哀愁の萩、星宿の日原
以前も書いたが、俺の弟「はちまんジロー」は、島根県の日原町に住んでいる。日原には一般に公開している天文台があり、天文ファンの俺にとっては弟のアパートをタダで泊まれる宿がわりに使えるのでとても都合がいい所なのである。
じつはずっこけ自転車散歩録の「山口で愛車二号試運転」の中で書いたように、これまで一度も天候に恵まれず、日原天文台の大望遠鏡で星を見たためしが今だかつて無いのである。
只今十六年ぶりの火星大接近中だということで、このチャンスをモノにするべく日原まで遠征することに決定した。
日原までは、車で約四時間半かかるが、同じ山陰の中に有るし、弟も住んでいるということで遠い気があまりしない。
日原町は島根県というよりも、山口県という感じが強い。県庁所在地は山口のほうが松江よりはるかに近いし、方言も出雲弁は聞かれずほぼ山口弁なのだ。
島根県の西のはずれにある益田市から、山口方面に車で三十分ほど行けば日原町が有る。反対に海岸線を真っ直ぐ行くと、維新の志士たちのふるさと萩市がある。
早めに家を出て益田市まで来たので、 せっかくだから萩まで行ってみようと思い立った。地図で見れば、ほんの数センチの距離なのである。楽勝じゃ!
ところが、地図で数センチでも実際には当然何十キロも離れている。おまけにあちこちで道路工事をやっているので時間ばかり掛かってしょうがない。 「止めとくべきだったかなぁ」といつにない弱気な心が頭をもたげて来たはちまんタロー君なのだった。
渋滞にイライラしながらも、窓の外の景色がすばらしく、しばし車を走らせているうちに萩の町に到着した。
萩には以前付き合っていた彼女と、デートでやって来たことがあったが、ひとりでセンチメンタルジャーニーもまたいいじゃないか、なんて気分はドラマの主人公
になりきっていた。想像の中の自分の顔は、キムタクなのだった。
萩の町は武家屋敷が有名だが、萩城という城跡も有名でまだ行った事がなかったので、まず最初に萩城に行くことにした。
松林の続く海岸線を走っていると、無料の広い駐車場を発見した。「ラッキー」ここに車を止めて、車から自転車をおろす。山陰あたりの観光地は無料の駐車場がたいがいの所にあり、都会の観光地などよりも車で行く分には便利がいい。
今日のパートナーは、ランドマスター(通称ランちゃん)でも、プジョーのコリブリでもない。実は新しい折りたたみ自転車を購入したのだ。その名は、ジャジャーン「ダッホン社のピッコロ」という可愛らしい折りたたみ車なのだった。
プジョーのコリブリは、小さいとは言え胴体から半分に折りたためないため、実際見た目もかなり大きい。そのため高速バスのトランクなどに「入れてくれ。」というのが気が引けて、まだ高速バスに積み込んだことがない。そのためもっとコンパクトに持ち運べる折りたたみ車が必要になり、通販で「ダッホン ピッコロ」を購入したのである。
ダッホン社の自転車は、さすがに一流メーカーだけあってランドマスターのメーカーであるブリジストン製や、ヨーロッパ有数の自転車メーカーであるプジョー社(車の方が有名だが、もともと自転車メーカーなのだ)などに、負けず劣らず高品質な物を作り続けている。難を言えば、タイヤがワンタッチで外れるクイックレバーという方式でないのと、車体の材質がクロモリという鉄で出来ているため、アルミボディーのコリブリより錆びやすく少し重い。だが、値段を考えればコストパフォーマンスは満点なのだ。
ピッコロを専用バッグから取り出し、さっと組み立てる。とても簡単だ。
さて、初運転だ。乗り心地はまあまあいい。三段ギアも調子良く切り替えることが出来る。この分だと、快適な散歩になるはずだ。
松林がきれいな海岸通を走ると、萩城址の入り口はすぐ近くだった。萩の武家屋敷には以前来たことがあり、結構な賑わいだったので萩城址も人が多いのかと思ったが、そうでもない。まばらに観光客のオッサン、オバハンがいるだけだった。物寂しいが、こういうひと気のない雰囲気は大いに好きなのである。
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ひっそり静かな萩城址に愛車ピッコロ |
訪れる人も少ない
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ピッコロを入り口付近の池の前に置いて写真をとった後、土塀に沿って奥に進む。
ここの道は、地道で石ころが多くピッコロには少々つらいものがある。穴と、石ころを避けつつ前に進んだ。
途中に明らかにその当時の物と思われる土塀を発見した。ぼろぼろになった土塀は、歴戦の勇者のようにものを言わずに建っている。しぶい、俺のようだ。
