真夏のキャンプ緑水湖 後編

汗まみれになって、最後の急坂を登りきると、重々しい曇り空を背景に賀祥ダムがドーンとそびえ立つ。このまま進めば緑水湖の西岸を通るメイン道路国道180号線をそのまま直進することになるし、ダムの上を通る道を進めば東岸の小道を進む事になる。
ここは迷わず東岸の小道を進むことにした。180号線は車が多いし殺風景だ。その点東岸の小道は車がほとんど通らないし、景色もいい。

この小道には、素人詩人から募集した詩や歌が石碑になって設置してある。木漏れ日の中にたたずむ石碑の数々は、昼間はいい雰囲気をかもし出しているが、これが夜になるとどうなるのだろう。石碑には見えないのではないか?そう、墓石に形がそっくりなのだ。

やっと着いた緑水湖。汗がだらだら
夜見ると墓石に・・・・・

いくら俺が「水木しげる」の出身地、境港の人間だからと言って、墓石のそばでキャンプするのは願い下げだ。
俺だから震えるぐらいで済むのかもしれないが、友人のビビリマンで有名なコーショーというやつなら発狂して得意の柔道の受身をはじめるかも知れない。
ちなみにはちまんタローは柔道初段の腕前、コーショーは受身の練習で辛さのあまり逃亡し、破門となってしまった。全く情けないやつである。
余談であるが、はちまんタローと会社の仲間たちは数年前に柔道部を結成、部長のミチが三段、後の全員は初段という腕前だ。
その当時仕事がひまで、午後4時には帰宅するという状況で、「金はないけど暇は馬に食わせるほどある。」という時間富豪だったので、せっかくだから何かスポーツでもしようという話になった。
そのときメンバーの1人ミータンが「俺には守ってやらねばならん人がいる、柔道をやろう。」と、鼻水をすすりながら毅然と言い放ったのだった。
幸いミチは柔道二段、後のメンバーは素人だったもののミチに教えてもらえばいいということで、ミータンの心意気に共鳴することになったのだった。ところで、ミータンの「守ってやらねばならん人」というのは実在しない。その場の雰囲気で口から出たでまかせだったのだ。くっそー、ミータンのやつ!

墓石のような石碑が点在する林道を走り抜け、今日テントを張るキャンプサイトを決めるための下見をする。道路わきの少し広くなっている空き地など、何ヶ所か良さそうな所を見つけ、さらに進む。
すると、広い駐車場がいきなり現れ、その奥の茂みの向こうから子供たちの声が聞こえた。看板を見ると、ここは有料のキャンプ場になっているらしい。
管理棟に行って見たが、鍵がかかっている上、雨戸まで閉めてある。「しめた、ただでキャンプできるかも。」トイレも水道も使い放題かも。
ニンマリとほくそえむ、 荒野のアウトローはちまんタロー。ここを今日の寝床にしようか、なんて考えていると、近くではしゃぐガキンチョが事もあろうに俺の近くまで来て兄弟げんかをはじめたのだ、うっとおしくてたまったもんじゃない。泣き叫ぶガキども、そ知らんふりのバカ親ふたり、しかもそのあとから騒がしいガキをつれた家族連れが数組上がってくるのを見て、ここの場所を断念することにした。
憤懣やるかたない気持ちで、何か一言言われれば噛み付かんばかりの心を抑え自転車を押す俺に向かって、美人の若奥さんが笑顔で会釈してきたものだから、心とは裏腹ににっこりと笑って「こんちはー。」と言ってしまった自分が情けない・・・・・

キャンプ場を後にしたは良いが、適当なキャンプサイトを探さなければならない。キャンプ場から100メートルほど進むと、結構広い整地された広場があり、石碑が整然と並んでいる。
ここならテントを張るには十分な広さだし、国道から離れているので車のうるささもない。ここを第一候補に決定した。

まだ時間が早いので、散策することにして愛車を進める。
一度国道に出て、緑水園(たしか)という食事処に立ち寄ってみると敷地内にある展示ホールで、昔懐かしい大正時代のポスター展をやっていた。俺は自転車もこぐが、イラストも描く文化人なので、早速中へ入ってみることにした。
受付の初老の女性がパンフレットをくれる。そのパンフレットによると、ここの展示物は地元のおっさんがコレクションした物だという。
中にはチョウ有名な「赤玉ポートワインのセミヌード」ポスターなどが有り、こんな田舎で思わぬものを見ることが出来た。

