波海岸に到着。休憩ついでに昼飯を食うことにした。
砂浜にコンクリートの階段状の物が作ってあるので、そこに腰掛けておむすび、いやいや、握り飯とゆで卵を食う。 それにしてもいい天気だ。
近くに豪勢なコンクリートのトイレが作ってある。さすがは海水浴場。昔はどこの海水浴場でもトイレ探しが一苦労だった。今は何はともあれ、真っ先にトイレを作る。これは当然の結果だと俺は思う。人間、何が一番切羽詰ることかと、問われると、おれはすかさず「腹が痛い時、トイレが近くにないときだ。」と答える。
せっかくのトイレだ、一日三回はうんこをする俺にとって渡りに船だったので一戦に及ぶ。
ここ小波にも神社があった。ともだちのFox-tailさんは狛狐コレクターで、あちこちの神社に足を運んでいる。ここに狛狐がいれば教えてあげようと思ったのに、残念ながら狛犬しかいなかった。

はちまん命名「北浦富士」
エメラルド色の浅瀬。実際はもっと美しい

小波を出て小さなトンネルを越え加賀方面に向かうと、チェリーロードなる看板があり 道が二股に分かれている。山の中に続く道とチェリーロードと名付けられた海沿いの道。当然海沿いのチェリーロードを行く。
ここは以前車で来たことがある。桜の木が植えてあり、ちょうど桜の花の季節だったので、大渋滞に巻き込まれて大往生こいてしまった。
今日は桜の季節ではないので、車一台通らない。坂は少しきついが、景色は最高だ。俺は色々な所に旅行したが、この位美しい海岸線が観光地になってないなんて素敵なことだと思う。観光地化されたらろくな事がない。
はっきり言うが、島根半島の浦の美しさに比べたら、日本三景なんてスカシッペみたいなもんだ。紀州白浜の三段壁や千畳敷なんて足元にも及ばない。
しばらく景色を見ながら走っていると、秋の代名詞どんぐりを発見。その直後今度は栗を発見した。俺は栗が大好きだ、景色をそっちのけで栗探しに没頭する。しかし、最初に見つけた小さな栗のほかには見つけることが出来なかった。残念だ。

チェリーロードを下りきると、看板が出ている。真っ直ぐ行くと加賀の集落、右に行くと「潜戸鼻灯台」「加賀の潜戸」。加賀の潜戸とは、日本海に面した絶壁に出来た岩の割れ目で、親より先にあの世に行った子供たちの魂が集まると言われている。
小学生の頃、ボーイスカウトで一度行ったことがあるが、中には賽の河原のように石が積み重ねてあり、子供の好きそうなお菓子やおもちゃ類がたくさん供えられていた。子供をなくした親がここに供養にやってくるらしい。不気味というより悲しい空気に満たされていた。
ここには加賀港からの観光船で来るしかないと思っていたのに、どうやら陸側から行くことが出来るようだ。まだ時間もあるし、岬の灯台というのが大好きなので足を伸ばすことにする。

ここがチェリーロード
リアス式の美しい海岸線

車一台がやっとと言うぐらいの狭い道が山の上まで続いている。最初からとてもきつい。汗だくになりながら山を上ると小さなトンネルがあり、さらに山の奥深くに道が伸びている。もうくじけてしまいそうだ。
草ぼうぼうの道を上り詰めると、小さな駐車場があった。車が数台止めてある所を見ると、誰かが見物に来ているらしい。
駐車場から先は、細いけもの道のような物しかなかった。他の連中はそこを下りて行ったのだろうが、俺の体力はもう限界に来ていたので、そこから見える小さな灯台を写真にとった後、元来た道を引き返すことにした。急坂を下りながら、良くこんな道を来たもんだと自分ながら感動してしまった。

加賀の「潜戸鼻灯台」
建設中の江島架橋大橋

ようやくもとの道まで引き返して加賀に向かう。
しかし、とんだ体力を使ったものだ、家まで帰り着くことが出来るのだろうか。
加賀港まで来ると、松江方面への看板が出ていた。迷わず松江経由で家路をたどろうとしたが、道の途中に「御手洗滝」という看板が出ている。ううっ、体力は限界なのに行ってみたい。
ほんの近くにちがいないなどと勝手に考えて、山に向かう道路を進む。バスも通る大きな道で、走りやすいが疲れた足にはとてもつらい。十五分も経ったのにまだ着かない。あきらめて加賀港に戻ってきた。もうぐったりだ、ほんとに家まで帰れるのか?

加賀港から松江まで12キロと表示されている。12キロ!そんなにあるのか。もう絶望的な気分になってきた。ふだんなら12キロなんて屁みたいなもんなんだけど、疲れ果てた今の俺には外国まで続く道のように思えてぼーぜんとしてしまった。
とは言え、行くしか道はない。広いが上り坂になった道を必死でペダルをこぐ。
途中トンネルがあり、下り坂になっている。「もしかしたらここから先は、下り坂なのかもしれん。」希望に燃えて自転車を進めた。

やはりその通りだった。下り坂が延々と続く。助かった。
下り坂を進みながら見たこともない町の中を進む。松江周辺にこんな町があったなんて今まで知らなかった。ここまで来ると、ようやく遭難から免れたことを実感する。肝の小さいコーショーという友人なら、加賀港で気がふれていたかもしれない。精神力が強くて、本当に良かったと思っている。

島根半島の表側に到達し、国道431号線を境港に向かって進む。
しかし、ここも歩道がないのだ。交通量も多い。しかも疲れ果てている。本当に頭に来る。歩道のない道路なんて道路じゃないと、声を大にして言いたい。国土交通省、わかったか!
江島を経由してようやく境港まで帰りつくと、もうぐったりと大の字になってしまった。
しかし、美しい島根半島の景色は最高だ、加賀の潜戸まで行かなかったらもっと楽に散歩できたにちがいない。今度はもっと楽なコースで訪れたいとおもうはちまんタローであった。

島根半島の浦は、日本でもまれな美しい海岸です。観光化されてなくて何よりです。