砂浜に沿って伸びた道は、やがて岩場で行き止まりとなった。そこから先は海だ。
自転車を降りて岩に登り海を見てみた。萩湾のおきには、大小さまざまな形の島が浮んでいる。空にはいくつものちぎれ雲がうかんでいた。人っ子一人いない不気味な雰囲気の中で、この景色は
一段と現実離れして見える。秋吉台といい、桜島の溶岩遊歩道といい、現実離れしている景色は俺の心を揺さぶる。ここもその一つである。
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見るからに当時のままに残された土塀 しぶいぜ
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行き止まり ピッコロたたずむ
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ピッコロに乗り、今度は萩武家屋敷に向かう。萩城から武家屋敷までは、あまり遠くない。方向を示す看板もしっかりしているので、道を間違えることなく進むことが出来た。田辺でも、白浜でも実に看板がいいかげんで、いらない時間ロスをしてしまったこともあり、ここ萩の町はとっても観光客にとって散策しやすい町となっている。各自治体も、萩市の観光客を受け入れる姿勢を見習わないといけないのである。わかったか、バカモン!
萩武家屋敷の入り口には、田中なんたらいう人の銅像がそびえている。萩の町が生んだ偉人に違いないのだが、何をした人か俺は知らない。勤皇の志士だったかなあ? 違うような気もするが、勤皇の志士なら高杉晋作が一番すきだし、この人よりも有名なんだが。
武家屋敷の町並みに足を踏み入れ、何とか横丁という路地を行くと桂小五郎(木戸孝允)の生家に突き当たった。中に入ってみると、けっこう狭い庭と母屋が開放してある。
木戸孝允といえば、毛利家家臣のなかでも上位に位置する人なのに、庭も母屋も狭いのだ。萩の町自体が狭い土地なので、個人の敷地も狭いのだろう。
木戸孝允は、ものすごく根の真面目な男で、京都の町で物乞いに変装する時も歯の裏まで汚れをつけてうずくまっていたという。また、感がとても良く、身の危険を感じると一早くさっさとその場からトンズラするという特技を持っていた。危険な匂いのする場所には決して長居しないのである。そのくせ、剣術はとても強かった。
強い剣術を持っているという自信と、用心深さが彼を明治の世まで生き残らせた要因なのだ。見習うべきである。
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木戸邸 思ったより狭い
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高杉邸前 女の子に大サービス!
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木戸邸から自転車に乗り、何とか神社の前を通って先に進む。と、日本人の男女数名と外人の男女数名のグループが、武家屋敷やら土産物屋などをガヤガヤと見物していた。
少しは日本語が分かるらしく、日本人の男が日本語で説明すると、下手な日本語で「そうか、おもしれえな。」というようなことを言っている。
日本人の男 「ここが、なんたらかんたらの屋敷で、うん百年前に建てられた。」
外人の女 「オーイェー。」
日本人の男 「これが有名な、何たらの松。」
外人の女 「フーイェー。」
日本人の男 「次はどこどこへ行こう。」
外人の女 「カモ−ン。」
という具合で、とても聞くに堪えない。馬鹿ばかしいったらあったもんじゃなかったので、さっさと先を急ぐことにした。
菊屋横丁という細い道路を行くと、高杉晋作邸に行きあたる。ここの前で三人の女の子に呼び止められた。「写真撮って下さい。」ニコッ。俺もニコッとして、写真を撮ってあげる。
しかも、遠くから撮ったり、近くから撮ったり、地面に伏せたりしての大サービス! 女性には優しいはちまんタローなのであった。
お金を払って高杉晋作邸の中に入ってみる。 木戸邸と同じくとても狭い。高杉晋作も、上士といって、家臣の中でもかなりの高い地位なのだ。
俺はこの高杉晋作が大好きだ。歴史上の人物の中でも、一番好きなのだ。大胆な行動力、斬新なアイディア、組織を束ねる統率力、とても並みの人間ではない。
彼の墓には、「動けば電雷のごとく、発すれば風雨のごとし」と刻んである。遊び好きの彼は、結核で血を吐きながら遊郭で遊び、最後には二十代の若さでこの世を去る。そして現世に生まれ変わったのが、このはちまんタローなのである。あんまりか・・・・・
高杉邸を出ると、鼻の頭になにやらぽたりと落ちてくる。いつの間にか空が曇り、雨粒が落ちてきたのだ。