大正ロマン、俺もこんな絵を描こうかな
有名すぎる赤玉ポートワインのポスター

他のポスターや絵葉書も 、大正時代の匂いのする俺ごのみの物ばかり、地元のおっさん(名前は忘れた。)良くやった。
俺はゴッホの絵も好きなので、つぎはゴッホもよろしく。
冷房の効いた館内で展示物を見ていたら、急にうんこがしたくなってきた。一番奥のトイレに入って用を足していると、子供が大声ではしゃぐ声がする。
「ええい、エラクラシ−ッ」(うっとうしい)トイレから出て受付まで行くと、さっきの女性が子供たちをたしなめている。その口ぶりからすると、どうもこの子供たちは受付の女性の孫達らしい。子供達も素直におとなしくしている。
「すいません、騒がしくて。よく言い聞かせますので。」と言われてうれしくなり、「いいんですよぉ」などと言いながら絵葉書を数枚購入した。

もう少し冷房の効いた館内でくつろぎたかったのだが、閉館時間が迫っていたので外へ出ることにした。
これからどこに行こうか。そういえば緑水湖からもっと南には、自転車では行ったことがなかった。さっそく国道180号線を先に進む。
ここから先は上り坂ばかりだ。山の中だが国道には自動車が多い、車道を走らずに歩道を走ったのだが、頭に来る事に歩道に車を止めているバカモノがいるのだ。
歩道と車道はコンクリートの仕切りがしてあり、わざわざ自転車から降りて「えいやっ。」と持ち上げて車道に出た後、車をかわしてふたたび「えいゃっ。」と、歩道に戻さなければいけないのだ。自分の家の前の歩道は、自分の家の敷地だと勘違いしていやがるのだ。
「おーばかもん!」さんざん悪態をつきながら坂を登る。変わり映えしない景色、息も切れる。もともと目的もなく進んだので、さっさと引き返すことにした。

本当は、キャンプサイト第二候補を見つけることも念頭において進んできたのだが、適当な場所もない。こうなったら最初に発見した第一候補の広場に戻って、テントを張ってくつろぎたい。
坂を駆け下り、緑水湖の東岸道路の分かれ道まできてからポリタンクに水を汲まなければいけないことに気が付いた。水が無ければ夕食も歯磨きもコーヒーもできない。たしかここらへんに公衆トイレがあったはずだが。
確かに近くにトイレはあった。ここのトイレは水洗で清潔なので重宝する。いざというときはここに駆け込めばいいのだ。
ここのトイレの手洗い場でポリタンクに水を汲む。決して汚くは無い。アウトドアをするときには、こういう施設がそばにあるだけで天国と地獄をわけることにもつながってくる。
昔キャンプをしたとき、テント内も大洪水になるほどの土砂降りに見舞われて、仕方なく公衆トイレの入り口付近に新聞紙を敷き、寝袋で一夜を明かしたこともある。このときのトイレは百万の味方に匹敵するほど頼もしかった。
屋根つきのバス停もいいが、水も使えてウンコもできる公衆トイレのほうが一枚上手だ。

早速例の広場に戻り、テントを張る。チャッチャッチャッ、慣れたもんだ。
中に寝袋や銀色の敷物、ラジオなど必要な物をぶち込んで蚊が入らないうちに、入り口のジッパーを閉じた。
テントはメッシュで出来ていて、通気性がいいのだが、雨が降るとひとたまりも無い。そこでフライシートというテント全体にかけるカバーをしなければならない。しかし、雨が降る気配が無いときは、メッシュのテントだけで過ごすほうが涼しくていいのだ。今回はどんよりと曇っているけどフライシートはかけないことにした。
雨が降ればそのときに被せればいいのだ。
ついでに言えば、テントが風で飛ばされないようにぺグという杭を打って地面にテントを固定するのだが、風の無い今日のような日はこんな物はいらない。作ったテントをそこらへんに置いとけば良いだけだ。
雨も降らず、風も無い日に、フライシートとぺグで完全防備しているのを見かけることがあるが、ドシロートまるだしで臍が茶を沸かすわ。

簡単楽勝ドーム型テント
わびしいメニューねぇ

一段落ついて腹も減ってきたので、少々早いが夕飯を作ることにする。
テントを張った近くにベンチがあるので、そこを調理台にして飯を作ることにした。
今日のメニューは、めし、いわしの缶詰、牛肉の缶詰、玉子スープ中華風。はっきり言うと、飯さえ炊ければそれでおしまい、スープはインスタントの固形なので湯を沸かせば良いだけの手抜き料理なのである。
米をなべに入れて研いでいると、何だか足がカユイ。見ると、シマシマ模様の蚊が何匹も足にたかっているではないか。あわてて虫除けスプレーを足に吹きかけたが、後の祭り、痒いことこの上ない。
どうやら半ズボンがいけないらしい、持ってきた長ズボンに履き替えて調理を続けた。
飯も炊き終わり、スープも出来たので、早速ベンチに腰掛けて食うことにした。しかし、長ズボンに履き替えたとは言え蚊も引っ込んではいない、顔の周りや腕などに不快な羽音を立てながら襲撃の機会を狙っている。
「ええ加減にせい!」と、怒鳴っても引き下がるはずが無い。ついには長ズボンの上からくちばしを突き刺そうとしている。アウトローを気取って飯を食うつもりだったのにそれどころではない、あわてて掻き込むとテントの中に退避するに至った。蚊ごときに、くっくやしーっ。

