今回の不思議な話   母の見た火の玉の話

私の母は、戦前の満州で生まれ育った。
その当時母の父親、つまり私の祖父はとある新聞社に勤めており、結構裕福だったらしい。
その後北京などに住居を移したが、戦況が悪化したため郷里の境港に帰ってきた。

はじめは海岸どうりの一軒家に居を構えたが、玉栄丸という軍の弾薬輸送船が爆発炎上す
る大事故があり、母が住んでいた家どころか境港中が火の海と化した。
この事故で、荷役中の陸軍軍人を含め百二十二人が死亡し、怪我人は三百九人にのぼっ
た。
当時を知る人の話によると、火柱が対岸にある高尾山の頂まで立ちあがり、百キロ離れた鳥
取市まで爆音が聞こえたという。


このとき、母と弟つまり私の叔父は家の前に突っ立っていたらしいが、爆風に吹っ飛ばされて
気が付いたら、十数メートル先のどぶ川の中にいたという。
しかも仰向けやうつ伏せではなく、気お付けの姿勢で立っていたというから笑ってしまう。
そんなこんなで家が焼けてしまい、しかたなく東雲町の十三軒長屋というところに移ることにな
ったらしい。


引っ越してまもなく、一緒に住んでいたお祖母さんが亡くなった。
ある日の夜のこと、母が友人と家の裏で雑談をしていたら、西の空から人間の頭ほどもある真っ
赤な火の玉が現れて、東の空へ飛んだかと思うと、大音響を発して消えたという。
母とその友人は、ションベンちびるほど驚いたが 少し落ち着くと、あることを思い出した。
なんと、今日がお祖母さんの四十九日にあたる日だったのである。



二人がもう一度ちびったのは言うまでも無い。
顔を見合わせて「お祖母さんの魂があの世に行っ
たのに違いない。」と、囁きあった。
私はこの話を聞いて、火の玉そのものよりも四十九日というものに興味を覚えた。
火の玉の存在は昔から信じており、べつに驚きもしなかったが、人が死んでから四十九日たつ
と、ようやくあの世へ旅立つのだと聞いたことがある。
本当に四十九日目に火の玉となってあの世へ旅立ったとは、年寄りの言うとうりではないか。

昔からの言い伝えを、はなから馬鹿にしてはいけないのである。