「なんっちゅ−ことだ。」今日は日原天文台で、大接近の火星を見る予定なのに! 日原天文台には数回足を運んでいるが、いづれも天気に意地悪されてまともに星を見たためしがない。
今日も天気に翻弄されるのか。空を見ると、青空は出ているが大きな丸い雲が海のほうから次々に押し寄せてくる。「クソッたれ、殺すぞ!」通行人を驚かせながら大きな声で悪態をついた。
天気予報では快晴のはずだったのに・・・・・
そのとき、「オーイェー」という声に振り向くと、さっきの日本、外人混成部隊が歩いて来る。力が抜けて声も出ないはちまんタローであった。
いまさら天気予報を恨んでもしょうがない、しばらく菊屋横丁界隈をうろついた後、何とか言う家老の屋敷跡からもとの萩城方向へ自転車を進めた。
今日の萩武家屋敷界隈は、人が極端に少ない。昔の土塀に囲まれた路地には、自分一人しかいない。時間が止まっている。これは何十万円出しても手に入らない心の贅沢なのだ。
時間が止まった路地を萩城に向かって進む。途中、口羽(くちわ)家邸跡という 矢印看板がある。まだ時間があるし、天気も回復してきて気分もいいので口羽家に行ってみることにした。
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口羽邸 ここは広いぞ
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コスモスが美しいわ。 俺ってオセンチ
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ひと気のない雰囲気のいい小道をすすむと、立派な門構えの口羽家前に出た。買ったばかりの自転車だったが、カギを持ってくるのを忘れた。心配だったが、そう悪い人もいないだろうという楽天的な考えで、そこに置いたまま口羽家のなかに入っていった。
庭を横切ると、きれいなコスモスが咲いていた。もう、すっかり秋なんだなあとオセンチになっちゃったりする。
母屋を覗くと、初老の女性がいて「どうぞ、どうぞ」と中に入れてくれた。中には口羽家の秘蔵品である武器類や、掛け軸などが展示してある。
この女性はここの管理人兼案内人らしい。口羽家の歴史について色々と説明してくれた。それによると、口羽という一族は、当主の毛利家の親戚筋にあたり、家老だったとのことだ。
そういえば、俺の住む山陰の尼子家を滅ぼした毛利の重臣に、口羽という武将がいた。尼子家家臣の末裔である俺にとって、口羽家は仇敵になる。しかし、今はもう昔の話だ。
この女性は、やたらに歴史に詳しい。立て板に水のごとく、一気にしゃべりまくる。まるでお経を聞いているかのような様式美があるのだ。
ひとしきり説明した後、俺にどこから来たのか聞いてきたので、尼子の居城である月山富田城の近くの境港から来た。毛利に最後まではむかった英雄「山中鹿介 」は、男の中の男だと、言ってやったらにやりと笑って俺の顔を見た。
その後、色々と話をして見学者ノートに住所氏名を書いていると、若い女性とそのお母さんが入ってきたので、管理人の女性は俺にしたのと同じように凄まじい勢いで説明をはじめた。
俺は、時間も差し迫っていたのでこれで口羽家を後にすることにしたが、見学者ノートには本名ではなくはちまんタローと書いてやった。
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時間が止まって猫も止まる
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ひと気のない萩の小道 いい雰囲気だぜ
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口羽家から毛利家の墓がある林の中に入ってみた。薄暗い墓所におもわずさっさと林から出ることにする。
後は、萩城近くの駐車場に行って自転車をしまった後、萩を後にするだけだ。
ほどなく駐車場に着いて自転車を折りたたみ、バッグに入れて車に積み込んだ。とても簡単だ。
出発の準備も整い、もう一度松林から萩湾を望む。幕末には、高杉晋作が長州藩からかっぱらった軍艦で、萩の町に向かって大砲を撃ったことがある。もちろん空砲だったが、萩の町は大パニックになったという。高杉晋作の母親は近所の人から「あれは晋作さんがやっていることなのですか。」と聞かれると、笑って「あんなダイナコト(大それたこと)やるのは、晋作のほかに誰がいますかいな。」
と、得意げに言ったという。
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毛利の殿様のお墓 すぐ立ち去った。