テントの中で足を見ると、蚊にさされたフクラゴが10箇所以上できていた。
夏のキャンプはこれだからいやだ。暑さだけではなくて蚊も不快指数を増やす要因となっている。

夏の日は長い。7時になってもまだまだ明るい。
今のうちにテントの中で裸になって、ぬらしたタオルで体を拭かなければ暗くなってからではタイギ−。どうせ水筒にたっぷりいれたバーボンを飲んで、酔っ払うに決まっているのだ。
最初はフリチンで湖に入る予定だったが、結構人がそこらあたりにいてフリチンになれない。苦肉の策の濡れタオルだ。
ポリタンクの水でタオルを濡らし、体中を拭いたのだが、どんより曇った天気のおかげで湿度が高く少しも気持ちよくない。仕方がないのでパンツ一丁ですごすことにした。

ようやく日が沈み、あたりを闇が包んでいく。
春や秋のキャンプなら外に出て、コーヒーでも飲みながら夜のとばりを楽しむのだが、くそいまいましいことに外には蚊が大軍を作って待ち構えている。テントの中に閉じ込められたまま、することも無くヒマでしょうがない。
そろそろ水筒を取り出しバーボンを飲み始める。つまみは大好物の柿の種と羽衣あられだ。
酔いが回ると体が熱くなる。汗が出るのでタオルで拭く。「不快じゃーっ。」山の中は涼しいはずなのに、今日はとにかく蒸し暑い。最悪。

一夜のマイホーム内部の図
本当はこの位暗いテント内

それでも夜がふけるにしたがって、雲が晴れ涼しくなってきた。
ラジオをつける。山陰放送が入るはずなのになぜか周波数が合わない。山に囲まれているので入りにくいのだろう。仕方なく短波にきりかえる。
ハングル語や中国語が飛び交う中、日本語の放送が飛び込んできた。北京放送局の日本語放送だ。
小学生の頃、北京やモスクワ放送、ラジオオーストラリアなどに受信レポートを送って「べりカード」という放送局のオリジナルカードを返信してもらい、コレクションしていた頃のことを思い出して懐かしかった。今でもレポートを送ると、べりカードがもらえるのだろうか。
色々な局のカードの中で、北京放送のカードが一番きれいで紙質もしっかりしていた。そのうえ、切り絵名人の作った色紙の切り絵までついていて、俺にとって一番好きな放送局だったのだ。
今日の放送内容がまた面白い。北京在住の日本語がしゃべれる人たち(中国人)の歌合戦だ。おかしな発音で下手な歌を歌う。腹を抱えて笑った。その後はニュース、めずらしい中国の生活習慣の紹介などで今日の日本語放送は終わりとなった。
他の放送局の日本語放送は捕まえることが出来なかったので、酒を飲みつつ横になった。

空はすっかり晴れ、星が瞬いている。月も中空まで上がり涼しい風が吹いている。
シャツを着て短パンをはき、そのまま寝ることにした。
なかなか寝つかれなかったが、少しまどろんだ。しかし、何だか寝苦しい。目がさめたのは夜中の二時ごろ、いつのまにか空は曇り、蒸し暑さが蔓延しているじゃないか。
こうなったら朝まで眠ってしまうに限る。目を閉じたが、蒸し暑さでなかなか眠れない。
あっちを向き、こっちを向き、バーボンを飲んで眠ろうとするのに暑さに阻まれて眠れない。だんだん腹が立ってきた。石碑が墓石に見えようがそんなことは気にならない。夜の暗さの恐怖よりも、蒸し暑さに対する怒りが勝っているのだ。
とうとう朝まで眠ることが出来なかった。

ラジオをつけると変な新興宗教の番組しかしていない。つまらん。
仕方がないので、まだ6時前だったがテントをかたずけることにした。これも手早くしないと、蚊の餌食になってしまう。朝からさんざんだ。
パンとジュースの簡単な朝飯を食い、昨日の夜磨かなかったため気持ちの悪い歯を手早く磨き、さっさとキャンプサイトから退散したのだった。

昨日の公衆トイレに入ってウンコをしたあと、180号線にでて家路を急ぐ。空はどんよりと曇っている。「ちっ。」
前にも書いたが天気と言うやつは俺に味方しない。どうなってんだ。

どんより曇った朝、ええかげんにせぇ。
ノーテンキとしか言いようが無いこいつら

道の脇にノーテンキなひまわりがたくさん咲いていた。米子市に差し掛かると、なんと空が晴れてゆき、一気に青空が広がる。
もーやってられない。夏の日は、キャンプなどせずに冷房の効いたビジネスホテルで休むべきだと改めて思ったのだった。

夏の日のキャンプは覚悟がいります。春、秋で楽しみましょう。