■食育について

■『器』は食育の一つです
名もない方ですが、子供たちの未来のためにと、講演会等、地道な活動をしている方がいます。
いつの間にかプラスチックの容器等を子供用に扱う時代になり、「プラスチックや安価の器は、ご飯を食べる器ではない。そういうので食べるのは餌なのに、親が子供に餌を与えるようになってしまった。
器は大事にするものだと教えないといけないのに、割っても良いもの、落としても割れないものと、どんどん粗末になった。
だから、そういう器で育った子供たちは物を大事にしないし、命を知らない」と、未来に不安を感じ、それまで事業家として成功していた全てを人に譲り、以来、コツコツと伝えることを続けています。
使い易さを優先することで、子供にいつの間にか“餌”を与えるようになってしまう…命を粗末にする報道を多く目にし、悪い予感が当たってしまったと嘆かれていました。

■割れるのは『大事にする』の入り口 
プラスチックの容器だけではありません。
どうせ子供は割ってしまうから、だったら安価で割っても良い器をと選ぶ方もいます。
確かに、子供は扱いを気にせず、割ってしまいます。
それを見て、物を粗末に扱うと表現する方もいるかもしれませんが、だからといって安易に物事を解決してしまうと、物を粗末に扱うとどうなるのか、割れないようにするにはどうしたら良いのかさえ知らないままになります。
また、破片で怪我をさせてしまうかもしれないと、不安を抱かれるかもしれません。
確かに、割れた器は危ない存在に変わります。
でも、割れるということは危険も生むのだと、割れたときにしか教えられないこともあるのです。
割れないことは便利なことのようですが、割れるのは“大事にする”の入り口です。
お子さんに是非、割れないように努めることも教えてあげてください。
そして、器がもしも割れてしまったときには、割らないようにするにはどうしたら良いのかを一緒に考える機会を得たのだと、お子さんに教えて、大切に叱ってあげてください。
次からは、器を大事にする姿を感じられるはずです。

■割らないように扱う−器と一緒に育つ心   
私は窖窯(あながま)という、薪だけで焚く窯で焼成しています。
釉薬は一切施さず、薪から出る灰が溶けた灰被り、窯の中を走り抜けていく炎の残す緋色が表現しています。
一度窯に火が入れば、器にどんな景色を施すのかをも含め、そこからは炎が窯を支配します。   
窯の形式等、どちらかといえば原始的な焼き物で、“焼き〆の器”と言います。
カラフルな器や、可愛い絵が描かれている器と比べると、焼き〆の器は一見、味気ないものに感じられるかとおもいます。  
しかし、焼き〆には器自身が呼吸をするという特徴があるので、器に盛る食物の糖分なども吸い、照りのある、綺麗な色へと成長をしていきます(以前に流行った“焼き〆の器で麦酒を飲むと美味しい”というのも、この器が呼吸をするという特徴のお陰です)。
安価な器を選び、『割れてもいいや』という感覚で接したり、どうせ割れないからというしぐさは、物を粗末にしても良いと、親が率先して教えていることなのです。
器の中からお子さんが少しでも何かを感じてくださるのなら、器も割れるときに本望を遂げるのです。
どうか、お子さんとの食事を大事にしてあげてください。
今日も一緒に食べられることを、器にもその喜びを感じさせてあげてください。
焼き〆の器は扱い難いなどと、兎角敬遠されがちな存在となりつつあるように感じていました。

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上記は、食育についてのチラシ用に寄稿しました。

今までは自分の器や言葉では伝えきれない想いがあり、なかなか伝えることの難しさも感じていました。


食育と言われる以前から、まさに食育の活動をされていたというような方と出会いました。
その方と話をしてから、子供にももっと、焼き〆の器を使って欲しいという想いが強くなりました。


栃木県の小山市に『小山自然育児相談所』というところがあります。
所長の伊東氏に相談したところ、伊東氏も以前から器も食育の一部だとおもわれていたということで、 2008年の11月より、相談所でも僕の子供用の器を扱ってくださることになりました。

子供用の器に込めた僕の気持ちは、相談所で配布してくれるチラシに表記しました。
一人でも多くのお子さんが

『これが僕・私の器だよ!』
と、風兎窯の焼き〆の器を気さくに使ってくれることを願っています。


2008年10月
風兎窯 星野就久

青瓷の子供用飯碗と取っ手付きを『小山自然育児相談所』へ納品しました。
料金は焼き〆と同じです。
焼き〆の器は4月以降になる予定です。

2008年12月末に、構想3年の青瓷(せいじ)を窖窯で焼成しました。
これからは焼き〆と青瓷で表現していくことになります。
青瓷の器は今回が初登場!
焼き〆同様、青瓷の器も宜しくお願いいたします。

2009年1月20日
風兎窯 星野就久