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砂浜から萩城を望む
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夕方に差しかかった萩の町を後に、日原町に向かって出発した。
夕暮れの山陰海岸は美しかったが、心配なのは天気だ。かなり大きな雲が、そうとうなスピードで海から山に向かって飛んでくる。雲ひとつなかった午前中とはえらい違いだ。
天気のことは心配してもどうにもならないので、弟の住む日原町に車を進めた。
途中、ホルンフェルスという色鮮やかな地層が剥き出しになっている崖を見ようかとも思ったが、以前彼女と見たことがあるので今日は止めることにした。
益田市を過ぎ、日原町に向かって進むにつれ、晴れ間と雲が空の半分でせめぎあってきた。一つだけ大きな雲が、先鋒部隊でやって来る。薄暗くなり、火星が見え出したのだがその火星の方向に向かって飛んできやがるのだ。
日原道の駅に着いたときは、まだ火星が見えていたので少し安心してラーメンを食った。ここのラーメンはけっこう美味いのだが、油っこすぎるのが難点だ。俺は好きだけど。
日原町内から、天文台がある枕瀬山頂上に至る山道を登りながら空をちらちらと眺めること数回。何とか天気はもちそうだ。
そして頂上の日原天文台駐車場に車を止め、空を眺める。ガガ−ン! 空一面を雲が占領している。さっきまで見えていた火星はおろか、他のシケた小さな星一つ見えない。
怒りがこみ上げてくるのをじっと押え、天文台のスタッフがいる「ポランの広場」という売店兼、喫茶コーナー兼、映写室に入っていった。
ここの天文台長や、天文主任は顔なじみで「まいど」と挨拶を交わす。
「雲が空一面を覆っているから、星が見れない。全くここに来るといつもこうだよ。」とぐちると、天文主任は「映写室で天文関係のDVDでも見ててよ。」と笑って言ってくれた。
彼の好意に甘えて、太陽系の特集DVDを見ることにした。「晴れて星が出たら呼びに来るから。今日は多分大丈夫だと思うよ。」と言って去っていった。
ここの映写室には大きなスクリーンに画像を映すビデオプロジェクターがあって、高画質の画像を大スクリーンで見ることが出来るのだ。後で聞いたら、20万円強だということで、ぜひ我が家にも一台ほしいと思ってしまった。ハリウッド映画などを大迫力で見たいのであって、決してエロビデオ鑑賞のためではない。(エロも見るけど)
半分諦めながら30分ほどDVDを見ていたら、天文主任が部屋に飛び込んできて「晴れたよ、一気に晴れわたった。」と素敵な台詞を言った。
やった! 慌てて天文台の大ドームに走り、階段を駆け上るとすでにカップルのお客が先着していた。
望遠鏡を操る天文指導員の人が俺に気付き、「どうぞ、最高のコンディションですよ。」と言って75センチ大望遠鏡をのぞかせてくれた。
そこに見えたのは天文ファンにとって夢とも思えるヘラクレス座球状星団。視界一杯に黄色く輝く幾万もの星たちがざわめいていた。これは、個人のもっている天体望遠鏡などでは光の「ぼうっ」としたシミにしか見えない物で、このド迫力は75センチ大望遠鏡ならではの像なのである。
俺は興奮状態で、つぎはアンドロメダ星雲、つぎはドーナッツ形星雲、そして二重星団やアルビレオ二重星という風に星ぼしを見ていった。なぜか天文指導員の方も興奮している。カップルも興奮し始めて、気がついたら夜7時過ぎから10時過ぎまで見どおしだった。
結局この日は最高のコンディションの中、お客たった三人で大望遠鏡貸し切り状態という最高の贅沢を味わった。昨日までは火星大接近で100人を越すお客が来ていたらしく、今日の三人と言うのは、一年を通じてもあまり無いことらしい。大ラッキー!
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日原町にて朝の散歩
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これがヘラクレス座M13だ !
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弟はちまんジローのアパートで寝て、あくる日は朝早く日原町の自転車散歩を楽しんだ。 自然豊かな山里である。今度はオリオン座M42大星雲を見に、冬に訪れる予定である。
今回は、天気も意地悪しきれず、大満足の自転車散歩であった。
星に興味のない人でも、ヘラクレス座球状星団だけは見て損はありません。萩や津和野に行ったときは、夜日原天文台まで足を伸ばしてみることをおすすめします。